第105話:彼らと彼女のすれ違い(前編)
シリルはそれから、クリスに張りついて離れなくなった。
「兄さん……。いなくならないで。オレを捨てないで……」
「捨てるわけがないだろう」
彼はもう元に戻っている。シリルの頭を撫でながら、笑顔で彼を引き連れて、路地裏を通っていた。
(……くそ)
ジュリアは少し後ろから、その姿を見ているしかない。両手を強く握りしめて、彼女は唇をキュッとさせた。
「……クリス様」
前に出て、彼女は彼に声をかける。何も知らない彼は、立ち止まって振り返った。
「うん? 何?」
「……ポウムとパットを、王宮に呼びましょう。きっと2人は、先に屋敷に戻っています」
「……ああ、そうだね」
彼が真剣な顔をする。
「これからは、ゲームにはないイベントが起きるかもしれない」
「革命の時期も早めるか? 国王が動けない今なら……」
「いや、それは待ってくれ。まだ重要なイベントが終わっていない」
シリルと彼が小声で話す。ジュリアは懐からリストを出した。並べられた文字の中から、彼が重視しているものを探す。
「……騎士の誓いか?」
やがて彼女はそれを見つけた。ポウムたちのデートから、1ヶ月たったころに起こるイベント。
(眠り続ける王を見て、フェリクスが裏でマイルズに頼む。クリスティアンを王として、仕えることを選んでくれと)
革命のきっかけ。最初に踏みだすのは彼だ。
「……なあ。それならフェリクスを、攻略しようとは思わないのか」
クリスが目を伏せる。彼も心の中ではわかっていた。それが1番、話が早いと。
「……でも、ダメだよ」
個別ルートには入らない。そう決めた。
「自覚したから、僕は別の形で、フェリクスに認めてもらわないといけない。……大丈夫。彼は自分の利益となるなら、細かいことは気にしない男だ」
強い口調で言いきられて、ジュリアは何も言えなくなる。シリルが冷ややかな笑みを浮かべた。
「姉さんはポウムたちを見ていてくれ。あの男と会う場所は、オレが用意する」
恋人となることを断られても、力になりたいという気持ちは消えない。相手の上に立ちたいという思いも。
「……ああ、わかった」
それでもジュリアは受け入れるしかなかった。彼女がいては、フェリクスに怪しまれてしまうから。
「……なあ、クリス。代わりに1つだけ教えてくれ。……オレはお前の、前世の名前が知りたい」
「……日奈だよ。佐藤日奈」
優しい声で、彼が答える。ジュリアは泣きそうになった。
「日奈か。いい名前だな。……俺は孝太。鈴木孝太だ」
「孝太くんだね。……覚えておくよ。だからそんな顔をしないで。私は今も幸せだから」
彼の中にいる彼女は、ジュリアに近づいてその手を取った。
「せめて、王宮まで手を繋いでいこう。シリルも、ね?」
彼女も彼らの気持ちは理解している。何も返さないのは、誠実な答えではないと。だが、その思いやりも、彼らには毒と同じだった。




