第104話:裏を知る(後編)
「……そこまでだ」
頭では理解できている。クリスはゲームで、主人公が言ったことをなぞっただけだと。それでもジュリアは、クリスのことが好きだったから。
「これ以上は許さない。クリスは俺の、婚約者だ」
シリルをにらみつけて、彼はハッキリと宣言した。シリルがうつむく。重い空気の中で、クリスはか細い声をだした。
「……あ、あの」
2人の視線が彼に向く。弱り顔で、背を丸めた、小さな姿が目に入った。
「クリス……」
ジュリアはシリルの体を離した。クリスは眉の根元を下げて、話を続ける。
「ケンカ、しないで……。ごめんなさい。確かに私は女だけど、それは昔のことだから。男に……クリスティアンになれるように、頑張るよ」
「違う」
シリルがハッキリと言いきった。
「オレはどちらでもいい。オレが愛したのはあなた自身だ。……きっと、ジュリアも。だからあなたは、自分を隠さなくてもいい」
クリスは1度、まばたきをした。目を見開いて、彼は小さな声をだす。
「……クリスになりたいと、思っちゃダメ?」
シリルがピシリと、音を立てて固まった。ジュリアもあっけにとられる。彼は少し恥ずかしそうに、けれどどこか、嬉しそうに話した。
「推しだったの。クリスティアンになれたと知って、私はとても嬉しかった。どうしても、素がでちゃうことはしかたないけど、それでもクリスになろうとすることはやめたくない。……ダメ、かな?」
「「いや、いい」」
シリルとジュリアは、同時に口を開いた。言葉がかぶる。
「それならオレは、これからも兄さんと呼ぶことにしよう」
「俺もお前には、今までと同じように接すると誓う。……ただ、俺はそんなお前が好きだ。きっとシリルも。クリスとしての役割は置いて、お前自身の意思で、どちらかを選んでくれ」
2人からたて続けに言われて、クリスは少し戸惑った。
「……選べって言われても……」
主人公になれなかった。だから、個別ルートは諦めた。みんなを幸せにしたかった。そのためには。
「……私は2人のことを知ってる。好きな人に選ばれなかったら、どうなるか。……それは、私が望むエンドじゃない」
真正面から、言い返すしかない。彼女の思いは、たった1つ。
「2人に幸せになってほしい。そのためなら、私は恋愛なんてしない。自分の幸せなんていらない」
強いまなざしを向けられて、男たちは何も言えなくなってしまった。選ばれなくても幸せだと、返せなかった。その時点で、終わりだった。
「……大丈夫。私は、好きだって言ってもらえただけで嬉しかったよ」
クリスの中にいる日奈は、彼らより先に前に進む。受け取った想いだけを抱えて。




