第10話:なにそれ知らない(前編)
「あっ、あのぅ……手を離してもらっても……?」
震える声で、ジュリアが言う。それを見て、クリスティアンは穏やかな笑みを浮かべた。
「……ああ、ごめん。驚かせちゃったね」
彼はすぐに彼女から離れて、ゆっくりと立ち上がる。その後、少しして。ジュリアもなんとか、気を取り直してクリスを見た。
「……えっと。それで今後は、どうしたら……?」
「そうだね。とりあえず、座ろうか。君は体調を崩したばかりだし」
「あれは前世の記憶を思い出したからで……。今はもう、平気ですよ」
話しながらも、彼女は彼にうながされるままに、イスに座る。純金のイスはわりと重くて、動かしにくかった。
「……どう考えても、家具を純金にする必要はなくねえか?」
「ないと思うよ」
クリスは苦笑しながら続けた。
「でも、ここが君の家だからね。ガマンして。それから、僕以外の人にそんなこと言わない方がいいよ。おかしくなったと思われて、地下牢に入れられるから」
「……ハイ。気をつけます……」
冷や汗を流しながら、彼はクリスの方を見た。
「……それで、私は何をすればいいんでしょうか。主人公とは、仲良くするべきなんですよね?」
「えーと……。……特別扱いはしないでほしいな。それをすると、ポウムが他のメイドからいじめられるから。ポウムは他の屋敷でも長年メイドとして働いていたから、放っておいても大きな問題は起きないはずだよ」
クリスの中にいる日奈は、考えながら言葉を落とす。ジュリアとなった孝太は、その様子を見ながら聞いた。
「……それで。私はこのまま、あなたと婚約していていいんでしょうか」
「……え?」
クリスは目を見開いて固まる。彼(と日奈)にとって、ジュリアとの婚約は当たり前にあるもので。なくなることなど、考えもしなかったから。
「……そう、だね。他に好きな相手がいなければ……」
「でも。来年にはもう、私とあなたの結婚式が」
「大丈夫。今年の冬に、宰相子息がクーデターを起こすから。結婚式は、とうぶん延期されるよ」
彼女の言葉を遮って。彼はサラリと、とんでもないことを言った。ジュリア(孝太)は一瞬、その言葉の意味が分からなくなる。
「……クーデター……?」
「うん。……前世の記憶を活かして、僕からフェリクスに持ちかけたんだ。計画の基本はできていたから、そこに加えてもらう形で。君のことは僕の協力者だと伝えていて、危険なことはないと思うよ。安心していい」
「……って、んなこと聞かされて、安心できるやつがどこにいるかー!!」
ジュリアは思わず、イスから立ち上がって全力で叫んだ。屋敷の中に、彼女の声が響きわたる。
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