第61話 カスタマーハラスメント(佐々木)
「ふっふっふ、佐々木さんや」
「な、なんだよ、中原?」
隣のレジに立つ中原が、ニヤニヤしている。
「見てごらんなさいや、あのお客さんたちの顔を」
コンビニの中には、何人かお客さんがいる。
あたしには、いつもと変わらない光景にしか見えない。
「まだ分からないんですかね、佐々木さんや」
「分からないな……」
「まったく、佐々木は鈍いなー」
中原が、口調を戻してため息をついた。
「鈍いって、何がだよ」
「今週から、わたしたち、守られるんだよ。そう、カスハラに!」
「ああ……。そういうこと……」
「見てみなよ、あのお客さん達の顔。もう手も足も出せないって感じだよ」
「中原……なんか、性格悪いな」
「性格悪いんじゃないよ。これまで、どれだけわたしたちがカスタマーハラスメントの屈辱に耐えてきたか」
「まあ、そうだな」
「そうだな、じゃないよ。佐々木なんて、外国人だと思い込まれて、客に嫌な態度取られることも多かったじゃん」
「それは、そうだけど」
「わたしだって、かわいい顔してるねーとか。このあと暇ーとか。彼氏いるのー、なんて、しょっちゅうだったんだからね」
「なんだよそれ、自慢かよ」
中原は、そこで、オホンと咳ばらいをした。
「とにかく、これでわたしたちは、カスハラを受けなくて済むんだよ!」
居丈高に言い放った。
「あのー、中原さん?」
「なに、佐々木?」
「盛り上がっているところ悪いんだけどさ」
「うん?」
「今回は、カスタマーハラスメント対策を事業主に義務付けただけで、カスハラ防止法みたいなものができたわけじゃないからな」
「……えっ?」
「え、じゃないよ。とりあえず、カスハラを受けた時には、こうしましょうっていうマニュアルみたいなものを事業主が作るってことになっただけだよ」
「……マジ?」
「マジ」
しばらく、中原は沈黙していた。
燃え尽きた人みたいだ。
しばらくしてから、急に、
「でもでも、そんなこと言ってもさ、わたし、何も聞いてないよ。そんなマニュアル、あるの?」
早口で言う。
「いや、引継ぎの中にプリントあったじゃん」
「プリント?」
「見てない?」
「いや、見たけどさ、もしかしてそれって……」
「ああ。そうなんだよ」
「…………」
中原は、呆然としている。
そう、引き継ぎ書の中に、カスタマーハラスメントに対する対策を示したマニュアルが入っていた。
「佐々木、それってさ、もし客に過剰対応を求められたら、できるだけ対応できないか考えて、それでもダメそうで、さらに30分以上も粘られたら、対応を断ってもいいってやつ?」
「そう、それ……」
「しかも、対応を断るときも、相手への心象を悪くしないように気を付けるって書いてあったやつ?」
「そのやつ」
「…………」
「まあ、世の中、そんなもんだよってことで」
「うわぁ、どうしてこうなったんだよ。私たちは、結局保護されないのかー。組織は私たちから搾取するだけで、ぼろ雑巾のように扱うんだー」
中原が、わめきたてている。
それに気を取られていたが、いつの間にかレジの前にお客さんが立っていることに気がづいた。
「あ、すみません、って、赤坂さん?」
普段着だったから分からなかったが、後輩アルバイターの赤坂さんだ。
「今日もお二人、元気ですね」
「赤坂ー聞いてよー」
中原が赤坂さんに泣き言をいう。
「大声だから聞こえてましたよ。なんですか、ぼろ雑巾パイセン」
「ぼ、ぼろ雑巾パイセンだとー。カスハラだぁー。赤坂がカスタマーハラスメンターになってるよー」
隣でわめいている中原は置いておくことにする。
「赤坂さん、今日はどうしたの」
「えっと、切手を買いにきました。ちょっと多めですけど」
赤坂さんは、購入したい切手の種類を買いた紙を出した。
「領収書もください。施設名で」
赤坂さんは、児童養護施設に入っている。そこのお遣いできたのだろう。
なんだか、複雑な気持ちにもなるが、赤坂さんは、それも承知で、あたしと中原がシフトの日を選んで、ここに買いに来たのだろう。
「ちょっと待ってて」
あたしは、切手を切手シートから切り出した。
横から中原も手を出す。
「なんだよ、赤坂ー。こんなの郵便局に行けよー」
「むうー。コンビニの売り上げに少しでも貢献しようとしているんですよ。それに、今日は休日ですから、近くの郵便局は閉まっているんですよ」
「まったく、分かってないなぁ、赤坂は。郵便局ならクレカが使えてポイント入るんだぞー」
「わたし、クレカ持てないんで」
赤坂さんが、ムッと膨れた顔をした。
あたしは、はっとした。
クレジットカードを持つには、審査が必要だ。赤坂さんのような子は、そうした審査が通らないのだろう。
横の中原を見る。だけど、中原は、
「まったく。なら、大通あたりに買い物行った時に、金券ショップで買いなよー。少しでもお得に買うのが賢いやり方だよー」
と、こともなげに言った。
「まったく、中原パイセンには、かないませんね」
赤坂さんも、会話を楽しんでいる。
ああ、やっぱり、あたし、気を遣ってしまっている。
赤坂さんは、あたしたちに対しては、自分のネガティブな面も含めて、ネタにしてくれるほど、信頼をもって接してくれているのに。
「ところで中原パイセン」
「なんだよ、赤坂」
「大通で思い出したんですけど、その後、勉強の方はどうなんですか?」
「うっ!」
「その顔は、まだ芳しくないようですね」
「う、うるさい! そんなこと言うと、カスタマーハラスメントで訴えるぞ」
「まだ30分経ってませんよー」
「うう、なんて客!」
「それに、そんなことしてると、佐々木先輩と同じ大学行けないんですからねー」
「ううっ、赤坂ー!」
あたしは、赤坂さんに切手と領収書を渡した。
「それじゃあお二人とも、頑張ってくださいねー」
「ううぅ、おとといきやがれってんだー!」
中原が、横でわめいている。
「まったく、赤坂だったら、カスハラが過ぎるんだよ。嫌になっちゃうよね、佐々木」
「でも、中原、楽しそうじゃん」
「うん。まあ、ね」
「みんな強いよなぁ」
あたしは、ため息をついた。
中原も、赤坂さんも、目まぐるしく変化する日常に、対応している。
精神的にタフなんだろう。
それに比べてあたしは、前に進めていない気がする。
「何言ってるのさ、佐々木」
「うん?」
「佐々木だって、頑張ってるじゃん」
「頑張ってるって、何がだよ」
「佐々木の頑張りが、わたしのこと、焚きつけてくれた」
ふと、中原の顔を見る。
あたしの顔に、ズイっとよってきている。
うう、近い近い!
「た、焚きつけたって、なんだよ」
「わたしも、北海道学院大学を受験すること、その気にさせてくれた」
「それはそうかもだけど」
「それに」
「なんだよ」
「佐々木と交換している問題集、先週交換したやつ、わたしが苦手なところ、それとなく分かりやすくメモとってくれたでしょ」
「ううっ」
あたしと中原は、問題集をお互いに交換することにした。
その方が、お金が浮くし、それぞれがどのような勉強をしているのかを知ることができて、意識して受験勉強に取り組むことができると思ったからだ。
そこで、なんとなしに、あたしは、中原がおそらく苦手なんだろうな、と思う問題に、メモを書いてみたのだ。
中原のやつ、気づいてくれたんだ。なんだか、うれしい。
「べ、別に、そういうわけじゃ」
なぜか、あたしは強がってみた。
「ちゃんと理解してないと、人に教えることはできないって言うでしょ。佐々木は、すごいよ。進んでいる。わたしは、佐々木先生の塾生。お客さんみたいなものだね」
「まったく、お客さんなんて、何を言っているんだか」
あたしは、プイっと横を向く。
「ありがと」
「!!」
中原が、あたしの耳元でささやいた。
なんだか、胸がキュウっとなる。なんだよ、この気持ち。
「なんだよ佐々木、照れるなよー」
中原が、あたしのことを小突く。
あたしは、きっと顔が真っ赤になっている。
「まったく、中原。それ、カスハラだからな!」




