第59話 交換問題集(佐々木)
コンビニのバイト。まだ中原は来ていない。
それにしても、まったく、あたしのバカバカ!
一週間、ずっとそう思っている。
先週、中原に誘われた予備校の帰り道。
中原が、北海道学院大学を目指すのをやめると言い出した時、文句を言ってしまった。
たしかに、ムッとしたのは事実だ。一度言ったことを簡単に変えて。
でも、予備校の授業はハイレベルだった。それを聞いて、弱気になってしまったんだ。
もっと寄り添えばよかったのに。なんであたし、あんなひどい言い方。
もう、本当に、あたしって、どうしてこんなにバカなんだー!
「おつかれー、佐々木ー!」
中原がコンビニにやってくる。
「お、おつかれ……」
中原は、元気そうに事務室に入っていった。空元気、というやつか?
でも、中原は意外にも、
「先週の予備校は、レベル高かったねー」
明るく話しかけてくる。
「あ、ああ……。ところで、その、中原?」
「なに? 佐々木」
「先週は、ひどいこと言ったと思ってる……ごめん……」
どうしてか、中原の明るさにやられて、素直に謝ってしまった。
「謝らないでよ。わたしも、コロコロ意見を変えちゃって。佐々木が怒るのも無理がないっていうか。むしろ、わたしは怒られて当然っていうか」
「???」
なんだか、中原は、妙にポジティブだ。あたしは、混乱してしまう。
「ううん。正直に言ってくれて、ありがとう。佐々木に言われて、逆にふっきれたよ」
「ふっきれたって、やっぱり、北海道学院大学は諦めるってこと?」
「いやいや。むしろ、頑張ってみようと思って」
「マジっ!」
「だけど、ちょっと期限付きでね。3年生になるころまでの模試で、ある程度いい成績を取れるようになれたら、このまま目指すことにするよ」
「そっか」
なんだか、安心した自分がいる。まだ、中原と、一緒に頑張ることができる。
「あの、佐々木、そこで提案なんだけど」
「何、急に?」
「佐々木、結構レベル高いでしょ」
「うーん、そうでもないけどなー」
「いやいや、ご謙遜を。少なくとも、今のわたしは立ち位置がよく分かっていないからさ。それでさ、週に一度、バイトの時に、持っている問題集の交換しない? わたしは、佐々木に近づけるように努力すれば、点数が上がっていくと思うんだよね」
たしかに、あたしは北海道学院大学を目指した勉強をしている。問題集も参考書も、北海道学院大学の入試を見据えて、最適そうなものを調べて使っている。
それに、あたしが使った問題集を中原が使う。そして、中原が使った問題集をあたしが使う。
なんだか、交換日記ではないけれど、ドキドキする。
「えーと、どうかな? お互い、違う問題集買えば、節約にもなるし」
「うん、やる! やろう!」
あたしは、前のめりになってしまった。
「お、おう」
中原が、少しひいている。
「ま、まあ。中原がそこまで言うならってことだ。あたしも、中原に負けないように、追い越されないように、頑張ればいいんだし」
「うん、ありがと、佐々木」
中原がニコリとする。
顔がいい……。
「それじゃあ、さっそくなんだけど」
中原が、脇に置いていた自分のカバンの中から、問題集を取り出す。
「これ、佐々木まだ使ってない? これやってみてよ。わたしは、もうやり終えたやつだから」
「おい、中原。バイト中だぞ」
そういいながらも、あたしは中原が出した問題集を手に取る。
「これ、今度手をつけようと思ってた問題集だ」
「ちょっと書き込みしてるところもあるけど」
確かに、中原の書き込みがある。そういえば、中原の字って、あまり見たことがなかった。こんな丸っこい字を書くんだ。
「それじゃあ、あたしも。お客さん、今いないから」
なぜか言い訳をしながら、あたしは事務室に駆け込む。
そういえば、今日の休み時間に、ちょうど終わらせた問題集があった。
「中原、これ知ってる? けっこう難しめだけど」
「あ、これ、本屋で見た。うん、たしかに難しめで、買うのやめたんだ。いいの?」
「ああ。あたしはもう終わらせたから……。中原はどのくらいできるかなぁー?」
ちょっとおどけて言ってみた。
「むむむぅ~。見てろよー、すぐに追いついてやるから」
中原と、こんなふうに問題集を交換し合えるなんて、思ってもみなかった。なんだかうれしいし、やる気も入りそうだ。
そこへ、お客さんが店に入ってきた。
「おー、寒い寒い。最近は暗くなるとしばれるなー」
独り言を言いながら、飲み物コーナーにいく。
お客さんは、暖かい缶コーヒーを買っていった。
「あの人、寒がってたね」
「ああ。季節の変わり目だからな」
次は別のお客さんが入ってきた。雑誌コーナーにある小説をいくつか買っていった。
「コンビニで小説買っていく人って珍しいよな」
「うん。秋の夜長の読書ってやつかな」
「そういえば、もうすぐハローウィンの商品も出す頃だよな」
「そうだね。もうそんな時期かぁ。ハローウィンって、もう感覚的に冬に近いよね」
「雪降ることもあるからなー」
「ねえ、佐々木」
「なんだ、中原」
「季節が変わって、心機一転だね」
「秋で心機一転ってのも、変なんだが?」
「とにかく、だよ。頑張ろう」
「そうだな」
「わたしは、佐々木の胸を借りるつもりでいくからね」
「うん、かかってこい」
「ところでさ、胸借りるって表現、ちょっとエロくない?」
「急にそういうこと言うなよ……」
なんだか、一週間、気を揉んだのがばかばかしい。
いつもの、中原とのコンビニバイトの時間がようやく戻ってきた、
そして今は、中原との交換問題集がはじまる。
あたし達、一緒の大学に行けるのかな?
その答えが出るのは、まだまだ先のことだ。
でも、それまで、そしてこれからもずっと、中原とこうして笑っていたいと思った。




