第55話 あたし嫌われたよね……(佐々木)
今日は、中原とシフトの重なる日だ。
でも、どうしてだろう。どこか、気が重い。
中原と一緒のシフトの日は、楽しみだった。それは、きっと、外国人風の見た目のあたしに、はじめから距離を置かずに、気さくに接してくれた中原との時間が心地よかったからだ。
そして、それ以上に、中原があたしに向けてくれる好意を、あたしだけの特別なものだと、勝手に受け取っていたからだ。
でも、赤坂さんへ接する態度を見て、よく分かった。中原は、誰にだって優しい。
それは、中原の魅力でもある。円山女子高校で培った能力でもあるだろう。
だけど、それが分かってしまったら、どういうわけか、中原と一緒にいる時間が、ただのバイトの時間になってしまうような気がした。
こう思ってしまうのは、きっと、中原に対して失礼だろう。
勝手に期待して、身勝手に失望して。あたしって、嫌な子だな……。
「おつかれ」
「おつかれ、佐々木」
中原は先に来ていた。すでにコンビニの制服に着替えて、レジに立っている。
「佐々木、先週元気なかったみたいだけど、大丈夫?」
「ああ。特に問題ない」
中原は、人の表情を読み取るのがうまい。さすがお嬢様学校で、人間の機微を感じ取る能力を鍛えただけはある。
「今日も、よろしくなー」
あたしは、平静を装う。いつもの中原とのバイト、こんな感じだったっけ?
事務室に入る。
「あれ、赤坂さん?」
「あ、佐々木先輩、お疲れ様です。この前は、なんか変な空気になっちゃってすみません」
「いや、それはいいけど」
ローソクもらいの時に、あたしと中原は、赤坂さんが児童養護施設のライラック学園に入所していることを知ってしまった。
なんだか、少し気まずい思いだ。いや、ここは年上のあたしがしっかりしないと。赤坂さんだって、気まずいに違いない。
「赤坂さん、今日シフトだったっけ?」
「すみません。この前の浴衣、ちょっと奮発しすぎちゃったんで、店長に無理言って、シフト増やしてもらったんです。この時間帯、お客さん多いから、三人のほうがいいだろうって……。」
「そっか。助かるよ」
「あの……。佐々木先輩と中原パイセンの二人の時間に割り込んじゃって、すみません」
「?? えっと、何のこと?」
「え……。あ、いや、だって、佐々木先輩と中原パイセン、すごく仲いいじゃないですか。いいコンビだなって」
「うーん。普通じゃない?」
「え?」
「とにかく、早く着替えて仕事しよう。中原だけレジに立たせてると、後でマウントとってくるかもしれないし」
あたしは、赤坂さんとコンビニの制服に着替えた。
「佐々木先輩、じゃあわたし、バックヤードで品出しやってますね」
「あ、いいよ。まだお客さんあまりいないし、外は結構暑かったし、レジに立って涼んでて。あたしがバックヤードやるよ」
「え、でも、佐々木先輩」
あたしは、赤坂さんがまだ話し終わらないうちから、さっさとバックヤードに入った。飲み物の補充をする。
ビールが大量に売れていたようだ。お盆需要、夏休み需要というやつか。
重たいダンボールを開けて、バックヤードから商品棚に並べていく。
商品棚からの冷気が心地よい。
ジュースも少なくなっている。缶チューハイも。
この流れだと、お菓子やアイスも補充しておかなくてはいけないだろう。
雑誌は、大丈夫だろうか。
「ねえ、佐々木」
はっと我に返る。
「中原?」
「大丈夫? もうだいぶん長い時間品出ししてるけど?」
スマホを見ると、かなりの時間、バックヤードにいたようだ。
「ああ。今日は商品、かなり少なくなってたから」
「そっか。ありがと。前のシフト、渡辺のババアと店長か。ずっとくっちゃべってたんだろうねー。こうして、立場の弱いわたし達アルバイターに皺寄せがくるんだよねー」
「じゃあ、そろそろあたしもレジに立とうかな。中原、アイスの補充お願い」
あたしは、レジへと向かう。
「ちょ、佐々木」
中原に腕をつかまれた。
「え、なに?」
「なんか、佐々木、先週から、おかしくない?」
そうか、あたし、おかしいと思われてるんだ。中原には分ってしまうんだ。
でも、それは、中原だって、悪いんだぞ……。あたしに対して特別の振る舞いをするかのように、勘違いさせて。
「別に、おかしくなんて、ないって」
「そ、そう……」
中原は、つかんだ腕をはなした。
あたしは、レジに立つ。
「佐々木先輩、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
普段なら込み合う時間帯なのに、お客さんが誰もこない。夏休みで、大学生や高校生がこないし、大人も、休みをとっている人がいるのだろう。
夏休み期間中の特殊な時期で、前のシフトの時間帯に人の流れが集中したのかもしれない。
今日に限っては、忙しくして気を紛らわせたいのに、まったくタイミングが悪い。
しばらくして、中原が戻ってきた。
「補充終わったよー。それにしても、今日は客が少ないね」
「そうだな。じゃあ、中原、疲れただろうし、先に休憩入りなよ」
「……そうだね……」
中原は、事務室に入っていった。
「佐々木先輩。中原パイセンと一緒じゃなくて、いいんですか? 一緒に休憩に行ってもらっても、今日の人の流れなら、しばらくわたし一人で大丈夫ですけど?」
「ううん、大丈夫」
なんだか、今日は、中原と一緒にいるのが辛い。
あたしの、中原があたしに向けてくれる気持ちが、特別だと思い込んでいたことを、見透かされてしまうようで。
「休憩終了! じゃあ、次、赤坂が……」
「いや、ちょっと、あたし、疲れちゃったみたい。先に休憩入らせてもらってもいい?」
「う、うん。それは、いいけど……」
あたしは、そそくさと中原と入れ替わって、事務室に入る。
事務室の椅子に、どっと座りこむ。
なんだか、ひどく疲れた感じがする。中原と一緒だと、今まではバイトの時間があっという間だったのに、今日は、長い。
レジのほうから、中原と赤坂さんが、冗談を言い合っている明るい声が聞こえてくる。
そうだ、やっぱり、中原は誰とでも仲良くできる……。
むしろ、あたしみたいな、根暗な性格のやつに対して、気を遣わせてしまっていたかもしれない。
いつも、会話をリードしてくれたのは、中原だった。あたしは、それに乗っかるだけ。
中原は、優しい笑顔を向けてくれていたけれど、実際は、どう思っていたんだろう。面倒くさい奴だって、思っているのかもしれない……。
そんな風には、思われたくない。だけど……。
そろそろ、休憩を終えなければならない時間だ。ぜんぜん、休んだ気がしない。
店内に出ていく。ちょうど中原がブラックジョークを言ったところで、赤坂さんが中原の肩を押している。
なんだ、やっぱり、楽しそうじゃん。
「あ、佐々木、休憩終わり。それじゃあ、赤坂、休憩入りなよ」
「わかりまし……」
突然、コンビニの前の道に、観光バスが止まった。
添乗員と思われる人が走ってくる。
「すみませーん、ちょっと車両トラブルで、停めさせてくださーい。ちゃんとコンビニ利用しますんでー」
添乗員の言葉が終わらないうちに、大量の観光客がコンビニに入ってきた。
「有什麼傳統的日本料理嗎?」
「我可以使用洗手間嗎?」
「有沒有關於日本職棒的雜誌?」
「他們不賣木劍嗎?」
「日本政府真的會維護太平洋地區的和平嗎?」
何を言っているのか、わからない……。
「オーケー、オーケー、アイムオーケー」
中原は、よく分からないこと言っている。
「アイ、キャン、ノット、スピーク、イングリッシュ……」
赤坂さん、向こうがしゃべっているのは、英語じゃないと思うぞ……。
とにかく、商品棚から持ってきたものをスキャンして、支払いをしてもらう。
「バスの調子、戻ったみたいですー。ありがとうございましたー。各位我們現在正前往新千歲機場ー!」
添乗員さんが言うと、みんなバスに戻っていった。
時計を見ると、シフトの終わる時間が近づいてきている。
「怒涛だったねー」
中原がレジに顎を載せている。
「もう、はしたないですよ、中原パイセン」
「えーと、赤坂さん、今から休憩入る? 一応、休憩はルールになっているから」
「そうですね……」
赤坂さんは、少し考えて、
「あの、今、お客さんがいなくなったので、ちょっとだけ、わたしの話、聞いてもらえますか?」
真剣な表情だ。
「赤坂さん、それって、もしかして」
「えーと、こんなこと言うと、ますます変な空気になるかもですけれど……」
沈黙が流れる。
「いいよ、赤坂。聞くよ」
中原が、沈黙を破った。
中原が言ったことで、赤坂さんも安心したようだ。
赤坂さんは、静かに話す。
「わたし、小学校低学年のころ、家庭内暴力で、家にいられなくなっちゃったんです」
笑顔を作っているが、声が震えている。
「その頃は、よくわからなかったんですけれど、ネグレクトってやつで、両親はわたしを放っておいて家を空けることが多くて。帰ってきたら、殴ったり蹴ったりされて。でも、当時のわたしは、それが普通のことなんだって思っていたんです」
あたしは、ドキッとした。あたしの父親も、ロクでもない人だったようだ。でも、暴力を振るわれた記憶はない。
「ある日、近所の人が、警察に通報したみたいなんです。小学生になる年齢の子供が、学校にもいかずに、ずっと家に一人でいる。親が虐待もしているみたいだって。それで、警察がやってきて、わたしはすぐに病院に運ばれて」
「病院?」
「はい。もう、相当体重が少なかったみたいなんです。栄養状態も悪くて、命の危険まであるくらいだったみたいで。すぐに救急車で」
命の危険だって?……。赤坂さん、どれだけ辛い環境にいたんだ。
「当の本人は、かっこいい救急車に乗れて、少し興奮していたんですけどね。そんな記憶があります」
赤坂さんはそこで、アハハ、と笑った。
「両親は児童虐待で逮捕されました。わたしの方は、親戚もいなくて、結局、児童養護施設のお世話になることになったって感じで、今にいたっています」
「辛い、よね……」
あたしは、ぼそっと言った。言ってしまってから、後悔した。なんて、薄っぺらい言葉なんだろう……。あたし、まったく理解できてないじゃないか。
「いえ、今は、結構楽しくやっているんですよ。施設はなかなか良いところなんです。変な話、わたしにとっては、たくさんの家族と毎日騒いでいるという感じで。今って、一人っ子が多いじゃないですか。そんな友達の話を聞いていると、わたしには、こっちの方がきっと合っているのかなって」
「そっか」
中原がいう。
「でも、辛いよね。周りからは、変な目で見られるんじゃない?」
「そう、ですね。たまに、活動団体がやってきて、テレビゲームまで買い与えて贅沢すぎる。税金泥棒って、面と向かって言われることがあります」
中原は、きっと、こういう事情までも、瞬時に理解できるのだろう。
やっぱり、中原はすごいと思う。それに、赤坂さんも、本当に辛い境遇を生きてきたんだ。
あたしは、外国人みたいな見た目でずっと悩んできた。コンプレックスを抱えていることは、自覚している。でも、あたしのコンプレックスなんて、赤坂さんに比べたら……。
「そんな中、佐々木先輩は本当に心のよりどころになりました!」
急に赤坂さんがあたしの名前を言ったので、びっくりした。
「あの万引き犯を捕まえた時の啖呵が格好良かったのは言うまでもないんですけど。その後、佐々木先輩が気になって……、ちょくちょくこのコンビニに来たら、中原パイセンと楽しそうに話していて、聞き耳を立てると、佐々木パイセン、外国人みたいな見た目を気にしていて、家庭環境も辛いことがあるようなことが分かって。佐々木先輩には、親近感みたいなものを感じてしまって」
そんなことはない。赤坂さんに比べたら、あたしの悩みなんて、ちっぽけなものだ。
「わたしにとって、佐々木先輩は、ヒーローみたいなものなんです。わたしも、佐々木先輩みたいに、心を強く持ちたいなーなんて」
やめてほしい、あたしは、そんなに強くない。過大評価だ。それに、赤坂さんみたいな境遇の子に、そんな風に言われるのは、辛すぎる。勘違いだ。
「そっか。赤坂は、本当にいい子だなー」
中原が、赤坂さんの頭に、ポンと手を置く。
「なんですか、中原パイセン。人が頑張って身の上話したのに、ここでふざけるなんて、はんかくさいですよ」
「ふざけてなんてないよ」
中原が、赤坂さんの頭をなでる。
「だから、それがふざけてるっていうんですよ」
「まったく、赤坂は、甘え方を知らないなぁ……。でも、赤坂、話を聞いた以上は、わたしはいつでも赤坂の相談にも乗るから。わたしにどこまでのことができるかは分からないけど、話くらいは聞いて、一緒に考えるくらいはできると思うから」
「はい。ありがとうございます……。って、だから、なでないでください!」
「えー、今日の赤坂はかわいいからなー」
中原の、こういうところ、今までは好きだった。深刻な話を、すぐに明るくできる性格。でも、今は、なんだか、嫌だ。
それに、赤坂さんのあたしに対する過剰評価。やめてほしい。
「佐々木も何か言ってやんなよー。赤坂のヒーローなんだからさ。ねえ、どうしたの、佐々木?」
「やめてよ……」
「え? 佐々木?」
「やめろって、そういうの!!」
中原も、赤坂さんも、あたしが突然大声を出したので、ビクッと肩をふるわせた。
「今、赤坂さん、とっても深刻な話をしただろ。それなのに、なんだよ、中原のそのヘラヘラした態度」
「い、いや、ごめん。ちょっと、おだちすぎたかな。赤坂、気を悪くしたなら、謝るよ」
「い、いえ。わたし、こういう明るい雰囲気、好きですよ。佐々木先輩、わたしはむしろ、明るくしてくれた方が」
中原も、赤坂さんも、声が上ずっている。
「赤坂さんは優しいから、こう言ってくれるけれど、他の人なら、ショックを受ける人もいるんだからな」
「それは分かるけど。でも、赤坂とはもう長い付き合いになるし、そこの所はわたしなりに分かったうえでかけた言葉で。人によって、ちゃんと考えて発言するし」
「中原の、そういうところだよ!」
あたしの、感情が止まらない。
「中原、結局、人によって使い分けてるじゃん。ネコかぶってるじゃん」
「えーと、それは、言葉のアヤというやつで」
なんでこんなに怒っているんだ、あたし。赤坂さんが勇気を出して、自分の身の上を話してくれた直後だぞ、あたし、何やってるんだ。止まれ、あたし。
「円山女子で身に着けた技だよな。人によってコロコロ態度を変えて」
「そりゃ、それはないとは言えないよ……。だけど、みんな少なからず、人によって態度変えるのは当然じゃん」
中原も、むっとしてきたみたいだ。このままじゃ、収拾がつかなくなってしまう。心ではわかっているのに、口がふさがらない。
「あたしに対してもそうなんだろ」
「佐々木に対してって、一体何の話さ」
これ以上いうと、喧嘩みたいになってしまう。やめろ、あたし。
「あたしの外国人みたいな見た目につけこんで、優しく接して。それで、少しでもバイトの時間を快適にしようみたいな。自分勝手な下心、バレバレじゃん」
「なにさ、それ。優しく接したよ。それは、最初に佐々木と接した時には、仲良くなって、これからのバイトの仕事を、この人と効率よくできるようにしたいなって思ったよ。それのどこが悪いのさ」
中原の言うことは、まったくおかしくない。むしろ正しい。あたしの方が、矛盾したことを言ってしまっている。このままじゃ……。
「それに、赤坂さんにまでつけこんで。態度や言葉巧みに赤坂さんを誘導して、こうして身の上話をさせて、精神的に弱ったところにつけこんで、仲良くなろうとしたんだろ。詐欺師とおんなじじゃん!」
「佐々木、ちょっと、それはひどくない! わたしは赤坂が心配なんだよ。それは、バイト仲間としてでもあるし、もう友達じゃん。心配しなくてどうするのさ」
お願いだ、あたし、もうやめろ。これ以上、口を開くな。
「さあどうだか。人の不幸を利用して、自分はいい人ですキャラを演じたいだけなんだろ。もう分かってるんだよ、中原のこと」
「うそ、でしょ。なんてこと言うのさ、佐々木……」
お願い、あたし、もうやめて!
「そうやって誰にでも優しく接するの、ポイント稼ぎのためなんだろ! 学校でも、コンビニでも。うまく取り入って、ポイント稼いでみんなにチヤホヤされたいだけなんだろ! 中原なんて、ただのポイントゲッター目指しているだけなんだろ!」
「…………」
中原は、何も返してこない。あたしは、はっとした。
中原は、笑顔であたしを見つめている。でも、目には涙が浮かんでいる。
あたしは、すぐに謝ろうとした。でも、口が開かない。今まで、あんなに饒舌に中原の悪口を言い続けていたのに。なんで、今は口が開かないんだ。声が出ないんだ。
「アハハ……。そっかー……」
中原は、笑顔を崩さない。
「そんなふうに、見ていたんだね」
中原は、長い黒髪をなびかせて、勢いよく、コンビニから出て行った。
あたし、嫌われたよね……。
バイトのシフトの時間は、もう終わっていた。




