第53話 ローソクもらいと心の短冊(佐々木)
夏休みのコンビニバイト、中原とのシフトはあっという間に終わった。外は夕焼けで、涼しそうだ。
「佐々木ー、お疲れー。また来週、だね」
中原が右肩を、左手で揉んでいる。
「夏休みだからって、体動かさないと固くなるし太るぞー」
「むう、なにをー。って、佐々木、何か買っていくの?」
中原は、あたしがコンビニを出ないで、入口近くの商品カゴを取ったことを不思議そうに指摘した。
「近くのスーパーの方が、何かと安いよ?」
「中原、コンビニのアルバイターとは思えない言葉だな……。うん、ちょっとお菓子をね」
「お菓子ぃ~? 佐々木も太るよ」
中原が、ニヤニヤしながら言う。
「あたしが食べるんじゃないよ。これから、このあたり、ローソクもらいが通るからさ」
「えっ! このあたり、ローソクもらいが来るの!?」
中原は、目を輝かせた。
「ローソクもらいって、あれでしょ。七夕に小学生が唄いながらやってきて、お菓子をくれないとオシャカにするぜって言って、お菓子を略奪していくやつ」
「言い方……。まあ、北海道の月遅れ七夕の伝統行事だよな」
「琴似にはないから、わたし、見たことないんだ」
「そうなんだ。あたしは、中学生になってから毎年、このあたりでお菓子配ってるんだ。このコンビニにもくると思うし、今年はここで見てようと思って」
「そっか。じゃあ、わたしも、カンパしてあげよう。ご利益ありそうだし。ナフサ不足で白黒になったお菓子を買おう!」
「大袋の菓子は配れないから、小分けになってるお菓子がオススメだぞー」
あたしと中原は、次のシフトに入った涼風さんにレジをうってもらい、お菓子をもってコンビニの前に出る。
外灯に電気が点る。道をゆく車も、ライトをともすくらい暗くなってきた。
「月寒って、札幌の下町って感じだよねー」
「いきなり、なんだよ」
「なんか、昔ながらの人がいるってところだよね。街並みも、ごちゃごちゃしてるし」
「だから、その言い方……。でも、たしかに、札幌の中でも独特の雰囲気っていう自覚はあるな」
しばらくすると、かすかに子ども達の合唱する声が聞こえてきた。
女の子も男の子も、声の限り歌をうたっている。
「うわ、佐々木、来たよ来たよ! 浴衣がかわいい!」
「そうだな。みんな頑張ってるな」
子供たちは、コンビニの前まできた。
竹ーに短冊七夕まつりー。おーいに祝おー、ローソク一本ちょうだいな!
隣で中原が、パチパチと拍手をしている。
あたしは、さっき中原と買い込んだお菓子を、子ども達に配って回った。
子供たちは、キャッキャとはしゃいで、去っていった。
「うんうん。次の餌場を目指していくのか」
「だから、さっきから言い方」
「佐々木も、小さい時にやったの?」
「ああ。小学校を卒業するまでは、町内会の子どもが集まってやってたな」
「そっかー。佐々木の浴衣姿、似合うんだろうなー」
「あたしは、浴衣持ってなかったから、Tシャツだったと思うけど」
「えー」
それにしても、この季節と言えば浴衣だ。中原は浴衣を持っているのだろうか。中原が浴衣を着たら、さぞかわいいんだろうな。
中原の首筋から、一筋の汗が垂れている。浴衣姿だったら、それも映えるのだろう。
「佐々木? どうしたの、ぼーっとして?」
「ううっ!」
急に話しかけられるので、あわててしまう。
「ローソクもらい、とりあえずこれで終わりかな? お菓子、けっこうあまっちゃったけど」
「そ、そうだな。今年は子供、少なかったからな」
「少子化ってやつだよねー」
「とりあえず、近くの公園まで行こうか。そこで、半分にしよう」
あたしと中原は、連れ立って近くの公園まで来た。
「あっ、佐々木、この公園でもローソクもらいの子達がいるよ」
「さっきとは違う町内会の子かな? お菓子もまだ余っているし、せっかくだし、見ていくか」
あたしと中原は、子ども達に近づいていった。
見ると、何人か、あたし達と同い年くらいの子もいる。その子たちは、ライラック学園、と書かれた幟を持っている。
「あ、ライラック学園」
「中原、知ってるの?」
「うん。円山女子高校の社会福祉活動の一環で、訪問したことあるんだ。児童養護施設だよ。親がいなかったり、一緒に住めない子がいるところ。そっか、確かこのあたりだったと思う」
「そうなんだ」
子供たちは、あたし達を見つけて、駆け寄ってきた。
「お姉ちゃんたち、お菓子持ってるー?」
「うわー、これ、最近出たばかりのチョコレートだ!!」
子供たちが、あたしと中原の持っているお菓子を見ながら口々に言う。
「こらー、みんなー。お菓子が欲しかったら、ちゃんと歌をうたわないと。えーと、すみません。ローソクもらいにお菓子提供してもらっていいですか……って、佐々木先輩と中原パイセン!!」
見ると、同じコンビニでバイトをしている、一学年下の赤坂さんだ。
かわいらしい浴衣を着て、髪をリボンでとめている。
「えー、お姉ちゃんのお知り合いー?」
「だれだれー」
子供たちが、不思議そうに寄ってくる。
赤坂さんは、ちょっと複雑そうな、焦った顔で、あたし達と、付き添っている子供の顔を交互に見ている。
「あの、赤坂さん、えーと」
「うっ」
赤坂さんは、目線を逸らした。
あたしは、なんとなくこの態度を知っている。
何も、話したくない、という表情だ。
あたしが初対面の人と話す時は、たいていこういう顔をされる。あたしが外国人のような外見だから、英語で話さなくてはならないと思い、あまり関わり合いになりたくない、という時にする顔だ。
赤坂さんは、あたしのことをもう知っているが、今回は、自分のことを、あまり知られたくない、といったところか。
赤坂さんは、何らかの、少し特殊な事情があり、そのことに負い目を感じているのだ。
あたしは、何と言葉をかけていいか分からない……。
いや、今回は、あたし自身、もしかしたら、赤坂さんと同じような表情をしてしまっている。
自分がされていやな顔。それを、きっとあたしもしてしまっている。でも、どうすることもできない……。あたし、嫌な子だ……。
「どうしたぁー、赤坂ぁー?」
急に、隣で中原の声がした。
「わたしと佐々木が急に現れたから、照れてローソクもらいの歌、歌えないのかぁー?」
「え、中原、パイセン?」
赤坂さんが、驚く。
「まったく。見た感じ赤坂、付き添いしてるんでしょ? 子供たち、みんなお菓子ほしがってるじゃん。あ、でも、今回は赤坂も歌をうたわないと、お菓子をあげないかもねー」
「グヌヌー、やっぱり中原パイセンは中原パイセンですね」
子供たちが、赤坂の服の袖を引っ張っている。
「そ、そうですね。よーし、みんな。お菓子をもらうために、大声で歌うよー!」
ろーそくだーせー、だーせーよ。だーさーないと、かっちゃくぞー。おーまーけーにひっかくぞー。ろーそく一本ちょうだいなー
子供たちは、お菓子を食べながら、公園の滑り台やブランコで遊び出している。
「あっはははー……、バレちゃいましたよね。わたしの家庭というか、身の上というか……」
赤坂が、不自然な笑顔で言う。
あたしは、こういう時、何と声をかけたらいいのか、分からない。
自分自身の意気地のなさを恥じる。あたしは、外国人のような見た目から、人から避けられてきた。そうされるのは、正直、慣れてしまったが、あまり気持ちのいいものではない。
でも、いざ、赤坂さんの身の上が分かり、何も言えなくなってしまった。
あたしも、あたしのことを避けている人と、一緒じゃないか。
さっきも思ったことだが、つくづく自分のことが嫌になる。
「すみません。変な空気にさせてしまって」
赤坂さんに、気を遣わせている……。
「ほんと、いつもの赤坂と比べたら、かわいい雰囲気まとわせちゃって、いやだなー」
「えっ?」
あたしと赤坂さんは、同時に中原を見た。
「まったく、コンビニバイトの時には何かにつけ、にくたらいしのに、今日の赤坂ときたら、メンコイ子供たちと一緒に、先輩っぽくなっちゃって。しかも、浴衣姿で髪にはリボンまで付けて。ああ、まったくかわいくしちゃってさー」
「ちょ、中原、パイセン……?」
「なに? 今日はそういうことでしょ? ほかに何かあるの?」
中原は、いつも赤坂さんに接するような感じで、さらっといった。
「あはは、そっか。そうですよね……。今日は中原パイセンから佐々木先輩を奪い取るために参上したんですよ! 作戦成功ですね!」
赤坂さんも、いつものコンビニバイトの時のように明るく振る舞う。
「なんだとー、赤坂ー」
「それに、チョコレートのチョイスは中原パイセンですか? こんな暑いのに溶けちゃいますよ。まったく先のこと考えてませんね」
「なにをー。チョコレートは頭をすっきりさせられるんだぞー。チョコレートなめるなよー」
「はいはいワロスワロスー。ローソクもらいみたいにチョコレートつけた手でかっちゃきますよー」
二人とも、息を切らすまで言い合っていた。
しばらくして、暑さも相俟って、二人とも息切れを起こした。
「はあはあ、でも、中原パイセン、何か、ありがとうございます」
「うんうん。この中原ちゃんに任せれば、万事解決……だよ」
「まったく楽観的ですね」
赤坂さんは、胸の前に片腕を当てている。妙に、安心した顔だ。
「よし、赤坂も、子供たちの面倒見ないといけないんでしょ。わたしたちは、そろそろ帰ろうか佐々木」
「あ、ああ」
「赤坂、したっけ、またコンビニでね」
「はい、したっけ!」
あたしは、うながされるままに、中原の後ろにくっついて、その場をあとにした。
「なあ、中原」
「うん。赤坂も、色々、あるんだね」
中原は、全て承知の上で、あのような態度をとっていたのだ。
あたし自身、中原のこうした行動に、何度も救われている。
やっぱり、中原は、こうした人との関わりあいが上手だ。
いや、もしかして、あたしに対して気軽に付き合ってくれるのは、あたしが特別なんじゃなくて、みんなに対して、こう接しているだけなのかもしれない。
なんとなく、中原は特別だ、と思ってきた。でも、中原にとって、あたしは特別でもなんでもなかったのかもしれない……。
「あたしたち、何か、してあげられるのかな?」
中原が急に言うので、ハッと我に戻った。
「わたし、まだよく分からないけど。だけど、赤坂は、あまり自分の身の上、知られたくなかったみたいだよね。それをわたし達、知っちゃった。知っちゃったからには、知っちゃったからの付き合い方をしないといけないよね」
「そ、そうだよな」
中原は、赤坂さんのことを考えている。
そうだ、今は自分のことでなく、赤坂さんのことだ。
こんな時まで、どうしてあたしは、自分本位なのだろう。
「あたしには、これからもうまく付き合えるか、正直不安だな……」
それは、あたしの正直な気持ちだ。
「いつも通り、にはできないかもだけど、やっぱり、わたし、お嬢様学校にいるせいか、なんとなく、人の心の気持ちに敏感になっちゃってさ。これで、今までの赤坂の態度、線でつながったな」
「つながったって?」
「赤坂、なんだかんだ言って、とってもいい子じゃん」
「それは、知ってるけど」
「だけど、ちょっとぎこちなかったんだよ。たとえば、前の赤坂のシフトの終わり際にトイレで吐いた人がいたじゃん。それを、自分がなんとか処理しなくていいのかって、相当気にしていたこと」
「そういえば、あったな、そんなこと」
「この前も、わたしがすすきので事件に巻き込まれた日、佐々木と赤坂、シフト変わったじゃん。その時、赤坂がわたしに相当に謝ってきてたんだ。佐々木との時間を奪っちゃったって」
「そうだったんだ……」
「赤坂、ああいう性格を演じているけど、結構、人に気を遣う子なんだよ。そして、おそらく、それは身の上に関係があるんじゃないかな」
「……そうかも」
「本当のところは、赤坂に聞かないと分からないけど。もちろん、赤坂が言えば聞くけど、言いたくないなら、それは仕方がないよ。今は、赤坂は、ちょっと憎たらしいけどとってもいい子な後輩ってことで、私達が接してあげないとって思うんだ」
「中原って、そういうところ、たくましいよな」
「あははー。まあ、わたしも、きちんと接することができるか、分からないんだけどさ」
中原のぎこちない笑顔を見て、なんだか安心する。
でも、それと同時に、やはり中原は、みんなに対して、こういう優しいことを考える子なんだということが分かってしまう。
あたしにだけ、特別に接してくれていると思っていた自分が情けない。それとともに、ちょっと残念な気持ちになる……。
とにかく、赤坂さんは、あたしと中原に身の上を覗かれて、辛い思いをしているのは間違いないだろう。
あたしは、今まで、人から距離を置かれてきた。それは、嫌だった。
そして、今、あたしも同じように、赤坂さんと距離を置こうとしてしまっている。
自分がされて嫌だったことを、人にするの? そんなの、絶対に嫌だ。
中原も、みんなに優しく接しているんだ……。
赤坂さんは、一緒にシフトを組んでいて、楽しい。気さくで良い子だ。こんな子を、嫌な気持ちにさせるなんて、絶対にダメだ。
「あたしも、頑張ってみるよ」
「うん。きっと、赤坂はとっても頑張ると思う。だから、わたし達も、がんばろ」
正直、行き当たり勝負というところもある。
でも、今のあたしは、なんとかしないといけない。今のあたしだからこそ、きちんと向きあわないといけない。そう思った。
だけど、それはそれとして、どうにも、中原との関係に対しても、今まで通りとはいかなくなりそうな気がした。
今の関係は、中原のみんなに対する優しさからのものなんだ。結局、あたしは、中原の知り合いの中の一人にすぎないということなのだろう……。
そう思うと、なんだかモヤモヤする。
月遅れの七夕。心の短冊に、できれば、中原があたしに対してだけ特別な子だったらよいのに、などと書いてしまった。
あたしって、本当に弱い子だ……。




