第50話 二つのドキドキ?(中原)
「ねえ佐々木」
「なんだー、中原」
「大学入試の勉強、どこまで進んでるの?」
「えーと?」
「もう完璧な教科とかさ」
「ああ、そういうことか。まあ、英語は、今からでもどんどん単語や文法を覚えていっているけど」
「そっか。進んでるんだね」
先週、佐々木は古本屋で、大学入試の参考書を買いあさっていた。
佐々木が目指しているのは、北海道学院大学。北海道内でもレベルが高いとされるところだ。
わたしは、大学入試など、まだ先のことだと思っていた。
でも、よく考えると、もう高校二年生の夏だ。
これまでは、あまりどこの大学を受けるかなんて、考えてもいなかった。
とりあえず、今後のために、大学は出ておかないと、と思いながらも、とりあえず、入試の段階で自分の学力に合う大学に入れたらそれで良い、程度の考えだった。
でも、佐々木は、完全に大学を絞っている。
わたしの学校では、夏休み中も、講習が受けられる。あまり気乗りはしていなかったが、今はその気持ちも変わってきた。
「なあ、中原」
「えっ!? なに?」
「いや、何ボーッとしてるんだ?」
「あ、いや、ちょっと考え事を、ね」
「まあ、国語とか英語って、学年関係なく予習もできるし、社会系の科目も、暗記できるところは暗記しておけばいいんじゃね?」
「そ、そうだよね」
北海道学院大学への模試の判定は、佐々木はもう少し頑張らないといけないランクだという。けっこう頭のいい佐々木でさえそうなんだ。わたしなんて、いまさら頑張っても……。
「いらっしゃいませ」
隣で佐々木が言う。
大学生くらいのカップルの客だ。
落ち着いた雰囲気で、スイーツコーナーを見ている。
なんだか、憧れてしまう。
わたしも、あんなふうに、佐々木と……。
いやいや、何を考えているんだ、わたしは。
いい加減、吊り橋効果はやめろよ、自分~……。
先週は、わたしも妙なことをしてしまった。
すすきので、ヤンキーに絡まれたとき、偶然居合わせた佐々木に助けてもらった。
正直、佐々木に助けてもらえなかったら、今頃どうなっていたか。最悪、江別か岩見沢あたりの土の中か、石狩川をプカプカしていたかもしれない……。
それよりも、処女を奪われて……。
とにかく、佐々木には感謝してもし尽くせない。佐々木のことを考えると、胸が熱くなってしまう。
そこで、お礼もかねて、佐々木を大通のデパートの、ちょっとお高い店に招待してみた。佐々木との週に一度のバイトの前夜、佐々木に何かしてあげたいと思い、佐々木のスケジュールも考えず、居ても立ってもいられない気持ちで、予約してみたのだ。
人気店だが、ちょうどキャンセルが出たとかで、運良くお昼時を予約することができた。
一人あたり一万円くらいのコースを選んだ。佐々木にしてもらったことを考えると、もっと高くてもよいのだが、わたしのお小遣いの範囲では、これくらいが限界だ。
佐々木はこういうのに慣れていなくて、気を遣わせてしまったのは反省点だったのだが、まあ、おいしい料理を食べられたのでよかった。
それよりも、おしゃれをしてきてくれた佐々木、かわいかった……。
佐々木の普段着なんて、あまり見たことがなかったので、なんだか新鮮だった。
時折、ボーッと佐々木の顔を見つめてしまうことがあった。
変に思われなかっただろうか。
そもそも、なんなんだ、この気持ち。佐々木のことを考えると、なんだかドキドキしてしまう。
きっと、あまりの災難にあったことによる吊り橋効果が持続しているだけなのだろうが、いい加減おさまってほしいものだ……。
カップルが、レジにスイーツをもってくる。
わたしは、商品をスキャンして、お金を受け取る。
カップルはどっちが払うかで、少しもめていたが、楽しそうに帰っていった。
なんだか、いいなあ、こういうの。わたしも、佐々木と同じ大学に通って、こういうふうに……。いや、そう、カップルとしてではなく、友達として……。
でも、そもそも、今のわたしの学力では、北海学院大学なんて……。
「中原、今日はだいぶお疲れみたいだけど、大丈夫?」
佐々木が、ずいっと顔をわたしに近づける。
「う、ううん、大丈夫!」
ち、近い!
「なんだよ、顔赤くなってるけど、風邪でもひいてるのか?」
佐々木が、おでこに、自分のおでこを当てる。
「ひゃあっ!」
思わず、変な声が出た。
「ああ、悪い。おでこを当てるの、変だったよな。弟が風邪ひいたら、こうしてるから……。熱はないようだけど、あまり体調良くなかったら、帰って早く寝ろよー」
「う、うん、そうだね……」
ああ、びっくりした。なんだよ、ひたいにおでこを当ててくるなんて、反則だよ……。
心臓のドキドキが止まらなくなってしまった。
「で、中原は、まあ大学決めてないんだよな」
佐々木が、カップルが入店する前の話題を続けてきた。
「そ、そうなんだ。どこにしようかな~」
なんとか、体裁を取り繕って答える。
「北海道学院大学、佐々木も行くんなら、目指しちゃおうかな~」
そんなこと言ったら、失礼だ、と言ってから思った。
佐々木は、北海道学院大学に行くために、相当な努力をしている。
それも、入ってから成績が優秀であれば奨学金がもらえることや、家から通えること。そして、将来何をしたいかを、大学できちんと見つけるという、目標がある。
わたしは、そんな目標など定めず、漠然と日々生きているだけだ。
それを、中途半端どころか、空っぽの状態で、北海道学院大学を目指すなんて言うのは、恥ずかしいにもほどがある。
「マジ! そっか、一緒に頑張ろう!」
わたしの意に反して、佐々木がのってくる。
「中原と同じ大学に行けるなら、楽しくなりそうだな。一緒の講義取ったり、飲み会に行ったりとかさ。サークルは、よく分からないけど!!」
うっ、マジかよ。
そりゃ、一緒に行けると楽しい、なんて言ってくれたのは嬉しいけれど、ちょっと、心に突き刺さる。
別の意味で、心臓がドキドキしてきた。
「正直、中原、成績どれくらいなの? 模試の判定は?」
「うっ……」
そういえば、はっきりとわたしの学力を佐々木に教えたことはなかった。
でも、佐々木の目はキラキラしている。
「ま、まあまあだよ、まあまあ……」
「そっか、じゃあ、一緒に頑張ろうな。絶対、一緒に合格しよう」
佐々木の言葉が重い……。
そういえば、最近の模試の成績、どのくらいだったっけ?
適当に書いた札幌からの通学圏内の大学でも、あまり芳しくない結果が出ていたような……。
「ねえ、佐々木」
「なんだ、中原」
「こんど、勉強の仕方、教えて」
「うん、難しいところは、お互いに教え合うと、解き方が身につくっていうからな」
「いや、それよりもさ」
「うん?」
「参考書とか問題集って、どう使えばいいの」
「マジかよ……」
なんだか、前途多難だ。
でも、目標を立てるのは、きっといいことだ。
それが、高望みだとしても。
いや、本当は、わたしと佐々木は、釣り合わない。
佐々木も、本来なら、バリバリの進学校で、上を目指してもよいはずの人だ。
そんな佐々木に、一歩でも近づきたい。
そのために、今できることは、入試勉強しかない。
安直だけれど、何か、自分に課さないと、どうしようもできないような気持ちだ。
期限は、あと一年と少し。なんとか、なるよね……。
なんだか今日の佐々木との会話は、心臓に悪かった。




