第49話 お礼なんて要らないのに(佐々木)
週末の休みの午前中のコンビニは、文房具やトイレットペーパーを買いに来るお客さんが多い。
高齢のお客さんは、なにやら熱心にコピーを取っていく。チラッとのぞくと、自筆の原稿をコピーしている。
タイトルは、なぜか「ああ」とか「嗚呼」からはじめている人が多い。そして、その後に、極寒の北海道での生活とか、私の開拓生活みたいな感じになっている。みんな、何をそんなに嘆いているのか。
その他は、住民票とか印鑑登録、税額証明書を、マイナンバーカードを使って印刷していく人もいる。
午後にもなれば、スイーツが売れ始めるのだろう。
人間の行動は、だいたいが同じになる。
ただ、中原は、なんとなく、そうした一般の行動からはズレている。
「ねえ佐々木」
「なんだー、中原ー」
中原は、先週、すすきので誘拐されそうになった。
腕を見ると、大きなサビオをしている。聞くと、男に腕を掴まれた際に、内出血をしたそうだ。それを隠しているという。
「今日の午後、ヒマ?」
「んー。内容による」
そんなことを言ったが、これといってやることはない。涼しい図書館にでも行って、テスト勉強の範囲を復習しようか、くらいしか思っていなかった。むしろ、中原から誘われたのは嬉しいし、断るつもりなど、はじめからない。
「なんだよ、それ。じゃあさ、大通に行かない?」
「えっ? 大通?」
ちょっと遠くになる。地下鉄に乗らないといけない場所だ。
「ちょっと、デート、行こ」
「デートっ!!」
デートと言われて、ドキっとしてしまった。
いやいや、中原が言ったデートとは、そう表現しただけで、二人で遊ぼう、という誘いくらいの軽い意味だ。何を飛躍させているんだ、あたしは。
「なんだー佐々木ぃー。この中原ちゃんにデートに誘われて、ドキドキしてるのかぁー」
中原が顔を近づけてくる。
「う、うるさい。それより、帰る前に、品出ししていくぞ」
あたしは、そう言って、照れ隠しに、バックヤードに入った。
それにしても、急に誘われた。大通になんて、着ていく服、あったっけ?
そういえば、今日、中原がコンビニにやってきた時には、土日や祝日にいつも着てくるようなラフな服じゃなくて、おしゃれな格好をしていた。かわいらしくて、見とれてしまった。
最初から、あたしを誘うつもりだった?
ひょいっと中原がバックヤードに顔を出した。
「で、結局行けるの?」
そういえば、答えを返していなかった。
「うん。定期券持ってくるから、いったん家に帰るけど」
月寒中央駅の構内、地下鉄がチュンチュンという音を立てて、ホームに入ってくる。
あたしのスカートが風で揺らされる。
「佐々木、けっこうセンスいいじゃん」
「う、うるさいな」
普段、スカートなんて高校に通う制服くらいしか着ない。
去年の冬、売れ残っていた夏物のスカートを、来年のためと思って、相当に割引価格で買った物だ。
安物買いの銭失いというやつで、買ったはいいけど、あたしには合わないと思って、今年になって、衣替えで出してはみたものの、一度も着ないでいたものだ。
「席空いてるよー」
中原が、空席を指さして座る。
しばらく、バイトの話や、高校の話をしていたのだが、地下鉄が豊水すすきの駅で停車すると、中原が急に顔をこわばらせて、話すのをやめた。
先週、この豊水すすきの駅で降りた中原は、誘拐されかけたのだ。まだ、その記憶が残っているのだろう。
「中原、だいじょうぶ?」
「う、うん。アハハ、顔に出ちゃってたね。ダメだなーわたし」
やはり、気にしている。
あたしは、話しをそらす。
「大通としか聞いてないけど、どこに行くの?」
「それは行ってからのお楽しみってことで」
地下鉄は、大通駅に到着した。
「こっちこっち」
中原は、地下鉄大通駅直結のデパートに入っていくそして、躊躇なく、エレベーターまで一直線に歩いていき、上階のボタンを押した。
「お昼ご飯にしよ」
「あ、ああ」
確かに、お昼時でお腹が減っている。
ただ、ここはデパートだぞ。結構お高いのではないか。
ちょっと、持ってきた財布の中が気になる。
「ここっ!」
お蕎麦とお寿司を振る舞うお店だ。それも、それなりに高級で知られたお店だ。
「な、中原。マジでここ入るの?」
「うん。佐々木、アレルギーとかないでしょ?」
「あたしは別にないけれど……」
「それじゃあ、行くよ」
お店の前には、お客さんがたくさん並んでいる。
中には、着物を着てきている、セレブっぽい奥様方もいる。
しかし、中原はその列には並ばずに、
「二人で予約していた中原です」
と、受付に言う。
「お待ちしておりました」
と言われて、スタッフにさっと通される。
「予約って、えっ、中原?」
中原は、はじめから、ここにくる目的だったようだ。それに、あたしの都合も聞かずに、もう予約していた。あたしは、状況がよく分からずに、席まで通される。
窓際の席。テレビ塔と大通公園がよく見える。
休みの日の大通公園は、小さな子供たちの憩いの場所のようになっている。
「いいでしょ」
中原がニコリとする。
すぐにスタッフが、小さなカップを運んできた。
液体が入っている。
グイっと飲み干す。マスカットの味だ。
これが、食前酒というやつなのだろうか。二十歳前だから、ジュースになっているのだろう。
周りを見回すと、やはりセレブな感じの人たちが多い。
「中原、本当に大丈夫なのか?」
「なんもなんも。ちょっとしたお礼だよ」
「お礼?」
きっと中原は、先週あたしがすすきので、助けたことのお礼をしようとしているのだ。
「そんなの、いいのに……」
そう言うそばから、料理が運ばれてきた。
お蕎麦がメインの店だけあって、ざるそばが運ばれてきた。お品書きには幌加内産とある。
そのほかにも、ウドやアスパラの入ったてんぷら、鯛のお刺身、ホッケの塩焼きまである。
「な、中原!?」
ちょっと、やりすぎだ。
「あはは~、たまには、贅沢しないと」
「贅沢ってレベルじゃないって」
「……嫌、だった?」
「嫌、じゃないけど」
「じゃあ、わたしの気持ち、受けてほしいな……」
いや、でもさすがに、このお店で、おそらく相当高いコースの料理だ。
「自分の分は自分で出すから」
「ゴメン、佐々木、今回は、奢らせて……」
「……どうして?」
「だって……」
中原は、目を伏せた。
「佐々木、あちこち擦りむいたじゃん」
「別に、大したことないし」
「それに、警察にも犯人の一味と間違えられて取り押さえられるし……。ちょっと、責任感じて」
「責任って、中原のせいじゃないだろ」
「…………」
中原は、顔を伏せた。
「これじゃあ、佐々木がかわいそうだよ。いつも、見た目で判断されて……。だから」
だから……。そうか、中原は、あたしを同情しているのか、と思った。
なんだか、ちょっと残念だ。
あたしは、外国人っぽい見た目から、人に距離を取られたり、同情されたりすることが多かった。
中原はそうじゃない。みんなとは違って、あたしのことを、一人のあたしとして見てくれる。そう思っていたのだけれど。
もちろん、中原があたしのことを想ってくれるのは嬉しい。でも、複雑だ。
「ううん!」
急に中原が顔を振った。
「あーあー、もうヤメヤメ!」
急に中原が、この場ではマナーに反するように、机に頬杖をつく。
「まったく、佐々木は、人の気も知らないで、ありがたく豪華な料理を奢られてればいいんだよ」
「なっ!」
急に中原がいつもの様子に戻る。
「まったく、確かに、今言ったことは本当だよ。だけど」
「だけど?」
「佐々木、わたしに、気を付けろっていったよね。その時、かわいいとか、百合の花が歩いているみたいとかって言ったよね」
「うっ!」
確かに、警察署で中原に、そう言ってしまった。それは、あたしが中原を見ている本心だ。中原は、かわいい。被害に遭った時のように、クリーム色のワンピースのセーラー服姿の中原を見ると、ドキッとして、目が離せなくなってしまう。だからこそ、変な人が近づいてくるのには、もっと気をつけてほしいと思う。
今日だって、おしゃれをしてきている中原を、週に一度逢うあたしでさえ、いつまでも見ていたい、などと思ってしまっている。
「わたしは、嬉しかったんだよ……佐々木に言われて。それで、舞い上がっちゃって、お礼も兼ねて、こんな暴挙に出たってわけ。それでいい?」
言い終わった中原は、顔を真っ赤にしている。
「なんだよ、それ」
あたしは、ちょっと吹いてしまった。
「そういうの、ナルシストって言うんじゃね?」
「う、うるさいなぁ、もう」
中原は、真っ赤な顔で、顔をプクっとした。
「でも、中原。あたし、こういうの慣れてないから、今度は事前に言ってよ。あたしも、ちょっとくらいは、贅沢する余裕はあるからさ」
実は、そこまでの余裕はないかもしれない。でも、それでも、中原と楽しい時を共有できるのなら、お金を払う価値はあるかも、などと思う。
「そっか……。そうだよね。今度はそうするよ」
「いや、あたしこそ、中原の気持ち、むげにして悪かったよ」
「ねえ、佐々木」
「なんだよ、中原」
「お蕎麦、伸びないうちに食べよ」
「そうだな」
こんな贅沢なお店で、中原と、コンビニでするような話題で盛り上がった。学校のこと。逢えない日のコンビニバイトの様子。
料理は贅沢だ。でも、それよりも、こんなふうに、中原と一緒にいられる時間は、何よりの贅沢だった。
「はあ~、満福満福~」
中原は、クレジットカードで決済した。
「中原、本当にいいの?」
「皆まで言うな佐々木よ」
「そっか。それじゃあ、ごち、な」
「おうっ」
中原が、笑顔で返してくれる。
本当に、お礼なんていらなかったのに。
あたしは、ただ、中原とずっと、この関係を続けられたら、それだけでいいんだ。
「佐々木、今日は、つき合ってもらって、本当にありがとう」
「う、うん。こちらこそ」
「佐々木は、この後、どうするの?」
「そうだなー。せっかくだし、すぐそこの本屋に行こうかな」
「ジャンク堂? 一緒に行っていい?」
「いいけど……。でも、ジャンク堂じゃなくて、そこからマンガイトやスイカブックスの入っているビルを越えた先の、ブックオンに行こうと思ってるんだけど、いいか?」
「うん。行きたい!」
あたしと中原は、連れ立って、中古書店に入っていった。
「佐々木、何見るの?」
「参考書ー」
「えー。なんだよー。せっかくのデートなのにー」
「デート言うな。大学の入試まで、なんだかんだ、あと1年とちょっとなんだからなー」
「ううっ。なんとも先を見据えていることで」
「中原も、大学受験するんだろ?」
「うん、そのつもり」
「どこ受けるの?」
「うーん、まだなんとも言えないんだよねー。一応、札幌市内にはしようと思っているけど」
「そっか」
「佐々木は?」
「あたしは……」
あたしは、実は第一志望は決まっている。入学後、優の成績が多ければ、返済不要の奨学金を受けられる大学、北海道学院大学だ。
家から通えるので、それほど交通費もかからない。
それに、キャンパスライフも面白そうだ。あたしの入りたい学部は、人文系や福祉系が一体となっている。
あたしには、いまのところ、将来の夢はない。だからこそ、ここに入っていろんなことを学ぶことができれば、何かやりたいことが見つかるかもしれない、と淡い期待をもっている。
ただ、問題が一つある。入試が難しいのだ。
北海道内でも、それなりにレベルの高い大学だ。かなりの対策が必要になる。
「そう、なんだ。佐々木、北海道学院受けるんだ……」
中原は、どことなく寂しそうな顔をした。
「そう、だよね。佐々木、頭いいしね」
「まあ、高校で受けた模試の結果は、今のところ、まだちょっと手が届かないってところなんだけどさ。もっと、勉強しないとだよな」
そう、模試では、まだ合格圏にまでは届いていない。
でも、あと1年と少し、頑張って勉強すれば、届きそうな気もする。
「中原も、大学行くんなら、早めに勉強しておけよー」
「…………」
中原から、返事が返ってこない。
「中原?」
「えっ?」
「え、じゃないって。どうした?」
「ううん、なんでもー」
中原は、アハハ、と笑った。
何冊か中古の参考書を買って、店を後にした。
中原は、この後用事があると言うので、大通駅で別れた。
それにしても、今日は、驚いた。
地下鉄の中、スマホで、今日の店のコースを調べる。
(うそ、だろ……)
一人当たり1万円もするコースだったのだ。
中原、こんなにお金、出してくれたんだ。なんだか、悪い気がする。
でも、それ以上に、楽しめた。
本当に、デートみたいだったな……。
中原の、笑顔、ステキだった。今日の中原、かわいかった。
中原はデートなんて言っていたけど、中原となら、恋人になってもいいんじゃないか……。
いやいや、なに考えてんだ、あたし。中原は、バイト仲間。いや、今はそれよりも友達と言った方がいい。そう、かなり仲の良い友達、というやつだ。
あたしがこれまで、あまり深い友達付き合いをしてこなかったから、そんな風に変なこと、思ってしまうんだ。
こんな考え、中原にだって悪い。気持ち悪がられる。
でも……。
なんだか、月寒中央駅まで、ずっと中原の笑顔が、瞼の裏に浮かんでしまった。




