第48話 すすきので誘拐されかけた件(中原)
世の中は、サッカーワールドカップの話題でもちきりだ。
もちろん、スポーツの大会は気持ちが昂る。
ただ、ここまで熱狂しなくても、と思う。
わたしの通う円山女子をあとにして、地下鉄で月寒中央駅まで向かう。
改札を出て、少し行くと、アルバイトをしているコンビニが見えてくる。
いつもは、この行程がやや面倒くさいのだが、今日に限っては、楽しみだ。
なぜなら、今日は、週に一度だけの、佐々木とシフトを組む日だ。
今日も話題はたくさんある。一週間、たまりにたまった話題だ!
コンビニに入ると、北十三条高校の制服姿の佐々木がいた。
「おつかれ~、佐々木、今着たところ? 今日もがんばろー!」
「あ、中原。今日は残念だけど、あたしは帰るところ」
「えっ?」
「メッセージ、見てない?」
そういえば、お昼休みから後、スマホを確認していなかった。休み時間、そして学校を出て、地下鉄に乗ってからは、明日の英語のテストのために、単語の暗記に必死になっていた。
「あたし達の前のシフト、赤坂さんだっただろ。赤坂さん、都合が悪くなったっていうことで、急遽、シフトの時間を交代したんだ」
「え~」
そこへ、赤坂が息を切らせてやってきた。
「ま、間に合いました~」
赤坂は、肩で息をしている。
「佐々木先輩、今日は突然、シフトの時間を交代してもらって、すみませんでした」
「ううん。急用は誰にでもあることだから、大丈夫だよ。えーと、したっけ、また来週、中原」
佐々木は、なんだか寂しそうな顔をして帰っていく。
ブラウスにスカートの制服をきた佐々木を見送る。もちろん、わたしも寂しい。
「中原パイセン、今日はよろしくおねがいし……」
「あ~か~さ~か~」
「ふえぇ……」
一学年下の赤坂だが、なかなかの逸材だ。
仕事はテキパキとこなすし、トイレ掃除も、文句を言いながらも、進んでやりにいく。客がATMを操作できないと、親切に教えている。なかなか、責任感が強い。
佐々木との時間はなくなってしまったけど、まあ、急用なら仕方がない。とくに、責任感の強い赤坂のことだ。どうしようもないことがおこったのだろう。ここは先輩のわたしも、我慢してやることにするか。佐々木にはあとで、スマホでやりとりしよう。
今日は、学校でのサッカーファンのうるさいことったらないことや、そう、赤坂の話題も増えた。
「中原パーイセン、何ニヤニヤしてるんですか」
「うっ!?」
急に赤坂が呼びかける。
「トイレ掃除、終わったの?」
「はい。もうピッカピカですよ! わたしのホームキーパースキルはカンストレベルですからねっ!」
「あー、そうかそうか、えらいえらい」
わたしは、棒読みの返事でねぎらった。
「あのー、中原パイセン」
「なんだー」
「今日は、本当にすみません。中原パイセンと佐々木先輩、一週間に一度のバイトの時、とても楽しみにしてるじゃないですか。それを壊してしまって……」
「!?」
なんだ赤坂のヤツ、そんなこと言ったことあったけ?
「な、なに言ってるんだよ赤坂。別に、わたしと佐々木は」
「あはは、わたし、意外とそういうの分かっちゃうタイプの人間なんですよ。だから、今日はなんとしても交代なんてしたらダメだって思ってたんですけど……。どうしてもはずせない用事ができてしまって。だから……」
「そっか」
なんだかんだ、赤坂はいいやつだ。わたしのことをパイセンなんて呼んでおちょくってくるが、そんなところも、かわいい後輩じゃないか。
「なんもなんもだよ。誰にだって仕方ないことはあるじゃん。もちろん、佐々木と一緒にバイトできなかったのは残念だけど、そこはお金もらってる仕事だし。で、急用って、結局なんだったの?」
「えーと……そのー……」
赤坂は目を背ける。
これは、あまり言いたくない話だ。
わたしも、お嬢様学校で、他人の機微を見逃さない力を磨いてきた。だから、赤坂が、触れられたくない話題だということは、よく分かる。
「あー、悪い悪い。言わなくてもいいよ。むしろ、聞いてごめん」
「ごめんなさい……。こんなことになったのに、言えないことで……。ちょっと、家庭のことで……」
「そっか。それは、言えないよね」
なんだか、グイグイ行きすぎた。反省だ。
「まあ、そのかわり、あんまり佐々木にベタベタするなよぉ~。佐々木はこの中原ちゃんのものなんだからなぁ~」
わたしは、なんとなく冗談を言ってみる。
「ねんですか、それ~。それとこれとは違いますよ~。佐々木先輩は譲らないですからね~」
赤坂も冗談で応えてくる。
ただ、赤坂にはちょっと無理をさせちゃったかな。
学校は違うけど、こんな後輩ができたのは、うれしい。
バイトが終わり、地下鉄月寒中央駅から琴似駅まで向かう。
明日の英語のテスト範囲の単語を覚えながら、まずは乗り換えの大通駅まで地下鉄に揺られる。
しばらくして、車両は急停車した。
地下鉄に乗っていると、稀にあることだ。幸い、遅延したところで、今日の用事はもうない。発車するまで、しばらくこのまま、単語帳とにらめっこだ。
しばらくして、アナウンスがかかる。
東豊線は、車両トラブルで、これからしばらく運休になるらしい。
乗車していた客はみんな、最寄り駅で降ろされることになった。
なかなか、大ごとになったものだ。
幸い、降ろされた駅は豊水すすきのだ。琴似に向かう東西線は平常通り動いているようだし、乗り換えの大通駅までも歩いて行ける。
駅構内は行列が続いている。突然降ろされたり、知らずに駅にきて、地下鉄がストップしており途方に暮れたりしている人など、帰宅ラッシュの客でごったがえしている。
豊水すすきの駅は、あまり利用したことがない。飲み屋街に行く人が主に使う駅だ。地下だと、どうも方向感覚が分からないし、人の波で動きづらい。
とりあえず、地上に出てしまおうと、適当に近くの出口から外に出る。
外も初夏の熱気で熱い。ただ、地下鉄構内よりは、いくぶんかマシだ。
碁盤目状の作りの札幌は、外にさえ出てしまえば、どちらが北か南か、すぐに分かる。
すすきのより北の大通駅を目指して歩き出す。
出た場所は、ちょうどすすきのの繁華街。
なんだか、ピンクの店や、怖い人が入るような飲み屋がひしめいている。
ちょっと、変なところから出ちゃったな……。
うんこ座りをして、タバコを吸っている三人組の前を通る。
三人組はわたしに気づいて、こっちを見る。
円山女子高の、クリーム色のセーラー服が、このあたりでは珍しかったのか、一人が、ヒューっと口笛を吹く。ここは無視だ。
ちょうど、ガラの悪いやつらのいる通りを歩くハメになってしまった。
駅で、きちんと構内図を確認して、安全な大きな道の近くの出口から出ればよかったと、後悔した。
ちょっと、早足になる。狸小路まで行ってしまえば、安心だ。
「えっ?」
突然、右腕を掴まれた。
振り向くと、茶髪の男がわたしの右手を握っている。どこの学校だか分からないけど、高校の制服を、かなりくずして着ている。もう一人は金髪。ガタイがいい。そして、茶髪、紫髪の女二人の四人組のグループ。みんな、首からチャラチャラネックレスを付けたり、耳にはピアスをしたりしている。どこの部族だよ……。
でも、絡まれてしまった……。ここから、なかなか大変なことになりそうだ……。腕を掴まれてしまっている。逃げられない。腕を掴んだ男も、大柄で屈強そうだ。どうしてこう、ガラの悪いやつは、体格がいいのか。栄養が頭ではなく筋肉に極振りされているのだろうか。
「おうおう、円山女子の生徒じゃん。いいの見つけた~」
「キミ、名前なんて言うの~? 何年生~。俺たちと一緒に遊ぼうぜぇ~」
「え~、マジ受けるんだけど。てか、あたし達がいるのに女捕まえてる~」
「なに、こんなのがタイプなの~。なんかむかついてきた~。コイツのことしばきたくなってきた~」
しばくって……。突然腕掴んできたのに、何言ってんだ、こいつら。
「俺、今日車できてんだけど、コイツのこと連れていかね?」
「え~、お前免許もってるの~」
「持ってね~よ」
ギャハハハ、と男二人は笑っている。
そうだ、車なんて、自分を大きく見せたいためにウソを言っているんだ。
「そうそう~。わたし今日、コイツの車に乗せてもらってここまできたんだ~。途中で電柱にぶつけてるの。マジウケたんだけど~」
妙に具体的だ。ってことは、本当に車できている? ちょっと、マジモンのやばいヤツだ、これ……。
「俺、こういう清楚系の子、ちょっと好み~」
そういった男のケツを、女が蹴る。
「わたしマジむかついてきた~。この女、マジしばくわ。ちょっと岩見沢あたりに連れてってやんねぇ?」
「12号線ドライブか、いいなぁ」
待て待て待て、これ、本当にヤバいやつだ……。
最近も、そんな事件、あったよね? 江別とか岩見沢って、そういう事件にこと欠かない場所じゃん。わたしも、そうなっちゃうの? うそ、でしょ?
「パーキング、いこうぜ」
「いこういこう」
みんな、歩き出した。腕を強く引っ張られる。
「や、やめてください!」
わたしは、声をあげる。
パチンっ!!
女が、わたしの頬を思いっきり平手で打った。
「マジうざいんだけど」
声が、出なくなる……。声を出そうとしても、震えて、出てこない……。何? わたし、こんなに弱かったっけ……。痛い……。怖い……。どうしよう……。頭が真っ白になる……。
「うっわー、泣かせたー。泣いちゃったよー」
涙が、頬を伝ってくる。そっか、わたし、泣いちゃってるんだ。どうしよう。声が出ない。助けを、呼べない。
こうした時、どうすればいいっけ? 警察? 交番にかけこむ? でも、土地勘もない。それに、腕を掴まれている。ふりほどけない。
こういう時、怖い人がきた時、どうしていたっけ? そうだ、佐々木。前にも、コンビニで餡マンをめぐって怖い客に詰め寄られた時、佐々木が助けてくれた。
今日は、佐々木に逢えなかった。こんな日に限って……。
佐々木、逢いたいよ……。助けてほしいよ……。
「佐々木ぃー!!」
あたしは、大声を上げた。
佐々木の名前だけは、大声で呼ぶことができた。
「なに、佐々木? 誰?」
「マジ受けるんだけど? だれ、佐々木って? 彼氏?」
さっき、頬を平手で打った女が、こんどはわたしの髪を思い切り引っ張る。
「ちょっとかわいいからって、調子乗ってんじゃねーぞ」
髪を引っ張りながら、頭をグラングランと動かす。
もう一人の女が、
「シュート!!」
などと言って、わたしのお尻を蹴っ飛ばした。
「ううぅ……」
なに、この痛さ。
「ギャハハハハ、マジ鬼ゴールなんだけど」
男が、意味不明なことを言って笑っている。
「円山女子の制服汚れたら、コイツセンコーに怒られるんじゃね?」
「クリーム色に靴の後ついてんじゃん」
男たちは、盛り上がっている。何、制服フェチなの?
そんなどうでもよいことを考えてしまう。妙な部分は冷静なのに、助けの求め方を考えようとすると、急に思考がまとまらなくなってしまう。
「佐々木! 佐々木!」
わたしは、大声で叫ぶ。それしかできなかった。
どっ!
女が、わたしのお腹に、強烈にパンチを喰らわせた。
「うっわー、腹パン、痛そう~」
男立が、また笑う。
お腹、痛い。吐きそう……。息、できない……。
もう、佐々木のことを呼ぶことができない。
目の前に、青色の車が見えた。
男が乗り込む。わたしの腕を掴んでいた男が、後部座席に押し込もうとする。
だめだ……。もう、抵抗できそうにない。
本当に、わたし、どうなっちゃうんだろう。もしかして、今日で、終わりなのかなぁ。
今日は、一週間溜まった話題で、佐々木とおしゃべりしたいこと、いっぱいあったのに。それに、赤坂が、なかなかいい子だっていう報告もしたかった。
だけど、もう、叶わないのかな……。
最後の日は急にやってくるっていうけど、わたしにも、そんな日が、やってきちゃったのかな……。
頭を強く押されて、車の後部座席に押し込まれる……。
そこへ、突然、どこかから体当たりされた。
わたしは歩道に思い切り転がる。
押し込ませようとしていた男も、一緒に転がったのが分かった。
「中原!!」
うそ……!
佐々木、夢じゃない!?
なんで佐々木がこんなところに……?
でも、確かに佐々木が立っている。コンビニから帰っていった、あの制服のまま。
「てめえ、何なんどぅあ……」
佐々木が、男のことを思い切り殴った。
女二人は、キャーキャー言って車に乗り込む。
車は、男一人を残して走り去る。
倒れた男は車が行ってしまったことに唖然としていたが、急に振り返って、
「このアマぁー」
と、ポケットから折りたたみ式のナイフを出してきた。
「佐々木、逃げて!!」
しかし、佐々木は、回し蹴りを男に喰らわせて、男は後ろに倒れた。
そこへ、騒ぎに気付いた警察が複数人でかけつけてきた。
男は警察に気づき逃げようとするが、佐々木のダメージを喰らってうまく走れないようで、すぐに警察に取り押さえられた。
ただ、佐々木も、警察に馬乗りになって拘束されてしまった。
「ち、ちがうんです。その子は、佐々木はわたしを助けてくれて」
わたしが言うが、警察はまずは制圧とばかりに、佐々木の動きを封じている。
「や、やめてください。おねがい、おねがいです……」
そんな……。どうしてわたしを助けてくれた佐々木が、こんな目に……。
佐々木が、うつぶせにその場に倒されて、手を後ろにされて拘束されている。
「ごめん、ごめんね、佐々木……」
わたしと佐々木は、警察署にいた。
一通り、取り調べが終わり、知り合いだったということも分かってもらえて、同室の部屋で待機させられている。
「ごめん……佐々木……」
「いや、まあ、そりゃ、間違えられるってのは分かるからさ……」
わたしは、平手打ちされて頬が腫れあがっていたし、体当たりされた衝撃で、膝をすりむいていた。
でも、それ以上に佐々木のダメージの方が大きかった。
警察に取り押さえられた時についた傷で、顔や足、腕のあちこちに擦り傷があった。
「まあ、中原も災難だったよな。地下鉄が止まってすすきのを歩いて絡まれるなんて」
「災難は、佐々木だよ。わたしを助けてくれたばかりに……」
「本当にびっくりしたよ。コンビニバイトの時間が早くなったから、お母さんに栄養のあるものでも差し入れようって、家に帰ってお弁当作ってすすきののバーまで持っていったんだ。その帰りに、あたしの名前を呼ぶ声がするから。佐々木なんて、どこにでもある名前だからとも思ったけど、妙に中原の声に似てるなーって思って行ってみたら、本当に中原だったんだもんなー」
「佐々木がきてくれないと、わたし、殺されてたかも……」
「だなー……」
警察が言うには、あの四人組は相当に柄の悪い連中だったようだ。
もしかしたら、最悪のことが起こっていたかもしれない、ということだ。
いや、本当に、そうなっていた気もする。
「中原」
佐々木が、あたしの目を見る。
「中原、そろそろ自覚しろよ。中原って……、本当にかわいいんだから」
「うっ!?」
突然、何を言い出すのか。ここは警察署だぞ……。
「前にも痴漢にあっただろ。中原かわいいし、そんな中原が、円山女子の制服着てると、本当に、なんていうか、百合の花が歩いているみたいな感じになるんだよ……。もうちょっと、気を付けた行動をとらないと」
「ううっ……」
なんなんだ、この注意の仕方は……。反省していいのか、恥ずかしがった方がいいのか、分からないじゃないか……。
「とにかく、外見で判断するのは違うと思う。でも、中原はこうやって、変なやつに絡まれるし、あたしは、はじめあの連中の仲間だと間違えられるしで、分かるだろ」
そうだ。佐々木は、その外国人っぽい外見、そして、初対面の人からは目つきがきつく思われてしまうところがある。
その外見から判断されたのだろう。佐々木はあの四人組の仲間と勘違い差されて、警察が馬乗になって、拘束されてしまう目に遭ってしまったのだ。
「佐々木、本当に、ごめんね……。気を付ける……」
それしか言えなかった。
「はあ、でも、このあたりって、やっぱり治安悪いんだな」
「そうなんだね。ちょっと、びっくりだよ」
「ねえ、あたしのこと、幻滅した?」
「えっ?」
話の脈絡が突然切り替わって、何の話題なんだか、よく分からない。
「いや、こんなところで、あたしのお母さん、働いているんだよ。柄の悪い人も相手にしている。もちろん、それは、あたしと弟を育てるためだけど。でも、事実は、そんなお母さんの娘なんだよ、あたしは。そして、あたしが育つのに使われてきたお金の中には、もしかしたら、汚いお金もあるかもしれない」
「佐々木!」
わたしは、なぜか声を上げてしまった。
「そんなこと、ないよ。わたしが佐々木に幻滅することなんて、絶対ない。それに、お母さんも頑張って働いているんでしょ。お母さんが悪いことしたわけじゃないんでしょ。なら、いいじゃん。立派だよ。とても立派だと思うよ」
なぜか、わたしは泣いてしまっていた。
「そんなこと、言わないで、ほしかった……」
「ごめん、中原……」
佐々木が、わたしの頭をなでてくれる。
なんだか、温かい。
なんで、佐々木はこんなにわたしを大切にしてくれるのか。大好きだ。
取調室のドアが開いた。
「よく、キャバクラのママが着ている衣装のイメージそのままの女の人が入ってきた」
「お母さん!!」
佐々木が叫ぶ。
「あらあら、こんなに汚れちゃって。警察から聞いた時、びっくりしたわ」
「仕事、抜けてよかったの?」
「娘が事件に巻き込まれたんですもの。こんな時に来られなくて、何が親よ」
「ありがとう……」
佐々木が、ほっとしたような顔をした。佐々木も、こんな顔をするんだ。
「あなたが、中原さん?」
佐々木のお母さんが、わたしのことを見る。
「は、はい……」
もしかして、娘を傷付ける原因を作ってしまったこと、怒っているだろうか。そりゃ、怒るだろ。お嬢様学校の世間知らずが、お花畑を歩くように盛り場を歩いて事件に巻き込まれた挙句、自分の娘が怪我をする原因を作ったのだ。
「うん! 想像通りの子!」
わたしの予想とは真逆に、佐々木のお母さんは、なぜか嬉しそうだ。
「あんた、この子のために怪我までして。ああ、ボロボロじゃない。でも、名誉の負傷ってやつね!」
「ちょ、お母さん……」
「中原さん、この子ったらね、最近はコンビニバイトで中原さんと一緒に仕事したことばかり、楽しそうに話すのよ。この前も人材交流に選ばれて、一緒に釧路に行ってきたのよね。すごく楽しかったんですって」
「や、やめてよお母さん!!」
佐々木が照れている。お母さんの前だと、その照れ方は、いつもとはまた違う。
「あら、ごめんなさいね。でも、この子、昔からあんまり友達もできないから心配してたのよ。こんな外見でしょ。それに、うちは水商売ってのもあるから。みんな近寄るのをためらってしまってね。もしよかったら、今後も、この子のこと、よくしてあげてね」
「も、もちろんです!」
わたしは、立ち上がって言った。
それに、そんなことは、言われなくてもってやつだ。
むしろ、よくしてもらっているのは、わたしの方だ。わたしは、佐々木に、何か返せているのだろうか?
「じゃあ、私達は帰りましょう。中原さんのご両親も、もうすぐ来るそうよ」
そこへ、警察が入ってきた。佐々木のお母さんに、何か伝えたいことがあるそうだ。
すぐに終わると言って、佐々木のお母さんは、警察と一緒に部屋を出て行った。
「佐々木のお母さん、パワフルだね」
「ああ。すごいだろ……?」
佐々木は、やれやれ、という顔をしている。
「でも、佐々木、愛されてるんだね」
「ああ……」
佐々木は、嬉しそうな顔をした。
「それより」
佐々木が突然立ち上がって、わたしに近づく。
「佐々木!?」
佐々木が、ひしっと、わたしに抱きつく。
「えっ、なに、してるの?」
「本当に、よかった。中原が、無事で」
「佐々木……。なに、それ……」
「あたし、さっきから、想像すればするほど、怖くなってきている。もし、タイミングが悪くて、誰にも気づかれないまま、あのまま、中原が連れ去られていたら、って思うと。正直、あたし、中原を、失いたくない」
ドキッとした。わたしを、失いたくないって……。
「ごめん。いま、一番怖い思いをしているの、中原なのは分かってる。だけど、あたしも、自己中心的な考え方って思われるかもだけど、中原がいなくなるの、怖いんだ……」
「うん……。ありがと、佐々木」
すぐに、佐々木のお母さんが戻ってきた。
「先に帰るけど、大丈夫?」
「なんもだよ。今日は、本当に、ありがとう、佐々木」
「ああ。したっけ」
取り調べ室には、わたし一人、残された。
佐々木、わたしのこと、百合の花みたいでかわいいって言ってたな……。
そんなこと、人から言われるなんて、思わなかった。それ以上に、佐々木から言われたことが、嬉しい。
ううん。嬉しがっている状況か。
もしかしたら、連れ去られて、今頃、石狩川あたりに浮かぶか沈むかしていたかもしれない。そう思うと、急に怖くなった。一人になると、恐怖がどんどんやってくる。この世界線は様々に分岐してできあがっていると言うけれど、佐々木が助けてくれず、誘拐されていた世界線もあったのだろうか。
でも、なんとなくだけど、どの世界線でも、佐々木が助けに来てくれたような気がする。
佐々木は、格好よかった。体当たりで助けてくれた。それに、相手には回し蹴りだ。
王子様みたいって、こんなことを言うのかな……。いや、むしろ、姫騎士って言った方がよいか……。
佐々木の顔を思い浮かべると、胸がキューっと締め付けられる。
なんだろう、この想いって……。
そこへ、ドアを蹴破るようにして、入ってきた人がいて、驚いてしまった。
「大丈夫だったか!!」
お父さんだ。後ろから、警察に案内されてお母さんもくる。
「顔も腫れて。なんていうことだ!」
心配されているなぁ、と温かい気持ちになる。
怖い思いはしてしまった。だけど、それと一緒に、暖かな気持ちも、知ることができた。
それと、もう一つ、暖かな気持ちとは、また違う、佐々木のことを考えると、胸がキューっと締め付けられるようなこの気持ちは、いったい何なのだろう? もしかして、腹パンされた後遺症か?




