第46話 人材交流in釧路(中原)
「さっむ!!」
バスから降りたとたん、冷たい風が容赦なく体を痛めつける。もう、傷つけるといった方が正解か。
札幌は温かかったのに、釧路は極寒だ。
「ねえ佐々木」
「なんだ、中原」
「もう、冬だよ、冬! 釧路ってこんなに寒いのぉ~!!」
「海に近いからなー。あたしも、何気にはじめてきたな、釧路って」
「しかも、体痛っ!」
「ああ……。それよりあたしは、バスであまり眠れなくて、もう疲れてる……」
佐々木の瞼の下に、クマができている。
そう、わたしと佐々木は、コンビニバイトの人材交流のために、札幌からの夜行バスで釧路にきているのだ。
「まったく、あの店長ときたら! 急に言うなっつーの。もう働く前から疲れマックスだよ」
「夜行バスなんてはじめて乗ったな。調べてたら、東京から名古屋に行くのと同じくらいの距離らしいぞ」
「東京から名古屋……。どんなもんだか分からないけど、とにかく、飛行機使わせろよ! 丘珠からならすぐだろ! ケチと節約は違うっつーの!!」
そんなことを言っていたら、後ろから飯場のねーちゃんがあくびをしながら降りてきた。
「ふぁぁぁ。まったく、あんたら朝から元気だなー」
飯場のねーちゃんは、わたし達と同じくらいの年齢だ。そういえば、はっきりとした年齢はまだ聞いてなかった。いや、今はそんなことどうでもいいか。
飯場のねーちゃんは、釧路の同じ系列のコンビニのアルバイターだ。昨日まで、わたし達のコンビニに人材交流で派遣されていた。そのお返しの形で、わたしと佐々木は、遥々釧路まで送り込まれたというわけだ。
「今日は、みっちり働いてもらうからなー。えーと、8時30分から午後5時までか。正社員級だな」
飯場のねーちゃんが、豪快に笑う。
「ムムムぅ~。これは食べずにやってられないよ。今、6時になったところか。佐々木、さっそく、海鮮丼食べよう。今日くらいは豪華に行くよ!」
「和商市場が近くにあるぞ。いや、浜辺の方に行って炉端焼きもいいな」
わたしと佐々木は、とにかく何かを口にしたいと思っている。
「いや、あんたら、どっちもまだ営業時間前だからな……」
わたしと佐々木は、飯場のねーちゃんの運転する軽自動車に乗っている。
「あのー、飯場……さん? 免許持ってるんですね……」
「おっ、中原、先輩だってわかったら、突然敬語か?」
「いや、それは、マナーっていうか」
「アハハ。別にいいのに。あんたたちと、一つしか違わないよ。四月生まれだから、いま18歳。高校に通っていれば高三だよ」
「通っていれば?」
「ああ。高校二年で面倒になって辞めたんだー。まあ、高認は取って、大学にはいくつもりだよー」
「そう、だったん、ですか……。なんか、すみません」
「あっははは、中原、なんだよそれ」
飯場のねーちゃんは、よく笑う。でも、その豪快さの裏には、たいへんさもにじみ出ているようだ。
自動車免許を取るのには、ある程度のお金が必要だ。それに、飯場のねーちゃんの運転技術はなかなかのものだ。わたしのお父さんが運転するのと、大差ない。4月早々に免許を取得していたとしても、かなり安心したハンドルさばきだ。将来のことを考えて、きちんと歩んできている証拠だということは、わかる。
「中原、気にするなよ。これでも地元に帰ってきて、結構楽しくやってるんだからさ」
「地元って、釧路から出ていたんですか?」
「ああ。中学を出て、東京の女子高に行ったんだ。ちょっと自慢になるけど、なかなかの進学校だったんだぞ。成績もそれなりにいい線行ってたんだけどな。学園祭に力を入れている学校で、あたしも実行委員にまでなって頑張ってたんだ。だけど、張り切りすぎて、周りと軋轢ができちゃったんだ。もう分かったと思うけど、あたし、こんなガサツな性格だろ。ちょっと周りの子たちとうまくいかなくなってさ。中原も女子高だし、分かると思うけど、なかなか粘着質なイジメになるんだよな。まあ、あたしはいじめられたって屁とも思わなかったんだけど……。結局、イジメられている方が妥協しないといけなくなって、自主退学って形になったってわけ。ウケるべ?」
わたしと佐々木は、飯場のねーちゃんの運転する車の後部座席で、顔を見合わせた。
「あはは、なんか、ごめんな。同世代の人に、聞いてもらいたかったのかもな。あたしも焼きが回ったな」
「あのっ!」
わたしは、急に大声をあげてしまった。
「どした?」
「ぜんぜん笑えない話だと思います」
「あはは……。中原、やっぱあんた、いい奴だな」
車は、海岸線に出た。
土砂の集積場や大きな円形のため池のようなものが見えてきた。
「あっちの山のようになってるのがズリ山。水をためているのが選炭場な」
「おじいちゃんから、聞いたことがある……」
そういえば、おじいちゃんが、炭鉱の話をする時に、そんな単語がよく出てきた。実際に目にするのは、初めてだ。
「ついたぞ」
車は、工場群の中のコンビニに停まった。
「釧路まできてもらって悪いけど、朝食はロスった弁当な。朝は忙しいぞぉー」
わたしと佐々木は、事務所で店長に挨拶し、ロスしたお弁当を食べる。釧路にきたのに、いつも見ているおなじみのコンビニ弁当だ。なんだか、残念だ。食べ終わると、早速コンビニの制服に着替える。
「今日はあたしが、二人の指導係ってことになっているけど、まあ、指導するまでもないな。ただ、客層は月寒のコンビニとは違うだろうから、そのつもりでな」
8時30分にわたしと佐々木はレジに立つ。
もうすでに、コンビニの中には、大勢の作業着姿の人たちであふれている。中には、ヘルメットを付けている人までいる。
おにぎりとお茶、サンドイッチ、それから弁当。飛ぶように売れていく。
タバコも、銘柄を言われる。普段、番号で言われているので、あわててしまう。
「店員さん、急いでちょうだいよー」
「新人さんかい?」
それには、ちょっとくやしかった。いつも、タバコは番号で言ってもらっている。それがルールではあるが、それでも、なんだか、くやしい。
「あー、ゲンさん。この子たち、札幌から人材交流で来ているんです。番号で言ってください。その方が都会流ですよ」
「そうだべか。したっけ、えーと、10番かい?」
「俺は15番のやつだべ」
しばらくして、ようやくコンビニは落ち着きを取り戻した。
「ねえ佐々木」
「なんだ、中原」
「なんか、わたし、横着してた気がする」
「いや、今は、お客さんに番号で言ってもらうのをルールにしているし、中原が気を揉むことじゃ」
「いや、でもさ」
わたしは、商品棚の前で、お客さんの相手をしている、飯場のねーちゃんを見る。
飯場のねーちゃんは、そのお客さんに、
「今日は休みなんですねー。調子の悪くなったコールカッターは直ったんですかー」
などと、会話している。
「これが、地域密着型ってやつなのかな?」
「まあ、あたし達の働いている月寒のコンビニは、固定客って、あまりいない場所だし」
「でも、何人か、おなじみの人、いるじゃん。たぶん、この人、これ探してるんじゃないかなって思っても、わたし、声とかかけてこなかった」
「それは、あたしも一緒だよ」
「仕事って、何なんだろうね」
「もらえるお金は同じだから、出過ぎたことするまでもないけど、考えさせられるよな」
ふと、わたしと佐々木の視線に気づいて、飯場さんがやってくる。
「たいへんだったっしょ? ちょっと口の悪い人もいて、ごめんな」
「ううん。勉強になりました!」
それは、わたしの本心だった。
「そっか」
飯場のねーちゃんは、ニコリと笑った。
「よし、じゃあ、もうすぐ次の波が来るぞ。炭鉱から上がってきた人たちが、帰宅がてらに寄るんだ。札幌だと、この時間にあまり売れないものが売れるぞぉー」
言うか言わぬかといううちに、私服になった男たちが、店にどっと入ってくる。
「おう、今日はあの焼酎、入荷してくれたべか?」
「ウイスキーに合う氷、アイスのコーナーでよかったんだべか?」
ビールに日本酒、焼酎にウイスキー。お酒が大量に売れる。
「おう、今日はなんだか、めんこい娘がいるべ?」
「人材交流? 札幌から? そりゃーいいべさ、都会っ子だべ。どうだ、おっちゃんと一緒に飲むべさ」
出勤前の人と比べて、みなにぎやかだ。
「ちょっとイチさん、熊みたいな顔で近づいちゃだめです」
「ジローさん、なにナンパしようとしてるんですか。警察呼びますよ」
「サブさんはお酒禁止になってるでしょ。今日は売りません。中原、キャンセル処理して」
そんなにぎやかな一団も、次第に去っていった。
客の嵐が過ぎ去ると、店には、たまたま車で通りかかった観光客が、飲み物やお菓子を買いにくるくらいになった。
「中原、佐々木、ありがとう。月寒と比べて、どうだった?」
「いや、朝から元気ですね」
「アハハ。そうそう。佐々木はどうだった?」
「なんだか、出勤前の人と、これから帰宅の人で、顔つきが違いましたね」
「佐々木、するどいな。炭鉱は危険がつきものだからな。入坑したら生きて帰ってこられるか分からない。だからこそ、出勤前は緊張しているし、帰ってきた時はほっとしているんだよ。もちろん、今の炭鉱はとっても安全だけど、それでもみんな、気を張っているんだ。釧路は漁業も盛んでしょ。漁師も危険で、船底一枚底は地獄なんて言葉もある。釧路は、死と隣り合わせに発展した町なんだよ」
そう言われると、朝降り立った時に体を痛めつけるかのように感じた風が、昔の人たちの亡霊が、ここに立ち入らせないため、人を拒むためのものだったように感じられた。
この釧路で死んでいった人たち。自分たちのようにはなるなと言って、子孫に注意を与えているかのよう。
「だけど、それでも、わたしは釧路が好きだなぁ」
急に飯場のねーちゃんが言った。
「東京に出て、やっぱり地元がいいなーなんて思ったんだ。そういう意味では、東京の女子高の経験も、よかったのかもな」
死んでいった先祖は、自分たちのようにはなるなといって警告している。その警告が、今日の朝の入坑前の炭鉱マンの緊張した顔につながっていたのかもしれない。その戒めは、今も伝承されている、そんな感じがした。
「さあ、中原、佐々木、そろそろ昼休みにしようぜ。近くに回転寿司の店があるんだ。レベル高いぞぉー」
回転寿司でたらふく食べてしまった。
まだ旬の時期ではないが、やはり釧路と言えばサンマだ。
去年の冷凍サンマだとは言うが、釧路で食べるサンマは格別だ。骨がコリコリ、身はトロトロ。
そしてなんといっても、イワシだ。まだ時期ではないが、少し出回り始めているという。
回転レーンを回っているイワシは、油がギトギト。見た目はグロテスクだ。
見た目はあまりおいしそうではないのだが、飯場のねーちゃんにうながされて、レーンからイワシの皿を取る。
佐々木がハラハラと見ている。
ままよ、と思って口に運ぶ。
すると、見た目ではギトギトの油だが、口の中でサラッと溶ける。それとともに、イワシのなんとも言えない、青魚らしいさわやかな甘みが広がる。僅かにかおる、いわゆる生臭さも、アクセントを加えている。
「マジ! これ! イワシって、こんなにおいしいの!!」
やみつきになる、とはこのことを言うのだろうか。
「おい中原、イワシばっかだな……」
「佐々木も食べなよ。こんなおいしいの、釧路でしか食べられないよ」
食べ終わってからのお会計、飯場のねーちゃんが、
「よーし、ここは先輩が後輩ちゃんにいいところを見せてやるべ!」
と伝票をレジに持って行った。
ただ、
「ゴメン……。足りなかった……。不足分だしてぇ~」
とこちらを振り返ったのには笑ってしまった。
「飯場さん、格好つけすぎですよ!」
なんだか、気楽に話ができるようになっていた。
コンビニへ戻ってきた。
「さあ、中原、佐々木、午後も頼んだぞ……」
店の奥の人物に気づき、飯場のねーちゃんの声が、次第に細る。
優しそうな顔つきの、わたしたちと同年代の男の人が手を振っている。
「おう、飯場」
「よ、よお……」
飯場のねーちゃんの声は、高音になっている。
「って、どうしたの。予備校は?」
「今日、急に建物が停電になって、中止になったんだ。だから、帰る途中に弁当でも買って帰ろうと思ってさ。忙しかった?」
「い、いや……。ああ、この子たちね、あたし達の一つ年下の後輩。人材交流でわたし、札幌に行くって言ってたっしょ。帰り、夜行バスで連れてきたんだ。あ、お土産、持っていこうと思ってたんだよ。札幌には餃子カレーのチェーン店があってね。そこのルーと餃子買ってきたんだ……」
「そっか、ありがとな。それより飯場も、ちゃんと勉強がんばれよ。高認取れないと、大学受験どころの話じゃないんだからな」
「ちゃんとやってるって」
「まあ、飯場は偉いからな。心配なしか。じゃあ、お土産期待しているからな。したっけ」
「うん。したっけね……」
飯場のねーちゃんと話していた男の人は去っていった。
「えーと、飯場、さん?」
飯場のねーちゃんは、顔をかぁ~っと赤らめて、両手でその顔を抑えている。
「うっ、飯場さん、発情してるじゃん」
「は、発情言うな!」
午後の仕事は主に棚出しだ。
ただ、月寒とは違って、食べ物の分量が多い。
それに、酒の種類も豊富に取り扱っている。
明らかに炭鉱で働いている人たちをターゲットにした品ぞろえだ。
「ねえ佐々木」
「なんだ、中原」
「飯場さん、発情してたね」
「だから、発情なんて言うなよ。でも、なんか、かわいかったよな」
「うんうん。飯場さんのこと、応援したくなるよね」
「だな。これは追跡調査が必要だな」
そんな話をしていると、後ろに飯場のねーちゃんが立っていた。
「おい、あんたたち、仕事中は無駄話するな」
わたしと佐々木は、お互いに苦笑いした。
そんな午後の仕事も、はじめてしまえばあっという間だった。
5時になると、夕日も落ち始めていた。北海道でも東部の地域なだけあって、釧路の夕暮れは早い。
店長と別れの挨拶を交わす。これで、人材交流はおしまいだ。
飯場のねーちゃんの車で送られる。。
「高速バスにはまだ時間があるな。よし、スパカツ行くぞ!」
「スパカツ? アイドルのカツドウ的な? スーパーで何か買うんですか?」
すると、佐々木が横からヤレヤレ、というポーズを取る。
「なんだよ中原、知らないのか。釧路のB級グルメだぞ。スパゲッティのうえにカツが乗っているんだ」
「えぇー。今はスパゲッティのことパスタって言うじゃん。なんでパスカツじゃないのさ」
「屁理屈言うなよ。そういう名前なんだから仕方ないだろー」
「まったく納得できないよー」
そんなわたしと佐々木のやり取りを聞いて、運転席の飯場のねーちゃんは、アッハハハ、と大笑いしていた。
「スパカツおいしっ! ミートソースなんだ! かつにミートソースも合うんだね。釧路といえば海鮮って思ってたけど、これもアリだね!」
「中原、服にはねさせるなよー」
飯場のねーちゃんは、一緒にスパカツをほおばりながらも、わたしと佐々木を見て、ニコニコしている。
「なんか、ありがとな」
「えっ、なんですか、急に」
「いやー。正直、こんなに楽しくなるとは思ってなくてさ」
「まったくそうですよ。わたし、最初、清楚を装った毒舌っぽい中原とかって言われたんですよ。第一印象最悪でしたよ」
「アハハー、悪い悪い。でも、わたし渡辺さんと組むこと多くてさ、二人の話色々聞いていて、先入観ってのがあってさ」
「何言われたんですか」
「中原はお嬢様学校に通う清楚な子。だけど、この前大きな問題をおこした。たまに毒を吐く」
「うっ」
わたしは、スパゲッティを喉と口の中間で止めてしまい、むせそうになる。
「佐々木は、なんというか、おいらん系?」
「なんですか、その評価」
佐々木は、はあ、とため息をつく。
「まあ、そんな先入観があったからさ。悪かったって」
飯場のねーちゃんは頭をポリポリとかく。
「それなら悪かったついでに教えてほしいんですけど」
「おう、なんでも聞きな」
「飯場さんって、さっきの男の人のこと、どう思ってるんですか?」
「えー、男って、誰の事かなー?」
飯場のねーちゃんは、目を横にそむける。
「告白とか、しないんですか? あれは、結構、いけると思いますけど」
「アハハ……。実は、わたしが告白されたんだ」
「ええっ!」
わたしと佐々木は、同時に大声を出した。ミートソースが、喉の奥から出てきてしまい、むせてしまう。
「水飲めって中原。中学の卒業式の日に、告白されたんだ。あいつとは、幼馴染ってやつでさ、家が近くて、昔から一緒にいたから、びっくりしちゃって。異性として意識なんてしてなかったから、その時は、本当になんと言っていいか分からなくて。ばっかじゃねーの。わたしはわたしの道を行くから。わたしは東京に行くんだから、まとわりつくんじゃねー。迷惑だ、なんて言っちゃって」
「うっわー。正直、それ、引きますよ……」
「ただ、わたしも弱いよな。高校でいじめられた話しただろ。朝は、強がって、屁とも思わなかったって言ったけど、正直、相当こたえてたんだ」
それはそうだ。女子高のイジメほど、陰湿なものはないことを、わたしは知っている。
「情けないけどさ、ひどいこと言われて、頭からバケツの水ひっかけられた時なんかは、いじめっ子の前で座り込んで、泣いちゃったし……。あれは、屈辱だった。わたしの人生の中で、一番の屈辱。人前で泣いたのなんて、その日だけだよ」
そう、こんなガサツを自称するような人の心まで折ってしまう。それが、イジメなのだ……。
「それ、すごく酷いと思います」
「ああ。その日にさ、寮の電話からこっそり電話かけたんだよ。あいつに。辛いって。泣きながら。なんでだろ。なんであいつだったんだろうって、思ったけど。声を聞きたかったのが、あいつだったんだよ」
「幼馴染って、やっぱり、安心するんですね」
「ああ。そうしたら、あいつ、すごいんだ。今から行くって言って、本当に夜の飛行機で飛んできちゃって。寮に殴り込みだった。飯場をイジメたのは誰だ! って大声で入ってきて。そりゃ、女子高に男が突然大声で入ってくるんだから、みんな驚いちゃって。わたしをイジメていた奴らは逃げ出して……。わたしもそんなことされるもんだから、驚いた。こいつ、普段はおとなしいのに、こんなことするんだって」
「すごい、事件ですね」
「そう。あまりにびっくりしたから、ちょっと何してんだよって言って、腕を掴んで寮を飛び出したんだ。その日は、もう寮には帰る気にもならないから、一緒に二十四時間やっているカラオケ店に行ったんだ。わたし、何を話していいか分からなくて、何も言えなかったらさ、あいつ、わたしの隣に座って。ずっと手を握っててくれたんだ。釧路を出た時にふった相手なのに、こんなことされたんじゃ、申し訳なかったけど、とっても暖かくて……」
「いい人なんですね」
「ああ。その後、わたしが高校を追い出されるようにして退学して釧路に戻ってきたらさ、あの告白も、東京での件も何もなかったようにふるまってくれて。でも、そんなところが、わたしのこと、想ってくれてるんだなって思ったら、なんだか、わたしが意識するようになっちゃってさ」
そこで、飯場のねーちゃんは、はぁ、と溜息をした。
「でも、わたしとあいつじゃ、つり合わないんだよ。あいつはさ、将来は炭鉱で働くんだ。炭鉱の職員になるんだって言って、必死に工学の勉強をしている。一方のわたしは、高校中退なんだ。炭鉱の職員って、結構レベル高いんだぞ。炭鉱には、職員と鉱員がいて、職員は炭鉱の中で仕事をする鉱員の安全や労働環境の改善にも携わる。勉強もできて、実力だって高めないといけない。だから、わたしなんかが、あいつと付き合ったら、きっと足を引っ張ることになる。だからわたしも、高認を取って、きちんと大学にも行こうと思ってるんだ。あいつを支えられるくらいになってから、今度はわたしがあいつに……告ろうと思ってる!」
飯場のねーちゃんは、額に汗を浮かべていた。
「まあ、もう、愛想つかされてるかもしれないんだけどさ」
「ううん。きっと、飯場さんの想い、分かってくれますよ」
「あたしもそう思います」
「アハハ、ありがとな。そういうことにしておくよ。とにかく、わたしは、高認を取って大学にも行って。将来は車であいつの送り迎え、なんてな」
すると、仕切りをした隣の席に座っていた人が突然立ち上がった。
ふと見ると、
「!!」
コンビニで逢った、飯場のねーちゃんの幼馴染の、あの男の人だ。
「えっ!! なんでおまえ、ここにいるんだよ」
「いや、偶然だよ。飯場こそ、先に俺がいたのに、気付かずに隣に座りやがって」
「えっ、うそ、それじゃあ、今の話、全部聞いてたのか?」
「ああ……」
「うそ……だろ……。いや、ち、ちがう。ちがうんじゃないけど、違うんだからー!!」
飯場のねーちゃんは、気が動転している。
それはそうだ、相手への好きの気持ちをわたしと佐々木に話したら、その相手が隣で聞いていたのだ。
「なあ、飯場、いや、昔みたいに、まいんって呼ぶ」
「ひゃい!」
「まいん。俺、待っている。いや、それよりも、俺だって、中学の卒業式の日にふられた時から、お前にふさわしい男になって、もう一度告白しようと思って頑張ってたんだからな」
「にゃ、にゃんだよ、それ」
「だから、お互いに頑張って、ある程度目標を達成したら、お互いに、告白するってことで、いいか?」
「……はい……」
札幌に向けた夜行バスが出発する。
飯場のねーちゃんと、彼氏? いや、まだ幼馴染さんだけど、その二人が見送ってくれた。
窓から、飯場のねーちゃんが手を振っているのが見える。もう片方の手では、幼馴染さんと、手をつないでいるのが見えた。
「ねえ佐々木」
隣の席に座る佐々木に話しかける。
「なんだ、中原」
「なんだか、楽しい旅だったね」
「いや、仕事な。でも、うん。楽しかったな」
「なんだか、わたしたち、恋のキューピットになっちゃったね」
「そうだな。飯場さん、うまくいくといいよな」
「きっと、大丈夫だよ」
ここは多くの人たちが命をかけて働いてきた場所。
「遠くに、炭鉱の工場群が見えるな」
佐々木が指さす。
「うん。不夜城ってやつだよね。なんだか、きれいだね」
「さっき、バスの待合室のパンフレットを見てたんだけど、石炭って、昔はその重要性から黒いダイヤなんて表現されてたんだってな」
黒いダイヤの採れる場所釧路は、多くの人たちが命を輝かせて、つないできた場所なんだ。




