第45話 元に戻った生活?(佐々木)
金曜日の夕方。明日から休みと考えると、幾分か気が楽だ。
「ねえ佐々木」
「なんだ、中原?」
「ここしばらく、たいへんだったよねー」
ここのところの疲れがどっときている。明日からの土日を利用して、疲れを癒したいところだ。
中原は、アルバイトを首にされそうになったことを言っているのだろう。
「そうだなー」
中原は、あたしをかばってお客さんに文句を言ってくれた。そこから、話がこじれていった。
結果として、中原の学校の生徒会長が間に入って、場は納まることになったのだが、
「なんだか、ヒヤヒヤだったよぉ~」
「本当、中原は短絡的だからな」
「なんだよぉ~」
ただ、これはそもそも、あたしがお客さんに言い返せなかったことが原因だ。
ずっと外国人っぽいこの見た目から、心無いことを言われてきた。それに慣れ切ってしまったことが、悪かったのだ。
「まあ、今回は、あたしも悪かったし」
「じゃあ、お互い様ってことだね」
中原ニコリとする。
こういう、中原のサバサバしたところに助けられる。
いや、中原はこう見えて、意外と色々考えている。なんといっても、あのお嬢様学校である円山女子で生活しているんだ。
きっと、あえて、これで話を終わらせて、いままで通り、平穏なバイトの時間に戻そうとしているのだ。
中原の作ってくれた船に、あたしも乗り込もうと思う。
「それにしても、今月から値上げが始まったよな」
「そうだね。納豆が高くなっちゃって、大変だよ」
「中原、納豆食べるの?」
「なに? 毎朝のルーティンだよ。納豆はお肌にいいんだよ」
「なんだか、中原って、食わず嫌い多そうなイメージだからさ」
「なんだよぉ、わたしはなんでも食べるよ」
「まあ、確かに、食べるのは好きそうだよな」
そこに、お客さんがやってきた。
お米の価格を見比べて、首をかしげて何も買わずに出ていった。
「お米も、なかなか値段が下がらないよな」
「そうだよね。まだ家のお米が東川産に戻らないよ」
「農家に知り合いがいればいいんだけどなー。あたしの家、お父さんはどっかのスタンの付く国出身だったし、お母さんは元々東京生まれで、札幌に流れ着いたらしいからな。あんまり親戚的な知り合いがいないんだよなー」
「そうなんだ。わたしは、お母さんの方の家系は、開拓の時代から札幌にいるみたいだよ。琴似に親戚も多いし」
「お母さんが、円山女子のOBなんだよな」
「うん。お父さんの方の家系は、東北からやってきて、ずっと炭鉱で働いてたみたいだよ。家に、免状も残ってるもん」
「なんだよ、それ」
「知らないの、友子制度って? 炭鉱の人は、親分の下で三年三月十日働いてようやく一人前になるっていう、師弟関係の制度。一人前になったことを認められたことが書かれているのが、友子の免状なんだよ」
「炭鉱って、なかなか大変なんだなー」
「おじいちゃんは、保安救護隊に抜擢されたんだっていうのが、いつもの自慢話だったなぁ」
「だったなぁって、過去形じゃん」
「うん、もう死んじゃった。ヨロケでさ」
「そっか、悪いこと聞いたな……。ヨロケって?」
「珪肺のことだよ。昔は防塵マスクもしないで炭鉱に入ったから、粉塵が肺に入って、悪くなる病気」
「へえ、大変なんだな」
「炭鉱の中は、キラキラしてるんだって。安全灯に照らされると、石炭の粉が飛んでいるのに反射してきれいなんだって。だからこそ、粉塵爆発とか危ないことが多かったんだってさ」
「中原、なかなか語るなぁ」
「うん……。なんだかんだ、わたし、おじいちゃんっ子だったから。炭鉱の話聞くの、何気に好きだったんだよ」
「そっか……」
なんだか、中原の意外な一面だった。でも、中原の家の歴史が知ることができて、嬉しかった。
そして、こんな何でもない話をできるこの時間が、いとおしかった。
「まあ、炭鉱なんて、入ったらいつ爆発するか分からないし、デンジャラス空間なんだよ」
そんな話をしていると、いつの間に店にいたのか、あたし達と同じくらいの年頃の女の子がレジの前に立っている。
「なに、あんたたち、炭鉱の話して」
「???」
一体誰なのか、そして、こちらをジロっと見ている。
「あの……お客さん、ですよね?」
その女の子は、それには答えず、あたしと中原をジロジロ見ている。
「あなたが佐々木? そして、そっちの清楚を装った毒舌っぽいのが中原?」
隣で中原が頬をプクっとして、
「なにぉ~」
と言う。
「なに? あんたたち、聞いてないの?」
言われて、あたしと中原は顔を見合わせてキョトンとする。
そこへ店長が奥から入ってくる。
「あー、ごめんごめん。すっかり言うの忘れていたよ。この子は、釧路のコンビニでアルバイトをしている飯場さん。実は、今週ずっとシフトに入ってもらっていたんだ。二人とは、ちょうどシフトが重ならなかったよね」
そういえば、業務日誌に、飯場という人の名前があった。新人かと思っていた。
「人材交流の一環で、北海道内のアルバイトの交流をすることになったんだ。うん。飯場さん、ありがとう。飯場さんは、今日で終わりなんだよ」
ちょっと気の強そうな感じの子だが、一度もシフトが重ならなかったのは、なんだか残念だ。それにしても、どうして、同じくらいの歳の子が、一週間も学校を休んでコンビニバイトをできたのだろう?
そんな疑問はよそに、店長が言う。
「それでなんだけど」
なんだか、悪い予感がする。
「二人には、今日、飯場さんと一緒に釧路まで行ってほしいんだ」
「ええっ!?」
あたしと中原は、同時に声を上げた。
「お二人の親御さんには連絡しといたから。うん、色々準備もあるだろうし、今日はもう上がっていいよ。はいこれ、大通のバスターミナルの夜行バスのチケットね」
しかも、夜行って……
「労基案件じゃん……」
中原がつぶやく。
「まあ、そういうことだ。仲良くやろうぜ」
飯場さんが言う。
どうにも、元のゆっくりとしたバイト生活に戻るのは、まだ先のようだ。




