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週一度コンビニバイトで逢う二人  作者: おとさらおろち
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第43話 需要(佐々木)

 シフトに入ってから大忙しだ。


「はあ、ようやく一段落だね、佐々木」


「なかなか、疲れたな」


 気温がようやく高くなり始めた。コンビニの中で大勢のお客さんの相手をしていると、軽く汗をかいてくる。


 隣のレジで、中原が、近くにあった下敷きで、パタパタ自分を仰いでいる。


 中原の長い黒髪が揺れる。


「でもさぁ、佐々木」


「なんだよ、中原」


「みんな、こんなにお金払って、よく車なんて乗るよね」


 中原は、自動車税のことを言っている。


 今年は6月1日が払い込みの期限だ。支払期限が迫っている中、たえず、自動車税を払いに来るお客さんがやってくる。


「北海道は、車がないと移動できないからな」


「えー、札幌は地下鉄あるし、地方都市へは都市間バスも出ているのに」


「中原、北海道の人間とは思えない発言だな」


「いや、冗談だよ……。でも、いまガソリン代も高いでしょ。もう高級品だよね」


「石油、高止まりだよな。自動車使う人にとっては、痛手だろうな」


 また、お客さんが複数人入ってきた。


 手には、自動車税の納付書を持っている。


 しばらく、レジでスキャン。自動車税の納付書を切り離してスタンプを押す作業が続く。


「ああ~、佐々木ぃ~。腱鞘炎になりそうだよ~」


「オーバーだな。でも、さすがに疲れたな」


 また、お客さんだ。でも、今度は自動車税の納付とは違う。


「ねえ、指定ゴミ袋はある?」


「はい、日用品コーナーに。雑誌のある場所の後ろです」


 中年の女性のお客さんは、指定ゴミ袋を大量に買い物カゴに入れて持ってきた。


「すみません。当店ではそちらにも書いている通り、今は指定ゴミ袋、一人につき一パックまでしか販売できないんです」


 あたしは、指定ゴミ袋の置いてある棚に貼られた注意書きの紙を指さす。


「ええっ!」


 お客さんはオーバーに驚き。


「なんでそんなことしてるのぉ~?」


 と大声で聞く。


 知っているのに聞いていることはすぐに分かった。でも、店員は答えなくてはならない。


「中東からの石油供給不足で、今後ゴミ袋の供給が減るおそれがあります。多くのお客様にいきわたるように、一人一パックの販売にしているんです」


「じゃあ、二回にわけて頂戴。そうしたらできるんでしょ」


「いや、そういうわけにはいかないので」


「ええっ、だって、あなた、ずっとここに立ってるの? コンビニって交代しているんでしょ。もし、わたしが今日の朝、ゴミ袋買いに来てたら、今買えないわけでしょ。あなた、そこまで把握できるの?」


「い、いや、さすがにあたしが働いている時以外、どのようなお客様が来店したかは、把握しておりませんが」


「そうでしょ。だったら、今わたし、店の外に出てまた入ってきたってことにしてくれたらいいじゃない」


「いや、とは言っても、これはルールですから」


 埒が明かない。こういうお客さんはたまにやってくる。


 たいていは、怒って罵詈雑言を吐いて、帰っていく。なんだか、心が傷つくが、仕方がない。


「ほんとにまったく、融通がきかないわね。あなた、もしかして外国人? 日本人の顔つきじゃないものね。日本のルール、分からないんでしょ。日本に住みたいんなら、日本の暗黙のルールってやつ? ちゃんと勉強しなさい。まったく、どこの途上国の外人さんなのかしらね」


 なんだか、刃物が体に刺さるようだ。切り刻まれながら、嵐が過ぎるのを待つ心地だ。


「いったい誰のせいで石油製品が品薄になってると思ってるの。あなた、中東の方の人じゃないの? あなたの国が悪いんじゃないの?」


 もう少しだ。あと少し耐えれば、お客さんは帰ってくれるだろう。文句を言われるのは仕方がない。こちらはお金をもらう立場なんだ。それに、お父さんはどこかのスタンの付く国から日本にやってきて、お母さんと結婚してあたしが生まれた。この容姿はどうにもならない。仕方のないことなんだ……


「謝ってください!!」


 突然、大声がした。


 ふと、我に返る。


「何なの、あなた!!」


 お客さんの隣に、中原が立っていた。


「佐々木が外国人であろうとなかろうと、今は関係ない話です。ルールはルールです。ゴミ袋は一人一パックまでです」


「分かったわよ! まったく」


 お客さんは、買い物カゴをレジの上に置いたまま帰ろうとする。


「まってください!」


 中原は、お客さんの腕をつかむ。


「ちょっと、痛いじゃない!!」


 お客さんはキーっとした声を上げる。


「お客さんは、佐々木のことを侮辱しました。謝ってください」


「何言っているの、こっちは客よ!!」


「お客さんでも、言っていいことと悪いことがあります」


「ちょっと放しなさいよ!!」


 お客さんは、甲高い声を上げる。


「ちょっと、中原」


 あたしは、中原に声をかけた。


「もう、いいよ」


「でも、佐々木」


「もう、いいんだ」


 中原がお客さんの腕を放した。


「まったく、これは傷害罪よ。あとでコンビニに苦情入れるからね!」


 中原は、お客さんを睨んでいる。


「それに、あなた高校生みたいね。どこ高校? 高校にも連絡入れるわよ!」


 中原は、すぅっと息を吸う。


 まずい、とあたしは思った。


「中原、だめ……」


「わたしは、円山女子二年一組の中原です! コンビニにでも高校にでも、どこにでも苦情を言ってください!」


 お客さんは、中原の剣幕に圧され、口をパクパクさせながらコンビニから出て行った。


「中原、何言ってるんだ!」


 あたしは、中原の通う円山女子高校が、アルバイト禁止だということを知っている。


 中原は、高校にアルバイトをしていることがバレないように、わざわざ遠い月寒のこのコンビニまで通っている。


 お客さんに高校に苦情を入れられたら、そんな苦労が水の泡だ。


「なんでこんなバカなことしたんだ」


「バカは佐々木じゃん!」


 中原が、さっきのお客さんを睨んだ剣幕で、あたしを睨みつける。


「佐々木、どうして、ああいう心無いこと言われた時、言い返そうとしないの?」


「だって、言い返したって、仕方ないじゃん」


「わたし、佐々木の、ああいう顔見るの、嫌い……」


「ああいう顔? あたし、どんな顔してた?」


「気付いてないんだよね。佐々木、外国人って言われたら、いつも、全てを諦めたような、無気力な、なんでも暴力を受け入れるような顔、してるんだよ」


 あたしは、なんだか心がキュっと締め付けられる気がした。


「あの顔、わたし、大っ嫌い……」


「で、でも。だからって、自分の高校の名前まで言うことないだろ。中原、アルバイトしていること、高校にバレたら、どうなるか」


「いいんだよ」


「ちっともよくないよ」


「いいよ。それよりも、佐々木が嫌なこと言われてる方が、もっと嫌だもん!!」


 中原は怒った顔であたしの顔を見た。


 怒った顔をしていた中原は、急に、不思議そうな顔をした。


「佐々木?」


「どお、し、た?」


 声が、出ない。


「佐々木、泣いてるの?」


 今、気付いた。あたし、泣いていた。


「い、いや、違くて……あの、その……」


 ひっく、ひっく、としゃくりあげるのが止まらない。人前で泣いたことなんて、ないはずなのに。あたし、どうしちゃったんだろう。涙が、止まらない。いやだ、こんな姿、中原に見られたくない。


 お客さんがまた入ってきた。


「ちょ、佐々木」


 中原は、あたしの手をひいて、バックヤードに押し込んだ。


 中原が、自動車税の納付書にスタンプをパンパンと押す音が聞こえる……。


 中原が、あたしのことを思って、高校にアルバイトがバレる危険まで冒して、お客さんを叱ってくれた。嬉しかった。


 でも、一方で、中原の言う通り、外国人だと人に言われた時に言い返せない、自分が情けなかった。


 その両方が相まって、涙が出てしまったんだ……。




「落ち着いた?」


 しばらくしてから、あたしはレジに立った。


「うん……」


「佐々木も、泣くことあるんだね」


「うるさい……」


「まあ、あれだね。この中原ちゃんの啖呵に、感動しちゃったのかな」


「ちょっと、嬉しかった」


「ううっ、正直に言うなし」


 中原は照れている。


「まあでもさ、わたしもあの客と一緒だよ。結局、学校のルールを破って、こうしてバイトしちゃってるわけだしさ。なんか、あの客に言っていて、あれ、わたし、矛盾したこと言ってない? なんて思っちゃってたんだよ……。このあたりが、潮時なのかもしれないね」


「嫌だよ……」


「えっ?」


「あたし、中原がいなくなるの……嫌だよ……」


「そっか……」


 今日は、がらにもなく、恥ずかしいことを言ってしまう。


 でも、今日くらいは、許してほしい。


 もうちょっと、中原にふさわしい女にならないと、と思った。


 あたし、何考えているんだろう……。


「てことはさ、佐々木にとってのわたしの需要、石油製品よりも高いってことかな?」


「今、冗談言う局面じゃないだろ……」

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