第32話 人は見かけによらないもの(中原)
「おつぎゃあだよ、佐々木~」
「お、おう、どうした中原? おつぎゃあって何だよ?」
「おつかれギャーって意味だよ~。原油急騰だよ~、ガソリン価格高騰だよ~、もうひもじいご飯しか食べられないよ~」
「先週の話、引っ張るのな」
「引っ張るも何も、先週より悪化しているよ。ホルムズ海峡に平和がもたらされないと、わたしの胃袋が悲しいことになるんだよ~」
「中原、もっと辛い思いしている人がいるんだから、言葉には気をつけろよ」
「そ、そうだね。どこで晒されるか分からないもんね」
「でも、あたしの家でも、ストーブは、寝る時間よりもかなり前に消すようになったな。やっぱり家計への打撃はひどそうだし」
「世知辛いよね~。楽しいといえば、WBCくらいかな~」
「それな!!」
急に佐々木が飛びついてきた。
「お、おう……」
「見た見た!? この前のチェコ戦なんて、里神様の久々のホームラン。ようやく出たって感じだよな。里神様の左方向へのホームランもいいけど、今回みたいな打った瞬間入ると確信するセンター方向へのあたりもいいよな」
「佐々木って、歌舞伎と言い、結構芸能とか流行り物好きだよね」
「そりゃそうだろ。今しか体感できないこの瞬間を楽しまなきゃいけないだろ。中原は誰推しなんだ。どこの球団好きなんだ!?」
「ううっ」
やけに佐々木がグイグイくる。これは、変なスイッチを押してしまったろうか。
「いや~、わたしは別に推しとかはいなくて……。まあ、とりあえずは、一番有名な新聞社が親球団の、ダイダラボッチーズって言っているかな」
「今回は抑えで活躍してるもんな。一時ラウンドでは打たれちゃったけど、これをバネにしてアメリカに乗り込んでくれたらいいよな!!」
佐々木は、興奮している。
「そうそう、中原」
「う、うん、どうした、佐々木?」
「今回はお茶に選手がイラストされてるだろ」
「そ、そうだね。さっき、お茶を補充したら時、色んな選手のイラストがあったよ」
「やっぱりコンビニじゃ高いから、帰りにドラッグストア寄っていこうかなって思ってさ。全員コンプリートしたいし」
「ドラッグストアって……佐々木、コンビニのバイト中に言うセリフじゃないよ」
「今月は出費が増えるなー。視聴するのにサブスクの契約まですることになったしさー」
「佐々木、お金に厳しいのに、こういう時には使うのね」
「そうだぞー、大切なもののためにお金はあるのだよ」
「佐々木、それ、サブスクで見てる時に流れてくるCM……」
「そうそう! 分かった!? でも本当にそうだよ、こういう時に、お金は使わないとな。次は日曜の10時からだからなー! 楽しみだなー!」
佐々木は、目を輝かせている。
それを見て、あきれてしまうが、なんだかこちらまで楽しくなる。
そこへ、客が二人入ってきた。
「オイオイ、WBC見てるかよー」
「あんー、おれマジ野球好きだからよー」
「おまえどう思うよー」
「あんー。やっぱりメジャーリーガーのホームランだよなー」
「そうそうーそれ以外どうでもいいよなー」
「んだってー。それ以外どうでもいいってー」
「ところで、時間経ったらボール投げてないのにストライクやボールになるじゃん?」
「あれなんでなんだろーなー」
「意味分かんねーよなー」
そんな客が二人、佐々木のレジに商品を持ってきた。
佐々木は、レジに置かれた商品のバーコードをスキャンする。
「それに、突然変なところでピッチャー変わるよなー」
「監督がおかしいんじゃねー」
「アハハハハー」
「グヘヘヘヘー」
佐々木は、お釣りを掴んだところで、静止した。
「あん? 店員さん、どしたん?」
「動かねーじゃん」
わたしには分かった。佐々木が、ニコニコしながらも、炎をたぎらせ怒っていることを。
「あの、お客さん?」
「あん?」
「野球好きならピッチクロックのルールくらい知ってろよ! それに、WBCは投球制限があるんだよ! そのくらい分かってから野球が好きって言っとけよ!!」
佐々木は投げるようにお釣りを渡した。
あまりの気迫に客二人は、
「すみませんっしたー」
と言って、そそくさとコンビニから出て行った。
佐々木は、はあはあ、と肩で息をしている。
「まったく、最近のやつらは、野球をてんで分かってない」
「あのー、佐々木?」
「なんだ、中原?」
「ちょっと、やり過ぎじゃない?」
「このくらいが調度いいんだよ!!」
「さ、さいですかー……」
ここまで興奮する佐々木は珍しい。人は見かけによらないものだと、わたしは思った。




