第四十二話 二人の子供が消えた夜
ハンスと俺が行方不明の兄妹を捜しに出る前、救援所ではエナと看護師サラが食料の受け入れを始めた。
救援所の倉庫は空だった。
兄妹の行方を尋ねると、受付の女性は濡れた足跡を指さした。
「昨夜までここにいたのに、朝にはいなくなっていた。兄は妹の靴を抱えていた」
俺は食料の受け入れをエナに託し、捜索を急ぐと決めた。
棚には粉の跡だけが残り、隅に置かれた鍋には水が張ってある。
看護師のサラは、病人に出す薄い麦湯を作るため、底に付いた粉までこそげ取っていた。
俺が保存倉庫から出した粉と豆を、エナが調理係へ渡した。
「衰弱している人には、少量ずつ、様子を見ながら食べてもらいます」
サラは鍋の火を弱め、病人の状態に合わせて食事を分けた。
エナは患者数と配給記録を照合した。
「ここにいる病人は四十二人。でも帳面には四十四人とある」
「昨日、二人が亡くなったんです」
サラの声は乾いていた。
俺はエナの手が止まるのを見た。
届かなかった十二日間に、二人の命が失われた。
「……知らせがもっと早く届いていれば」
「あなたが謝ることじゃない。でも、次は遅れないようにして」
エナはその言葉を帳面に記した。
俺はハンスを呼び、捜索の準備を始めた。
サラは食料の量だけでなく、誰がどれほど衰弱しているかを表にしていた。
文字の読めない炊事係でも分かるよう、器の印を三種類に分けている。
俺はエナがその工夫を記録するのを見届けた。
「病院は料理の店じゃないからね」
とサラは言う。
「同じものを同じ量だけ配れば公平だと思っていた時期もあった。でも、それで食べられない患者がいた」
エナは新しい帳面に、食料の重量と調理後の食数を別々に記録した。
俺は救援所を出て、ハンスとともに孤児院へ向かった。
行方不明の子供は兄妹だった。
兄のトビは十一歳、妹のネネは七歳。
二人が最後に目撃されたのは、山際へ続く小道だった。
俺は院長に、なぜ山へ向かったのか尋ねた。
孤児院の院長は、トビが妹に持たせたものと同じ毛布を見せた。
薄くなった布の端に、ネネの名前が縫ってある。
「あの子は自分の毛布を妹に渡して、寒い夜を過ごしていました」
院長の声が震えた。
俺は自分が子供のころ、腹を空かせれば家の冷蔵庫を開けられたことを思い出した。
ここでは冷蔵庫どころか、明日の食事を確約できる大人がいない。
俺はその毛布の薄さを忘れまいとした。
院長は毛布を握り直して答えた。
「そこに落ち穂が残っていると、誰かに聞いたらしいのです」
食べ物を探して出ていったのだ。
捜索に加わった村の猟師は、先頭に立って地面を確かめた。
猟師は泥の深さと草の折れ方を見て、子供の足跡が夜の雨より前のものだと教えてくれた。
「二人だけなら、遠くへは行っていない」
崩れた斜面に踏み出しかけたハンスを、猟師が止めた。
「下に空洞がある。重い大人が二人乗れば落ちる」
俺たちは縄を木に回し、一人ずつ体重をかけて足場を確かめた。
焦って近づけば、救助する側も閉じ込められる。
俺たちは猟師の示す足跡を追い、古い粉挽き小屋へ向かった。
雪解けの水が道を削り、泥に小さな足跡が残っていた。
「ここから先は崩れやすい」
ハンスが手を伸ばす。
斜面の下に、古い水車が傾いていた。
水車の陰から、かすかな声が聞こえた。
「お兄ちゃん、寒い」
俺は声のした方へ身をかがめた。
兄妹は水車の下の空洞に閉じ込められていた。
上の板を外せば瓦礫が落ちる。
「待ってろ。今出す」
ハンスは持参した縄を木に結び、板を一本ずつ外した。
俺はネネの手を握り、狭い隙間から引き上げた。
トビは自分より先に妹を出せと言い続けた。
救い出したとき、彼の懐には湿った麦の穂が三本入っていた。
「妹に食べさせたくて」
俺は返事ができなかった。
救援所へ戻ると、サラが二人を診察した。
ネネには温かい飲み物を少しずつ与え、トビの足の傷を洗う。
「もう勝手に出ていかないで」
院長は二人を抱きしめた。
トビは謝りながら、俺を見た。
「食べ物を持ってきた人?」
「ああ」
「明日もある?」
俺は言葉に詰まった。
倉庫に入っていた五百キロは、救援所全体を長く支える量ではない。
「明日の分はある。でも、その次の便も手配する」
「ほんと?」
「約束する。ただし、俺一人の約束じゃない。ここにいるみんなで続ける」
救援所へ戻ると、院長は子供たちを集めた。
「食べ物がなくなったら、探しに出る前に教えてほしい」
トビは俯いた。
「言っても、何もなかったから」
誰もすぐには答えられなかった。
俺はエナに頼み、食料の残量と次の便の予定を孤児院の入口に掲示した。
遅れるときは院長と近隣の村に知らせる。
子供の勇気だけに、命を預けてはいけない。
その夜、トビが廊下で俺を待っていた。
「また食べ物がなくなったら、どうする?」
「まず院長先生に言ってくれ。俺たちの便が来なければ、隣村にも知らせてくれ」
俺は連絡先を紙に書き、院長に渡した。
俺は昨夜の捜索を思い返した。
水車の下から小石が三つ転がってきた。
流れが速く、ハンスは岸へ降りようとする俺を止めた。
「足を取られる。縄を先に結べ」
「でも、子供が!」
「お前が流されたら、二人とも引き上げられない」
俺たちは橋脚に縄を回し、灯りを水面へ向けた。
暗がりから、ネネの小さな声がした。
「お兄ちゃんが、ここにいろって」
トビは妹を抱えていた。
足元の板は水を吸い、今にも外れそうだった。
「トビ、縄を投げる。妹の体に先に巻いてくれ」
「僕はあとでいい!」
「必ず二人とも引き上げる。だから順番を守ってくれ」
ネネを岸へ渡した直後、板が大きく傾いた。
トビの片足が水に落ちる。
ハンスが縄を引き、俺は手を伸ばした。
冷たい指を掴んだとき、トビは初めて声を上げて泣いた。
「もう、妹を守れないかと思った」
俺たちは二人を毛布で包み、救援所へ戻った。
あの夜の恐怖を、朝の粥だけで消せるとは思わなかった。
「怖かったんだ。ネネが泣くから、怖くないふりをした」
「……そうか」
十一歳の少年に強がらせてしまった大人の責任を、俺は忘れたくなかった。
翌朝、サラは二人の体調を確かめ、薄い粥を少しずつ器に盛った。
トビは自分の器に手を伸ばしかけて止まった。
昨日まで、妹が食べ終わるまで自分は食べないと決めていたのだろう。
彼の指は匙の柄に触れたまま動かなかった。
昨夜の暗い水車の下では、二人ともこの湯気を想像できなかったはずだ。
俺は何も言わず、サラが妹の器へ粥を注ぐのを待った。
妹の器にも同じ湯気が立っているのを見て、ようやく匙を取った。
「お兄ちゃん、食べて」
ネネが笑う。
俺は二人が並んで食べる姿を見届けた。
昨夜、水車の下で握りしめていた三本の麦の穂が、ようやく役目を終えた気がした。
その日の夕方、門の外に役人の服を着た男が現れた。
男は救援所の荷札を一枚ずつ確かめている。
「何をしている?」
振り向いた男は、俺を見るなり顔色を変えた。
「この食料は、王都の許可なく運び込んだものだろう」
子供たちの食事が戻ったその日に、また食料を止めようとする者が来た。
男の手が、倉庫の扉に伸びた。
兄妹の名を呼ぶ声は、夕方になると風に消された。
エナは同じ道をもう一度歩くと言った。
「昨日見えなかったものが、今日もないとは限らない」
「その扉を開ける前に、名前と命令書を見せてください」
俺は男と倉庫の扉の間に立った。




