第百七話 百の村から届いた返事
最初の返事は、ラトナ村から二日のところにある小さな農村から届いた。
『古い水車小屋に三人暮らしています。
食料より、壊れた屋根の修理が必要です』
次の返事には、山の牧場で冬を越す二人の名前があった。
別の村からは『該当者なし』という短い報告。
ミリは一通ずつ地図に印を付けた。
「みんな、ちゃんと調べてくれたんだね」
「頼んだからじゃない。自分たちの近くに誰がいるか、知りたかったんだろう」
俺は言った。
百の村に同じ手紙を出したわけではなかった。
食糧便の連絡網で、協力できる村にだけ調査方法を伝えた。
無理な調査はしない。
知らない家へ踏み込まない。
相手が断れば、断ったことだけ記録する。
それでも、返事は予想より多かった。
トトが封筒の山を見て言った。
「これ、タクト一人じゃ読めないね」
「俺もそう思う」
「じゃあ、村ごとに担当を決めよう」
ミリが帳面を分けた。
食料が必要な場所、医療の連絡が必要な場所、買い物便だけで足りる場所。
助け方を最初から一つに決めない。
昼過ぎ、一通の返事で部屋が静かになった。
『川向こうの小屋には、誰もいないことにしてください』
差出人は、かつて救援を受けた村の村長だった。
カイトが顔をしかめた。
「山の十三人と同じだ」
「同じかどうか、まだ分からない」
俺は返事を書いた。
理由を問い詰めず、連絡してよい方法だけ尋ねる。
数日後、村長から別の紙が届いた。
『小屋にいるのは、昔この村で罪を犯した男です。
本人は戻りたくない。
村人も怖がっています』
飢えているかどうかと、迎え入れられるかどうかは別の問題だった。
会議では意見が割れた。
「食料は届けるべきだ」
「被害を受けた人の気持ちはどうなる」
俺は二つを同じ問いにしないようにした。
「危険があるなら、受け渡し場所を分けよう。誰かに無理に会わせる必要はない。食料の必要は本人に確かめる」
村長は提案を受け、本人と接触できる見回り役にだけ相談した。
返ってきた答えは『食料は足りている。
冬の薪が不足している』だった。
俺たちは食料を押しつけなかった。
薪の調達については地元の人が判断することになった。
救うという言葉で、誰かの恐怖を踏みつけないために。
別の返事には、驚くほど細かな地図が添えられていた。
作ったのは、かつて北の救援便を受け取った少年たちだった。
『ここは雨で通れません。
ここは井戸が使えます。
ここは夜に歩かないでください』
カイトは地図を眺め、笑った。
「俺が教えたことより、ずっと詳しい」
「毎日歩いてる人には勝てないよ」
トトが答えた。
地図の端には小さく書かれていた。
『助けてもらったので、今度は僕たちが調べました』
俺はその一文を声に出さず読んだ。
返事が増えるにつれ、誤りも見つかった。
ある村では、同じ一家が二つの集落から数えられていた。
別の村では、長く留守にしている人が住民として残っていた。
ミリは数字を消しゴムで消そうとしたが、手を止めた。
「どうして直したかも残した方がいい?」
「ああ。誰かを責めるためじゃなく、次に同じ間違いをしないために」
二重計上を訂正すると、必要な食料は少し減った。
だからといって、余った分を別の場所へ黙って回さない。
送り先の確認を取ってから動かした。
数字が正しくなれば、食料を待つ人の顔も少しずつはっきりする。
百の村から返事がそろったのは、最初の呼びかけから数週間後だった。
すべての村に問題があったわけではない。
多くは『新しい届け先なし』と報告した。
それでも、今まで地図にないまま暮らしていた人々の存在が、いくつか確かめられた。
ミリが数を読み上げた。
「急いで食料が必要な場所は四つ。医師への連絡が必要なのが二つ。買い物便を増やせばいいのが三つ」
「全部を一度に変えるのは無理だな」
「うん。だから順番を決める」
ミリは各地の連絡係に相談を送り、緊急度と道の安全を確認した。
返事を集める作業で、ミリは何度も筆を止めた。
「助けてほしいって書いてない人に、どこまで聞いていいんだろう」
「聞くこと自体が負担になることもある」
俺は言った。
「だから、断れることも伝えよう」
ミリは照会文の末尾を直した。
『答えたくない項目は空欄で構いません。
緊急時に連絡できる場所だけ教えてください』
返事が少し遅くなっても、その方が長く続く調査になると思った。
ある村からは、立派な地図とともに『該当者なし』という報告が届いた。
だが同じ日に、隣村から『その村の外れに老夫婦がいる』と知らせがあった。
「隠したのかな」
トトが言った。
「決めつけるのは早い」
カイトが答えた。
確認すると、老夫婦は村の外れに住んでいたが、買い物は隣村で済ませていた。
両方の村が相手の住民だと思っていたのだ。
「誰も嘘をついてなかった」
ミリが言った。
「でも、どちらも責任を持っていなかった」
俺は老夫婦に、どちらの便を使いたいか直接尋ねることを提案した。
調査が進むと、村ごとに言葉の意味も違うと分かった。
『一日分の食料』と書いてあっても、大人一人の一日分なのか、家族全員の一日分なのかが曖昧だった。
ミリは報告用紙に人数と食料の種類を書く欄を足した。
「書くことが増えると、面倒だって言われるよ」
トトが心配すると、彼女は頷いた。
「だから、分からない欄は空けていいことにする。分からない数字を埋めてもらうより、ずっといい」
書類を増やすことが目的ではない。
次の便が、必要なものを間違えずに積むための紙だった。
百の村から届いた手紙を並べた夜、カイトが言った。
「最初は、全部タクトが読むと思ってた」
「俺も」
「でも、俺たちで分けたら読めた」
「間違いは?」
「何度もあった。だから読み合わせた」
俺は笑った。
全員が同じ数字を読むために、何人もの目を使う。
昔、食品卸の配送管理でやっていたことが、今はこの世界の人たちの手に移っている。
そのことが、どんな褒美より嬉しかった。
夕方、トトが窓の外を指した。
「見て。新しい便が出るよ」
荷車の御者は、俺が知らない若者だった。
荷札を書いたのも、送り先を確かめたのも、別の村の人たちだ。
俺は少し寂しく、同じくらい嬉しかった。
届いた返事の中に、一通だけ古い紙が混じっていた。
差出人は、かつて救援を受けた北の村長だった。
『該当者なし。
ただし昔の街道沿いに、誰も使っていないはずの鐘が鳴った』
ミリが地図を広げる。
鐘の場所は、これまで配達先として印を付けたことのない谷だった。
「人がいるってこと?」
トトは別の封筒を取り上げた。
「待って。三日前、反対側の村からも鐘の音がしたって報告がある。風向きが違うのに、同じ時刻だ」
「分からない。風かもしれないし、通りがかった人かもしれない」
トトは封筒の端に書かれた一文を指した。
『鐘を鳴らした者を追うな。
崖が崩れやすい。
昨年も同じ鐘が鳴ったが、調べに行った者は道を失った』
その紙の裏には、古い救援便の印が押されていた。
今の食糧便ができる前に使われていた、丸の中に一本線の印だ。
「これ、どうしてここに?」
ミリは以前の記録箱を開いた。
洪水で失われた街道の一覧に、同じ印の付いた通行止めの谷がある。
「誰かが助けを求めているとは限らない。でも、昔はここへ便が通っていたんだ」
トトが言う。
俺は鐘を聞きに行くことより、まず通行止めの理由と、最後にその道を使った人を調べるよう頼んだ。
次の事件への手掛かりは、危険な谷へ踏み込むことではなく、残っていた一枚の記録にあった。
俺は新しい救援便を出そうとする手を止めた。
「確かめたい。でも、危険を無視して飛び込む理由にはならない」
ミリは赤い印ではなく、点線の丸を付けた。
『音の確認待ち・両側の報告を照合』
百の村から返ってきたのは人数だけではない。
俺たちの地図には載っていなかった、問いそのものだった。
そのときミリが最後の封筒を開いた。
『二つの村から同時に救援要請。
どちらも明朝までに食料が必要』
地図の離れた二か所に、赤い印が付いた。
返事を集める仕事が終わったとき、次の判断が始まっていた。




