表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録の魔法少女  作者: 浅川


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
95/150

第九十五話

「三神くんの特異体質は、我々情報班の管理下に置かれるべきです。テロリスト風情が、彼を組織に引き入れようなどと浅ましい真似を……!」


「よく吠える犬ですね。この少年が持つ底知れぬ静謐さは、神の御傍に等しい奇跡。あなたのような俗物が、その安らぎを汚すことなど許しません」


 京都の裏路地にある静かな休憩所。

 白衣を翻し、指先に高圧の雷撃ボルトをバチバチと奔らせる新実由鶴と。

 湯治中の痛々しい包帯姿でありながら、Sランクの圧倒的な黄金の魔力を立ち昇らせるルディア・ロンディニウム。

 理系ストーカーとカルト教祖が、零という『一般人』を挟んで、完全に明後日の方向の勘違いをこじらせながら殺気をぶつけ合っていた。


「(……なんで俺、どっちからも『私のもの』みたいに扱われてんの!? 意味がわからん!)」


 ベンチの真ん中でエコバッグを抱きしめる三神零の胃痛は、すでに限界を突破していた。

 ここで自分がゴーストに変身して両方を黙らせれば手っ取り早いのだが、白昼堂々、しかもクラスメイトが近くのパフェ屋にいる状況で変身などできるはずがない。


「排除します。——【雷帝の断罪ケラウノス】!!」


「無作法ですね。——【聖蛇の威嚇】!」


 由鶴の放った極太の雷撃と、ルディアが虚空から引き抜いた黄金の蛇剣が、空中で激しく衝突した。


 ——ズガァァァァァァァンッ!!!


 休憩所の屋根が吹き飛び、強烈な閃光と爆風が周囲を包み込む。

 普通の高校生なら、この余波だけで気絶するか重傷を負うレベルの衝撃だ。しかし、両者とも『零を傷つけるわけにはいかない』と無意識に魔力をコントロールしていたため、ベンチの中心だけは奇跡的に無風地帯となっていた。


「くっ……手負いのくせに、なんて出力ですか……!」


「協会情報班のトップともあろう者が、随分と大味な魔法ですね」


 爆煙の中で、二人の高位魔法少女が互いの死角を取り合おうと高速で交差する。

 その、両者の意識が完全に相手へと向いた、コンマ数秒の『絶対的な死角』。


(……今だ!)


 零はエコバッグを抱え、ベンチから音もなく立ち上がった。

 特売の卵を確保した主婦が、ごった返すスーパーのレジの行列を最短ルートですり抜けるかのような、無駄の一切ない滑らかなステップ。

 魔力を一切使わず、ただ純粋な『気配の遮断』と『足捌き』だけで、零は二人がドンパチを繰り広げている戦場から、文字通り『しれっと』フェードアウトした。


「そこです! ……え?」


「逃がしませ……あら?」


 数秒後、互いに牽制を終えてベンチに視線を戻した由鶴とルディアは、自分たちが取り合っていたはずの少年が、煙のように消え失せていることに気づいて呆然とした。


「……逃げられた!?私の索敵レーダーに全く反応がない!?」


 タブレットを確認した由鶴が、信じられないというように叫ぶ。


「なんと……あの爆風の中を無傷で、しかも音もなく……やはりあの少年、ただ者ではありませんね」


 原因(零)が消え去ったことで戦う理由を失ったかのように思えたが、一度振り上げた拳は簡単に下ろせない。


「チッ……! 三神くんに逃げられたのは痛恨ですが、ここであなたを討ち取れば大きな手柄になります。覚悟しなさい、テロリスト!」


「ふふ、良いでしょう。湯治の前の軽い運動に付き合ってあげます」


 残された二人は、零がまんまと逃げおおせたことも知らず、京都の裏路地で泥沼の死闘を継続することとなったのである。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 現場から数百メートル離れた大通りまで全力疾走し、零は膝に手をついて荒い息を吐いた。


「あぶねぇ……! 間一髪だった。あんな怪獣大決戦に巻き込まれたら、買ってきた利尻昆布が消し炭になるところだったぞ……」


 自分の命よりも戦利品(出汁素材)の無事を喜ぶあたりが、零の狂っているところである。

 乱れた息を整えていると、大通りの向こうから、見慣れた制服の集団が歩いてくるのが見えた。


「あ、三神くんだ! 大丈夫ー?」


「おい零! お腹の具合はもういいのか?」


 親友の稔と、同じ班の女子たちだった。どうやら抹茶パフェを堪能し終えて、合流ポイントへと向かっていたらしい。


「ああ、悪い。ちょっと休んだら治った。……パフェ、どうだった?」


「最高だったわよ! 三神くんのタイムスケジュールのおかげで、並ばずに特等席で食べられたし! はい、これお土産の抹茶クッキー!」


 委員長の佐藤が、笑顔で小さな紙袋を渡してくれた。


「お、サンキュー。……よし、それじゃあ一旦ホテルに戻って荷物を置こう。そのあとは、嵐山の方へ行って……」


「まだ買い出しする気かよ!! もういいだろ、俺を新京極のお土産屋に連れてってくれ!!」


 稔の悲痛な叫びをBGMに、三神班はワイワイと修学旅行生らしい喧騒に包まれながら、宿泊先のホテルへと向かった。

 夕方。

 京都市内の大型観光ホテル。二泊目の部屋に戻った零は、ベッドにダイブすることなく、まずはエコバッグの中身を慎重に取り出した。


「よしよし……割れも湿気もないな」


 最高級の利尻昆布、乾燥湯葉、ちりめん山椒。それらをホテルの部屋に備え付けられている小型冷蔵庫(冷暗所)に、温度設定を微調整した上で丁寧に収納していく。

 全ての戦利品の安全を確保し終えて、零はようやく「ふぅ」と息を吐き、シーツの敷かれたベッドに大の字になって倒れ込んだ。


「疲れた……。京都まで来て、なんで俺はあんな連中と鉢合わせしなきゃならないんだ……」


 天井を見つめながら、昼間のカオスな遭遇戦を思い出す。

 情報班の由鶴と、福音の鐘のルディア。

 彼女たちがその後どうなったのかは知らないが、大方、相打ちになって退いたか、どちらかが逃げたのだろう。

 不意に、5階窓の外から『バララララッ』というヘリのローター音が聞こえてきた。

 零がベッドから身を起こし、ホテルの窓のカーテンを少しだけ開けて外を覗く。

 夕闇が迫る京都の空。零の目には、魔法少女協会のヘリの姿がハッキリと見えた。

 そして、そのヘリの開いたハッチの奥で、ストレッチャーに拘束されている白衣の女性——新実由鶴の姿も。


「離しなさい! 私はまだ三神くんの細胞を……せめて髪の毛一本だけでも回収しなければならないのです……っ!」


「少佐、安静にしてください! 全身打撲と魔力枯渇で命に関わります! ベルト、しっかり固定して!」


 全身ボロボロの重傷を負いながらも、零のサンプル回収への異常な執念だけで担架から這い出そうと暴れる由鶴だったが、屈強な救護班の隊員たちによってガチガチに固定され、泣く泣く搬送されていく。


(……うわぁ。由鶴少佐、あんな状態なのにまだ俺の細胞狙ってたのかよ。執念深すぎるだろ……)


 零はカーテンの陰から、ドン引きしながらその光景を見送った。

 どうやら、湯治中とはいえ腐ってもSランクのルディアを相手にして、由鶴は手痛い返り討ちに遭ったらしい。雷の魔力で応戦したのだろうが、あの蛇剣の変則的な攻撃を捌き切るのは、情報班の彼女には荷が重かったはずだ。


「あーあ。だからカルトの親玉なんかに喧嘩売るから……。自業自得だな」


 零はカーテンを閉め、心底安堵したように息を吐いた。

 これで、自分を「特異体質のモルモット」として付け狙っていた理系ストーカーは、しばらく病院のベッドから動けないだろう。ルディアの方も、身元が割れた以上、協会の大部隊が来る前に京都から逃亡したはずだ。

 つまり。

 零の修学旅行を脅かすイレギュラー要素は、この京都の地において『完全にゼロ』になったのである。


「……よっしゃあぁぁぁっ!!」


 ホテルの部屋で、零はガッツポーズを取った。

 これで明日の最終日、奈良での自由行動は、誰の目も気にすることなく、純粋に修学旅行生として(あるいは優秀な主夫として)満喫できる。

 最強の亡霊の心に、かつてないほどの平穏とストレスフリーな解放感が満ちていった。

 そして翌日。修学旅行最終日、三日目。

 秋晴れの清々しい青空の下、三神班の面々は奈良公園に降り立っていた。


「うおおおっ! 鹿だ! マジでその辺に普通に歩いてる!」


 稔が興奮してスマホで写真を撮りまくっている。

 女子たちも「可愛いー!」と鹿に群がり、売店で買った鹿せんべいを恐る恐る差し出していた。


「ほら、稔。鹿せんべいの持ち方が悪い。そんな風に焦らしてたら、鹿に服を噛まれるぞ。もっと堂々と、手のひらを平らにしてスッと差し出さないと」


「お前、なんで鹿の餌やりまで極めてるんだよ! 前世は奈良公園の管理人か!?」


 修学旅行のしおりと、土産物の奈良漬の袋を提げた零が、完璧なフォームで鹿にせんべいを与えながら的確なアドバイスを送る。

 鹿たちも、零が持つ『圧倒的な強者のオーラ』を感じ取っているのか、彼の周りだけは異常に大人しく、まるで神鹿の群れのように従順に整列してせんべいを待っていた。


「あはは、三神くんの周りだけ、鹿がすごくお行儀いいね!」


「ああ。相手が魔獣だろうが鹿だろうが、餌付けの基本は一緒だからな」


「魔獣に餌付けってどういうこと!?」


 冗談を飛ばしながら、零は秋の陽射しを浴びて深呼吸をした。

 澄んだ空気。歴史ある古都の風景。そして、気のおけない友人たちとの他愛のない会話。

 理系ストーカーも、カルト教祖も、勘違いをこじらせるトップエースも、ここにはいない。


(最高だ。……やっぱり、俺の守りたかった日常は、こういう何気ない平和な時間なんだよな)


 零は、手の中の最後の鹿せんべいを、一番小さな子鹿の口に優しく運んでやった。

 東京では、スキャンダルやらジャマーの研究やらで協会がひっくり返っているかもしれないが、今の彼には知ったことではない。

 零は、修学旅行という一生に一度の青春の思い出を、昆布と奈良漬と鹿と共に、心ゆくまで噛み締めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ