表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録の魔法少女  作者: 浅川


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/147

第九十話

 漆黒のドーム状の結界に閉じ込められた街は、魔獣の咆哮と火災の煙に包まれていた。

 警察の特殊部隊と自衛隊の防衛線は、限界を迎えつつあった。アサルトライフルや機関銃の銃弾は、魔獣の分厚い皮膚を穿つには威力が足りない。対戦車用のロケット弾を撃ち込めば倒せるが、市街地での無闇な発砲は被害を拡大させるだけだ。


「くそっ、キリがないぞ! 第一防衛線、後退しろ!」


 絶望的な状況下。しかし、人間の意地はまだ折れてはいなかった。

 結界の内部、魔獣の群れを避けるように下水道や地下鉄のトンネルを抜けて進む部隊があった。陸上自衛隊・特殊作戦群の精鋭たちである。

 彼らの目的は魔獣の殲滅ではない。この異常な魔力干渉を引き起こしている原因——『ジャマーの発生源』の特定と破壊だ。


「……隊長。赤外線サーモグラフィと電磁波探知機に、異常な反応を示す構造物を捉えました。雑居ビルの屋上です」


 暗視ゴーグルを装着した隊員が、手元の端末を指差す。

 そこには、周囲の温度とは明らかに異なる、不自然な黒い金属の杭が打ち込まれている映像が映し出されていた。


「あれが原因か。よし、第一班は援護。第二班、指向性爆薬(C4)をセットしろ。一気に吹き飛ばすぞ」


 音もなくビルを制圧した彼らは、黒い杭の根元に爆薬を設置する。

 同時に、別のブロックに潜入していた別動隊からも「目標を発見、爆破準備完了」との通信が入った。魔力を持たないがゆえにジャマーの干渉を受けない彼らだからこそ可能な、完全なステルス作戦であった。


「——起爆!」


 ドォォォォォンッ!!

 街の二箇所で、ほぼ同時に激しい爆発が起こった。

 福音の鐘の幹部・双子が仕掛けた『特級の誘引装置ルアー』兼『広域多重魔力ジャマー』の杭が、物理的な破壊力によって根元からへし折られ、粉々に吹き飛んだ。

 その瞬間。

 空を覆っていた漆黒のドームの一部が、ノイズが走ったように薄く、透明になった。完全だった包囲網に、明確な『ほころび』が生じたのだ。


『大佐! 結界の魔力濃度が局所的に急低下しました! 自衛隊がやってくれましたよ!』


 上空のドローンから、情報班の新実由鶴の興奮した声が通信機に響く。

 結界の外縁部で待機を余儀なくされていた羽衣緋雪は、抜身の日本刀を構え直した。その蒼い瞳に、反撃の炎が猛烈な勢いで燃え上がる。


「エース部隊、突入開始! 一匹残らず魔獣を駆逐して、市民を救い出しなさい!」


「「「了解!!」」」


 ジャマーの濃度が薄れたポイントから、日本最高峰の魔法少女たちが雪崩を打って突入する。

 先陣を切った新堂鈴乃が、双剣から猛烈な炎を放つ。


「燃え尽きろ! 【爆炎・大文字】!!」


 自衛隊の防衛線に迫っていた魔獣の群れが、十字の炎に包まれて一瞬で灰と化す。

 上空からは弓飛鳥が風の槍を投擲し、只野真奈が巨大なハンマーで大地を割り、魔獣の足止めを行う。

 そして、トップエースである緋雪が、氷を纏った刀身を煌めかせながら戦場を駆け抜けた。


「【氷華・白夜の太刀】!」


 彼女が通り抜けた軌跡にあるものすべてが、瞬時に絶対零度に凍りつき、砕け散る。

 自衛隊の破壊工作によってジャマーが弱まったとはいえ、いまだに通常の五割程度の出力しか出せない環境。それでも、エース部隊の面々は圧倒的な技量で魔獣を次々と狩り立てていた。


「大丈夫ですか!? 負傷者は後方へ!」


「た、助かった……魔法少女だ!」


 歓声を上げる警察官と自衛隊員たち。

 だが、事態はまだ根本的には解決していない。ジャマーの杭はまだ何本も残っており、誘引装置の効果で魔獣は際限なく湧き続けている。

 エース部隊の魔力消耗が限界を迎える前に、残りのジャマーを全て破壊しなければ、再び押し潰されるのは時間の問題だった。

 一方、その頃。

 結界の中心部、半壊した建設中ビルの高層階。

 Sランクのルディアを物理的な泥仕合の末に叩きのめしたゴースト(三神零)は、肩の傷から血を流しながら、コンクリートの床に倒れ伏している別の人物の元へと歩み寄っていた。


「……うぅ……」


 気絶しているのは、福音の鐘の幹部、須藤真里だ。

 ゴーストがルディアと交戦する直前、床に叩きつけられて伸びていた彼女の右腕には、まだ禍々しい赤い光を放つリング——『魔力励起リング(アンチジャマー)』がはめられたままだった。

 ルディアのリングは破壊したが、真里のものは無傷で残っている。


「悪いけど、これ、もらうわよ」


 ゴーストはしゃがみ込むと、容赦なく真里の腕から赤いリングを引き抜き、自分の左手首にはめ込んだ。

 ——その瞬間。

 ゴーストの身体を重く縛り付けていた見えない鎖が、嘘のようにパチンと弾け飛んだ。


「……ふあぁ」


 ゴーストの口から、無意識のうちに恍惚とした吐息が漏れた。

 全身の血管という血管に、堰き止められていたダムが崩壊したかのような、圧倒的で暴力的な量の魔力が怒涛の勢いで流れ込んでくる。

 鉛のように重かった【漆黒の大剣】が、まるで羽毛のように軽く感じられる。

 ジャマーによる干渉を完全に無効化し、特S級の未登録魔法少女としての『100%のフルスペック』が、今ここに完全復活を果たしたのだ。


(最高だ……。やっぱり、魔力を使わずに戦うなんて、ただの縛りプレイ(重労働)じゃないか)


 ゴーストは、溢れ出る闇の魔力を左肩の傷口に集中させた。

 【深淵なる虚無の清掃アビス・クリーナー】の応用。傷口の細胞を闇の魔力で強制的に結合・縫合し、流血を瞬時に止める。痛みは残るが、戦闘には全く支障はない。


「さて……」


 ゴーストは、大剣を肩に担ぎ、半壊した屋上の縁に立った。

 眼下には、魔獣の群れと、それに立ち向かう自衛隊、そして突入してきたエース部隊の姿が見える。


(自衛隊の人たちがジャマーをいくつか壊してくれたみたいだな。おかげでエース部隊が突入できた。……でも、まだ全然足りない)


 特S級の魔力探知能力が完全に戻ったゴーストの脳内には、今やこの街に仕掛けられた残りのジャマーの杭の位置が、まるでGPSのピンのようにハッキリと可視化されていた。

 数にして、残り六本。

 そして、その杭が引き寄せた魔獣の数は、優に数百を超えている。


(今、夜の八時四十分。……ピスタチオアイスが売り切れるまで、あと何分だ?)


 主夫としての限界時間が、とうに過ぎている。

 家族のために、自分のために、そして平和な明日の朝食のために。

 最強の亡霊の瞳に、絶対的な『怒り』の炎が灯った。

「——五分で終わらせる」


 ゴーストの足元の影が、爆発的に膨張した。


「シャァァァァァッ!!」


「チィィィィィッ!!」


 駅前の大通り。

 新堂鈴乃と只野真奈が、無数のオーク型魔獣の群れに囲まれ、背中合わせで息を切らしていた。


「数が多すぎるよ、鈴乃ちゃん! ジャマーのせいで魔力回復が追いつかない!」


「くそっ、これじゃジリ貧だ……! 大佐たちと合流しないと……!」


 魔獣たちが一斉に飛びかかってこようとした、その絶望の瞬間。

 街の気温が、急激に氷点下まで下がり、同時に肌を焦がすような異常な熱波が押し寄せた。

 ——ゾクッ。

 鈴乃たちの全身の産毛が逆立つ。

 魔獣たちすらも、本能的な恐怖に動きを止め、空を見上げた。


「……何、あれ……?」


 真奈が指差した先。

 夜空に浮かぶ暗雲を切り裂くように、漆黒のドレスを纏った一人の少女が宙に浮いていた。

 彼女の背中には、氷と炎、そして闇が混ざり合った、まるで悪魔の翼のような極大の魔力光が展開されている。


「——【深淵なる氷炎の重力場アビス・グラビティ・ゼロ】」


 虚空から響き渡る、絶対的な支配者の声。

 ゴーストが指を鳴らした瞬間。


 ズゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!


 駅前通り一帯の空間そのものが、規格外の闇の重力によって押し潰された。


 「ギャアアアッ!?」


 鈴乃たちを取り囲んでいた数百匹の魔獣が、見えない巨大な手にプレスされたように、一斉にアスファルトに叩きつけられ、その内臓を破裂させて即死する。

 さらに、その重力場の中に絶対零度の吹雪と極炎が吹き荒れ、魔獣の死骸をチリ一つ残さず蒸発させていく。

 文字通りの『殲滅』。

 いや、これは殲滅ですらない。ただの『清掃』だ。


「……う、嘘でしょ。あの数の魔獣を、たった一撃で……!」


「ゴースト……! なんて規格外の魔力……。しかも、ジャマーの結界下でどうしてあんな出力が!?」


 鈴乃と真奈が、あまりの光景にへたり込む。

 彼女たちは知らない。ゴーストが敵の幹部からアンチジャマーを引っこ抜いて装備しているという、ゲームの主人公のような略奪行為(ドロップアイテム装備)を行っていることを。

 ゴーストは眼下のエース部隊には見向きもせず、大剣を上段に構えた。

 大剣の刀身に、特S級の魔力が限界まで圧縮されていく。


「ジャマーの残り、六本。……一つずつ壊して回るのも面倒ね」


 ゴーストの紫の瞳が、街の各所に点在する黒い杭の座標を完全にロックオンした。

 彼女は、大剣を虚空に向けて一閃した。

 放たれたのは、斬撃ではない。


「——【無明・影刃のシャドウ・スコール】」


 ゴーストの背後に展開された闇の翼から、無数の『漆黒の刃』が射出された。

 しかし、その刃は直進せず、ゴーストが空中に開いた無数の『影のゲート』の中へと次々と吸い込まれていく。

 そして。


 ドォォン! バキィィン! ズガァァァンッ!!


 街のあちこち——ビルの屋上、路地裏、公園の茂み。

 黒い杭が打ち込まれていた六箇所のポイントの直上に、突如として影のゲートが開き、そこから飛び出した漆黒の刃が、杭をピンポイントで粉砕したのだ。

 超長距離からの、影移動を利用した全方位同時狙撃。

 特S級の探知能力と空間魔法を併せ持つゴーストにしか不可能な、神業のようなジャマー排除。

 パリンッ……!

 最後の一本が破壊された瞬間。

 街を覆っていた禍々しい漆黒のドームが、ガラスが割れるような音を立てて完全に消滅した。

 夜空に、再び月明かりが戻ってくる。


「……ジャマーが、消えた?」


「今のは、あの子が……ゴーストが全部破壊したってこと!?」


 結界が消えたことで、エース部隊の魔力も完全に元に戻った。

 残存している少数の魔獣など、フルスペックの彼女たちの敵ではない。

 空中に浮かぶゴーストは、街の瘴気が晴れていくのを確認すると、フッと息を吐いた。


(よし。これで全部片付いた。……時間は……!)


 夜の八時四十五分。

 まだ間に合う。

 ゴーストは、呆然と見上げている緋雪や鈴乃たちを一瞥することもなく、足元に影のゲートを開いた。


「……あとは任せたわよ、協会の犬ども」


 誰も聞いていない虚空に向かって、それっぽい捨て台詞(ただ急いでるだけ)を残し、特S級の亡霊は影の中へと滑り込むように姿を消した。


「……行ってしまったわね」


 刀を鞘に納めながら、羽衣緋雪はゴーストが消えた夜空を静かに見上げた。


「大佐。被害状況、まとまりました。自衛隊の奮闘と、あの……ゴーストの介入のおかげで、市民に死者はゼロです。重傷者も数名のみ」 


「……そう。よかった」


 飛鳥の報告に、緋雪は深く安堵の息を吐く。


「でも、どうしてあの子は私たちを助けてくれたんでしょうか? ジャマーを破壊して回るなんて、まるでこの街を必死に守ろうとしているみたいでした」


「……きっと、彼女には彼女なりの『正義』があるのよ。私たちは、また彼女に救われた」


 緋雪の蒼い瞳に、ゴーストへのさらなる畏敬の念が強く刻み込まれる。

 福音の鐘による未曾有のテロ計画は、自衛隊の決死の行動と、特S級の亡霊の規格外の暴力によって、完全に粉砕されたのだった。

 その数分後。

 駅前のコンビニエンスストア。

 自動ドアがウィーンと開き、息を切らしたエコバッグ姿の男子高校生が、猛烈な勢いでアイスケースへとスライディングした。


「はぁっ……はぁっ……!! ピ、ピスタチオ……!!」


 三神零の血走った目が、ケースの中をスキャンする。

 バニラ、チョコ、ストロベリー。

 そして、隅の方に……残り二個だけ残っていた『期間限定・ピスタチオ&ベリー』のパッケージを発見した。


「……あった!! よかったぁぁぁっ!!」


 死闘を終えた特S級の亡霊は、カルトの首魁を倒した時よりも、数百の魔獣を一撃で蒸発させた時よりも、遥かに輝かしい歓喜の表情を浮かべて、そのアイスを握りしめた。


「これで玲奈に怒られずに済む……。澪のチョコアイスも買って、早く帰ろう。今日はなんか、ドッと疲れた……」


 左肩の傷は影魔法で塞いであるとはいえ、鈍い痛みが残っている。

 しかし、袋いっぱいに詰まったアイスと特売の卵の重みが、彼に「日常を守り抜いた」という確かな実感を抱かせていた。

 世界の裏側で、カルト組織の野望を完全に打ち砕き、エース部隊からの評価をストップ高まで跳ね上げさせたことなど、彼は知る由もない。

 最強の主夫は、ただ愛する家族の待つ家へと、足取りも軽く帰っていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ