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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第七十九話

 圧倒的な力を持つ『特S級の亡霊』の前に、手も足も出ずへたり込むしかなかった屈辱の夜から数日後。

 日野美咲、雷前ナミ、林道鈴菜の三人は、魔法少女協会の監視の目が届かない都内の廃ビルの一室に呼び出されていた。


「……で? 私たちをこんな埃っぽい場所に呼び出して、一体何の用かしら」


 腕を組み、不機嫌そうに睨みつける日野の視線の先には、闇に溶け込むような黒いスーツを着た二人の男女が立っていた。

 一人は、氷のように冷たい青い瞳を持つ大柄な白人男性。ロシア支部・アナスタシア直属の特務エージェントである。

 もう一人は、切れ長の目をした東洋人の女。中国支部『黒龍』部隊の工作員だった。


「警戒なさらずに、日本の魔法少女の皆さん。我々はあなた方と同じ『憂い』を共有する者です」


「憂い、ですって?」


「ええ。日本の首都を我が物顔で飛び回り、協会の威信を地に墜としているテロリスト……『ゴースト』の存在です」


 中国支部の女が流暢な日本語でそう言うと、ロシアのエージェントがアタッシュケースを机の上に置き、カチャリと開いた。

 中には、禍々しい紫色の光を放つ三つの腕輪型の魔導具が収められていた。


「我がロシア支部の魔導科学と、中国支部の呪術を掛け合わせて造り上げた『試作型のリミッター解除用・魔力増幅器ブースター』です。これを装着すれば、あなた方の魔力出力は一時的に特A級、あるいはそれ以上に跳ね上がる」


「なっ……これを、私たちに?」


 息を呑む林道に、ロシアのエージェントは狡猾な笑みを浮かべた。


「ええ。現在の日本支部の上層部——姫嶋大将や羽衣大佐たちは、あろうことかあの亡霊に媚びへつらい、神格化すらしている。実に嘆かわしい。本来であれば、あなた方のような『正義感に溢れた優秀な魔法少女』こそが表舞台で評価されるべきなのに」


「……ッ」


「我々世界連盟は、日本支部の生温い『監視と融和路線』に強い不満を抱いています。そこで、あなた方のような気骨ある若き英雄に、特別にこの試作兵器を託したい。ゴーストを討ち取り、この国の魔法少女の在り方を正してはくれませんか?」


 それは、世界を裏から牛耳る超大国の暗部による、甘く危険な囁きだった。

 ゴースト本人が意図せず行った完璧すぎる証拠隠滅のせいで、表立って手出しができなくなったロシアと中国は、日本支部内部の『不満分子アンチ』に目をつけ、代理戦争の駒として利用しようと企んだのだ。

 しかし、ゴーストに対する嫉妬と、自分たちこそが正義であるという歪んだ選民思想を拗らせていた日野たちは、その裏の意図に気づくことなく、魅入られたように腕輪を手に取った。


「……いいわ。日本のトップが腑抜けになってるなら、私たちがやるしかないもの」


「大国のバックアップがあるなら心強いわね。これで、あいつの化けの皮を剥いでやる」


 日野、雷前、林道の瞳に、暗く濁った野心の火が灯る。

 彼女たちの独善的な正義感は、他国の悪意という劇薬を注がれたことで、完全に後戻りできない暴走状態へと突入してしまったのである。

 それから数日後の、週末の夕暮れ。

 三神家のキッチンでは、エプロン姿の零が、コトコトと音を立てる大きな鍋の前で真剣な表情を浮かべていた。


「よし、牛すじ肉もトロトロに煮込めたな。あとはデミグラスソースと赤ワインを加えて、さらに一時間じっくり煮込めば……三神家特製、極上ビーフシチューの完成だ」


 今日は姉の澪も妹の玲奈も、訓練校が休みで自室でくつろいでいる。

 家族に美味い飯を食わせるという至高のミッションを前に、零の主夫力は最高潮に達していた。

 ——ピロリンッ!!

 しかし、そんな平和な空気を切り裂くように、エプロンのポケットに入れたスマートフォンから、自作アプリのピンポイント・アラート音が鳴り響いた。


『【魔力波長:Aランク相当】発生源:東京都新宿区 〇〇交差点付近』


「……またかよ! 最近ホントに東京の発生率おかしいって! せっかくいい匂いがしてきたところなのに!」


 零は慌ててコンロの火を極弱火に落とすと、鍋の蓋を閉めた。

 Aランクともなれば、放っておけば被害は甚大になる。何より、万が一魔獣がこちら側に移動してきて、家や家族が巻き込まれたらたまらない。


「火から目を離すのは一瞬だけにしないと、シチューの底が焦げる……! 三分で終わらせて帰る! ——変身!」


 光の奔流と共に『ゴースト』へと変身した零は、キッチンの床に落ちる自身の影へとダイブし、超高速の影移動で新宿へと空間跳躍した。

 ——東京都新宿区、〇〇交差点。


「シィィィッ!!」


 日本支部のトップエース・羽衣緋雪は、日本刀型の魔装を振るい、空を覆うほどの巨大な鳥型のAランク魔獣『ストーム・コンドル』と激しい空中戦を繰り広げていた。


「飛鳥、右翼からの突風が来るわ! 鈴乃、牽制をお願い!」


「了解! 【風刃の盾】!」


「任せな、緋雪! 【爆炎連弾】!!」


 弓飛鳥の風が味方を守り、新堂鈴乃の炎が魔獣の視界を奪う。

 エース部隊の連携は完璧だった。しかし、ストーム・コンドルは常に上空を旋回しており、決定打となる緋雪の氷の刃が届かない。

 そんなエース部隊の戦闘を、交差点の地上から見上げていた部隊がいた。

 後方支援と市民の避難誘導を命じられていた、日野美咲、雷前ナミ、林道鈴菜の三人小隊である。


「……ふん。あんな鳥一匹に手こずるなんて、エース部隊も大したことないわね」


 日野は、腕に装着したロシアと中国製の魔力増幅器をさすりながら、鼻で笑った。

 増幅器から流れ込む圧倒的な魔力感が、彼女の自己評価を本来の実力から大きく乖離させ、傲慢さを極限まで肥大化させていたのだ。

 その時だった。

 空中の魔獣の直上——雲の切れ間の影から、スッと抜け出るように漆黒のドレスを纏ったゴーストが姿を現した。


「……サクッと片付けるわよ」


 ゴーストは空中で、背中に背負った身の丈ほどの【漆黒の大剣】を引き抜いた。


 (えっと、鳥相手なら……機動力を奪うために翼を凍らせて、そのまま重力で落としながら炎で焼却、だな!)


 極めて論理的かつ主夫的な思考で、ゴーストは大剣に氷と炎の魔力を同時にチャージする。


「ゴースト!?」


 ゴーストの登場に、驚き距離を取る。

 しかし、地上にいた日野美咲の目は、獲物を見つけたハイエナのように血走っていた。


「現れたわね……悪逆非道な亡霊め! ナミ、鈴菜! リミッター解除!!」


「ええ! 私たちの真の力、思い知らせてやるわ!」


 三人は、ロシアと中国から供与された魔力増幅器を最大出力で起動した。

 本来の限界を強制的に突破させられた魔力が、彼女たちの全身から紫色のスパークとなって噴き出す。


「日野!? 何をしているの、あなたたちの任務は後方支援よ! ゴーストへの攻撃は協会に対する重大な命令違反になります、直ちに魔力を収めなさい!!」


 異常な魔力の膨張を察知した緋雪が、上空から声を張り上げて制止する。

 しかし、完全に力に酔いしれた日野は、上官である緋雪の命令を鼻で嗤った。


「うるさい! ゴーストにビビって手を出せない臆病な上層部の命令なんて聞けるもんですか! 協会がやらないなら、私たち『真の正義』が奴を排除するのよ!!」


 日野は完全に理性を失った狂信者の目をして、杖を上空のゴーストへと向けた。


「落ちなさい、偽物の英雄!! ——【極大・煉獄の火柱】!!」


「【雷帝の裁き】!!」


「【世界樹の縛鎖】!!」


 特A級にまで底上げされた三人の魔法が、一条の巨大な破壊の奔流となって、魔獣の直上にいたゴーストへと一直線に放たれた。

 それは、周囲のビル群のガラスを衝撃波で粉々に砕き、巻き添えになることなど一切考慮していない、狂気に満ちた暴走魔法だった。


「……はぁ!?」


 大剣を振り下ろそうとしていたゴーストは、真下から自分を狙って放たれた強烈な殺気に、素っ頓狂な声を上げた。


 (ええええっ!? またあいつら!? しかもなんか前回より魔法の出力バグみたいに上がってない!? っていうか、羽衣さん(エース部隊)が目の前で「やめろ」って言ってるのに、ガン無視で俺撃ってきてるんだけど!?)


 同業者どころか、直属の上司の命令すら無視して特攻をかましてくる日野たちに、零の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。


 (なんでここまで同業者に嫌われてんの!?何か悪いことした!?)


 しかし、嘆いている暇はない。

 ゴーストは舌打ちをすると、魔獣に向かって振り下ろすはずだった大剣を、眼下から迫る三色の破壊の奔流へと向けた。


「——鬱陶しいわね。邪魔しないで」


 ゴーストが絶対零度の魔力を解放する。

 大剣から放たれた【絶対零度・氷結領域コキュートス・ドメイン】が、日野たちの極大魔法と激突した。

 ——パキィィィィンッ!!

 日野たちの放った炎も、雷前が落とした雷も、林道の茨も。特A級にまで増幅されていたはずの魔法すべてが、特S級の規格外の冷気によって空中で完全に『凍結』させられ、そのまま粉々に砕け散った。

 借り物の力など、本物の深淵の前では児戯に等しい。


「な、ばかな……!? 私たちの全力の魔法が……一瞬で……!?」


 増幅器の反動で息を切らす日野が、信じられないものを見るように目を見開く。


「よそ見してる暇なんてあるのかしら?」


 ゴーストの冷ややかな声が空に響いた瞬間、彼女の背後の影から『もう一つの大剣』を持ったゴーストの分身が現れ、本来の標的であったAランク魔獣『ストーム・コンドル』を炎の剣閃で袈裟懸けに両断した。

 氷の防御と炎の斬撃、同時並行の蹂躙。

 魔獣の巨体は真っ二つに裂け、爆炎と共に空中で消し炭となる。


「……まったく。次から次へと面倒くさい連中ね」


 ゴーストは、呆然と立ち尽くす日野たち三人に向けて、大剣の切っ先をスッと向けた。

 その瞬間、三人を中心とした半径十メートルの地面に、巨大な【闇の魔法陣】が展開される。


「ひっ……!?」


「いや……殺される……!!」


 底なしの深淵を前に、三人は腰を抜かして震え上がった。自分たちの身勝手な正義が、とうとう逆鱗に触れたのだと悟った。

 しかし、ゴーストが放った闇魔法は、彼女たちの命を奪うものではなかった。

 闇の触手が三人の腕に巻き付くと、彼女たちがロシアと中国から受け取った『魔力増幅器』だけをピンポイントでもぎ取り、そのままブラックホールのように虚無へと飲み込んで消し去ったのだ。


「そんな怪しいオモチャに頼って、上官の命令も聞けないようなら、魔法少女なんて辞めてしまいなさい?」


 それは、ゴーストとしての冷徹な警告であり——同時に、「変な危ないおもちゃで俺(と家族)の平和を脅かすな」という零の切実なクレームでもあった。

 他国の暗部の証拠品を綺麗に【深淵なる虚無の清掃】で片付けると、ゴーストは闇のゲートへと身を翻した。


 (ヤバい! シチューの火、止めてからもう三分経つ! 急いで帰らないと!!)


 誰も知らない主夫の焦りと共に、最強の亡霊は音もなく戦場から姿を消した。


「……日野美咲。雷前ナミ。林道鈴菜。あなたたちの今の行動、弁明の余地はありませんね」


 ゴーストが去り、静けさを取り戻した交差点。

 空からゆっくりと降下してきた羽衣緋雪が、抜身の刀を手に、絶対零度の怒気を纏って三人の前に立っていた。


「命令無視。味方の作戦妨害。そして、未登録とはいえ明確な敵対行動をとっていない対象への無差別攻撃。……加えて、あなたたちが先ほど使っていた正体不明の魔導具。協会への背任行為として、拘束します」


 緋雪の言葉に、エース部隊の鈴乃や飛鳥も険しい顔で武器を構え、三人を包囲する。


「ふ、ふざけないでよ……! 私たちは正しいことをしただけよ! あなたたちエースが、あのテロリストにビビって媚を売ってるのが悪いんじゃない!!」


 腕輪を失い、魔力も底を突いて座り込みながらも、日野はまだ己の非を認めず、血を吐くような声で緋雪を睨みつけた。

 増長した歪な正義と、それを背後で操ろうとする他国が暗躍し始めた。


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