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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第七十四話

 世界中の諜報機関や裏社会が『特S級の亡霊』の完全な消失ロストに大パニックに陥り、血眼になってその行方を探していた週末。

 混沌の元凶である三神零は、東名高速道路を走るファミリーカーの後部座席で、平和な夏の陽射しを浴びていた。


「お父さーん! もう少しで海老名サービスエリアだよ! 私、メロンパン食べたい!」


「はいはい、わかってるよ玲奈。五郎さん、左車線に寄っておいてね」


「おう。よし、ウインカー出すぞー」


 運転席でハンドルを握る父・五郎と、助手席でナビを見ながら的確な指示を出す母・奈々美。

 そして後部座席には、はしゃぐ妹の玲奈と、姉の澪、そして窓の外を眺めて微笑む零の三人が座っている。

 事の発端は数日前に遡る。

 魔法少女の適性試験を見事突破し、晴れて訓練生としての道を歩み始めた澪と玲奈に、協会から初めての『特別手当(初任給)』が支給されたのだ。

 二人はそのお金を自分たちのために使うのではなく、「いつも応援してくれている家族への恩返し」として、箱根への一泊二日の温泉旅行をプレゼントしてくれたのである。

 共働きで毎日忙しくしている両親も、奇跡的にこの週末は夫婦揃って休暇を取ることができ、こうして三神家五人での水入らずのドライブ旅行が実現したというわけだ。


「しかし、澪も玲奈も立派になったよなぁ。まさか娘たちの初任給で旅行に連れてきてもらえる日が来るなんて、父さん泣いちゃいそうだぞ」


「ほんとねぇ。二人とも、危険な訓練ばかりで大変でしょうに。本当にありがとうね」


 サービスエリアの駐車場に車を停めると、五郎と奈々美が嬉しそうに目を細めた。


「えへへ、いいってことよ! お父さんもお母さんも、いつも私たちのためにお仕事頑張ってくれてるんだから!」


「そうそう。それに、お兄ちゃんにも感謝してるんだからね! 数学のテストで28点取って補習受けてるくせに、いつも私たちの特訓に付き合ってくれてるし」


 短く切り揃えたショートヘアを揺らしながら笑う澪と、長いツーテールを揺らして胸を張る玲奈。

 痛いところを突かれた零は「赤点のことは言うなよ……」と苦笑いしながら、車を降りて大きく伸びをした。

 サービスエリアのベンチを確保した三神家は、そこで少し早めの昼食をとることにした。

 奈々美が大きな重箱を広げると、色とりどりのおかずが顔を出す。


「さあ、お弁当にしましょうか。今日は私と零の合作よ!」


「やったー! お母さんの唐揚げとお兄ちゃんの卵焼きだ!」


 三神家の台所事情は少し特殊だ。

 共働きの両親に代わり、零が家事全般を担うことが多いのだが、母・奈々美の料理の腕前はまさにプロ級。零の料理スキルもすこぶる高く、母に僅差で迫るほどの見事な腕前を持っているため、休日に二人がキッチンに並ぶと、ちょっとした高級料亭のようなクオリティの食事が完成するのだ。


「ん〜っ! やっぱりお母さんの唐揚げは最高ね! 下味がしっかり染みてる!」


「零の出汁巻き卵も負けてないわよ。絶妙な火加減でフワフワじゃない。さすが私の息子ね」


「母さんの味付けにはまだまだ敵わないよ。……ほら玲奈、ポロポロこぼすな」


 家族で重箱をつつき合い、笑い声が絶えない賑やかな昼食。

 零は、頬に弁当の米粒をつけて笑う妹と、唐揚げを奪い合っている姉、そしてそれを見て微笑む両親の姿を、とても愛おしそうに見つめていた。


(……俺は、この笑顔を守りたいんだ)


 零が『ゴースト』という非合法の魔法少女に変身し、特S級の力で密かに魔獣を討伐している理由は、決して「正義の味方になりたい」といった大層なものではない。

 魔法少女の道を選んだ澪(炎属性)と玲奈(風属性)。彼女たちが、いつか強大な魔獣と相対して傷ついてしまうかもしれない。そんな危険な真似をさせないために、ヤバい敵は自分が裏で全て処理して、この家族の平和な日常を維持したいだけなのだ。

それに何より、周防凛音のように誰かを助ける姿に憧れたからだ。


(父さんと母さんが一生懸命働いて、休日にこうして家族で出かけられる。こんな当たり前で幸せな平穏を、魔獣の理不尽なんかに壊されてたまるかよ)


 世界を救うことより、目の前の重箱の唐揚げを家族で笑って食べられる日常の方が、零にとっては100倍価値がある。

 命の恩人である先代の英雄・周防凛音から受け継いだ『氷と炎』の力、そして自身に宿る『闇』の力。これらはすべて、この三神家を守り抜くための最強の盾であり、剣なのだ。


「お兄ちゃん、何ボーッとしてるの? はい、あーん!」


「おっ、こら玲奈! 私のおかずのウインナーを勝手に零に食べさせるな!」


「あはは、澪、そんなに怒るな。父さんの分を一つやるから」


 賑やかな家族のやり取りに、零は吹き出しそうになるのを堪えながら、妹から差し出されたウインナーをパクリと食べた。


「わぁぁっ……! すごい、お湯の匂いがする!」


 やがて車は、目的地の箱根へと到着した。

 旅館の駐車場に降り立った瞬間、鼻をくすぐる微かな硫黄の香りと、都心とは違うひんやりとした山の空気が一家を出迎える。


「よし、チェックインにはまだ少し時間があるから、温泉街で食べ歩きでもしようか!」 


「賛成! 温泉饅頭食べたい!」


 父の提案に姉妹が歓声を上げ、五人は仲良く連れ立って風情ある温泉街へと歩き出した。

 浴衣姿で行き交う観光客たち、湯けむりが上がるレトロな街並み。

 そこには、情報班の追跡も、テロ組織『レガリア』の脅威も、世界の暗部からの干渉もない。ただの仲良し家族の、穏やかな休日の風景があるだけだった。


(最高だな……。誰も俺が『ゴースト』だなんて知らない。ただの高校生として、家族と温泉旅行を楽しめるなんて)


 世界が自分を見失い、パニックに陥っていることなど露知らず。

 特S級の亡霊であり、絶賛数学の補習中の男子高校生は、平和な温泉街の空気を胸いっぱいに吸い込み、出来立ての温泉饅頭の湯気に顔を綻ばせるのだった。

 


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