第六十七話
新堂鈴乃(神絵師・フレイム・ストライク先生)からの強烈な口止めプレッシャーから逃れ、そそくさと東ホールを後にした三神零と狭間稔。
「いやー、いい買い物ができたぜ! さあ三神、次は南の屋外展示場だ! コスプレエリアに行くぞ!」
「まだ歩くのかよ……。もう俺のHPと両手の所持重量は限界に近いんだけど」
「甘ったれるな! 夏コミの華は薄い本だけじゃない、レイヤーさんたちの情熱をこの目に焼き付けるまでがコミケだ!」
謎の使命感に燃える親友に引っ張られ、零は真夏の太陽が照りつける屋外のコスプレエリアへと足を踏み入れた。
そこは、ホール内とはまた違った熱気に包まれていた。人気アニメのキャラクターや、重厚な鎧を着込んだ造形レイヤー、さらにはネタに全振りしたおもしろコスプレまで、多種多様な人々がポーズを決め、カメラマン(カメコ)たちが巨大なレンズを向けている。
「おおっ、今年はやっぱり魔法少女のコスプレが多いな! 羽衣大佐のレイヤーさん、クオリティ高いぜ!」
稔が興奮気味に指差す先には、見慣れた和装の軍服と銀髪のウィッグを被り、日本刀の小道具を構えるレイヤーの姿があった。
零は適当に相槌を打ちながら、その様子をぼんやりと眺めていた。
だが、その時。
ひときわ大きな人だかり——何十人ものカメラマンが円になって囲んでいる、いわゆる『大囲み』ができている場所が零の目に留まった。
「すげえ人だかりだな。……何のキャラのコスプレだ?」
「おっ、三神、ちょうどいいところに来たな! よく見ろよ、今年の夏の覇権を!」
稔に促され、零は背伸びをして人垣の隙間から中心を覗き込んだ。
そこにいたのは、漆黒を基調とし、白いフリルとレースがあしらわれたゴシック調のドレスに身を包んだ女性だった。
腰まで届く艶やかな黒髪のウィッグに、神秘的な紫色のカラーコンタクト。胸元には、十字架のようなペンダントのレプリカが輝いている。
彼女は日傘を傾けながら、見下すようなクールな表情でカメラマンたちのフラッシュを浴びていた。
「——って、あれ……」
零の口から、間の抜けた声が漏れた。
見間違えるはずがない。それは毎度、鏡の中で見ている『裏の顔』。
(俺……じゃなくて、ゴーストのコスプレ!?)
「驚いたか? あそこだけじゃないぜ、ほら、あっちにも、こっちにもいる」
稔が首を振って示す方向を見ると、確かに、芝生エリアのベンチや、少し離れた撮影スペースにも、同じ『黒と白のゴシックドレス』を着たレイヤーたちが何人もポーズを決めていた。
中には、氷のエフェクトを模した透明なプラ板を持っていたり、炎を模した赤いリボンを巻きつけていたりする凝ったレイヤーもいる。
「うそだろ……なんでゴーストのコスプレなんてしてる人がこんなにいるんだよ……!?」
零は愕然とした。
ゴーストは、魔法少女協会に未登録の存在である。テレビの密着取材を受けるトップエースたちとは違い、公式なメディア露出など一度もない。それなのに、この異常なまでの浸透率は何事か。
「三神、お前マジでネットニュースとか見てないのな」
稔は呆れたように息を吐き、自分のスマホを取り出して画面を見せた。
そこには、動画サイトやSNSでバズり散らかしている『ゴースト』の関連ワードがずらりと並んでいた。
『【新宿テロ】謎の黒髪美少女魔法少女・ゴーストがヤクザを瞬殺する動画【圧倒】』
『特S級・ゴースト様のクールな名言まとめ!
「あら、もうお腹いっぱい?」』
『非公式ファンクラブ【深淵の眷属】会員数10万人突破!』
「じゅ、10万……!?」
「ああ。協会に属さない未登録の特S級。突如として現れ、エース部隊のピンチを救い、圧倒的な『氷・炎・闇』の三属性で敵を蹂躙し、一切の素性を明かさずに闇へと消える……。そんなミステリアスなダークヒロイン、オタクが食いつかないわけないだろ!」
稔が熱弁を振るう。
「『孤高』『最強』『ミステリアス』。おまけにあの息を呑むような美貌と黒髪だ! 今やネット上では、羽衣大佐に次ぐカリスマとして神格化されてるんだよ。だから今年の夏コミは、ゴーストのコスプレやファンアートが爆増してるってわけさ!」
(……神格化って。俺、早く帰って特売の豚肉を冷蔵庫に入れたかったから急いで倒しただけなんだけど!?)
零は頭を抱えた。
彼がゴーストに変身して取る行動の動機は、常に「平穏な日常の維持」である。
スライムを破裂させて「だらしないわね」と冷酷に吐き捨てたのも、ただ単に(晩御飯の生姜焼きを作る時間が削られた苛立ち)が滲み出ていただけなのだが、それが世間には『底知れぬ強者の余裕』として変換され、熱狂的に受け入れられてしまっているらしい。
『——さあ、私の闇に沈みなさい』
すぐ近くの撮影スペースで、ゴーストのコスプレイヤーが中二病全開のキメ台詞と共にポーズをとった。
周囲のカメコたちが「おおおっ!」「目線くださーい!」と大興奮でシャッターを切っている。
(うわああああああッ!! 恥ずかしい! 客観的に見ると俺、あんな痛い振る舞いしてたのか!?)
零は顔から火が出るほど恥ずかしくなり、両手で顔を覆った。
しかし、同時に、自分(の変身後の姿)がこうして熱狂的に愛され、誰かの「推し」になっているという事実に、ほんの少しだけ……本当に微かだが、「ちょっと嬉しいかも」とくすぐったい優越感を覚えてしまう自分もいた。
「おっ、あそこのゴーストレイヤーさん、衣装の刺繍まで完璧だぞ! 三神、ちょっと荷物頼む! 俺も写真撮らせてもらってくる!」
「あ、おい稔! 勝手に行くなよ!」
カメラを取り出して意気揚々とカメコの群れに突撃していく稔を見送りながら、零は巨大な紙袋を両手に提げたまま、夏の青空を仰いだ。
(……まあ、いいか。これだけ『ゴースト』の偽物が溢れてるなら、俺の正体がバレるリスクも少しは紛れるかもしれないし)
自分が意図せず生み出してしまったカリスマ性と、熱狂的なファンの波。
世界各国の諜報機関から拉致のターゲットにされているばかりか、一般のオタク界隈からも信仰の対象にされてしまった「平和を愛する一般人」。
真夏の祭典のど真ん中で、零は自分の未来がますます平穏から遠ざかっていく音を聞いた気がした。




