第六十四話
三神家の自分の部屋に戻った零は、ベッドにどさりと寝転がった。
天井を見上げながら、先ほどまでの出来事を思い返す。
(……なんか、すごい一日だったな。氷の女王にハンバーグを振る舞うなんて)
我ながら、一般人としては波乱万丈すぎる休日だった。
しかし、キッチンで不器用ながらも一生懸命料理を手伝おうとしていた緋雪の姿や、「美味しい」と満面の笑みでハンバーグを頬張る姿は、テレビで見る冷徹なトップエースのイメージとは程遠く、年相応の可愛らしさがあった。
「そういえば、羽衣さんっていくつなんだろう……?」
ふと気になって、零はジャージのポケットからスマホを取り出し、ブラウザを開いた。
検索窓に『魔法少女協会 羽衣緋雪』と打ち込むと、トップに協会の公式プロフィールページが表示される。
そこには、凛とした表情で日本刀を構える美しい『氷の女王』の写真と共に、華々しい戦歴や階級が記載されていた。
【名前】羽衣 緋雪
【階級】大佐(特S級対応部隊)
【属性】氷
【年齢】17歳
「——えっ?」
零は、思わずスマホの画面を二度見した。
「じゅ、17歳!? 嘘だろ!?」
階級が『大佐』であり、日本支部のトップエースとして数々の戦場をくぐり抜けているのだから、てっきり二十歳は超えている大人だと思っていた。
だが、公式プロフィールに記載されている年齢は17歳。
現在16歳で高校二年生の零とは、たったの一つしか違わない。高校三年生と同い年なのだ。
(いやいや、あの落ち着きっぷりと大人びた雰囲気で17歳って……魔法少女の世界、過酷すぎないか!?)
若くして最前線に立たされ、人類の希望として重圧を背負い続けている彼女の境遇を思い、零の胸が少しだけチクリと痛んだ。
だからこそ、今日の三神家での何気ない日常が、彼女にとってあんなにも眩しいものだったのかもしれない。
「……そっか。俺と一つしか変わらないんだな」
なんだか急に親近感が湧いてきた零は、スマホをベッドサイドの机に置き、毛布を被った。
雨音の消えた静かな夜。心地よい疲労感と共に、意識はすぐに深い微睡みの中へと落ちていった。
——そして、不思議な夢を見た。
視界いっぱいに広がるのは、見知らぬ廃墟の街。
瓦礫の山に、巨大な魔獣の亡骸がゴロゴロと転がっている。戦いが終わったばかりの、硝煙と魔力の残滓が漂う空間。
『——やったね、零! 今のタイミング、完璧だったよ!』
不意に、背中をバンッ!と無遠慮に叩かれた。
振り返ると、そこにいたのは、燃えるような紅い髪をポニーテールに結んだ、快活な笑顔の少女だった。
「……凛音、さん?」
周防凛音。
11年前の『厄災』と呼ばれる大戦で戦死した、伝説の英雄。
そして、零にこのペンダントと強大な魔力を託した、先代の特S級魔法少女。
『アハハッ! 驚いた? でもさー、私と零の【炎と氷と闇】のトリプル・コンビネーション、マジで最強じゃない!? あんなデカいAランク魔獣の群れ、秒殺だったもんね!』
気さくに笑いながら、凛音が零の肩に腕を回してくる。
その感触は驚くほどリアルで、彼女から発せられる圧倒的な『炎』の温もりと太陽のような魔力も、はっきりと感じ取れた。
「え、いや……俺、なんで……」
零が戸惑いながら自分の姿を見下ろすと、そこには見慣れた黒と白のドレスがあった。
長い白銀の髪。透き通るような肌。
そう、夢の中の自分は、絶世の美少女たる『ゴースト』の姿で、凛音と肩を並べて歩いていたのだ。
『なーにボケッとしてるのさ。ほら、凱旋しよう! お腹すいたし、任務終わったら特大のパフェ奢ってあげるって約束したでしょ!』
「パフェって……俺、そんな約束……」
『細かいことは気にしない! あー、でも零ってば変身すると私より背高くなっちゃうし、美人さんだからちょっと嫉妬しちゃうなー。中身はあんなにオドオドした男の子なのにね!』
ケラケラと笑う凛音に引っ張られながら、ゴースト姿の零は、瓦礫の街を歩いていく。
あり得ない光景だった。
凛音が生きているはずがない。彼女は11年前に命を落とし、その意志と力だけが、ペンダントを通じて零の中に息づいているのだから。
第一、凛音が生きていた頃の零はまだ5歳の小さな子供であり、ゴーストの姿で共に戦場を駆け抜けることなど、物理的にも時間軸的にも絶対に不可能なのだ。
(ああ、そうか。これは……夢なんだ)
夢だと自覚しながらも、零はなぜか、このあり得ない光景をひどく心地よく感じていた。
もしも彼女が生きていたら。
もしも、こんな風に気さくな先輩として、一緒にくだらないことを言い合いながら肩を並べて戦える世界線があったなら。
『——任せたよ、零』
ふと。
夕日の差し込む廃墟の中で、凛音が立ち止まり、優しく微笑みかけてきた。
先ほどまでの無邪気な笑顔ではない。世界を救った英雄としての、慈愛に満ちた瞳。
『私の愛した世界を、そして……君自身の平穏を、絶対に守り抜いてね』
その言葉と共に、凛音の姿がキラキラとした光の粒子となって、風に溶けるように消えていく。
「——待って、凛音さん!」
手を伸ばした瞬間。
チュン、チュン、チュン……。
窓の外から聞こえる雀の鳴き声と共に、零はハッと目を見開いた。
視界に映ったのは、見慣れた自室の天井。
カーテンの隙間からは、眩しい朝の光が差し込んでいた。
「……夢、か」
零はゆっくりと体を起こし、胸元で微かな温もりを放っているペンダントをギュッと握りしめた。
夢の中で触れた、あの太陽のような温かさが、まだ右肩に残っているような気がした。
「……一緒にパフェ、食べたかったな」
それは、叶うことのない叶わぬ願い。
だが、彼女が残した言葉は、零の胸の奥底に確かな火を灯していた。
(俺の平穏は……俺自身で守り抜く。もちろん、姉ちゃんや玲奈、それに……羽衣さんたちの笑顔も)
決して表舞台には立たない、宇宙一過保護で臆病な亡霊の決意。
それを後押しするように、胸元のペンダントが、優しい光を一度だけ瞬かせたのだった。




