表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録の魔法少女  作者: 浅川


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/154

第五十九話

 その日の放課後。

 三神零は、スーパーの特売で買ったネギの入ったエコバッグを片手に、住宅街を歩いていた。


(よし、今日の夕飯は姉ちゃんと玲奈のリクエストで豚の生姜焼きだ。特売の豚肉も買えたし、完璧な一般人の日常だな)


 穏やかな夕暮れの空を見上げながら、零がほっこりとした気分で歩を進めていた、その時だった。

 ——ブブッ、ブブッ。

 ズボンのポケットで、スマートフォンが控えめな振動を繰り返した。

 零がスマホを取り出して画面を見ると、彼が個人的な趣味と実益(自身の平穏を守るための危機回避)を兼ねて独自に組んだ『魔力探知アプリ』が、赤い警告のポップアップを表示していた。


(……なんだ、この魔力波形? Aランク……いや、波形が異様に乱れてる。厄介な『変異種』か?)


 アプリのマップは、北西の郊外——山林と廃工場が広がるエリアに強大な魔力反応があることを示している。

 一般人状態の零ではアプリのデータで大まかな位置を把握することしかできないが、一度ゴーストに変身さえしてしまえば、特S級の感覚でその魔力波形を正確に辿り、ピンポイントで『闇』の瞬間移動をすることができる。


(このままだと、市街地に被害が出るかもしれない。……せっかくの生姜焼きの前に、さっさと変身して片付けておくか)


 零は周囲を見回し、誰もいない路地裏に入ってペンダントを取り出そうとした。

 だが、その直前。


「——三神さん? こんなところで、奇遇ですね」


 背後から、ひどく理知的で、同時にどこか冷ややかな響きを持った声がかけられた。


「……えっ?」


 零がギクシャクと振り返る。

 そこには、タブレット型のデバイスを操作しながらこちらを見据える眼鏡の少女——情報班トップの新実由鶴少佐と。


「あーっ! れーお兄ちゃんだー!!」


 嬉しそうな歓声と共に、猛スピードで突進してくる金髪ツインテールの少女・只野真奈大尉の姿があった。


「ぐふっ!?」


「えへへ〜、れーお兄ちゃん、こんなところで何してるの? デートの待ち合わせ?」


 零の腹部に真奈がロケット頭突き気味に抱きつき、グリグリと顔を擦り付けてくる。

 相変わらずの凄まじいスキンシップにタジタジになりながら、零は必死に作り笑いを浮かべた。


「あ、ははは……真奈ちゃん、新実少佐。偶然ですね。俺はただ、夕飯の買い物帰りで……」


「買い物帰り、ですか。スーパーの方向とは真逆ですが」


 由鶴が、クイッと眼鏡を押し上げながら無慈悲にツッコミを入れた。


「そ、それはその、少し遠回りして散歩しようかなって……。それより、お二人はこんな郊外で何をしてるんですか? 羽衣大佐や新堂中佐は一緒じゃないんですか?」


「私たちは、別行動です。現在、この先の廃工場エリアに『魔力吸収能力』を持つ厄介なAランクの変異魔獣が出現しまして。緋雪たち三人が前衛として交戦中ですが……」


 由鶴の言葉に合わせるように、ドォォォンッ!という重低音が遠くの山林から響き渡った。

 しかし、由鶴も真奈も焦る様子はない。

 由鶴は後方での情報支援と周囲の『認識阻害フィールド(一般人避けの結界)』の展開、真奈は市街地へ魔獣が逃げ込まないための『土の防壁』を構築するために、ここに残っていたのだ。


「で、三神さん。あなたはなぜ、その結界の『内側』にいるのですか?」


「えっ」


「私が展開している認識阻害フィールドは、『この先でガス漏れが起きている』と一般人の脳波に誤認させ、無意識に遠ざけるものです。しかしあなたは、それに一切影響されることなく、ピンポイントで魔獣の出現予測地点に向かって歩いていましたよね」


 由鶴のレンズの奥の瞳が、獲物を狙う鷹のように鋭く細められた。


(ヤバいヤバいヤバい!! アプリの画面に夢中で、完全に無意識で結界をスルーしてた!)


 零は冷や汗をダラダラと流しながら、必死に脳をフル回転させた。


「あ、いや! 俺、極度の鼻炎でして! ガス漏れの匂いとか全然分からなくて、おまけに歩きスマホでゲームに夢中になってたから、看板とかにも気づかずに入っちゃってたみたいで……ハハハ……」


 苦し紛れにも程がある言い訳。

 由鶴はそれに対して何も言わず、ただ手元のデバイスをチラリと見た。

 そこには、周囲を飛んでいる小型ドローンが計測した『三神零のバイタルデータ』が表示されていた。


(……心拍数、毎分65。呼吸も極めて安定している。これほど間近でAランク変異種のプレッシャーを浴びて、爆発音まで聞いているのに、この男の身体は一切の『恐怖』を感じていない。……異常です)


 以前のショッピングモールでのテロ事件の時もそうだった。

 この少年は、一般人でありながら、魔法少女の結界を無意識に破り、ドローンのカメラが捉えきれないほどの反射神経を見せた。


『——由鶴! 聞こえる!?』


 その緊迫した空気を切り裂くように、由鶴のインカムから緋雪の焦った声が響いた。


『敵の魔力吸収が予想以上に厄介よ! 私の氷も、鈴乃の炎も、着弾する前に魔力を吸われて威力が半減するわ! このままだとジリ貧よ!』


「了解しました。直ちに真奈を増援に向かわせます。物理的な質量の大きい『土』の魔法なら、魔力を吸われる前に叩き潰せるはずです」


「任せて! れーお兄ちゃん、ちょっと待っててね! あんなスライム野郎、私が秒でペチャンコにしてくるから!」


 真奈が自身の背丈以上の巨大なハンマーを取り出し、元気よく前線へと跳躍していった。

 あとに残されたのは、ネギの入ったエコバッグを持つ一般人(仮)と、彼をじっと観察する情報班のトップ。

 二人きりの、静かで息の詰まる空間だった。


「……あの、新実少佐。俺もそろそろ帰らないと、豚肉が傷んじゃうんで……」


 零がジリジリと後ずさりしながら逃げようとしたが、由鶴はデバイスから目を離さないまま、冷たい声でそれを制止した。


「お待ちください。現在、緋雪たちが苦戦しています。万が一、魔獣が防衛線を突破した場合、あなたが単独で逃げるのは危険です。私がここで護衛しますので、その場から動かないでください」


「えっ、でも……」


「それに、あなたには少し聞きたいことがありましたし」


 由鶴が、ゆっくりと零の方へ歩み寄る。


「……三神さん。あなた、本当に『ただの一般人』ですか?」


「ひゃいっ!?」


 零の口から、情けない裏返った声が漏れた。

 ついにゴーストだとバレたか、と胃が氷のように冷たくなる。


「テロ事件の時の異常な反射神経。私の結界を二度も無効化した事実。そして、現在この異常なプレッシャーの中で全く乱れないバイタル。……私は、一つの結論に達しました」


 由鶴は、クイッと眼鏡を光らせた。


「あなたはご自身でも気づいていないかもしれませんが……『魔法に対する先天的な強い耐性』を持つ特異体質なのではないですか?」


「……え?」


「魔法少女は女性にしか発現しません。それは絶対の真理です。しかし、過去の文献によれば、男性であっても極稀に、魔力を帯びた結界やプレッシャーを無意識に弾き返す『魔力耐性』を持つ者が存在したという記録があります。あなたのその異常な打たれ強さと結界抜けは、それで全て説明がつく……!」


 由鶴は、まるで世紀の大発見をした学者のように目を輝かせている。


(……なんだ、そういう勘違いか!) 


 零は内心で深々と安堵の息を吐いた。


 「魔法少女は女性しかなれない」という世界の絶対常識のおかげで、由鶴は零をゴーストだとは微塵も疑わず、単なる『ちょっと魔法が効きにくいレアな男』として処理してくれたのだ。


「なるほど、そうかもしれません! 俺、昔から風邪とかひきにくいタイプですし!」


「ええ。その特異体質、我々情報班にとって非常に興味深い研究対象です。事態が収束したら、後日協会で徹底的に検査……いえ、細胞レベルで分析させていただけますね?」


「……はい?」


 由鶴の目が、完全にモルモットを見る実験者のそれになっていた。


(ゴーストバレは回避したけど、情報班の実験台にされる未来は変わってない!?)


 零は別の意味で顔を引き攣らせた。

 そんなやり取りをしている間にも、インカムからは緋雪たちの苦痛に満ちた声が漏れ聞こえてくる。


『——くっ! 真奈のハンマーも、表面の粘液で威力を削がれる! 物理耐性も異常よ!』


 どうやら、前線のトップエースたちは魔力吸収と物理耐性を併せ持つ厄介な変異種を相手に、かなり押し込まれているらしい。


(……このままじゃ、羽衣さんたちが危ない。それに、市街地にも被害が出る)


 零は奥歯を噛み締めた。

 由鶴の監視を振り切って変身さえできれば、あとは魔力波形を直接辿って一瞬で魔獣の元へ跳躍できるのだ。しかし、目の前には自分を実験台にしようと目を光らせている由鶴が立ち塞がり、上空には彼女のドローンが飛び回っている。

 トイレという名の密室もない、完全な野外。


(どうする……どうやってこの『見えざる手(情報班)』の監視を抜け出して、あの魔獣をぶっ飛ばす……!?)


 夕飯の豚の生姜焼きの危機と、特異体質として解剖されかねない危機。

 絶体絶命の板挟みの中で、宇宙一過保護で不器用な最強の亡霊は、一世一代の大芝居を打つ覚悟を決めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ