第五十七話
新宿駅前広場。
地下搬入口でジャマーが破壊された瞬間、泥沼のように淀んでいた魔力の波が、クリアな奔流となって一気に戦場へと満ち溢れた。
『——魔力出力、100%まで回復! 制限解除、いつでもいけます!』
後方で戦況を分析していた新実由鶴のデバイスが、小気味良い電子音と共に青い光を放つ。
その報告を聞いた瞬間、最前線で防衛線を張っていた日本支部のトップエースたちの表情が、一斉に『捕食者』のそれへと切り替わった。
「……お待たせ。ここからは、私たちの時間よ」
氷の女王・羽衣緋雪が、美しくも冷酷な笑みを浮かべて日本刀を抜き放つ。
「あーもう、本当にイライラしたわ! 鬱憤晴らしさせてもらうわよ、ヤクザども!」
「れーお兄ちゃんと遊ぶ時間が減っちゃった分、たーっぷりお仕置きだーっ!」
新堂鈴乃が炎の双剣をクロスさせ、只野真奈が自身の背丈を遥かに超える巨大な土のハンマーを軽々と肩に担ぐ。
ジャマーの重圧から解放された特S級対応部隊の魔力は、もはや災害指定レベルの猛威を孕んでいた。
「な、なんだあの魔力は……!?」
「ジャマーが壊されただと!? ひぃっ、撃て、撃ちまくれェッ!」
冬月組の構成員たちが恐怖に顔を引き攣らせながらロケットランチャーを放つが、もはや遅すぎた。
「——【絶対零度・白夜】」
緋雪が刀を振り抜くと同時、新宿の広場に猛烈な『猛吹雪』が巻き起こった。飛来するロケット弾は空中で凍結して無力化され、数十人の極道たちの足がアスファルトごと凍りつく。
「——【爆炎乱舞】ッ!」
「——【大地の鉄槌】!」
「——【風刃の嵐】!」
そこに、鈴乃の炎の竜巻、真奈の地割れを伴うハンマーの一撃、そして弓飛鳥の不可視の風の刃が容赦なく降り注ぐ。
魔法少女の超火力の前に、冬月組の重火器など児戯にも等しかった。
凶悪なキメラ魔獣たちも、エースたちの連携攻撃の前に悲鳴を上げる間もなく消し炭となり、あるいは風穴を開けられて次々と崩れ落ちていく。
反撃開始から、わずか数分。
ジャマーという頼みの綱を失った裏社会の『百鬼夜行』は、怒れるトップエースたちによって、文字通りあっという間に蹂躙・殲滅されたのであった。
同時刻、市民体育館の地下シェルター。
「……ふぅ。ちょっとお腹下しちゃって長引いたけど、スッキリしたー」
三神零は、不自然なほど爽やかな表情で、避難者の群れを掻き分けて戻ってきた。
「お前っ、信じらんねえよ! こんな歴史的瞬間にトイレ行ってたなんて!」
「だから生理現象だって言ってるだろ。で、外はどうなった?」
零がとぼけた顔で尋ねると、親友の狭間稔は大型モニターを指差して興奮気味に捲し立てた。
「ジャマーが壊れて、羽衣大佐たちが一気に盛り返したんだよ! 残ってたヤクザも魔獣も瞬殺! おまけに、ゴースト様がジャマーの死角を突いてアラクネの連中をボコボコにしてくれたおかげで、各地の被害も最小限で済んだんだ!」
モニターには、制圧された新宿広場の様子と、武装解除されて項垂れる冬月組の男たちの姿が映し出されていた。
アナウンサーが、震える声で『テロの完全終結』を宣言している。
「へえ、そりゃよかった。さすがはトップエースとゴーストだな」
俺だけどねと内心でドヤ顔をしながら、零は心底ホッとしたように息を吐いた。
これにて、自分の休日を脅かしたテロ騒動は一件落着である。
姉の澪と妹の玲奈も、協会からの指示で無事に帰宅の途についているとメッセージが入っていた。
(……でも、あの対魔力ジャマー。あれは本当に厄介だったな)
平和な日常に戻れる安堵の反面、零の脳裏には、泥沼のような魔力減衰の感覚が不気味な余韻として残っていた。
翌日。
日本魔法少女協会・本部の最高会議室。
分厚い防音扉で閉ざされた空間には、姫嶋結衣総司令、湯野麗香副会長をはじめ、緋雪や由鶴たちトップエースが顔を揃え、重苦しい沈黙が落ちていた。
「——以上が、新宿の地下で回収された『対魔力ジャマー』の残骸の解析結果です」
由鶴が、ホログラムモニターに複雑なデータ波形を投影しながら報告を締めくくった。
「ジャマー稼働中の実測データによれば、我々魔法少女の魔力出力および戦闘能力は、平時の**『約3分の1』**にまで低下していたことが判明しました」
「3分の1……。あの時、私たちが思うように動けなかったのは、気のせいではなかったのね」
緋雪が、忌々しげに腕を組んで呟いた。
「恐ろしいのは、これが『無指向性』の兵器である点です」
湯野副会長が、険しい顔で眼鏡を直す。
「対象を絞らず、周囲一帯の魔力を問答無用で減衰させる。……今回はゴーストがその死角を突き、アラクネの魔法少女を優先的に排除したため戦局を覆せましたが、もし敵がジャマーの影響を受けない純粋な物理兵器——例えば戦車や軍事用ドローンなどを大量投入していたら、エース部隊とて無事では済まなかったでしょう」
会議室の空気が、一段と冷え込んだ。
魔法少女の強さは、その圧倒的な『魔力』と『バリア』に依存している。それが3分の1にまで落とされれば、現代兵器に対する絶対的な優位性が崩れ去ってしまうのだ。
「冬月組やアラクネといったチンピラの集まりに、こんな高度な代物が作れるはずがありません。背後にいるのは、間違いなく『福音の鐘』ね」
結衣大将が、鋭い視線でホログラムを見据えた。
「今回の百鬼夜行は、連中からすれば単なる『ジャマーの実地テスト』に過ぎなかったのでしょう。もしこの兵器が量産され、世界の闇市場に出回れば、魔法少女という抑止力そのものが根底から覆るわ」
「……総司令。早急に対抗策が必要です」
鈴乃が、身を乗り出して進言した。
「一つは、情報班による『アンチ・ジャマー波長』の開発。妨害電波を逆位相で相殺するシステムの構築です。もう一つは……魔力に依存しない、純粋な物理的戦闘訓練(CQBなど)の導入。魔力が3分の1になっても戦い抜けるだけの、基礎戦闘力の底上げです」
「ええ。すぐに開発とカリキュラムの再編を命じます。……それから、由鶴」
結衣の呼びかけに、由鶴が背筋を伸ばす。
「はい」
「今回、ジャマーを直接破壊したのは『ゴースト』と、偶然現場に居合わせた『三神澪・玲奈』の訓練生姉妹だったわね。……ゴーストは、ジャマーの影響下でも平然と動いていたと?」
「……はい。あのデバフ空間においてさえ、彼女の魔力は我々の平時を凌駕していました。おそらく、元々の魔力総量が常軌を逸しているため、3分の1にされてもなお、特S級の出力を保っていたものと推測されます」
由鶴の言葉に、エースたちは改めてあの亡霊の底知れなさに戦慄した。
「ゴーストの介入がなければ、新宿の防衛線は陥落していたかもしれない。我々は、これ以上の失態を晒すわけにはいかないわ。日本支部の威信にかけて、あの見えざる敵『福音の鐘』の尻尾を必ず掴みなさい」
結衣の厳命に、全員が力強く頷いた。
裏社会のテロは終結した。
しかし、それは魔法少女と人類の優位性を揺るがす『新たな脅威』の幕開けに過ぎなかった。
そして、己の平和な日常を守るためとはいえ、結果的に特S級の力を世界に見せつけてしまった三神零の周囲は、ますます国際的な思惑と裏社会の悪意が絡み合う、混沌の渦へと引きずり込まれていくのであった。




