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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第五十三話

 日本魔法少女協会・本部。情報班の専用サーバー区画。

 無数のホログラムスクリーンに囲まれた情報班トップの新実由鶴少佐は、手元のキーボードを恐るべき速度で叩きながら、背後に立つ姫嶋結衣大将へと報告を行っていた。


「……現在、アラクネと冬月組のアジトを中心に、資金および違法魔力兵器の流通経路ルートを逆探知しています。しかし……」

「辿り着けない、というわけね?」


 結衣の問いに、由鶴は忌々しげに眼鏡を押し上げた。


「はい。彼らが使用しているキメラ化技術や魔力暴走薬、さらには対魔法少女用のジャマー兵器。これらは到底、極道の資金力や一シンジケートの技術力だけで開発できる代物ではありません。背後に、極めて巨大で高度な技術を持った『スポンサー』が存在します」


「……『福音の鐘』ね」


 結衣がその名を口にすると、由鶴の指がピタリと止まった。


「ええ。裏社会のネットワークの最深部で、都市伝説のように囁かれている秘密組織です。アラクネも冬月組も、この『福音の鐘』からなんらかの技術提供と資金援助を受けていると推測されます。しかし……」


「しかし、我々協会をもってしても、その『福音の鐘』の構成員、規模、アジト、何一つとして情報が掴めていない。名前だけが独り歩きしている、文字通りの『幽霊組織』……」


 結衣は、腕を組んで深く息を吐いた。


「アメリカやロシアの諜報部隊すら尻尾を掴めない連中よ。連中の目的は単なる金稼ぎや裏社会の支配じゃない。もっと根本的な……世界そのものをひっくり返すような『何か』を企んでいる気がするわ。由鶴、引き続き『福音の鐘』の痕跡を追いなさい。どんな些細なノイズでもいいわ」


「了解しました、総司令」


 日本支部のトップですら全容を掴めない、深淵の闇。

 その『姿なき観測者』たちは、すでに極東の地で静かに、そして確実に動き始めていた。

 東京湾に浮かぶ、地図には記載されていないメガフロート(巨大浮体式構造物)。

 その地下深くに存在する、無機質で広大な白亜の空間。

 中央に置かれた円卓のホログラムモニターには、アラクネと冬月組が準備を進めている『百鬼夜行』作戦のデータ、そしてショッピングモールでアラクネの部隊を瞬殺した『ゴースト』の映像がリピート再生されていた。


「——本当に、底の浅い連中ね。冬月組もアラクネも」


 冷ややかな声と共に、長い黒髪をタイトにまとめた長身の女性が、ヒールの音を響かせて歩み寄る。

 彼女の名は、須藤真里すどう まり

 『福音の鐘』の極東エリアにおける実行部隊のリーダーであり、冷徹なまでの合理主義と高度な分析能力を持つ魔法少女だ。


「自分たちが『捨て駒』にされていることにも気付かず、たかだか対魔力ジャマー数個程度であの規格外ゴーストを捕獲できると思い込んでいる。滑稽すぎて反吐が出るわ」


 真里がホログラムを一瞥して鼻で笑うと、円卓の向こう側から、コロコロと鈴を転がすような上品な笑い声が返ってきた。


「ふふっ。良いではありませんか、真里。無知なる者たちが己の身の丈も知らずに踊る様は、とても美しい悲劇の舞台劇オペラのようですわ」


 艶やかな和装に身を包み、優雅に扇子で口元を隠しているのは、堀宮子ほり みやこ

 柔和な笑みを浮かべているが、その切れ長の瞳の奥には、他者の苦痛と絶望を好む嗜虐的なサディストの光が宿っている。


「彼らにはせいぜい、我々が与えた『おもちゃ』を使って派手に暴れてもらいましょう。協会が疲弊すればするほど、我々の真の目的である『鐘』を鳴らす準備が整うのですから」


「あははははっ! そうだね! それにしてもこのゴーストってやつ、マジでヤバいじゃん!」


 宮子の言葉を遮るように、スピーカーの上に座り込んで脚をブラブラさせている少女が、楽しそうに笑い声を上げた。

 アシンメトリーの金髪に、パンクファッションを合わせた小柄な少女、ルカ・フラム。

 彼女の手のひらでは、高圧縮された真紅の炎が、まるで生き物のように形を変えながら踊っている。


「この氷と炎、それに闇! 威力の次元が違いすぎる! 早くあの冬月とかいうヤクザどもを血祭りにあげてほしいなぁ! そしたら、私が直接ゴーストと殺し合い(ダンス)をしてあげるのに!」


 ルカは、狂気じみた好戦的な笑みを浮かべ、手元の炎をバチッと握り潰した。


「だーめだよ、ルカちゃん。お姉ちゃんたちが『まだ待て』って言ってるもん」


 部屋の隅で、床に座り込んで巨大なテディベアのぬいぐるみを抱きしめている幼い少女が、無邪気な声で呟いた。

 フリルのついたゴシックドレスに身を包んだ、天使のように愛らしい少女、三嶋リリア(みしま りりあ)。


「ゴーストお姉ちゃんは、特別なんだよ。私たちの『鐘』の音を、一番綺麗に響かせてくれるかもしれない、大切なお客様なんだから……壊すときは、ちゃーんとみんなで一緒に壊さなきゃ」


 リリアは、テディベアの首をゴキッとあり得ない角度に曲げながら、底知れぬ無機質な瞳で微笑んだ。


「その通りよ、リリア」


 真里が、ホログラムのゴーストの映像を手で払うように消去した。


「ゴーストの力は、特S級という枠すら超えている。だからこそ、我々『福音の鐘』が直接手を下す前に、冬月組とアラクネの馬鹿どもを使って限界までデータを収集テストするのよ。……あの亡霊が、対魔力ジャマーと狂戦士バーサーカーの群れを前に、どこまで戦えるか」


 真里、宮子、ルカ、リリア。

 協会のトップエースすら凌ぐかもしれない、凶悪で異常な力を持った四人の魔法少女たち。

 彼女たちは、極道や犯罪組織を単なる『実験動物』として扱い、その奥にいるゴーストの底を測ろうとしていた。


「さあ、始めましょうか。極東の地に、我らが福音の鐘を響かせるための前奏曲を」 


 宮子が扇子を閉じると同時に、地下空間のモニターに『百鬼夜行作戦・開始』の文字が赤々と点灯した。

 翌日の昼休み。

 高校の屋上で、三神零は購買の焼きそばパンをかじりながら、ブルッと盛大に身震いをした。


「……ッ!? なんだ今の、尋常じゃない悪寒は……!?」


「どうした三神? やっぱり昨日から風邪引いてるんじゃないのか?」 


 隣でいちごミルクを飲んでいた親友の狭間稔が、不思議そうに顔を覗き込んでくる。


「いや、違う。なんだろう……。アメリカのスパイとかヤクザとか、そういうレベルじゃない……もっと根源的にヤバい連中に、虫眼鏡で観察されてるような……」


「お前、疲れてるんだよ。最近、目の下の隈がひどいぞ。休日は俺と一緒に、家でアニメ一挙放送でも見て大人しくしてるべきだな」


「……ああ、本当にそうするよ。もう当分、外には出ない」


 零は深く頷きながら、焼きそばパンを胃に流し込んだ。


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