表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録の魔法少女  作者: 浅川


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/148

第五話

 週末の午後。

 三神零は、駅前の大型書店で参考書を探していた。

 変身していない時の彼は、少しだけ紫がかった黒髪と、同じく深い紫色の瞳を持つ、ごく普通の男子高校生だ。成績優秀で真面目、争いを好まない温厚な性格。学校では目立たないように振る舞っているが、その整った顔立ちと落ち着いた雰囲気は、一部の女子生徒から密かに注目を集めていたりもする。


「ああっ、もう! なんで一番上の棚なのよ……っ!」


 ふと、語学書のコーナーから甲高い声が聞こえた。

 視線を向けると、私服姿の小柄な少女が、背伸びをしながら高い棚にある分厚い本を取ろうと悪戦苦闘している。特徴的な金髪のツインテール。魔法少女協会・日本支部の大尉であり、土属性のハンマー使い——只野真奈だった。


(……なんで、こんなところに)


 零は内心で焦った。ゴーストに変身している時は一切顔を隠していないため、真奈はゴーストの素顔を知っている。

 しかし、零の変身前は「男性」であり、身長も体格も声も違う。髪や瞳の色の系統が似ていようと、真奈が目の前の男子高校生と「あの美しく冷酷な未登録の魔法少女」を結びつけるはずがないと分かってはいても、関わり合いになるのは極力避けたかった。

 だが、つま先立ちでプルプルと震え、今にもバランスを崩して本棚ごと倒れそうな彼女を、生来の世話焼きな性格が見過ごすことを許さなかった。

 零は無言で歩み寄ると、真奈の頭上からスッと手を伸ばし、彼女が狙っていた本を抜き取った。


「えっ?」


「……これ、探してたんだろ」


 零が本を差し出すと、真奈は目を丸くして彼を見上げ、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。


「わあ、ありがとう! 助かったー! 私、背が低いからこういう時すっごく不便なんだよね」


「別に、大したことじゃないから」


 零は短く返し、その場を離れようとした。だが、人懐っこい真奈がそう簡単に彼を逃がすはずもなかった。


「お兄さん、高校生? すっごく落ち着いてるね。私は只野真奈。助けてもらったお礼に、あそこのカフェでジュースでも奢らせてよ!」


「いや、俺は……」


「いいからいいから! 私、今日はすっごく機嫌がいいの!」


 強引に腕を引かれ、零は半ば引きずられるように併設のカフェスペースへと連行された。

 向かい合って座り、真奈はオレンジジュースを、零はアイスコーヒーをストローで啜る。真奈は私服姿でも底抜けに明るく、年頃の少女そのものだった。


「機嫌がいいって、何かあったのか?」


 零が当たり障りなく尋ねると、真奈は嬉しそうに身を乗り出した。


「聞いてよ! 職場のすっごく嫌な上司……というか、偉そうなお局みたいな人がいてね。その人が大失敗して、しばらく謹慎になったの! もう、せいせいしちゃって」


 それは間違いなく、シンディー・クラネル中佐のことだった。

 零はコーヒーを吹き出しそうになるのを必死に堪え、曖昧に頷いた。

「へえ……それは、よかったな」


「うん! それにね、私の『内緒の友達』も、無事に逃げ切れたし。……あ、ごめんね、何の話か分からないよね」


 真奈はふふっと笑い、ストローを咥えた。

 その瞳の奥には、ゴーストに対する確かな信頼と親愛の色が浮かんでいる。敵対組織に属しながらも、自分の身を案じてくれる存在。その温かさに、零の胸の奥で何かが静かに解けていくような気がした。


「……その友達は、きっと君に感謝してると思うよ」


 零がぽつりとこぼした言葉に、真奈は少し驚いたように目を瞬かせ、やがて満面の笑みで「だといいな!」と答えた。

 同じ頃。魔法少女協会・日本支部。

 最上階の作戦会議室では、重苦しい空気が漂っていた。


「……以上が、第四管区で採取された魔力残滓と、映像記録の解析データです」


 ホログラムモニターを操作しながら報告を行っているのは、水色のショートヘアを持つ情報収集・分析のエキスパート、新実由鶴少佐だった。彼女はキーを叩き、モニターに一枚の鮮明な画像を映し出した。

 そこに映っているのは、紫がかった漆黒のロングヘアと、深い紫色の瞳を持つ美しい少女——ゴーストの素顔だった。

 彼女は顔を隠していない。ドローンの高性能カメラは、その氷のように冷たい顔立ちをはっきりと捉えていた。


「顔の映像データをもとに、国内の住民基本台帳、学生名簿、運転免許センター、および当協会の全データベースと顔認証による照合を行いました。……しかし、該当者ゼロです」


「ゼロ……? これほど容姿の特徴がはっきりしているのにですか?」


 副会長の湯野麗香中将が、眼鏡の奥で眉をひそめる。由鶴少佐は静かに頷いた。


「はい。意図的に戸籍を消去されたか、あるいはこの容姿に一致する『少女』は、最初からこの世界のどこにも存在しない、としか言いようがありません」


 日本支部の総司令官である姫嶋結衣大将は、組んだ両手の上に顎を乗せ、モニターの中の美しい顔を見つめた。


「顔も分かっていて、戦闘のたびに存在も確かに確認できているのに、いくら捜索しても見つからない。……まさに『ゴースト(亡霊)』と呼ぶにふさわしいですね。しかし、なぜ……」


「さらに不可解なのが、彼女の魔力波形です」


 由鶴が再びキーを叩くと、ゴーストの顔の横にもう一人、別の女性の顔写真が表示された。

 白銀のロングヘアに、赤と青のオッドアイ。


「ゴーストがキメラ魔獣を討伐した際に使用した『黒炎』。その魔力波形から未知の闇属性成分をフィルターで除外した結果、ベースとなっている炎と氷の魔力構成が……かつての日本支部最強の魔法少女であり、『氷炎の剣姫』と呼ばれた英雄。故・周防凛音様の魔力波形と、99.9%一致しました」


 会議室は、水を打ったような静寂に包まれた。


「あり得ません。周防凛音は十一年前、特級魔獣との交戦で確実に戦死しています。それに、魔法少女の魔力因子は一代限り。たとえ血縁者であっても、これほど完全に同じ魔力波形を受け継ぐことは不可能です」


「私もそう思って、ドローンのセンサーを三度も再調整しました。ですが、結果は同じです」


 由鶴少佐は淡々と事実だけを述べる。

 結衣大将は深く息を吐き出した。


「闇属性の空間移動に加えて、凛音さんの氷炎まで……。ゴーストとは、一体何者なのですか?」

「全く見当がつきません、大将。米国本部の秘密裏のクローン実験体、あるいは凛音の魔力を取り込んだ未知の魔獣……どれも憶測の域を出ません。戸籍上の『少女』が存在しない以上、これ以上の追跡は不可能です」


 麗香の言葉に、結衣は重く頷いた。

 ゴーストの正体がまさか「男性」であるなどと、魔法少女の常識に囚われた彼女たちが思い至るはずもない。


「……この件は、極秘とします。クラネル中佐をはじめ、米国支部には絶対に漏らさないように。ゴーストの正体について、私たち日本支部だけで、慎重に調査を進める必要があります」


 結衣の言葉に、麗香と由鶴は静かに敬礼した。

 未登録の魔法少女、ゴースト。その底知れぬ謎は、協会の中枢を深く揺さぶり始めていた。

 一方、日本支部の地下深くにある特別個室。

 謹慎処分を受けたシンディー・クラネル中佐は、薄暗い部屋の中で一人、苛立たしげに爪を噛んでいた。


「屈辱です……! この私が、あのような未開の地の小娘たちに出し抜かれるなど……!」


 彼女のエメラルドグリーンの瞳には、狂気にも似た執着が渦巻いている。

 結界すら無効化する空間移動。その規格外の闇属性魔法の謎を解き明かせば、魔法少女の歴史を変える大発見になる。それを目の前にして、おめおめと引き下がる彼女ではなかった。

 シンディーは、協会が厳重に監視している外部通信回線ではなく、自ら持ち込んだ特殊な暗号化端末を取り出した。

 発信先は、米国支部の裏で非合法な研究を行っている特殊機関。


『……繋がったぞ、クラネル中佐。日本でのバカンスは楽しんでいるか?』


「ふざけないでください。……承認プロセスはすっ飛ばして構いません。アレを、日本に送ってください」


『アレだと? 正気か? アレはまだ制御が完璧ではない。市街地に放てば、日本支部ごと消し飛びかねないぞ』


「構いません。ゴーストを捕獲するためなら、日本支部がどうなろうと私の知ったことではない」


 シンディーの口角が、醜悪に歪み上がる。


「あの忌々しい亡霊、私がこの手で解剖台に縛り付けてやりますよ……!」


 日常の裏側で、静かに、しかし確実に進行する最悪の事態。

 三神零の平穏な時間は、終わりを告げようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ