第四十九話
「ヒィィィッ! く、来るなァァッ!」
「死ね! 死ね化け物ォォッ!」
1階中央広場。
リーダーを氷の彫像に変えられたアラクネの魔法少女二人は、半狂乱になりながら手当たり次第に魔法を放った。
炎の弾丸と、鋭い風の刃がゴーストへと殺到する。
しかし、ゴーストは一切の回避行動を取らなかった。
「……遅いわね」
彼女が漆黒の大剣を軽く振るうと、刃から放たれた『炎』の斬撃が、飛来する魔法を全て文字通り『焼き尽くし』、そのまま二人の魔法少女へと直撃した。
「ガァァァッ!?」
「あ、が……ッ」
それは、命を奪うことのない、しかし一切の抵抗を許さない絶妙な威力調整が施された一撃だった。
二人の魔装は一瞬にして灰と化し、強烈な熱と衝撃によって意識を完全に刈り取られた。彼女たちは白目を剥いて吹き飛び、床に転がってピクリとも動かなくなる。
戦闘開始から、わずか十数秒。
人質を一人も傷つけることなく、アラクネの三人を完全に無力化(再起不能)してしまったのだ。
「……これで終わり。つまらない連中ね」
ゴーストが大剣を空間に収納すると、広場を包んでいた特S級のプレッシャーがスッと霧散した。
怯えていた人質たちは、ただ呆然と、己を救ってくれた黒と白の美しき亡霊を見つめている。
(よし、仕事は終わった。さっさとトイレに戻って変身を解こう)
内心でホッと息をつき、ゴースト(零)が足元に『闇』を展開しようとした、その時だった。
「——待ってください、ゴースト……!」
凛とした声が響き、物陰から五人のエースたちが姿を現した。
先頭に立つのは、日本支部のトップエース・羽衣緋雪。彼女の瞳には、かつて己を救ってくれた(と勘違いしている)恩人への強い畏敬の念と、隠しきれない緊張が宿っていた。
(うわっ、出てきた! 頼むからこれ以上俺の休日を削らないでくれ!)
零の内心の悲鳴とは裏腹に、ゴーストはゆっくりと振り返り、冷徹な紫の瞳で五人の精鋭たちを見据えた。
「……何の用かしら、協会の犬たち」
自動的に変換される、鈴を転がすような美声。だが、その声音には絶対零度の冷たさが込められている。
「私たちは……あなたと敵対するつもりはありません」
緋雪が一歩前に出て、真剣な表情で言葉を紡いだ。
「あなたは前回も、そして今日も、罪のない人々を救ってくれた。……あなたの持つその強大な力は、世界を守るために必要なものです。どうか、私たちと一緒に……魔法少女協会に協力してくれませんか? 私たちが、必ずあなたを上層部から守りますから」
緋雪の真摯な説得。
それに続くように、鈴乃や飛鳥たちも武器を下ろし、敵意がないことを示している。
(……羽衣さん。気持ちはすごく嬉しいけど、俺、ただの男子高校生なんだよ。それに、ロシアエージェントに絡まれるみたいな面倒なことに巻き込まれるのはもうゴメンだ)
零は心を鬼にして、冷ややかな笑みを浮かべた。
「……お断りよ。私は、私の意思で動く」
ゴーストは、退屈そうに長い黒髪をかき上げた。
「誰かの命令に従う気もないし、協会という『檻』に入るつもりもないわ。……私はただ、私の平穏を乱す者を排除するだけ」
「ゴースト……」
「これ以上、私を探らないことね。次はないわよ」
それだけを言い残し、ゴーストは足元に展開した『闇』の中へと、音もなく沈み込んでいった。
あとには、静寂に包まれた広場と、気絶したアラクネの三人、そして悔しそうに唇を噛むエースたちだけが残された。
「……行ってしまったわね」
飛鳥が、ふぅと息を吐き出した。
「相変わらず、規格外の強さ。それに、あの冷徹なまでの拒絶……一筋縄ではいかないわね」
「でも、やっぱり悪い人じゃないよ! 子供を助けてくれたもん!」
「ええ。真奈の言う通りです」
緋雪は、ゴーストが消えた空間をじっと見つめながら、小さく頷いた。
「彼女は、協会を嫌っているだけ。……いつか必ず、対話できる日が来ると信じましょう。今は、人質の保護と事後処理が先です」
エースたちが迅速に事後処理を開始する中、ショッピングモールの2階にある男子トイレの個室では。
「——っはぁぁぁぁ……! 疲れた……!!」
変身を解いた三神零が、便座に座り込んで天を仰いでいた。
(マジで心臓に悪い……! でも、これでエースたちへの顔見せ(?)も済んだし、何より『零が避難している最中にゴーストが現れた』っていう完璧なアリバイが完成したぞ!)
零は、鏡で自分の顔(平々凡々な男子高校生)を確認し、パチンと両頬を叩いて気合を入れた。
あとは、何食わぬ顔で避難先で合流するだけだ。
数十分後。
ショッピングモールの外に設けられた臨時避難スペース。
サイレンの音が鳴り響き、警察や協会の事後処理部隊が慌ただしく動き回る中。
「はぁ、はぁ……っ! 羽衣さん! 真奈ちゃん!」
零は、わざとらしく息を切らしながら、エースたちの集まっている場所へと駆け寄った。
「あ、れーお兄ちゃん! 無事だった!?」
真奈がパァッと顔を輝かせ、一直線に飛びついてくる。
零は「おっと」とそれを受け止めながら、周囲の五人に安堵の表情(演技)を向けた。
「皆さんも無事でよかった……! 俺、言われた通り裏口から逃げたんですけど、中、すごい爆発音がしてて……一体何があったんですか!?」
「零さん、お怪我がなくて本当に良かったです」
緋雪が、心底ホッとしたように胸をなでおろす。
「実は……アラクネという犯罪組織の魔法少女がテロを起こしたんです。でも、もう解決しましたから、安心してください」
「そうそう! お兄ちゃん、聞いてよ! さっきね、あの『ゴースト』が出たんだよ!」
真奈が興奮気味に腕をぶんぶんと振り回す。
「ご、ゴーストが!?」
「ええ。私たちが人質を助けようとしたところに、突如として現れて……一瞬で敵を制圧して去っていきました」
由鶴が、デバイスをいじりながら淡々と補足する。
「相変わらずのデタラメな魔力出力でした。私が展開していた認識阻害フィールドなど、彼女の放つ魔力の余波だけで完全に吹き飛ばされましたからね。……三神さんが逃げた後で良かったです。一般人があのプレッシャーを間近で浴びれば、気絶してもおかしくありません」
「は、ははは……そ、それは怖いですね……」
零は、顔を引きつらせながら適当に相槌を打った。
(いや、そのデタラメな魔力を放ってたの、目の前にいる俺なんですけどね……)
「でも、あの強さ……やっぱり見惚れちゃうな。いつか、もう一度ゴーストと手合わせしてみたい」
「鈴乃、あんた瞬殺されるわよ。あの冷徹な態度は、私たちが束になっても勝てないでしょ」
「ふふっ、そうですね。でも、彼女は確かに私たちを助けてくれました。とても、不器用で優しい人なんだと思います」
緋雪が、どこか嬉しそうに微笑む。
自分の正体をベタ褒めされ、零はむず痒いような、申し訳ないような、複雑な心境で愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「さて……せっかくのお出かけだったのに、とんだ災難だったわね、三神」
飛鳥が、苦笑しながら零の肩をポンと叩いた。
「今日はもう解散にしましょう。一般人のあなたには、刺激が強すぎたでしょうし」
「ええーっ、まだパフェしか食べてないのにー!」
「真奈、また今度ね。零さんもお疲れでしょうから」
緋雪が優しく諭すと、真奈は渋々「はーい」と頷いた。
(……助かった。これでやっと家に帰れる……!)
零は、内心で歓喜の涙を流していた。
親友の乱入、由鶴の結界突破の危機、そしてアラクネのテロ事件。
命を削るような休日のお茶会は、こうして『完璧なアリバイ』と共に幕を下ろした。
——だが、零はまだ気づいていなかった。
この日、彼が「一般人のフリをして無意識に由鶴の結界をスルーした」という事実と、「異常な反射神経を見せた」というデータが、情報班トップである新実由鶴のデバイスの中に、消えない『違和感』としてしっかりと記録されてしまっていたことに。




