第四十七話
「ほら、れーお兄ちゃん! 次はメロンだよ、あーん!」
「真奈、メロンは私が食べさせてあげるつもりでしたのに……っ! 零さん、私のパフェのサクランボもどうぞ!」
都内の人気スイーツカフェ。
右から氷のトップエース、左から土のトップエースにパフェを「あーん」され続ける三神零は、もはや一切の味覚を失っていた。
対面に座る三人のエース(鈴乃、飛鳥、由鶴)からの「いつか殺す」という無言のプレッシャーを全身に浴びながら、零はただ機械的に口を開け、スイーツを胃に流し込むマシーンと化している。
(……誰か。誰でもいいから、この地獄の空間から俺を助け出してくれ……!)
零が心の中で神に祈りを捧げた、まさにその時だった。
「——み、か、み……?」
突如、テーブルの真横から、地獄の底から響くような怨嗟の声が聞こえた。
零がビクッと肩を震わせて振り向くと、そこには買い物袋を両手に下げた見慣れた男子高校生——親友の狭間稔が、幽鬼のような形相で突っ立っていた。
「み、稔!?」
「お前……週末は家でゲームしてるって、言ってたよな……?」
稔の目からは、とめどない涙(オタク特有の誇張表現としての血涙)が滝のように流れ落ちていた。
無理もない。稔の視点から見れば、非モテ同盟の親友であるはずの零が、お洒落なカフェで五人もの美女に囲まれ、しかも両脇の二人から交互にパフェを食べさせてもらうという、ハーレムアニメの主人公そのものの凶行に及んでいるのだから。
「う、裏切り者ォォォッ!! いつの間に五股なんてかけてやがったんだァァァッ!!」
「違う! 誤解だ稔、落ち着け!」
カフェの店内で絶叫する親友に、零は慌てて立ち上がった。
しかし、稔の怒りは収まらない。
「何が誤解だ! 俺が今日、アニメイトで一人寂しく推し(羽衣大佐)のグッズを買い漁っていたというのに、お前は現実でこんな可愛い女の子たちとキャッキャウフフしていただと!? 許さん……このリア充め、爆発しろォォォ!」
「だから声がデカいってば!」
泣き叫ぶ稔に、対面に座っていた飛鳥が不快そうに眉をひそめた。
「ちょっと零、この騒がしいの、あなたの友達?」
「あ、はい……すいません、ちょっと頭に血が上りやすい奴で……」
飛鳥の言葉に、稔がピタリと動きを止めた。
そして、由鶴の『認識阻害フィールド』によって顔にモザイク(のような認識のブレ)がかかっているはずの五人の少女たちを、食い入るように見つめ始めた。
「……ん? おい、三神。この子たち、顔がよく見えないんだが……なんか、声、どこかで聞いたことあるような……」
「ギクッ……!」
零の心臓が、跳ね上がった。
「あら。零さんのお友達ですか? 初めまして」
空気を読まない緋雪が、にっこりと微笑んで稔に会釈をした。
「えっ……? こ、この、鈴を転がすような透き通った声は……」
「れーお兄ちゃんのお友達ー? こんにちはー!」
「こ、この元気いっぱいで無邪気な声は……まさか!?」
稔の目が、限界まで見開かれた。
由鶴の結界は、あくまで『視覚的な情報』と『一般人の脳波』を誤認させるものである。だが、毎日毎日、擦り切れるほどエース部隊の戦闘動画やインタビュー映像を見続けてきた重度の魔法少女オタク(稔)にとって、彼女たちの『声』は、脳の最も深い部分に刻み込まれた絶対的な情報だった。
「…………ピー、ガガッ。警告、警告」
突如、由鶴の傍らに待機させていた偽装用の小型ドローンから、微弱な電子音が鳴り響いた。由鶴はパフェを食べる手を止め、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「対象(稔)の脳波に異常なスパイクを確認。……信じられません。彼の脳内にある『推しへの異常な執着心(オタクの愛)』が、私の展開している認識阻害フィールドの論理式を、力技で上書きしようとしています」
「はあ!? 何よそれ! ただの一般人が、由鶴の魔法を破るっていうの!?」
飛鳥が驚愕の声を上げる。
そう。特S級の魔力(零)にスルーされただけでなく、今度は一般人の狂気(オタクの執念)によって、情報班トップの結界が破られようとしていたのだ。
「み、見えてきた……! 声の波形から、俺の脳が自動で補正をかけていく……! その銀髪、その金髪ツインテール……っ! ま、まさか、羽衣大佐と、只野大尉……!?」
「マズいッ!!」
完全に正体がバレる一歩手前。
零は、特S級の脚力を(一般人の範囲内で)限界まで引き出し、テーブルを飛び越えるような勢いで稔の首根っこに飛びついた。
「へぶっ!?」
「稔! お前、疲れてるんだよ! 最近アニメの見過ぎで、その辺の女子高生が全部エース部隊に見える病気にかかってるんだ!」
「な、何を言う三神! 離せ、俺の推しがそこに……!」
「静かにしろ! 今度発売される『ゴーストの限定アクリルスタンド』、俺が並んで買ってやるから! な!?」
「ゴ、ゴースト様のアクスタだとォ!?」
その一言で、稔の動きがピタッと止まった。
「……マジで?」
「マジだ! だから今日はお前、早く帰ってグッズを仏壇に飾れ! はい解散、さようなら!」
零は稔の背中をものすごい力で押し、そのままカフェの出口へと引きずり出していった。
「わ、分かった! 約束だからな三神! ……でも、お前五股かけてた恨みは忘れないからなァァァー……!」
遠ざかっていく親友の叫び声を聞きながら、零はふらふらとした足取りでテーブルへと戻ってきた。
そして、ぜぇぜぇと息を切らしながら、自分の席に崩れ落ちた。
「……ふぅ……」
「すごい剣幕でしたね、零さんのお友達」
緋雪が、不思議そうに首を傾げている。
対面の鈴乃は、呆れたようにため息を吐いた。
「類は友を呼ぶというか……お前の周りには、騒がしい奴しかいないのか? あんなに大声で名前を呼ばれたら、由鶴の結界があってもバレてしまうところだったぞ」
「すみません……あいつ、魔法少女の大ファンで。声が似てるだけで興奮しちゃうんですよ……」
零は顔を引きつらせながら、必死に言い訳をした。
「……それにしても」
由鶴が、自身のデバイスで先ほどのデータを解析しながら、じっと零を見つめてきた。
「今の三神さんの初動速度、一般人にしては異常な反応速度でした。私のドローンが計測したデータによれば、トップアスリートの反射神経を凌駕しています。……あなた、本当にただの高校生ですか?」
「…………ッ!!」
再び、零の背中に滝のような冷や汗が噴き出した。
稔の乱入を防ぐために無意識に出してしまった身体能力すら、この精鋭たちの目からは逃れられていなかった。
「あ、あははは! ほら、俺、妹たちから毎朝地獄の特訓させられてるんで! 逃げ足と反射神経だけは鍛えられてるんですよ!」
「ふーん。まあ、どうでもいいけど」
飛鳥が興味なさそうにパフェの底をつついたことで、追及はなんとか逸れた。
しかし、零の胃痛はもはや限界を突破していた。
(……ダメだ。この五人と一緒にいると、ボロが出るどころか命がいくつあっても足りない……!)
特S級の魔獣と戦うよりも、大国のスパイと戦うよりも。
休日に『ただの一般人』としてエース部隊とお茶をすることが、三神零にとって世界で最も過酷なミッションであることを、彼はこの日、身をもって思い知るのであった。




