第四十六話
都内の大型ショッピングモール内にある、行列が絶えないことで有名な人気スイーツカフェ。
その奥の広いテーブル席で、三神零は生きた心地のしないティータイムを過ごしていた。
「はい、れーお兄ちゃん! 私のイチゴパフェ、一口あげる! あーん!」
「ま、真奈!? ちょっと、公衆の面前でなんてはしたない……! 零さん、私の抹茶パフェの白玉もどうぞ! あ、あーん……っ」
左からは元気いっぱいの真奈がスプーンを突き出し、右からは顔を真っ赤にした緋雪が震える手で白玉を差し出してくる。
両手(と両口)を塞がれたような状態の零に対し、テーブルの対面に座る三人のエース——新堂鈴乃、弓飛鳥、新実由鶴の視線は、絶対零度を下回るほど冷たかった。
「……飛鳥。私、今すぐあの男を丸焼きにしたいんだが、構わないか?」
「落ち着いて中佐。ここで魔法を使ったら大惨事よ。……でも、あのヒョロヒョロの一般人にデレデレな緋雪を見ていると、私の風の槍で串刺しにしたくなる気持ちは痛いほど分かるわ」
「……血圧、心拍数ともに上昇中。精神安定剤の投与を推奨します」
由鶴もまた、虚空を見つめながら己のバイタル異常を無機質な声で報告していた。
「お、俺は別にいりませんから! 二人とも自分で食べて!」
零は殺気に耐えきれず、慌てて二人から少しだけ距離を取った。
自分の前にあるチョコレートパフェを黙々とすくいながら、どうにかこの地獄の空気を変えようと世間話を振ることにした。
「そ、そういえば……羽衣さんたちは、お休みの日はいつもこうやって集まってるんですか?」
「え? あ、いえ。今日はたまたまシフトが合っただけで……普段は訓練したり、家で休んだりしてますね。零さんは、休日はどう過ごされているんですか?」
緋雪が身を乗り出して聞いてくる。対面の三人(特に鈴乃と飛鳥)も、「この男がどんな手を使って緋雪たちを誑かしたのか見極めてやる」とばかりに聞き耳を立てていた。
「俺ですか? 俺はもう、基本インドアですね。家でゲームしたり、本を読んだり……たまに妹たちに無理やり運動させられたりしますけど。まあ、平凡な高校生ですよ」
極限の文化祭労働や、深夜の魔獣討伐(およびロシアの精鋭部隊の壊滅)などおくびにも出さず、零は「無害な一般人」を完璧に演じ切った。
そのあまりにも普通すぎる回答に、警戒していた飛鳥が拍子抜けしたような声を出した。
「……本当に、ただの普通の高校生なのね。何か裏があるのかと思ってたけど……」
「そうだな。魔力の欠片も感じないし、鍛えられている様子もない。……なぜ緋雪がここまで入れ込んでいるのか、全く理解できん」
鈴乃も腕を組みながら首を傾げる。
二人の反応に、零は内心で(よし、ただの男友達として認識され始めたぞ!)とガッツポーズをした。
「零さんは、一緒にいるとすごく安心するんです。なんだか、大きなものに守られているような……不思議な安心感があるんですよね」
緋雪がぽつりとこぼした言葉に、零の心臓がビクッと跳ねた。
(特S級の魔力を隠蔽しているとはいえ、その器の大きさを無意識に感じ取られている……!? さすがトップエース、勘が鋭すぎる!)
「そ、それは気のせいですよ! 俺なんて、ちょっと足が速いだけのモブキャラですから!」
零は慌ててパフェを口に放り込み、話題を逸らすために、ふと気になっていたことを口にした。
「あ、それより……さっきから不思議に思ってたんですけど。皆さん、すごく有名な魔法少女じゃないですか。テレビにもよく出てるし」
「ええ、まあ。一応、顔と名前は知られている方だと思いますが」
「なのになんで、誰も俺たちのテーブルのほうを見ないんですか? 文化祭の時は、ちょっと歩いただけでマスコミやファンが殺到して大パニックだったのに」
零が周囲を見回す。
休日の有名スイーツカフェは満席で、客がひしめき合っている。
しかし、日本が世界に誇るトップエースが五人も集まっているというのに、他の客や店員はまるで「そこにただの女子大生のグループがいる」かのように、一切の関心を示していなかったのだ。
サインを求められることも、スマホで隠し撮りされることもない。明らかに不自然だった。
「ああ、それなら……」
緋雪が答えるより早く、対面に座っていた眼鏡の少佐、新実由鶴が、パフェのグラスについた水滴をストローでつつきながら淡々と口を開いた。
「私の能力です。三神さん」
「新実さんの、能力?」
「はい。私は雷属性ですが、その応用で微弱な電磁波を操作し、周囲の空間に『認識阻害フィールド』を展開しています。光の屈折と、周囲の一般人の脳波への干渉を組み合わせた、光学迷彩の発展型です」
由鶴は、眼鏡を中指でクイッと押し上げながら解説を続けた。
「このフィールド内では、我々の顔や姿は『どこにでもいる平凡な女性』として周囲の脳に自動変換されて認識されます。だから、誰も我々を魔法少女のエース部隊だとは気付かないのです。休日にパニックを起こさないための、情報班の基本テクニックですね」
「へ、へえ〜! すごいですね、そんな魔法があるなんて……!」
零は、目を輝かせて驚く一般人を演じながら、内心で冷や汗を流していた。
(……ヤバい。結界の魔力が微弱すぎて、俺、息をするようにスルーしてた……!)
特S級の魔力を持つ零にとって、由鶴の張った認識阻害フィールドは「そよ風」程度にも感じられない微細なものだった。
だからこそ、結界が張られていることにすら全く気付かず、普通に『羽衣緋雪たちがそこにいる』と認識してしまっていたのだ。
「でも由鶴、その結界って完璧じゃないんでしょ?」
飛鳥が、パフェのチェリーをかじりながら口を挟んだ。
「ええ。対一般人には有効ですが、明確な弱点があります」
由鶴の理知的な瞳が、レンズの奥で光った。
「この認識阻害は、対象の魔力探知能力や、脳の処理能力に依存しています。つまり……『勘の鋭い魔法少女』や、『単純に魔力出力が強大な者』には、電磁波の干渉が魔力で弾かれてしまい、効果が薄いのです」
「……」
零は、スプーンを持ったまま硬直した。
「我々エースクラスの魔力保持者同士であれば、この結界を展開していても互いの姿ははっきりと見えますし、もしここに敵の強力な魔法少女が近づいてくれば、違和感として感知されてしまうでしょう。……あくまで、一般市民の目を欺くためのものです」
「なるほどねー。だから私たちはお互いの顔が普通に見えてるんだ。れーお兄ちゃんは一般人だから、私たちが魔法で変装してるみたいに見えてるんでしょ?」
真奈が、無邪気に首を傾げて聞いてくる。
五人のエースの視線が、一斉に零へと注がれた。
(……や、やっちまったァァァッ!!)
零の心臓が、早鐘のように爆音で鳴り始めた。
彼は先ほどからずっと、「結界が張られていること」に気付かず、五人の顔を『普通に認識した状態』で接してしまっていた。
もしここで、「いや、俺には羽衣さんたちの顔がバッチリ見えてますけど」などと答えようものなら。
『一般人のはずなのに、由鶴の認識阻害を無意識に弾いている=強大な魔力を持っている』ということが完全にバレてしまう。
「あ、あははは……! そ、そうなんですよ!」
零は、顔面を滝のような汗で濡らしながら、信じられないほどの反射神経で嘘をついた。
「実はさっきから、皆さんの顔にモザイク……というか、なんか光の屈折みたいなのがかかってて、よく見えなかったんです! 羽衣さんや真奈ちゃんも、なんか雰囲気が違う人に見えてて……でも、声で『あ、本人だ』って分かってたんで、失礼かと思って黙ってました!」
苦しい。あまりにも苦しい言い訳だ。
だが、一般人が認識阻害の結界に入れられた場合の視覚効果など、零に分かるはずもない。適当に想像で補うしかなかった。
「……なるほど。視覚情報が阻害されても、声の波形情報で個体を識別していたのですね。さすがは三神さん、一般人にしては優れた環境適応能力です」
しかし、理屈っぽい由鶴は、その苦しい言い訳を「なるほど」とあっさり納得してしまった。
「そっかー、お兄ちゃんには私たちの顔、ぼやけて見えてるんだね! ちょっと寂しいけど、パニックになるよりはいいよね!」
「ふふっ、顔が見えなくても、私だと分かってくれたのは嬉しいです」
真奈と緋雪も、特に疑うことなく微笑んでいる。
鈴乃と飛鳥に至っては、「顔が見えないなら緋雪の美貌に当てられることもないな」と、なぜか少し安心したような顔をしていた。
(……た、助かった……)
零は、テーブルの下で震える拳を強く握りしめた。
ロシアの特務部隊七人を相手にした時よりも、よほど精神をすり減らす攻防だった。
「……でも、油断はできないわね」
不意に、鈴乃がパフェのグラスを置き、真剣な表情へと切り替わった。
「由鶴の言う通り、この結界は魔力の強い相手には効かない。……今、日本には『特S級の未登録魔法少女』が潜伏しているだけでなく、海外からも強力なエージェントが入り込んできているという情報もある。こんな休日のカフェでも、いつどこで強力な魔力保持者と鉢合わせるか分からないからな」
「そうね。ゴーストの魔力は規格外よ。もし彼女がこの近くを通れば、由鶴の結界なんて紙切れみたいに破られてしまうかもしれないわ」
飛鳥も、周囲を警戒するように視線を巡らせた。
エースたちが一斉に緊張感を取り戻し、臨戦態勢のピリピリとした空気を漂わせ始める。
(……すいません、その『規格外のゴースト』、今あなたたちの目の前で、冷や汗かきながらチョコレートパフェ食べてます)
結界を紙切れのように破るどころか、結界の存在にすら気付かずにスルーしていた特S級の亡霊(男子高校生)は、五人の精鋭たちに囲まれながら、ただひたすらに「平凡な一般人」の仮面を被り続けるしかなかった。
「あの、皆さん……パフェ、溶けちゃいますよ?」
零の気の抜けた声に、エースたちはハッとして臨戦態勢を解いた。
針のむしろのようなカフェタイムは、彼にとって魔獣討伐の百倍の疲労を伴う、長くて過酷な休日任務となっていたのである。




