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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第三十六話

 「きゃああっ!?」


「ひぃっ!? れ、れーお兄ちゃん……っ!!」


 文化祭名物、三年生が総力を挙げて作り上げた本格お化け屋敷の内部。

 真っ暗な廃病院を模した廊下で、日本支部が誇る最高戦力であるはずの二人の少女は、完全なるパニック状態に陥っていた。


「出たぁっ! 緋雪ちゃん、ろくろ首だよぉ!」


「ま、真奈……私から離れないで……! 零さん、零さんはどこですか……っ!」


 氷の女王と土の豪腕娘は、三神零の両腕にコアラのようにしがみつき、ブルブルと震えていた。

 零は、右から伝わってくる真奈の柔らかい感触と、左から伝わってくる緋雪のいい匂い(と意外なほど豊かな胸の感触)に、思考回路がショート寸前になりながらも、呆れたような声を漏らした。


「……あの、お二人とも。毎日あんな恐ろしい魔獣と戦ってるのに、お化けは怖いんですか?」


「ま、魔獣は物理的に殴れますし、凍らせることができますから! でも幽霊は得体が知れないじゃないですかぁっ!」


「そうだよ! ハンマーすり抜けちゃうかもしれないし! うわぁぁん、お兄ちゃん進んで、早く進んでぇ!」


(……なるほど。魔法少女とはいえ、オカルト耐性は一般の女子高生と同じなのか)


 普段は空を舞い、巨大な怪物を一撃で粉砕する彼女たちが、段ボールで作られた生首や、血のりを塗った同級生の脅かしに悲鳴を上げている。

 そのギャップは確かに可愛らしく、零も内心では微笑ましく思ってしまった。


「大丈夫ですよ。ほら、出口の光が見えました。あと少しです」


 零は二人の手を優しく引き、まるでお化け屋敷に迷い込んだ子供を導くようにして、暗闇の迷宮から二人を連れ出した。


「はぁ……はぁ……怖かった……」


「お、お兄ちゃんがいてくれてよかったぁ……」


 出口を抜け、秋の西日が差し込む廊下に出た瞬間、二人はへたり込むように息を吐いた。

 そして、自分たちが零の腕に強く抱きついたままであることに気づき、ボンッ! と音を立てて顔を真っ赤に染め上げた。


「あ、あわわわ! ご、ごめんなさい零さん! 私としたことが、はしたない真似を……っ!」


「えへへ……お兄ちゃん、腕、お疲れ様……」


 慌てて距離を取る緋雪と、名残惜しそうに腕を離す真奈。

 零も咳払いを一つして、火照った顔を誤魔化した。


「い、いえ。楽しんでもらえたなら良かったです。……あ、もうこんな時間か」


 窓の外を見れば、空はすっかり茜色に染まり、グラウンドからは後夜祭の準備を知らせる放送が流れ始めていた。

 狂騒に満ちた文化祭二日目も、終わりの時間を迎えようとしている。


「あ……」


 夕日を見た緋雪の顔に、明確な寂しさの色が浮かんだ。


「もう、戻らなければいけない時間ですね」


「えーっ、もう!? まだクレープも食べてないし、たこ焼きも……!」


「ダメよ、真奈。今日はここまで。本部から『夜間のパトロール任務に戻れ』という指示も出ているし……それに、これ以上零さんの文化祭の時間を奪うわけにはいかないわ」


 緋雪はそう言って、少し名残惜しそうに零の顔を見つめた。


「零さん。今日は一日、私たちの我が儘に付き合ってくださって、本当にありがとうございました。……魔獣との戦いのことなんて忘れて、ただの学生に戻れたような、すごく楽しい一日でした」


「私も! れーお兄ちゃんのエスコート、すっごくかっこよかったよ! また絶対、遊びに来るからね!」


 二人の心からの笑顔に、零は罪悪感で胸がチクッと痛んだ。

 自分は特S級の未登録魔法少女ゴースト。彼女たちが警戒し、探している存在そのものだというのに、こうして彼女たちの純粋な好意と信頼を受け取ってしまっている。


「……俺の方こそ、楽しかったです。お二人とも、お仕事……怪我には気をつけてくださいね」


 零が微笑み返すと、緋雪はハッとしたように目を瞬かせ、それから、何かを決意したようにバッグから自分のスマートフォンを取り出した。


「あのっ! 零さん!」


「はい?」


「もし、よろしければ……『Sメッセージ』の、アカウントを交換しませんか?」


 Sメッセージ。若者を中心に普及している、世界最大のメッセージアプリだ。


「あっ、私も私も! お兄ちゃんと連絡先交換したい!」


 真奈も慌ててスマホを取り出し、零にQRコードの画面を突きつけてくる。


「え、あ、連絡先ですか……?」


「だ、ダメ、でしょうか? 私たちは任務で忙しいので、あまり頻繁にはお会いできないかもしれませんが……でも、その、メッセージだけでも、お話しできたら嬉しいなと……」


 氷の女王が、顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で上目遣いにお願いしてくる。

 そんな顔をされて、断れる男子高校生がこの世に存在するだろうか。いや、いない。


「……分かりました。俺でよければ」


 零がポケットからスマホを取り出し、二人の画面を読み込む。

 ピロンッ、という電子音と共に、零のアカウントのフレンドリストに『羽衣緋雪』と『只野真奈』の名前が追加された。


「や、やったぁ……!」


「えへへ、お兄ちゃんのアカウント、ゲットー!」


 二人の少女は、スマホを胸に抱きしめ、まるで世界一の宝物を手に入れたかのような満面の笑みを咲かせた。


「あの、任務の邪魔にならない範囲で、連絡しますね」


「うんっ! 私も、美味しいスイーツのお店見つけたら写真送るね!」


 名残惜しそうに何度も振り返りながら、二人は夕暮れの校門へと向かって歩いていった。

 その後ろ姿を見送りながら、零はふぅ、と深く、深く息を吐き出した。


(……終わった。怒涛の一日が、ようやく終わった)


 マスコミの襲来に始まり、エース二人へのエスコート、群衆のプレッシャー、そしてお化け屋敷での密着。

 精神的な疲労は、特級魔獣を三体同時に相手にした時よりも遥かに大きかった。


「だけど……これで連絡先も交換したし、彼女たちにとっての『三神零』は、完全にただの一般人の男子高校生として定着したはずだ」


 自分の正体がゴーストであるという疑念は、もはや微塵もないだろう。

 これからは、適度にメッセージを返しつつ、穏やかな『一般人』としての距離感を保てばいい。


「よし。俺の文化祭の最大の危機は去った。あとは明日の最終日、裏方として残りの資材管理をこなせば、完璧な平和が戻ってくる……!」


 零は、スキップでも刻みそうなほど軽い足取りで、後片付けのために二年三組の教室へと戻っていった。

 しかし、彼はまだ知らなかった。

 文化祭の熱気に当てられた『クラスメイトの悪ノリ』という魔物が、彼のささやかな希望を噛み砕くために待ち構えていることを。

 一方、校門を出て、駅へと向かう道を歩いていた緋雪と真奈。

 先ほどまでの年相応の恋する少女の顔は、校舎が見えなくなった瞬間にスゥッと消え去り、日本支部トップエースとしての『戦士の顔』へと切り替わっていた。


「……緋雪ちゃん。やっぱり、今日もゴーストは現れなかったね」


 真奈が、真剣な声で呟く。


「ええ。本部からの指示で、文化祭に集まったマスコミや野次馬の中に『他国のエージェント』や『犯罪組織の刺客』が紛れ込んでいないか監視していましたが……今のところ、目立った怪しい動きはありませんでした」


 緋雪は、蒼い瞳を鋭く細めた。

 アメリカ支部やロシア支部が、特S級の力を持つゴーストを奪取・あるいは排除するために動き出しているという情報は、すでに日本支部の上層部にも入っていた。

 姫嶋結衣大将は、ゴーストを「日本の守護者」として保護し、他国の干渉を全力で防ぐ方針を固めている。


「ゴーストは、本当に底知れない人ね。昨日のあの絶妙なタイミングでの降臨……そして、まるで幻のように消え去る隠密性。他国のエージェントたちも、彼女の尻尾すら掴めていないはずよ」


「うん。でも、いつか絶対にお礼を言いたいな。私たちを助けてくれたこと」


「そうね。……あ、でも」


 緋雪の表情が、ふっと柔らかく緩んだ。


「ゴーストも素敵だけれど。……私はやっぱり、零さんの方が親しみやすくて好きかな」


「あーっ! 緋雪ちゃんズルい! 私もれーお兄ちゃんのことすっごくかっこいいと思ったんだからね! 連絡先だって、私がいっぱいメッセージ送るんだから!」


「ふふっ、負けませんよ。私、ご近所さんですし」


 エース二人は、特S級魔法少女を巡る国際的な陰謀のプレッシャーなどどこ吹く風と、等身大の恋バナに花を咲かせながら、夜のパトロール任務へと向かっていった。


「……は? なんだこれ」 


 二年三組の教室。

 後片付けのシフトに入っていた零は、教室の隅に設置された簡易更衣室の前に立ち、絶句していた。

 ハンガーラックに掛けられている、見覚えのある黒のベロア生地。

 昨日、零がトイレで腹痛を偽装するために『自らビリビリに引き裂いた』はずの、ゴーストのコスプレ衣装(コルセット付きフリルドレス)。

 それが今、まるで新品のように、いや、昨日よりもさらに豪華になって、そこに鎮座していたのだ。


「あっ、三神くん! 戻ってきたのね!」 


 衣装班のリーダーの女子生徒が、両手に裁縫セットを持ったまま、満面の笑みで零に駆け寄ってきた。


「見て見て! 三神くんが昨日、トイレで破いちゃったって言ってた衣装! 私と衣装班のみんなで、昨日の夜から徹夜で修復したの!」


「しゅう……ふく……?」


「ただ直しただけじゃないわよ! 破れたコルセットの部分を、よりゴースト様のクールさを引き立たせるために、黒のシースルー素材に変更して通気性をアップ! さらにスカートのフリルも二段増量して、より高貴なシルエットにバージョンアップしたわ!」


「最高傑作よ三神! これでお前も、真の特S級レイヤーだぜ!」


 親友の稔も、どこから湧いて出たのか、血走った目でサムズアップしている。


「な、なんで……俺はもう、衣装は破れたから裏方に回るって……」


「何言ってんの! 明日は文化祭の最終日! 一番お客さんが入る勝負の日よ!」


 女子生徒が、零の肩をガシッと掴んだ。


「今日はエースのお二人のエスコートでお仕事免除してあげたけど、明日はフルタイムで働いてもらうからね! 三神くんの『無口でクールなゴースト様』の客引きは、もはやうちのクラスの生命線なんだから!」


「朝から夕方まで、校内を練り歩いて客を無限に引っ張ってきてね! 期待してるわよ、三神くん!」


 満面の笑みで親指を立てるクラスメイトたち。

 彼らの背後には、まるで死刑宣告のように、フリルが増量された漆黒のドレスが揺れている。


「…………嘘だろ」


 零は、膝から崩れ落ちた。

 アリバイ工作は完璧だった。

 エース二人への対応も完璧だった。

 しかし、クラスの衣装班の『オタクとしての執念と技術力』を、完全に見誤っていた。

 まさか徹夜で、衣装を直すどころかバージョンアップさせてくるなど、誰が予想できただろうか。


「嫌だ……俺はもう、男声の女装狂いとして歩き回るのは嫌だ……ッ! 裏方でパンケーキを焼かせてくれェェェッ!」


 零の悲痛な絶叫は、明日の大繁盛を確信して盛り上がるクラスメイトたちの歓声にかき消された。

 大国が包囲網を敷き、特S級の力が世界を揺るがす中。

 未登録魔法少女ゴースト(三神零)は、秋桜祭の最終日を、逃れられない『漆黒のコスプレフルタイム接客労働』という究極の罰ゲームに捧げることが確定し、教室の床に突っ伏して血の涙を流すのであった。


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