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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第三百三十四話

 ヘッドライトの白い光の中で、ナンバー2の太刀の刃に、霜が音もなく這い上がっていった。

 夜の幹線道路の真ん中だった。

 白百合の隊員を乗せた車が三台、急停止したまま、ヘッドライトを点けっぱなしにして並んでいる。

 その光の先に、二つの人影が立っていた。

 白銀の髪を背に流した少女が、太刀を下段に構えて、静かにこちらを見ていた。

 その隣で、翠の髪の少女が、槍を両腕で抱えたまま、待ちきれないように身体を揺らしていた。

 どちらも、黒いドレスによく似たドレスを纏っていた。

 顔立ちは、緋雪がよく知る、あの黒いドレスの少女の顔に、そっくりだった。

 緋雪は、太刀の柄に手をかけたまま、白銀の髪の少女の刃を見つめていた。

 霜が、刃の表面を這い上がっていく。

 音もなく、静かに。

 自分が太刀に冷気を纏わせる時と、まったく同じ凍り方だった。


「……私の、写しね」


 緋雪の背後で、車のドアが次々と開いて、白百合の隊員たちが道路に降り立った。

 三神澪と、三神玲奈。弓飛鳥。只野真奈。新堂鈴乃。星宮きらり。


「……何、あれ」


 真奈が、岩を纏ったハンマーを肩に担ぎながら、目を丸くした。


「緋雪ちゃんと、同じ太刀持ってる……」


「あっちの子、私の槍と同じ構え」


 飛鳥が、風を纏った槍の穂先を、翠の髪の少女に向けた。

 その時、幹線道路の脇に広がる住宅街の奥から、低い唸り声が聞こえてきた。


 続けて、甲高い悲鳴。

 ガラスの割れる音。

 犬の吠える声。


 きらりが、ツインテールを揺らして、住宅街のほうを振り返った。

 人が纏う気配を、光や色として感じ取ることのできる目が、住宅街の奥の暗がりを見つめていた。

 その顔から、血の気が引いていった。


「……向こうに、魔獣がいっぱい」


 きらりの声が、震えていた。


「人も、いっぱい。……みんな、怯えてる色してる」


 緋雪は、写しから目を離さないまま、短く言った。


「真奈、鈴乃、きらり。……住宅街の人たちを、お願い」


「えっ、でも、緋雪ちゃん」


「ここは、私たちで止める」


 緋雪の声には、迷いがなかった。

 真奈は、一瞬だけ唇を噛んだが、すぐにハンマーを担ぎ直して頷いた。


「……分かった! 行こう、鈴乃、きらり!」


 三人が、住宅街へ向かって駆け出した。

 翠の髪の少女が、それを見て、槍を構え直した。


「あっ、逃げる! 追いかけていい? ねえ、いい?」


「行かせていい」


 白銀の髪の少女——ナンバー2が、目を開けたまま、静かに言った。


「写す相手は、ここにいる」


 翠の髪の少女——ナンバー6は、少しだけ不満そうに唇を尖らせたが、すぐに、残った四人のほうへ向き直った。


「……じゃあ、あんたたちと遊ぶ!」


 最初に動いたのは、ナンバー2だった。

 下段に構えた太刀が、音もなく跳ね上がった。

 緋雪も、同時に太刀を抜いていた。


 ——キィンッ。


 白い刃と白い刃が、ヘッドライトの光の中で打ち合った。

 触れ合った瞬間、両方の刃から、同じ冷気が溢れ出した。

 緋雪の冷気が、ナンバー2の刃を凍らせようとする。

 ナンバー2の冷気が、緋雪の刃を凍らせようとする。

 二つの冷気が、刃の上でぶつかり合って、互いに打ち消し合った。

 刃の表面に、薄い霜が生まれては、すぐに溶けて消えていく。

 緋雪は、太刀を引いて、もう一度斬り込んだ。

 ナンバー2も、まったく同じ角度で、斬り込んできた。


 ——キィンッ。


 また、刃が打ち合った。


 三度目。四度目。五度目。


 緋雪が上段から斬れば、ナンバー2も上段から斬った。

 緋雪が身体を沈めて足元を払えば、ナンバー2も同じように身体を沈めた。

 緋雪が太刀に冷気を纏わせれば、ナンバー2の太刀にも、同じ冷気が纏わりついた。

 鏡と、斬り結んでいるようだった。


(……全部、私だ)


 緋雪の背筋に、冷たいものが走った。

 自分の太刀筋を、自分の氷を、外から見るのは初めてだった。

 無駄がなく、静かで、正確だった。

 そして、自分の太刀筋がどこで終わり、次にどこへ向かうのかを、ナンバー2は全て知っていた。


 決着が、つかなかった。


 ナンバー2の表情は、少しも変わらなかった。

 白銀の髪の下の目が、ただ静かに、緋雪の顔を見つめていた。


 ——魔法を見るな。


 緋雪の頭の中で、声が響いた。

 河川敷の中州で、毎晩、ゴーストが杖で打たれながら聞いていた言葉。

 傍らで見ていた緋雪の身体にも、いつの間にか、染みついていた言葉。

 ——人を見よ。肩と、足と、息じゃ。

 緋雪は、ナンバー2の太刀を見るのをやめた。

 代わりに、ナンバー2を見た。

 太刀筋は、自分と同じだった。

 氷も、自分と同じだった。


 だが、息が、少しだけ違った。

 自分は、太刀を振る直前に、ほんの僅かに息を吸い込む。

 ナンバー2は、それをしていなかった。

 太刀筋と氷は写せても、息の入れ方までは、写しきれていなかった。

 それなら、写しが知らない一手を出せばいい。

 緋雪は、太刀の切っ先を、足元のアスファルトに下ろした。


 深く、息を吸う。


 冷気を、放つ。


 足元へではなかった。

 幹線道路の両脇に並ぶ、ガードレールと、街灯の鉄の柱と、停まった車のボンネットへ。


 ——パキパキパキパキッ!


 ガードレールが、乾いた音を立てて凍りついた。

 街灯の柱が、次々と破裂音を響かせた。

 車のボンネットの上で、薄い氷が弾けた。

 中州で、ヴィルヘルミナに教わった、音を立てる氷だった。

 ナンバー2の目が、初めて、僅かに揺れた。

 四方から響く破裂音に、反射的に視線が散った。

 右のガードレールへ。左の街灯へ。


 ほんの、一瞬だけ。


 その一瞬に、緋雪は、地面を蹴っていた。

 ナンバー2の懐へ、まっすぐに。


 ——ガキィンッ!


 緋雪の太刀が、下から跳ね上がって、ナンバー2の太刀を弾き飛ばした。

 白い太刀が、くるくると回転しながら宙を舞い、ヘッドライトの光の中を横切って、道路の向こうのアスファルトに突き刺さった。

 ナンバー2は、空になった両手を見下ろした。

 それから、ゆっくりと、緋雪の顔を見た。

 表情は、少しも変わっていなかった。

 ナンバー2は、空いた右手を、足元のアスファルトに向けてかざした。


 ——パキッ。


 小さな、乾いた音がした。


 アスファルトの表面で、薄い氷が、音を立てて弾けていた。


「……覚えた」


 ナンバー2は、それだけ言った。

 緋雪の背筋が、凍りついた。

 すぐ隣の車線では、翠の髪の少女が、夜の幹線道路の上を、縦横無尽に跳び回っていた。


 ナンバー6だった。


「あははっ! 遅い遅い!」


 ナンバー6は、槍を抱えたまま、車のボンネットを蹴り、街灯の柱を蹴り、ガードレールの上を駆け抜けていく。

 その動きは、飛鳥の高速遊撃に、よく似ていた。

 だが、その速さは、飛鳥のそれを上回っていた。


「……っ、速い」


 飛鳥が、風を纏った槍を構えて追いかけた。

 飛鳥も、白百合でも屈指の速さを誇る遊撃手だった。

 だが、ナンバー6は、飛鳥が追いつくたびに、さらに一段速くなって、その先へ抜けていった。


「あたしのほうが、速いよ! あたしのほうが、ずっとずっと速いもん!」


 ナンバー6は、速さに酔っていた。

 本物の飛鳥は、速さを手段として使う。

 だが、写しのナンバー6は、速さそのものを楽しんでいた。

 ただ速く、もっと速く、どこまでも速く。

 ナンバー6の槍が、飛鳥の脇腹を掠めた。


「——っ、く!」


 飛鳥が、アスファルトの上に膝をついた。


「飛鳥さん!」


 玲奈が、風の双剣を構えて、ナンバー6に向かって駆け出した。

 だが、玲奈の足では、ナンバー6の速さについていけなかった。

 ナンバー6は、玲奈の周りを、ぐるぐると回りながら跳ね回った。

 右に見えたと思えば、左にいる。

 前にいたと思えば、もう背後にいる。


「こっちだよ! こっちこっち!」


「……っ、もう!」


 玲奈は、双剣を振り回したが、刃はどれも空を切った。

 焦りが、胸の奥に広がっていく。


 追いつけない。

 どれだけ走っても、どれだけ双剣を振っても、あの翠の髪の少女の背中に、手が届かない。

 その時、玲奈の頭の中に、声が浮かんだ。

 縁側で、ほうじ茶をすすりながら、居候の少女が言った言葉。

 ——まっすぐなものは、まっすぐなままが、一番強いんじゃよ。


 玲奈は、走るのをやめた。


 アスファルトの上に、立ち止まった。


「……あれ? もう、おしまい?」


 ナンバー6が、玲奈の周りを跳ね回りながら、首を傾げた。


 玲奈は、答えなかった。


 ただ、目を閉じて、耳を澄ませた。


 ナンバー6の足音。

 車のボンネットを蹴る音。

 街灯の柱を蹴る音。

 ガードレールの上を駆ける音。

 ナンバー6は、ぐるぐると回っていた。

 右から、後ろへ。後ろから、左へ。左から、前へ。

 速いけれど、回る順番は、同じだった。


 次は、右から前へ曲がる。


 玲奈は、目を開けた。


 双剣を、構えなかった。


 右手を、まっすぐに前へ突き出した。

 ナンバー6が、次に曲がってくるはずの、その場所へ。

 手のひらから、一筋の風が、まっすぐに吹き出した。


 広がらない。

 曲がらない。

 ただ、まっすぐに、一本だけ。

 ナンバー6が、右から前へ、大きく弧を描いて曲がってきた。

 その進路の先に、玲奈のまっすぐな風が、待っていた。


「——えっ」


 ナンバー6は、止まれなかった。

 速さに酔っていた身体は、急に向きを変えることができなかった。

 自分から、玲奈の風の中へ、真正面から飛び込む形になった。


 ——ドンッ!


 まっすぐな風が、ナンバー6の身体を、真正面から受け止めて、そのまま道路の上に叩きつけた。

 ナンバー6は、アスファルトの上を何度も転がって、ガードレールにぶつかって止まった。


「……え、え?」


 ナンバー6は、ガードレールにもたれたまま、目を丸くしていた。


「なんで……? まっすぐなだけの風に……あたしが……?」


 玲奈は、突き出した右手を、ゆっくりと下ろした。

 自分の手のひらを、見下ろした。


「……ミナちゃんの、言った通りだ」


 小さく、呟いた。


「……っ、許さない!」


 ナンバー6が、ガードレールから跳ね起きた。

 その顔が、怒りで赤く染まっていた。


「あたしを転ばせるなんて、絶対、許さないんだから!」


 ナンバー6は、槍を大きく振り回した。

 その槍の穂先から、渦を巻く強い風が、玲奈の隣に立つ澪に向かって吹きつけた。

 澪の炎の長槍が、その風をまともに浴びた。


「お姉ちゃん!」


「……っ」


 強い風だった。

 蝋燭の火を吹き消すように、炎そのものを根こそぎ吹き飛ばそうとする風だった。

 澪の長槍の炎が、大きく揺らいだ。


(……消える)


 炎は、風に弱い。

 燃えるための空気を、風に奪われれば、炎は消える。

 澪は、長槍を握る手に、力を込めた。

 その手のひらは、この半月あまり、毎日、花びらを回し続けてきた手のひらだった。

 炎を出さずに、空気だけを集める。

 空気の輪の中に、炎を置く。

 花びらを燃やさずに、炎を、空気の籠の中に入れる。

 澪は、目を閉じて、長槍の穂先の炎の周りに、空気を集めた。


 炎を包むように。

 炎を守るように。

 燃えるのに必要な分の空気だけを、炎のすぐそばに、しっかりと握りしめる。

 ナンバー6の風が、澪の炎に吹きつけた。

 だが、炎は、消えなかった。

 炎の周りの空気の籠を、澪が握っている限り、外からどれだけ強い風を浴びせられても、炎の燃えるための空気は、奪われなかった。

 炎は、籠の中で、静かに、白く燃え続けていた。


「……え?」


 ナンバー6が、槍を振り回す手を止めた。


「なんで、消えないの?」


 澪は、目を開けた。


 自分の長槍の穂先を、見つめた。


 炎は、そこにあった。

 風の中で、少しも揺らがずに。


「……消えない」


 澪の口から、驚いたような声が漏れた。

 ——おぬしの炎は、溶かされんようになる。炎だけで、戦わんようになればな。

 縁側で、居候の少女が言っていた言葉の意味が、ほんの少しだけ、分かった気がした。

 澪は、空気の籠に入れた炎の長槍を、まっすぐに突き出した。


 ——ジュッ!


 白い炎の穂先が、ナンバー6の槍の柄を、正面から焼いた。


「あっつ!」


 ナンバー6が、槍を取り落としかけて、慌てて後ろへ跳び退いた。

 その襟首を、後ろから伸びてきた手が、がしっと掴んだ。


 ナンバー2だった。


 道路の向こうのアスファルトから、自分の太刀を拾い上げてきていた。


「……退く」


 ナンバー2は、短く言った。


「えっ、なんで!? まだ、走れるのに!」


「必要な分は、聴いた」


「まだ全然、遊んでないよ! あの子のまっすぐな風、もう一回やりたい!」


「退く」


 ナンバー2は、駄々をこねるナンバー6の襟首を掴んだまま、ずるずると道路の向こうへ引きずっていった。

 ヘッドライトの光の届かない暗がりの手前で、ナンバー2は、一度だけ足を止めた。

 振り返って、緋雪の顔を見た。


「……次は」


 ナンバー2の声は、静かだった。


「音の鳴る氷も、使う」


 それだけ言って、ナンバー2は、ナンバー6を引きずったまま、夜の暗がりの中へ消えていった。

 緋雪は、太刀を握ったまま、動けなかった。

 写しが知らない一手を、出したはずだった。

 中州で、教わったばかりの一手を。

 その一手を、ナンバー2は、たった一度見ただけで、覚えてしまった。

 次に会う時、あの写しは、静かな氷と、音の鳴る氷の、両方を使ってくる。

 緋雪の背筋を、冷たいものが這い上がっていった。

 住宅街の奥の、小さな児童公園の前で、只野真奈が、大地の魔力を纏ったハンマーを地面に突き立てて、肩で息をしていた。

 公園の中には、魔獣から逃げてきた住民たちが、身を寄せ合って座り込んでいた。

 子供を抱きしめた母親。杖をついた老人。パジャマのまま裸足で逃げてきた若い夫婦。

 公園の周りの道路には、灰色の魔獣の残骸が、いくつも転がっていた。


「……終わった?」


 真奈が、汗で額に張りついた前髪を払いながら、隣のきらりに聞いた。


「……うん。もう、いない。みんなの色、少しずつ落ち着いてきてる」


 きらりが、住民たちを見つめながら、小さく頷いた。

 鈴乃が、双剣を鞘に納めて、住民たちのほうへ歩いていった。


「皆さん、もう大丈夫です。白百合の盾です」


 子供を抱いた母親が、鈴乃の顔を見上げて、ぽろぽろと涙をこぼした。

 真奈は、その場にどかりと座り込んだ。


「……つ、疲れた」


 幹線道路から、少し離れた送電鉄塔の、一番上。

 夜風に吹かれながら、黒い髪の人影が、膝を抱えて座っていた。

 ナンバー8は、眼下の幹線道路を、黙って見下ろしていた。

 まっすぐな風一本で、ナンバー6を転ばせた、風の少女。

 空気の籠に炎を入れて、風の中でも消えない炎を灯した、炎の少女。

 どちらの魔法も、写しの記録にはない使い方だった。

 ナンバー8は、膝の上で握った黒い銃に、少しだけ力を込めた。


 見ていろ、と言われた。


 何を見せたいのか、まだ分からなかった。

 同じ頃、都心の協会本部前の広場で、二つの光の剣が、初めて打ち合う音が、夜の空気を震わせていた。

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