第三百十八話
モニターの中の赤い点が、三つに分かれ始めた。
白百合の盾、情報班の解析室。
午後一時。
窓のない部屋の壁一面に並んだモニターの一つに、都内の上空を飛ぶドローンの信号が、小さな赤い点の群れとして映し出されていた。
新実由鶴は、その群れの動きを、もう三十分以上見つめていた。
埠頭の夜から、セントラルのドローンの飛び方が変わっていた。
以前は、都内のあちこちを満遍なく巡回していた。
今は、違う。
赤い点は、ゆっくりと、三つの地点の上空に寄り集まり始めていた。
一つ目は、町の住宅街。
三神家の隣の、白い洋館の真上。
二つ目は、その住宅街の外れの商店街。
スーパー「ヤオヨシ」の真上。
三つ目は、さらに郊外の、古い日本家屋。
翼の家の真上。
「……三か所、ですか」
由鶴は、眼鏡を押し上げた。
ドローンの旋回の間隔が、少しずつ短くなっている。
建物の出入り口と、周囲の道路と、隣接する空き地。
同じ場所を、角度を変えて、何度も撮影している。
下見だった。
由鶴は、過去の記録と照らし合わせた。
埠頭の夜の前にも、同じような下見の飛び方があった。
その時は、二日間、ドローンを完全に止めた後に、一点へ集めていた。
今回は、止めていない。
三か所を同時に見ている。
「……今夜、でしょうか」
由鶴は、ドローンの旋回の周期から、おおよその時刻を割り出していった。
画面の隅に、数字が浮かび上がる。
午前零時前後。
由鶴は、端末から手を離した。
三か所のうち、どこも、白百合の施設ではない。
白百合の隊員が、住んでいる場所でもない。
星監の総帥の屋敷。
福音の鐘の教祖が働くスーパー。
政府の元隠密たちが暮らす、民間の保護施設。
白百合の情報班として、正式に警告を出せる相手は、一つもなかった。
由鶴は、しばらく黙ってモニターを見つめていた。
それから、内線の受話器を取った。
「……緋雪。少し、解析室までお越しいただけますか」
十分後。
解析室の扉が開いて、緋雪が入ってきた。
「どうしたの、由鶴」
「こちらを、ご覧ください」
由鶴は、椅子ごと身体をずらして、モニターを緋雪に見せた。
三つに分かれた赤い点の群れ。
その下に、三つの地点の名前。
緋雪の顔色が、変わった。
「……ここ」
「はい。今夜、零時前後と思われます」
由鶴は、静かに続けた。
「白百合の隊員ではない方々が、狙われています。……白百合として、警告を出すことはできません」
「……」
「私は、白百合の情報班として、今見ているものを、白百合の隊員である緋雪に、ご報告しただけです」
由鶴は、眼鏡の奥の目で、緋雪をまっすぐに見た。
「その後のことは、存じ上げません」
緋雪は、しばらく何も言わなかった。
それから、小さく頷いた。
「……ありがとう、由鶴」
「職務ですので」
由鶴は、モニターに向き直った。
その背中が、ほんの少しだけ、強張っていた。
午後三時。
白百合の本部の屋上で、緋雪は一台の古い携帯端末を取り出した。
白百合の支給品ではない。
自分の名前で契約したものでもない。
以前、ゴーストの「知り合い」から、何かあった時のためにと渡されていた、足のつかない端末だった。
緋雪は、白百合の隊員として、白百合の外の者に警告を出すことはできない。
結衣に、これ以上の迷惑をかけるわけにはいかなかった。
だから、名前を書かなかった。
一通目。
『今夜、零時。
あなたの屋敷に、岩の子が来ます』
宛先は、ヴィクトリア・ローゼンベルグ。
二通目。
『今夜、零時。
あなたのお店に、光の銃の子が来ます』
宛先は、ルディア・ロンディニウム。
三通目。
『今夜、零時。
赤い鎌の子が、奈緒さんのもとへ』
宛先は、周防凛花。
三通とも、差出人の欄は、空白のままだった。
緋雪は、送信を終えた端末の電源を切った。
屋上の風が、銀色の髪を揺らしていた。
耳の上の雪の結晶の髪飾りが、午後の日差しを受けて光っている。
同じ頃。
白い洋館の書斎で、ヴィクトリアは、届いたメッセージの画面を見つめていた。
差出人のない、二行のメッセージ。
岩の子。屋敷。零時。
ヴィクトリアは、しばらくその画面を眺めていた。
それから、小さく笑った。
「……律儀な子ね」
それ以上は、何も言わなかった。
端末を閉じて、内線でシルヴィアを呼んだ。
同じ頃。
スーパー「ヤオヨシ」の、バックヤード。
ルディアは、段ボール箱を片付ける手を止めて、端末の画面を見つめていた。
光の銃の子。お店。零時。
ルディアは、袖で口元を隠した。
「……真里」
「はい、ルディア様」
「今夜は、閉店後も残っていただけますか。……それから、ルカとリリアを呼んでくださいませ」
真里は、何も聞かずに頷いた。
同じ頃。
郊外の町、翼の家。
縁側で、凛花は端末の画面を見つめていた。
赤い鎌の子が、奈緒さんのもとへ。今夜、零時。
差出人は、なかった。
だが、凛花には、誰が送ってきたのか、分かる気がした。
凛花は、庭で洗濯物を取り込んでいる奈緒の背中を見た。
小さな身体で、物干し竿に背伸びをしている。
「……白鳥さん」
凛花は、台所にいる白鳥に声をかけた。
「今夜、零時に、来ます」
白鳥の手が、止まった。
「……誰が」
「セントラルの、赤い鎌の人です」
凛花は、立ち上がった。
「協会に、報告に行ってきます。……零時に備えて、増援の手配を。私一人では、心もとないので」
「……一人で、大丈夫?」
「夕方のうちに戻ります。零時までには、必ず」
凛花は、光の剣の柄に手を添えて、玄関へ向かった。
途中で、庭の奈緒を振り返った。
「奈緒さん。……私が戻るまで、家の中にいてくださいね」
「うん」
奈緒は、洗濯物を抱えたまま、こくりと頷いた。
凛花の姿が、門の向こうへ消えていった。
午後五時半。
翼の家の庭に、夕暮れの光が斜めに差し込んでいた。
縁側の向こうの居間では、白鳥が子供たちに夕飯の支度を手伝わせている。
包丁の音と、子供たちの笑い声が、庭まで聞こえてくる。
奈緒は、一人で庭に出ていた。
凛花には、家の中にいてと言われた。
だが、物干し竿に、まだ洗濯物が三枚残っていた。
白鳥のエプロンと、まひろの靴下と、自分の寝間着。
(……すぐ、おわる)
奈緒は、背伸びをして、物干し竿の白鳥のエプロンに手を伸ばした。
その時だった。
背後の空気が、熱く揺らいだ。
奈緒は、振り返らなかった。
振り返るより先に、身体が動いていた。
左手を、背後に突き出す。
——パキィンッ!
氷の壁が、奈緒の背後に立ち上がった。
その壁に、何かが叩きつけられた。
——ジュウッ!
氷の壁の表面が、白い湯気を上げて溶けていく。
奈緒は、氷の壁の陰から跳び退いた。
振り返る。
庭の入り口に、赤みがかった金髪の少女が立っていた。
真っ赤なマフラー。背中に背負っていたはずの大鎌が、今は両手に握られている。
大鎌の刃が、溶けた鉄のように、どろりと赤く輝いていた。
テレサ・ローズだった。
「……不意打ちを、止めた」
テレサが、小さく呟いた。
「いい反応ね、器の子」
奈緒は、両手を広げた。
左手に、白い冷気。
右手に、紅蓮の炎。
「……れいじ、って、りんかさん、いってた」
「予定を、早めたの」
テレサは、大鎌を構え直した。
「零時に来ると知られているなら、零時には来ないわ」
奈緒は、テレサを睨んだ。
それから、右手を突き出した。
紅蓮の炎が、奔流となってテレサへ向かう。
テレサは、大鎌を横に一振りした。
——ずるり。
炎が、大鎌の刃に触れた瞬間、溶けた。
燃えていた炎が、どろりとした赤い液体のように形を崩し、刃に吸い込まれていく。
大鎌の刃が、さらに赤く、熱く輝いた。
「……え」
奈緒の目が、丸くなった。
「溶解」
テレサは、静かに言った。
「炎から生まれた、炎を溶かす力。……あなたの炎は、私の刃の、餌よ」
奈緒は、左手を突き出した。
白い冷気が、テレサの足元を這う。
今度は、凍らせる。
冷気が、テレサの足元に届いた。
凍りかけた地面が、大鎌の刃から滴る赤い熱に触れて、どろりと崩れた。
氷が、溶けて、湯気になって消えていく。
「……なんで?」
奈緒の声が、震えた。
「こおらない。……もえない」
奈緒は、もう一度、炎を放った。
溶かされる。
もう一度、氷を放った。
溶かされる。
どちらを出しても、大鎌に呑まれる。
炎は餌になり、氷は熱で崩される。
(……こおらせて、もやす)
奈緒は、いつもの技を思い出した。
氷で止めて、炎で砕く。
凛花に教わった。
翼の家の門の前で、柊木静の大盾を割った技。
奈緒は、左手で氷を、右手で炎を、同時に放った。
氷の壁がテレサの前に立ち上がり、その壁ごと炎が呑み込もうとする。
だが、テレサの大鎌が、氷の壁ごと炎を薙いだ。
——ずるり。
氷が溶け、炎が溶け、両方とも刃に吸い込まれていった。
奈緒は、両手を下ろしかけた。
どうすればいいのか、分からなかった。
今まで、氷と炎で、止められないものはなかった。
それが、どちらも通じない。
だが、テレサもまた、踏み込めずにいた。
大鎌を構えたまま、奈緒との距離を詰められない。
奈緒の氷と炎が、交互に、間断なく飛んでくる。
炎を溶かした直後に氷が来る。氷を溶かした直後に炎が来る。
溶解の熱は、二つを続けざまに呑み込むほどには、速く巡らない。
一歩踏み込もうとするたびに、次の一撃が来た。
「……面倒な子」
テレサが、小さく呟いた。
「二つを、交互に。……私の溶解が、追いつかない」
奈緒は、テレサの言葉の意味が分からなかった。
ただ、氷と炎を、交互に放ち続けた。
止めたら、来る。
それだけは、分かっていた。
庭の中央で、二人は睨み合ったまま、動けなくなった。
膠着だった。
その時、縁側の障子が、からりと開いた。
「……奈緒ちゃん?」
一人の少女が、縁側に姿を見せた。
色素の薄い髪を、肩の上で短く切り揃えている。
手に、夕飯の支度に使っていたらしい菜箸を持っていた。
騒ぎを聞きつけて、様子を見に来たのだった。
エリだった。
テレサの目が、一瞬だけ、縁側へ流れた。
大鎌を握る手が、止まった。
「……エーリカ?」
テレサの唇から、掠れた声が漏れた。
エリの手から、菜箸が滑り落ちた。
その名前に、聞き覚えはなかった。
それでも、目の前の赤みがかった金髪の少女の、大鎌の刃を見た瞬間、身体の奥から、何かが這い上がってくるのを感じた。
白い壁。冷たい寝台。誰かの泣き声。
エリの膝が、がくりと折れた。
その時、翼の家の門の前に、二つの人影が立っていた。
一人は、四十代の、エプロン姿の主婦。
両手で、大きな鍋を抱えている。
鍋の蓋の隙間から、煮物の甘辛い湯気が漏れていた。
もう一人は、淡い色のカーディガンを着た、二十代半ばほどの女性。
手に、紙袋を提げている。
三神奈々美と、水瀬汐里だった。
夕飯用の煮物を、うっかり大鍋いっぱいに作りすぎてしまった。
奈々美は、バーベキューの日に会った、小さな黒髪の女の子のことを思い出した。
——あの子にも、食べさせてあげたいわね。
隣の汐里を誘って、夕飯前に届けに来たところだった。
「こんばんは——」
門をくぐりかけた奈々美の足が、止まった。
庭の光景が、目に入った。
庭の中央で、両手に氷と炎を構えた、小さな女の子。
その前で、赤く輝く大鎌を構えた、赤みがかった金髪の少女。
縁側で、膝をついて震えている、短い髪の少女。
奈々美の目が、一瞬で変わった。
穏やかな主婦の目ではなかった。
「……汐里ちゃん」
「はい、先輩」
「これ、持ってて」
奈々美は、両手の鍋を、汐里の腕の中に押しつけた。
汐里は、鍋を抱えたまま、すぐ隣に立っていた。
三百メートルどころか、一メートルもない。
汐里は、鍋を抱え直して、小さく頷いた。
「……どうぞ、先輩」
奈々美の胸の奥で、細い水路が、太く脈打った。
青白い雷光が、奈々美の身体を包んだ。
光が収まった時、門の前に、二十歳前後の女性が立っていた。
深い藍色の戦闘服。肩から背中にかけて、稲妻の紋。
長い黒髪を、後ろで一つに高く束ねている。
奈々美は、門柱の脇に目を落とした。
竹箒が一本、立てかけてあった。
白鳥が、毎朝、玄関先を掃くのに使っているものだった。
奈々美は、その竹箒を手に取った。
次の瞬間、奈々美の姿は、もう門の前にはなかった。
庭の中央。
奈緒の隣に、雷を纏った女性が立っていた。
奈緒が、目を見開いた。
「……だれ?」
「奈緒ちゃん。……バーベキューで、焼きおにぎり食べたでしょう」
奈緒は、瞬きをした。
声は、知っていた。
あの河原で、焼きおにぎりをくれた、優しいおばちゃんの声だった。
顔は、ずっと若かった。
「……おばちゃん?」
「そうよ」
奈々美は、テレサから目を離さずに言った。
「もう一回、氷を出して」
「……え」
「今度は、あの人の、足元にね」
テレサが、大鎌を構え直した。
目の前に現れた、雷を纏った女性を見つめている。
その顔が、ひどく強張っていた。
奈緒は、奈々美の横顔を見上げた。
それから、左手を、テレサの足元に向けて突き出した。
白い冷気が、地面を這った。
テレサの足元が、凍りついていく。
テレサの視線が、足元に落ちた。
大鎌の刃の熱で、凍った地面を溶かそうとする。
その、一瞬。
奈々美の竹箒が、雷を纏って奔った。
——バリバリッ!
竹箒の柄が、テレサの大鎌の柄を、横から叩いた。
雷が、柄を伝って、テレサの全身を駆け抜けた。
テレサの身体が、大鎌ごと、宙に浮いた。
そのまま、庭を横切って、翼の家の塀の向こうまで、弾き飛ばされた。
——ドサッ。
塀の外の路上に、何かが落ちる音がした。
一撃だった。
庭に、静寂が戻った。
竹箒の先から、小さな電光が、ぱちりと一度だけ弾けた。
塀の外の路上で、テレサは、ゆっくりと身体を起こした。
全身が、痺れていた。
大鎌は、手から離れずに握っていた。
だが、指が、思うように動かなかった。
テレサは、塀の上越しに、庭の中を見上げた。
雷を纏った、若い女性が、竹箒を手に立っていた。
夕暮れの光を背にして、その顔は、よく見えなかった。
(……何、あれ)
速すぎた。
踏み込んだ瞬間も、竹箒を振った瞬間も、見えなかった。
気がついた時には、身体が宙に浮いていた。
テレサの目が、縁側へ移った。
膝をついて、震えている少女。
色素の薄い、短い髪。
テレサは、しばらく、その少女を見つめていた。
それから、痺れた足で立ち上がり、夕暮れの路地の向こうへ、姿を消した。
庭で、奈々美は竹箒を下ろした。
青白い光が、奈々美の身体を包んで、ゆっくりと消えていく。
光が収まった時、そこには、エプロン姿の四十代の主婦が立っていた。
奈々美は、奈緒の前にしゃがみ込んだ。
「大丈夫? 怪我はない?」
奈緒は、こくりと頷いた。
それから、奈々美の顔を、じっと見上げた。
「……おばちゃん、つよい」
「あら」
奈々美は、くすりと笑って、奈緒の頭を撫でた。
「奈緒ちゃんも、よく頑張ったわね」
「……でも、こおらなかった。もえなかった」
「でも、一人で、ちゃんと止めてたじゃない」
奈々美は、奈緒の黒髪を、優しく撫で続けた。
「おばちゃんが来るまで、あの人を、一歩も進ませなかったでしょう。……それは、すごいことなのよ」
奈緒は、少しだけ目を瞬いた。
それから、奈々美のエプロンに、ぎゅっとしがみついた。
門の前で、汐里が、鍋を抱えたまま立っていた。
胸の奥の水路を、水が流れていった感覚が、まだ残っていた。
三倍の速さで、魔力が汲み出された。
それでも、ほんの一撃分だった。
湖の水面が、僅かに下がっただけ。
汐里は、鍋を抱え直して、小さく笑った。
「……先輩、やっぱり、終わらせるのが早いです、見えませんでした」
縁側では、白鳥がエリの肩を抱いていた。
エリは、まだ震えていた。
何も言わずに、ただ、自分の両腕を強く抱きしめていた。
午後七時過ぎ。
協会から戻った凛花が、翼の家の門をくぐった。
庭は、静かだった。
縁側の向こうの居間から、夕飯の匂いと、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
凛花は、庭の真ん中に残る、抉れた地面と焦げ跡を見下ろした。
それから、居間を覗き込んだ。
ちゃぶ台を囲んで、子供たちが夕飯を食べていた。
その中心に、大きな鍋が一つ置かれていた。
甘辛い煮物の匂いがする。
奈緒が、煮物の里芋を頬張っていた。
「……りんかさん、おかえり」
「……奈緒さん、これは」
「おばちゃんが、もってきてくれた」
「おばちゃん?」
「つよいおばちゃん」
凛花は、何も分からないまま、立ち尽くしていた。
同じ頃。
都心の高層ホテルの、最上階の一室。
「……器の子と、膠着していました」
テレサ・ローズが、報告していた。
その腕には、まだ微かな痺れが残っていた。
「炎も氷も、溶解で呑めました。ですが、二つを交互に出されて、踏み込めませんでした。……そこに、邪魔が入りました」
「邪魔」
「雷の、若い女です」
セルゲイの目が、細くなった。
「……一撃で、弾き飛ばされました」
「顔は」
「……見ていません。速すぎて」
テレサは、唇を噛んだ。
「武器は、竹箒でした」
「……竹箒」
「はい」
セルゲイは、しばらく黙っていた。
それから、机の上の黒い手帳を開いた。
『黒いドレス』
『ヘクセン・ツィルケルの魔女』
その二つの名前の下に、セルゲイは新しい一行を書き加えた。
『雷の女』
ペンを置いて、その一行を見つめる。
協会の測定の日、感知板を焼き切った小柄な少女の雷を思い出した。
あの時、思わず顔を上げた。
雷には、昔から、目が向く。
「……零時の予定を、早めて正解だった、と言うべきか」
セルゲイは、窓の外を見た。
「早めなければ、雷の女は現れなかった。……早めたせいで、雷の女に会った」
テレサは、何も言わなかった。
縁側で膝をついていた、色素の薄い髪の少女のことを。
その少女の名前を、自分の唇が呼んだことを。
テレサは、一言も、報告しなかった。
午後十一時五十分。
白い洋館の裏庭で、ヴィクトリアが紫電を指先に灯して立っていた。
スーパー「ヤオヨシ」の閉ざされたシャッターの前で、ルディアが袖で口元を隠して立っていた。
零時まで、あと十分だった。




