第三百十七話
湿らせた布が、頬の傷にそっと当てられた。
午前三時の、三神家の台所。
流しの上の蛍光灯だけが点いていて、食卓の周りは薄暗かった。
家族は、二階で眠っている。
冷蔵庫の低い唸りだけが、静かな台所に響いていた。
緋雪は、食卓の椅子に座っていた。
その前に、浴衣姿のヴィルヘルミナが立っていた。
小さな手で、湿らせた布を、緋雪の左の頬に当てている。
布の下で、微かな風が渦を巻いていた。
傷口についた埠頭の埃を、静かに払い落としていく。
「……沁みるか」
「いえ」
「嘘をつけ。眉が寄っとる」
ヴィルヘルミナは、布を外した。
それから、人差し指の先を、傷の上にかざした。
指先が、ほんのりと温かくなった。
傷口の周りの赤みが、ゆっくりと引いていく。
熱を、抜いているのだった。
「明日の朝には、ほとんど分からんようになる」
「……ありがとうございます」
「礼はええ」
ヴィルヘルミナは、布を流しで絞りながら、ちらりと緋雪を見た。
「音で、目を逸らさせたな」
「……はい」
「一晩で覚えた技を、その日のうちに使う娘は、珍しいわい」
緋雪は、膝の上で両手を握りしめて、少しだけ俯いた。
耳の先が、赤くなっていた。
流しの横で、零が立っていた。
変身は、もう解いている。
右手を、握ったり開いたりしていた。
まだ、あの闇の手の感触が残っている。
零は、ヴィルヘルミナのほうへ向き直った。
それから、深く頭を下げた。
「……師匠。ありがとうございました」
ヴィルヘルミナは、手を止めた。
「礼は、帰ってきてから言え、と言うたな」
「……はい」
「ちゃんと帰ってきたなら、受け取ろう」
ヴィルヘルミナは、絞った布を流しの縁にかけた。
それから、零の右手に目を落とした。
「闇の手か」
「……見てたんですか」
「見とらん。わしは観光客じゃからの」
ヴィルヘルミナは、目を細めた。
「じゃが、おぬしの右手が、まだ闇の匂いをさせとる。……指一本の影より、先に手が出たのう」
「……」
「順番は、どうでもええ。出せたなら、それでええ」
ヴィルヘルミナは、欠伸を一つして、台所を出ていった。
「年寄りは、もう寝る。……おぬしらも、早う寝え」
客間の襖が閉まる音がした。
台所に、零と緋雪の二人だけが残った。
「……ありがとう」
緋雪が、小さく言った。
「助けてくれて」
「……出ないって、約束したのに」
「本当に危なくなったら行くって、言ってたじゃない」
緋雪は、少しだけ笑った。
「知ってたわ」
同じ日の昼。
都心の高層ホテルの、最上階の一室。
テーブルの上に、昨夜の埠頭の戦闘記録が広げられていた。
ドローンが映像を失うまでの十数分の記録と、アイシャの報告書。
そして、妨害の発信元を示す、白百合の本部の座標。
「羽衣緋雪の力は、分かった」
セルゲイが、報告書を閉じた。
「断光を見切った。音で目を逸らした。……近接でも、アイシャと互角だった」
「楽しかったです」
アイシャが、紅茶をすすりながら、うっとりと言った。
頬には、昨夜の戦いでついた浅い傷が一本。
本人は、それを勲章のように撫でていた。
「では、他の隊員はどうだ」
セルゲイは、壁の地図に目を移した。
「白百合の主だった隊員を、全員測る。……実戦でな」
テレサが、背筋を伸ばした。
「戦力調査、ですか」
「そうだ。数値だけでは、分からんことがある。……どこまで粘るか。どこで崩れるか。誰が、誰を庇うか」
セルゲイは、三人の顔を順に見た。
「テレサ。三神姉妹だ」
「……炎と風の」
「そうだ」
「フラウ。只野真奈」
「……ハンマーの、子」
「アイシャ。弓飛鳥、新堂鈴乃、星宮きらり」
アイシャが、カップを置いた。
「三人、まとめてですか」
「できるか」
「埠頭の翌日ですけど、三人まとめてで、いいですよ」
アイシャは、にっこりと笑った。
「殺すな。測るだけだ」
「承知しました、団長」
同じ日の夕方。
白百合の隊員たちが、それぞれの巡回区域に散っていた時刻だった。
郊外の河川敷の土手を、只野真奈が一人で歩いていた。
肩に、巨大なハンマーを担いでいる。
鼻歌を歌いながら、夕暮れの川面を眺めていた。
土手の上に、小柄な少女が立っていた。
白い短髪。灰色のパーカー。首に、真っ赤なマフラー。
両手を、パーカーのポケットに突っ込んでいる。
「……ん?」
真奈が、足を止めた。
「あれ、測定の時にいた子じゃん」
少女——フラウ・ミーヴェは、ポケットから両手を出した。
素手だった。
何も、持っていない。
「……只野真奈」
「え、うん。そうだけど」
「……測る」
次の瞬間、フラウの姿が、土手の上から消えた。
「——っ!」
真奈は、反射的にハンマーを振り上げた。
岩を纏ったハンマーの頭に、拳がぶつかった。
——ガゴォンッ!
重い音が、河川敷に響き渡った。
真奈の足が、土手の地面に深くめり込む。
「……っ、重っ!?」
フラウの小さな拳が、ハンマーの頭を正面から捉えていた。
拳の周りに、灰色の岩が纏わりついている。
岩の籠手だった。
「……固い」
フラウが、ぽつりと呟いた。
「でも」
二発目の拳が、ハンマーの同じ場所を打った。
——ガゴォンッ!
三発目。
——ビキッ。
嫌な音がした。
真奈のハンマーの頭に、細いひびが一本、走っていた。
「……っ、ちょっと!」
真奈の顔色が、変わった。
「私の相棒に、何してくれてんの!」
真奈は、ひびの入ったハンマーを振り回した。
大地の魔力を纏わせた、渾身の一撃。
フラウは、それを両腕の岩の籠手で受け止めた。
——ドォンッ!
土手の斜面が、衝撃で崩れた。
フラウの身体が、数メートル後ろへ滑る。
だが、倒れなかった。
フラウは、岩の籠手についた土埃を払った。
「……固い」
もう一度、呟いた。
「でも、それだけ」
それから、真奈に背を向けた。
「……測定、終わり」
「は!? ちょっと、待ちなさーい!」
真奈が叫んだ時には、フラウの姿は土手の向こうに消えていた。
真奈は、ひびの入ったハンマーを抱えて、その場に立ち尽くしていた。
「……私、押されてた?」
同じ頃。
商店街の裏通りで、三人の白百合の隊員が、一人の少女と向き合っていた。
弓飛鳥。新堂鈴乃。星宮きらり。
三人の前に、栗色の髪の少女が、マスケット銃を肩に担いで立っていた。
「こんばんは。……三人まとめて、お相手してもらうわね」
アイシャ・エインズワースは、にっこりと笑った。
「緋雪ちゃんの言ってた子……!」
きらりが、ツインテールを揺らして身構えた。
光属性の魔法少女だった。人の纏う気配を、光や色として感じ取ることができる。
その目に映るアイシャの気配は、細く、鋭く、研ぎ澄まされた白い糸のようだった。
「……この人、危ない。気配が、刃物みたい」
「三対一よ。……後悔しても、知らないから」
飛鳥が、風を纏った槍を構えた。
地面を蹴る。
風に乗った身体が、一瞬でアイシャとの距離を詰めた。
白百合でも屈指の、高速の遊撃だった。
——シュッ。
細い光が、走った。
飛鳥の槍の穂先が、空中で、まっすぐ断たれた。
「……っ!?」
飛鳥は、断たれた槍を引いて、風で軌道を変えた。
右から。左から。上から。
速さで撹乱しながら、何度も踏み込む。
そのたびに、断光が飛鳥の進路を断った。
踏み込む先の地面が抉られ、風の足場が切り裂かれる。
「前に出るわ!」
鈴乃が、双剣を抜いて正面から踏み込んだ。
アイシャは、マスケット銃をくるりと回した。
銃床が、鈴乃の双剣を、下から跳ね上げる。
——ガキンッ!
鈴乃の身体が、後ろへ弾き飛ばされた。
「鈴乃さん!」
きらりが、両手を前に突き出した。
掌から、星の形をした光の弾が、いくつも放たれる。
光の弾は、アイシャの周りを取り囲むように弾けて、眩い閃光を撒き散らした。
目を眩ませるための、光だった。
「……へえ。光の子」
アイシャは、目を細めただけだった。
「でも、私も光なの。……光の扱いなら、私のほうが少しだけ、上手よ」
閃光の中を、一筋の細い光が走った。
きらりの放った星の光が、まとめて断ち割られて、夜の裏通りに散っていった。
飛鳥と鈴乃が、同時に仕掛けた。
飛鳥の槍が上から。鈴乃の双剣が正面から。
アイシャは、息一つ乱さなかった。
槍を断光で断ち、双剣を銃身で受け流し、鈴乃の足を銃床で払う。
全てが、一つの流れのように、滑らかだった。
五分後。
飛鳥は、穂先を失った槍を杖にして、肩で息をしていた。
鈴乃は、双剣を握ったまま、膝をついていた。
きらりは、魔力を使い果たして、壁にもたれかかっていた。
アイシャは、銃を肩に担ぎ直した。
「……ごめんなさい」
アイシャの声には、悪意がなかった。
それが、かえって残酷だった。
「三人がかりでも、羽衣緋雪の半分にも届かないわ」
三人は、何も言い返せなかった。
アイシャは、ひらりと手を振って、裏通りの向こうへ歩いていった。
「測定、終わり。……お疲れさま」
同じ頃。
住宅街の外れの、空き地。
三神澪と三神玲奈は、背中合わせに立っていた。
目の前に、赤みがかった金髪を高く結い上げた少女が、大鎌を構えていた。
テレサ・ローズだった。
「……何の用」
澪が、炎の長槍を構えたまま、低い声で言った。
「測定の続きよ。……実戦での」
テレサの大鎌の刃に、どろりとした赤い光が纏わりついていた。
溶けた鉄のような、粘りつく熱だった。
「炎と風の連携。……数値では、良かった。実戦では、どうかしら」
「……お姉ちゃん」
玲奈が、双剣を握りしめた。
「いつもので、行こう」
「ええ」
澪が、長槍に炎を纏わせて、踏み込んだ。
玲奈が、その背中に風を送る。
風に煽られて、炎が大きく膨れ上がった。
炎と風の渦が、テレサを呑み込もうとした。
テレサは、大鎌を横に一振りした。
——ずるり。
炎の渦が、大鎌の刃に触れた瞬間、溶けた。
燃えていた炎が、どろりとした赤い液体のように形を崩し、大鎌の刃に吸い込まれていく。
「……え」
澪の目が、見開かれた。
「溶解」
テレサは、静かに言った。
「炎から生まれた、炎を溶かす力。……あなたの炎は、私の刃の、餌になるの」
大鎌の刃が、さらに赤く、熱く輝いた。
「お姉ちゃん、もう一回!」
玲奈が、さらに強い風を送った。
澪の炎が、さらに大きく膨れ上がる。
だが、それは、テレサの大鎌に呑まれる炎が、さらに大きくなるだけだった。
——ずるり。
炎が、溶けて、刃に吸い込まれる。
大鎌の熱が、さらに増していく。
「……っ、駄目、玲奈!」
澪が叫んだ。
「風を止めて! 煽れば煽るほど、あいつが強くなる!」
玲奈の風が、止まった。
テレサが、大鎌を振りかぶった。
溶けた炎を纏った刃が、二人に向かって振り下ろされる。
澪は、玲奈を突き飛ばした。
自分だけが、大鎌の前に立った。
(……炎を、広げちゃ駄目)
広げた炎は、溶かされる。
なら。
澪は、長槍の穂先に、全ての炎を集めた。
広げない。
膨らませない。
ただ、一点に。
穂先の炎が、白く輝いた。
——ジュッ。
大鎌が振り下ろされる寸前、澪の長槍の穂先が、大鎌の柄を突いた。
刃ではなく、柄を。
白く絞られた炎が、木の柄に、黒い焦げ跡を一つ、焼き付けた。
テレサの動きが、止まった。
大鎌の柄を、見下ろす。
黒い、小さな焦げ跡。
テレサは、しばらくその焦げ跡を見つめていた。
それから、大鎌を肩に担ぎ直した。
「……測定、終了」
テレサは、澪に背を向けた。
「炎を広げずに、一点に絞った。……悪くない判断よ」
「……っ」
「でも、それだけ」
テレサは、振り返らずに、空き地を出ていった。
澪は、長槍を握ったまま、その場に膝をついた。
地面を、拳で叩いた。
一度。二度。
「……っ、くそ……!」
「お姉ちゃん……」
玲奈が、駆け寄ってきた。
澪は、顔を上げなかった。
同じ頃。
三神家の玄関の前で、零は立ち尽くしていた。
向かいの屋根から、ルカが転がるように飛び降りてきたのは、ほんの数分前のことだった。
——おにーさん、お姉さんたちが、空き地で!
零は、胸元の匣に手をかけていた。
その手首を、小さな手が掴んでいた。
ヴィルヘルミナだった。
「……離してください、師匠」
「離さん」
ヴィルヘルミナは、静かに言った。
「今出れば、向こうの思う壺じゃ」
「でも、姉ちゃんたちが」
「姉を餌に、おぬしを釣る気じゃろう」
ヴィルヘルミナは、零の顔を見上げた。
「埠頭で銀髪の娘を使ったのと、同じ手じゃ。……今度は、おぬしの姉を使うとる」
「……」
「おぬしが出れば、黒いドレスは三神の姉妹を守りに来た、と向こうに知れる」
零の手が、震えていた。
「おぬしの姉たちは、自分の足で立てる」
ヴィルヘルミナの声は、穏やかだった。
「……信じてやれ」
零は、長い間、動かなかった。
それから、ゆっくりと、胸元の匣から手を離した。
三十分後。
玄関の鈴が、三つ鳴った。
澪と玲奈が、帰ってきた。
二人とも、怪我はなかった。
ただ、制服が煤で汚れていて、澪の顔は、ひどく強張っていた。
「……おかえり」
零が、廊下で声をかけた。
澪は、何も言わなかった。
零の横を通り過ぎて、階段を上がっていく。
自室の扉が閉まる音がした。
玲奈が、靴を脱ぎながら、小さく言った。
「……全然、敵わなかった」
「……」
「お姉ちゃんの炎、全部、溶かされちゃった」
玲奈は、零の顔を見上げた。
目が、赤かった。
「……あの人たち、何なの」
零は、何も答えられなかった。
その夜。
都心の高層ホテルの、最上階の一室。
セルゲイ・ベレンコフは、壁の地図の横に貼った白い紙に、ペンを走らせていた。
三人の報告を、全て聞き終えたところだった。
「……整理する」
セルゲイは、紙の上に、名前を書き出していった。
『協会』
『白百合』
『翼の家』
その下に、それぞれの主だった隊員の名前。
協会の測定値。白百合の実戦の記録。翼の家を襲った使徒二人が、以前こちらに寄越していた報告。
セルゲイは、その名前の中から、三つに赤い丸をつけた。
『羽衣緋雪』
『周防凛花』
『奈緒』
「戦闘面で、我々の脅威になるのは、この三人だけだ」
セルゲイは、ペンの先で、三つの名前を順に叩いた。
「羽衣緋雪は、断光を見切った。周防凛花は、協会の測定で羽衣緋雪とほぼ同等の数値を出した。……奈緒は、教団の使徒二人を、星監と福音の鐘の二人と共に退けた」
「他は」
テレサが、静かに問うた。
「……今日の通りだ」
セルゲイは、白百合の他の隊員の名前を、ペンで一本ずつ線を引いていった。
「数値は良い。連携も悪くない。……だが、お前たちの相手にはならん」
テレサは、何も言わなかった。
あの空き地で、炎を一点に絞って柄を焦がした、黒髪の長い女。
あの判断は、悪くなかった。
それでも、測定の結果は、変わらなかった。
セルゲイは、紙の一番上に、もう二つの名前を書いた。
『黒いドレスのゴースト』
『ヘクセン・ツィルケルの魔女』
その二つを、二重の丸で囲んだ。
「最大の脅威は、この二つだ」
黒いドレスは、断光を逸らした。
魔女は、黒いドレスを一夜で倒した。
どちらも、正面から測ることすらできない。
「……団長」
アイシャが、紅茶のカップを置いた。
「今日、黒いドレスは、来ませんでしたね」
「ああ」
セルゲイは、机の上の黒い手帳を開いた。
『姉の証言:黒いドレスは、弟に付きまとう』
その一行を、長い間見つめていた。
「三神の姉妹が襲われても、来なかった。……家族の危機にも、現れなかった」
セルゲイは、手帳を閉じた。
「弟の関係者の線は、薄いのかもしれん」
それから、セルゲイは、白い紙の最後の行に、二つの名前を書き加えた。
『ヴィクトリア・ローゼンベルグ』
『ルディア・ロンディニウム』
その二つの名前の横に、大きく、一文字だけ書いた。
『?』
「この二人は、未知数だ」
セルゲイの声が、低くなった。
「黒いドレスの周りに、常にいる。……翼の家を守り、三神家の隣に住み、花見の席にまでいた」
「星監の総帥と、福音の鐘の教祖ですね」
「星監の総帥となる前のヴィクトリアは、昔、知っている」
セルゲイは、紙の上の名前を見つめていた。
「だが、今のあの女が、どれほどの力を持っているのかは、分からん。……福音の鐘の教祖に至っては、ほとんど何も分からん」
セルゲイは、ペンを置いた。
「次は、この二人だ」
同じ頃。
白百合の盾、会長室。
姫嶋結衣の机の上に、三枚の報告書が並べられていた。
河川敷で、只野真奈が襲われた件。
商店街の裏通りで、弓飛鳥、新堂鈴乃、星宮きらりが襲われた件。
住宅街の外れで、三神澪と三神玲奈が襲われた件。
そして、その横に、もう一枚。
昨夜の、第七埠頭の件。
「……全て、同じ日の、同じ時刻です」
机の前に立った新実由鶴が、丁寧な口調で報告した。
「いずれも、中央魔法技術研究院の調査団の者によるものと思われます。……負傷者は、いません。全員、『測定』と称して、数分で撤退しています」
結衣は、報告書を最後まで読んだ。
それから、眼鏡を外して、机の上に置いた。
その手が、僅かに震えていた。
「……これは、測定ではありません」
結衣の声は、低く、冷たかった。
「白百合の隊員への、襲撃です」
「はい」
「中央魔法技術研究院に、正式に抗議します。……協会にも、同じ文書を送ってください」
「承知いたしました」
由鶴は、深く頭を下げた。
結衣は、窓の外の夜空を見上げた。
「……羽衣さんは」
「頬に浅い傷がありましたが、今朝には、ほとんど分からなくなっていました」
「……そうですか」
結衣は、それ以上は聞かなかった。




