↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録の魔法少女  作者: 浅川


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
312/368

第三百十二話

 引き戸を開けた瞬間、湯気が顔にかかった。


 三神家の脱衣所。

 洗面台の鏡が、白く曇っている。

 零は、洗い立てのバスタオルを五枚、両腕に抱えたまま、その場に固まった。

 脱衣所の真ん中に、ヴィルヘルミナが立っていた。

 寝間着の浴衣に、きちんと着替え終えている。

 濡れた金色の髪を、手拭いでくるりと包んでいた。

 片手を腰に当て、もう片方の手で、瓶の牛乳を口に運んでいる。

 ちょうど、ごくり、と喉を鳴らしたところだった。


 二人の目が、合った。


 ヴィルヘルミナは、瓶を口につけたまま、動かなかった。

 零も、タオルを抱えたまま、動けなかった。

 換気扇の回る音だけが、脱衣所に響いていた。


「……」


「……」


 ヴィルヘルミナが、ゆっくりと瓶を口から離した。


「……ノックくらい、せんか」


「す、すみません!」


 零の声が、裏返った。


「誰も入ってないと思って……! タオル、補充しようと……!」


「見れば分かる」


 ヴィルヘルミナは、呆れたように言った。


「年寄りの湯上がりじゃ。見ても、ええことは何もないぞ」


「見てません!」


「今、見とるじゃろう」


「見てないです!」


 零は、慌てて視線を天井に逸らした。

 脱衣所の棚に、タオルを押し込もうとする。

 五枚のタオルが、腕の中で崩れかけた。

 その時、廊下の奥から、足音が近づいてきた。


「零? さっきから何騒いで——」


 澪だった。


 脱衣所の入り口から、顔を覗かせる。

 湯気の中に立つ、浴衣姿のヴィルヘルミナ。

 その正面で、タオルを抱えたまま天井を見上げている弟。

 澪の顔が、みるみる強張った。


「……零」


「ち、違う、姉ちゃん」


「何してんの」


「タオルを、補充しに……!」


「何してんのって、聞いてるの」


「だから、タオルを……!」


 零は、タオルを棚に全部押し込んで、脱衣所から飛び出した。

 澪の横をすり抜け、廊下を駆け抜け、階段を二段飛ばしで上がっていく。

 二階で、自室の扉が勢いよく閉まる音がした。

 脱衣所に、澪とヴィルヘルミナだけが残された。

 ヴィルヘルミナは、残っていた牛乳を、ごくごくと最後まで飲み干した。


「……ふう」


 空になった瓶を、脱衣所の棚の上に置く。


「ええ湯じゃった」


「……」


 澪は、腕を組んで、じっとりとヴィルヘルミナを睨んでいた。


「……あんた、わざとじゃないでしょうね」


「何がじゃ」


「零が来るの、分かってて」


「わしは、湯に浸かって、牛乳を飲んどっただけじゃ」


 ヴィルヘルミナは、手拭いで髪を拭きながら、脱衣所を出ていった。

 すれ違いざまに、澪の肩をぽんと叩いた。


「ええ弟を持ったのう。……ちゃんと、タオルを補充しに来る」


「……っ」


 澪は、何か言い返そうとして、結局何も言えなかった。


 夜、十一時。


 零は、自室のベッドの上で、仰向けに寝転がっていた。


 顔が、まだ熱かった。


 あの後、夕飯の片付けを終えて部屋に戻るまで、澪はずっと無言で自分を睨んでいた。

 玲奈は、何も知らずに「お兄ちゃん、顔赤いよ?」と首を傾げていた。

 父は、何も気づかずに、ヴィルヘルミナと縁側で将棋を指していた。

 そして、五連敗していた。


 枕元で、スマートフォンが短く震えた。

 零は、身体を起こして画面を見た。

 自作の、魔獣探知アプリだった。

 地図の上に、赤い点が一つ、点滅している。


 隣町の、工場跡。

 中型。反応は、複数。


 零は、ベッドから降りて、カーテンの隙間から外を見た。

 夜の住宅街は、静まり返っていた。

 街灯が、等間隔に道を照らしている。


 その街灯と街灯の間。

 通りの向かいの電柱の陰に、人影が一つ立っていた。

 赤みがかった金髪を、高い位置で一つに結い上げている。

 首に、真っ赤なマフラー。

 背中には、少女の背丈ほどもある、布に包まれた大きな何か。


 テレサ・ローズだった。


 電柱に背を預け、じっと三神家を見上げていた。


(……見張られてる)


 零の背筋が、冷たくなった。

 ここから影に沈めば、この家の中から、人の気配が一つ消える。

 あの少女が、それに気づかないはずがなかった。

 セントラルの強化魔法少女。緋雪が一目で「かなりの」と言った三人の一人。

 かといって、玄関から出れば、真正面から見られる。

 零は、カーテンを握ったまま、動けなかった。

 隣町では、魔獣が暴れ始めているかもしれない。

 工場跡の周りには、住宅もある。

 その時、部屋の扉が、小さく叩かれた。


 コン、コン。


 零は、振り返った。


「……誰」


「わしじゃ」


 零が扉を開けると、廊下に、浴衣姿のヴィルヘルミナが立っていた。


 手に、盆を持っている。

 盆の上には、湯気の立つ湯呑みが二つと、飴がいくつか。

 ヴィルヘルミナは、零の顔を見上げた。

 それから、カーテンの隙間の向こうを、ちらりと見た。


「外の赤い娘は、わしが引き受ける」


 零は、息を呑んだ。


「……なんで」


「さっきから、そわそわしとるのが、壁越しに伝わってくるわい」


 ヴィルヘルミナは、盆を持ち直した。


「行ってこい。……困っとる者が、おるんじゃろう」


「……」


「わしは、年寄りの夜更かしに付き合うだけじゃ」


 ヴィルヘルミナは、それだけ言って、階段を降りていった。

 玄関の鈴が、三つ、静かに鳴った。

 電柱の陰で、テレサは三神家の二階の窓を見上げていた。

 零の部屋の窓に、まだ明かりが灯っている。

 あの少年は、まだ起きているらしい。

 団長は、あの少年を一般人だと判断した。

 だが、再調査を命じた。

 隣に星監の総帥が住み、ヘクセン・ツィルケルの魔女が居候している家。

 偶然が重なりすぎている、と団長は言った。

 テレサは、白い息を吐いた。

 春とはいえ、夜はまだ冷える。

 その時、三神家の玄関の鈴が、三つ鳴った。

 テレサの身体が、反射的に強張った。

 玄関から、小柄な人影が出てきた。

 浴衣姿の、金色の髪の少女。

 濡れた髪を手拭いで包み、両手に盆を持っている。

 少女は、門を出て、通りを横切り、まっすぐにこちらへ歩いてきた。

 テレサの手が、背中の包みに伸びかけた。

 ——あれには、手を出すな。

 団長の声が、頭の中で響いた。


 テレサの手が、止まった。


 少女は、電柱の前で足を止めた。

 テレサを見上げて、にこりと笑った。


「夜番、ご苦労じゃの」


「……」


「冷えるじゃろう。ほれ、ほうじ茶じゃ」


 少女は、盆の上の湯呑みを一つ、テレサのほうへ差し出した。


 テレサは、固まった。


 湯呑みから、香ばしい湯気が立ち上っている。

 目の前の少女から、底の見えない魔力の気配が、静かに溢れ出している。

 受け取れば、何をされるか分からない。

 受け取らなければ、何をされるか分からない。


「……いただきます」


 テレサは、湯呑みを受け取った。

 手のひらに、じんわりと熱が伝わってきた。

 冷えた指先が、少しずつ温まっていく。


「ほう。ええ子じゃのう」


 少女は、自分の湯呑みを両手で包んで、電柱の脇の低い塀に腰を下ろした。


「わしも、ちいと付き合わせてもらうぞ」


「……え」


「年寄りは、夜更かしが好きなんじゃ」


 テレサは、湯呑みを持ったまま、塀に腰かけた少女を見下ろしていた。

 少女の目が、テレサの背中の包みに向いた。


「……ええ鎌じゃのう」


 テレサの肩が、跳ねた。


「布の上からでも、分かる。……刃の手入れがええ。持ち手の革も、よう馴染んどる」


「……」


「毎晩、研いどるじゃろう。自分の手で」


 テレサは、何も言えなかった。


 その通りだった。

 大鎌の手入れだけは、誰にも任せたことがない。

 セントラルの整備班が道具を用意しても、刃を研ぐのは、いつも自分の手だった。


「……分かるんですか」


「分かるとも」


 少女は、ほうじ茶をすすった。


「百年も、あちこちで刃物を見とればのう」


「百年?」


「言葉の綾じゃ」


 少女は、浴衣の袂から、飴を一つ取り出した。


「ほれ。お駄賃じゃ」


「……いりません」


「甘いぞ」


「……」


 テレサは、手のひらに置かれた飴を、じっと見下ろしていた。

 異国の文字の、小さな包み紙。

 団長の報告書で、何度も見た包み紙だった。


「……それでのう」


 少女は、テレサが何か言う前に、勝手に話し始めた。


「わしが若い頃、あるところに、大鎌を振るう娘がおってな。……おぬしより、ちいと背が低かったかのう」


 テレサは、逃げられなかった。

 ここで立ち去れば、三神家から目を離すことになる。

 だが、立ち去らなければ、この少女の話を聞き続けることになる。

 そして、この少女は、団長が「触れるな」と言った相手だった。

 テレサは、湯呑みを両手で握りしめたまま、塀の前に立ち尽くしていた。

 少女の昔話は、終わる気配がなかった。


 同じ頃。


 三神家の二階。


 零は、カーテンの隙間から、通りの向かいを見下ろしていた。

 電柱の脇で、浴衣姿の小柄な少女が、塀に腰かけて何かを喋り続けている。

 その前で、赤いマフラーの少女が、湯呑みを持って固まっている。

 赤いマフラーの少女の視線は、もう三神家の窓には向いていなかった。

 目の前の少女から、目を離せずにいた。


 零は、胸元の匣を開けた。


 ペンダントを握る。


 闇色の魔力が、狭い部屋の中に満ちていった。


 隣町、工場跡。


 錆びたトタン屋根の、古い倉庫群が並んでいた。

 何年も前に操業を止めた工場で、敷地の中は雑草と瓦礫に覆われている。

 周囲を囲む金網のフェンスの向こうには、住宅の灯りがいくつか見えた。

 ゴーストは、倉庫の屋根の上に降り立った。

 敷地の中央に、魔獣の群れがいた。


 甲殻型だった。

 大型犬ほどの大きさで、全身を黒く光る硬い殻に覆われている。

 六本の脚で、瓦礫の上を這い回っていた。


 数は、五体。


 そのうちの一体が、金網のフェンスに体当たりを始めていた。

 フェンスが、軋んだ音を立ててたわむ。

 その向こうの住宅街まで、五十メートルもなかった。

 ゴーストは、屋根から跳び降りた。

 大剣を振りかぶり、フェンスに取りついた甲殻型の背中へ、闇の刃を叩きつける。


 ——ガキィンッ!


 弾かれた。


 闇の刃が、黒い殻の表面を滑って、火花を散らした。

 殻には、細い傷が一筋ついただけだった。


「……硬い」


 甲殻型が、ぐるりと向きを変えた。

 六本の脚で地面を掻き、ゴーストへ向かって突進してくる。

 ゴーストは、横へ跳んでそれを躱した。

 残りの四体も、ゴーストに気づいて、ゆっくりと向きを変え始めていた。

 ——一枚ずつ出したから、一枚ずつほどかれた。

 ヴィルヘルミナの声が、頭の中で響いた。

 ——三つを重ねれば、ほどけん。

 ゴーストは、大剣を構え直した。


(……重ねる)


 右手に、炎を。

 左手に、氷を。

 その二つを、大剣の刃に、同時に纏わせる。


 刃が、赤と白に輝いた。


 ゴーストは、突進してきた甲殻型に向かって、大剣を振り下ろした。


 ——ジュウッ!


 刃が殻に触れた瞬間、白い蒸気が噴き上がった。

 炎と氷が、刃の上で互いに打ち消し合っていた。

 炎が氷を溶かし、氷が炎を冷やす。

 二つの力が、ぶつかり合って、ただの水蒸気になって消えていく。

 殻には、何の傷もつかなかった。


「——っ!」


 甲殻型の前脚が、ゴーストの脇腹を掠めた。

 ドレスの布地が裂け、浅い痛みが走る。

 ゴーストは、後ろへ跳んで距離を取った。


 息が、上がっていた。

 炎と氷を同時に出すだけで、一つずつ使う時の倍以上の魔力が削られていく。


(……違う)


 混ぜたら、消える。

 炎と氷は、正反対の力だ。

 同じ場所に置けば、打ち消し合うに決まっている。

 ヴィルヘルミナは、混ぜろとは言わなかった。


 重ねろ、と言った。


 ゴーストは、大剣を見下ろした。


 漆黒の刃。

 闇でできた刃。


 闇は、何も打ち消さない。

 ヴィルヘルミナの元素魔法でさえ、闇だけは打ち消せなかった。

 水でも、火でも、風でも、土でもない。

 どの元素にも、当てはまらない。


 なら。


(……闇を、器にする)


 ゴーストは、大剣を握り直した。


 刃の芯に、氷を。

 刃の縁に、炎を。


 二つを、同じ場所に置かない。

 闇の刃という器の中で、芯と縁に、別々に収める。

 闇が、二つの間に立つ壁になる。

 刃の内側で、白い冷気が静かに渦を巻いた。

 刃の外側で、紅蓮の炎が細く燃え上がった。

 二つは、打ち消し合わなかった。

 闇の刃の中で、並んで、そこにあった。

 甲殻型が、再び突進してきた。


 ゴーストは、踏み込んだ。


 大剣を、振り下ろす。


 ——パキィッ!


 刃の芯の氷が、殻に触れた瞬間、黒い殻を真っ白に凍りつかせた。

 硬い殻が、凍って、脆くなる。

 その凍った殻に、刃の縁の炎が触れた。


 ——ドォンッ!


 急激に熱せられた凍った殻が、内側から弾け飛んだ。

 甲殻型の身体が、真っ二つに割れていた。

 ゴーストは、その場に立ち尽くした。

 刃の中で、氷と炎が、まだ静かに並んでいた。


(……できた)


 残りの四体が、一斉に向かってきた。

 ゴーストは、大剣を構え直した。


 二体目。凍らせて、弾く。

 三体目。凍らせて、弾く。


 四体目の殻を割った時、刃の中の氷と炎が、揺らぎ始めた。


 闇の器が、軋んでいた。

 二つを収めておくだけで、魔力が恐ろしい勢いで削られていく。


 五体目が、突進してきた。


 ゴーストは、最後の力を振り絞って、大剣を振り下ろした。


 ——ドォンッ!


 五体目の殻が、弾け飛んだ。

 同時に、刃の中の氷と炎が、ふっと消えた。

 大剣が、ただの闇の刃に戻る。

 ゴーストの膝が、瓦礫の上に崩れた。

 息が、うまく吸えなかった。

 全身から、力が抜けていく。

 一枚ずつ使っていた時とは、比べものにならない消耗だった。

 五体を倒すのが、限界だった。


 それでも。


 ゴーストは、自分の右手を見下ろした。

 大剣を握る手の中に、確かに何かが残っていた。

 炎と氷が、闇の器の中で並んでいた感触。

 打ち消し合わずに、一つの刃の中で、別々に生きていた感触。

 ——三つを重ねれば、ほどけん。

 ゴーストは、瓦礫の上に座り込んだまま、夜空を見上げた。

 春の星が、冷たく瞬いていた。


 午前一時過ぎ。


 零は、影から自室に戻った。

 変身を解くと、全身に鉛のような疲労がのしかかってきた。

 脇腹の浅い傷が、じんと痛む。

 カーテンの隙間から、外を見た。

 通りの向かいの電柱の陰には、もう誰もいなかった。

 零は、部屋を出て、水を飲みに階段を降りようとした。

 廊下の角で、足が止まった。

 ヴィルヘルミナが、階段を上がってくるところだった。

 浴衣姿のまま、手に空になった湯呑みを二つ、盆に載せて持っている。

 濡れていた髪は、すっかり乾いていた。

 二人は、廊下の真ん中で向き合った。


「……おかえり」


 ヴィルヘルミナが、先に口を開いた。


「……ただいま」


「赤い娘は、ほうじ茶を三杯飲んで帰ったわい。……ええ娘じゃった。大鎌の研ぎ方の話で、えらい盛り上がってのう」


「……三杯」


「年寄りの昔話は、長いでな」


 ヴィルヘルミナは、零の顔を見上げた。

 それから、零の脇腹のあたりに、ちらりと目を落とした。


「……どうじゃった」


 零は、しばらく黙っていた。


 それから、小さく答えた。


「……少しだけ、分かった気がします」


「ほう」


「混ぜたら、消える。……だから、闇を器にして、別々に置いた」


 ヴィルヘルミナの目が、僅かに見開かれた。


 ほんの一瞬だけだった。

 それから、目を細めて、にやりと笑った。


「少しで、十分じゃ」


「……五体で、限界でした」


「最初の一歩は、誰でも少しじゃよ」


 ヴィルヘルミナは、盆を持ち直して、零の横を通り過ぎた。

 客間の襖の前で、一度だけ振り返った。


「……おぬし、自分で辿り着いたのう」


「え?」


「わしは、重ねろとしか言うとらん。……闇を器にしろとは、一言も言うとらんぞ」


 零は、何も言えなかった。


「ええ弟子になりそうじゃ」


 ヴィルヘルミナは、それだけ言って、客間の襖を閉めた。

 廊下に、零が一人、取り残された。

 弟子入りの返事は、まだしていない。

 ヴィルヘルミナも、それを急かさなかった。


 零は、右手を握りしめた。


 手の中に、まだ、あの感触が残っていた。


 同じ頃。


 都心の高層ホテルの、最上階の一室。


「……魔女に、お茶を出されました」


 テレサ・ローズが、報告していた。

 その顔は、疲労と困惑で、ひどく複雑な色をしていた。


「三十分ほど。……いえ、四十分近く」


「四十分」


「大鎌の話を、されました。……それから、昔の話を。百年前に、大鎌を振るう娘がいた、と」


 セルゲイ・ベレンコフは、黙って聞いていた。


「その間、三神家からは、目を離していました」


 テレサは、唇を噛んだ。


「……申し訳ありません」


「いや」


 セルゲイは、ノートパソコンの画面を、テレサのほうへ向けた。

 ドローンの映像記録だった。

 隣町の工場跡の上空から、偶然撮影されたもの。

 瓦礫の中で、漆黒のドレスの少女が、甲殻型の魔獣を次々と斬り倒していた。

 その大剣が、赤と白の光を帯びている。

 撮影時刻は、午後十一時二十分から、零時五分まで。

 テレサの顔から、血の気が引いた。


「……ちょうど、私が」


「ああ」


 セルゲイは、画面を閉じた。


「魔女が、見張りを四十分止めた。……その四十分に、黒いドレスが現れた」


 部屋に、沈黙が落ちた。


 セルゲイは、机の上の黒い手帳を開いた。


 『三神零。魔力反応なし。挙動に不審点なし。一般人』


 『三神家:再調査』


 その下に、新しい一行を書き加えた。

 『魔女は、何を隠している』

 ペンを置いて、セルゲイは窓の外の夜景を見た。


「……あの魔女は、観光客だと思っていたが」


 傷のある頬が、僅かに動いた。


「どうやら、居候の身で、家を守っているらしい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。