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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第三百八話

 机の上に、飴の包み紙が一枚、置かれていた。


 夜明け前の零の部屋。

 カーテンの隙間から、まだ青い光が細く差し込んでいる。

 零は、椅子に座ったまま、その小さな包み紙を見つめていた。

 見たことのない異国の文字が、小さく印刷されている。

 中身の飴は、まだ食べていない。

 包みを開ける気に、どうしてもなれなかった。

 昨夜は、ほとんど眠れなかった。

 目を閉じるたびに、中州の砂利の感触が背中に戻ってくる。

 喉元に添えられた、冷たい木の杖。

 押し込まれもせず、傷一つつけられず、ただそこにあっただけの、あの感触。

 焔に押されたことはあった。

 無響に胸を抉られたこともあった。

 どちらも、痛かった。悔しかった。

 だが、どちらの時も、次にどうすればいいかは、分かっていた。


 昨夜は、違った。


 炎も、氷も、闇も。

 持っている手札を全て出して、その全てを、一枚ずつ丁寧にほどかれた。

 どこが悪かったのか、何を変えればいいのか。

 それすら、まだ分からなかった。

 階下から、小さな物音が聞こえてきた。

 鍋を火にかける音。水道の蛇口をひねる音。

 母が、台所に立ったのだ。


 零は、飴を包み紙ごと、机の引き出しの奥にしまった。

 それから、椅子から立ち上がって、壁に掛けたエプロンを手に取った。

 手札が全部ほどかれても、朝は来る。

 弁当は、五つ詰めなければならない。


 同じ日の午後。


 魔法少女協会、本部ビルの地下訓練場。

 打ちっぱなしのコンクリートの広い空間に、セントラルの測定器が据えられていた。

 白百合の訓練場に運び込まれたものと同じ、円筒形の大きな機械だった。

 その周りで、白衣の研究員たちがケーブルを繋ぎ直している。

 訓練場の端に、四人の少女が並んでいた。

 周防凛花。船戸真紀奈。湊春華。佐伯美羽。

 協会の新しいエースたちだった。


「……なんか、病院みたい」


 美羽が、黄色い髪留めを指でいじりながら呟いた。

 四人の中で一番小柄で、そわそわと足踏みを繰り返している。


「健康診断よ。気楽にやりなさい」


 春華が、眼鏡の奥で静かに言った。

 青みがかった黒髪を、きっちりと後ろで束ねている。

 測定器ではなく、その周りに立つ調査団の面々を、一人ずつ観察していた。


「あの二人」


 春華が、小さく顎で示した。

 測定器の脇に、真っ赤なマフラーを巻いた少女が二人、立っていた。

 赤みがかった金髪を高く結い上げた少女と、白い短髪の小柄な少女。


「研究員じゃないわね。……立ち会い、っていう名目だけど」


「白百合の測定にも、あの子たちが来てたって」


 凛花が、小声で答えた。

 緋雪から、そう聞いていた。


「強いの?」


 美羽が、目を丸くした。


「たぶん」


 壁際では、セルゲイ・ベレンコフがノートパソコンを開いていた。

 測定器にも、少女たちにも目を向けず、ただ画面だけを見つめている。

 最初に測定器に入ったのは、春華だった。

 変身と同時に、春華の周りに澄んだ水が渦を巻いた。

 だが、その水は、測定器の内壁いっぱいに広がりはしなかった。

 春華は、水を細く、細く絞っていった。

 一本の糸のように。

 それから、その糸を、測定器の感知板の一点にだけ、ごく短く当てた。

 数値が、跳ね上がって、すぐに落ちた。


「……出力、A級上位。ただし、最大値の持続時間が極端に短い」


 研究員が、首を傾げた。


「これでは、全力の値が取れない」


 春華は、測定器から出てきて、涼しい顔で眼鏡を押し上げた。


「すみません。緊張して、うまく出せませんでした」


 嘘だった。

 四人とも、それを知っていた。

 赤いマフラーの金髪の少女——テレサ・ローズが、春華の背中を目で追っていた。


「……賢い子」


 テレサは、隣の白い短髪の少女に、小さく呟いた。


「一番いい数字を、見せなかった」


 白い短髪の少女——フラウ・ミーヴェは、何も言わなかった。


 二番目は、美羽だった。


「い、行ってきます!」


 美羽は、緊張で肩を強張らせたまま、測定器の中に入った。

 変身と同時に、その小さな身体の周りに、紫色の電光が走る。


「えっと……全力で、いいんですよね?」


「どうぞ」


 研究員が、頷いた。


 美羽は、深く息を吸った。


 ——バチィィッ!


 雷光が、測定器の内側を真っ白に染めた。

 次の瞬間、測定器の側面から、細い煙が一筋上がった。

 感知板の一枚が、黒く焦げて焼き切れていた。


「——ッ!?」


 研究員たちが、慌ててノートパソコンに飛びついた。


「感知板、三番が焼損!」


「数値は!?」


「……取れてない。上限を超えて、回路ごと飛んだ」


「ご、ごめんなさいっ!」


 測定器の中から、美羽が顔を青くして飛び出してきた。


「壊すつもりじゃなかったんです! 全力でいいって言われたから……!」


 壁際で、セルゲイが初めて顔を上げた。

 ノートパソコンの画面から目を離し、測定器の焦げた感知板を見つめる。

 それから、慌てて頭を下げている小柄な少女を、じっと見た。


 長い視線だった。


「……雷か」


 セルゲイは、誰にも聞こえない声で呟いた。


 三番目は、真紀奈だった。


「……ふん」


 真紀奈は、測定器の前で腕を組んだ。


「白百合の羽衣緋雪は、S級を出したって聞いたけど」


「ええ。二度とも、上限でした」


 研究員が、資料を見ながら答えた。


「そう」


 真紀奈の目が、冷たく細められた。


「なら、私も出してあげるわ」


 測定器の中で、真紀奈は右手を振り上げた。

 温度が、一瞬で急降下した。

 測定器の内壁に、鋭い氷の刃が無数に生え、壁面を削るように突き刺さっていく。

 緋雪の氷が「静かに凍らせる氷」なら、真紀奈の氷は「砕くための氷」だった。


 数値が、跳ね上がった。


「……出力、S級下位」


 研究員が、読み上げた。


「羽衣緋雪の測定値には、僅かに届きません」


 真紀奈の顔が、ぴくりと引き攣った。


「……僅かに?」


「はい。誤差の範囲とも言えますが」


「誤差じゃないわよ。届いてないんでしょう」


 真紀奈は、測定器から出てきて、壁に拳を軽く打ちつけた。


「……あの女、いつか絶対に」


「真紀奈ちゃん、数字なんて気にしなくていいのに」


 美羽が、焦げた感知板の件でまだ青い顔のまま、真紀奈の袖を引いた。


「私なんて、機械壊しちゃったし」


「あんたのは、壊すほど強かったってことでしょ」


「えっ」


「……褒めてないわよ」


 真紀奈は、そっぽを向いた。

 その耳が、少しだけ赤かった。


 最後が、凛花だった。


 光の剣を手に、測定器の中に入る。

 目を閉じ、息を整え、それから、魔力を解き放った。

 眩い光が、測定器を満たした。


「……出力、S級下位。羽衣緋雪とほぼ同等」


 研究員が、感心したように呟いた。

 凛花が測定器から出てきた時、壁際のセルゲイが、ノートパソコンを閉じて歩み寄ってきた。


「周防凛花さん」


「……はい」


「協会の資料に、君のことが書かれていた。……郊外の、ある施設の周辺で、治安調査を担当していると」


 凛花の背筋が、僅かに強張った。


「一つだけ、聞きたい。……非登録対象の目撃情報を、何か持っていないかね」


「……存じません」


 凛花は、まっすぐにセルゲイを見上げた。


「私が担当しているのは、治安調査です。……目撃情報の収集は、担当外です」


「そうか」


 セルゲイは、それ以上は聞かなかった。

 ただ、凛花の顔を、しばらく見つめていた。

 何かを確かめるように。


 測定が終わった後、四人は地下訓練場の出口へ向かう廊下を並んで歩いていた。

 テレサとフラウは、訓練場の隅に残っていた。

 フラウが、測定器の土台になっている岩盤の床に、しゃがみ込んでいた。

 素手で、ごつごつとした岩肌を撫でている。


「……固い」


 フラウは、ぽつりと呟いた。


「でも、割れる」


 廊下を歩いていた春華の足が、一瞬だけ止まった。

 振り返って、しゃがみ込んだ白い短髪の少女を見る。


「……春華?」


「なんでもないわ」


 春華は、眉を僅かに寄せたまま、また歩き出した。

 廊下の角を曲がったところで、真紀奈が口を開いた。


「……あの団長」


「うん」


「凛花のことだけ、ずっと見てたわよ」


 凛花は、何も答えなかった。


「それと、美羽の雷の時もね」


 春華が、眼鏡を押し上げながら付け加えた。


「感知板が焼けた時、あの人、初めて顔を上げたわ。……雷に、何か思い入れがあるみたい」


「えー!」


 美羽が、頭を抱えた。


「私、目つけられた? 機械壊したから?」


「たぶん、それだけじゃないわね」


「こわい!」


 三人のやり取りを聞きながら、凛花は黙って歩き続けていた。

 あの男は、自分の担当地区を知っていた。

 郊外の、ある施設の周辺。

 それが翼の家のことだと、あの男は分かって聞いてきたのだ。


 同じ日の午後。


 郊外の町、翼の家。


 門柱の丸い看板の前に、小柄な少女が一人立っていた。

 淡い金色の髪を、古風なリボンで結んでいる。

 厚手のケープを羽織り、背中に古びた木の杖。

 両手に、四角い箱を大事そうに抱えていた。

 ヤオヨシの、羊羹の箱だった。


「……ふむ」


 少女——ヴィルヘルミナ・クロイツは、門柱の看板を見上げた。


「翼の家、か。……ええ名前じゃのう」


 その瞬間、屋根の上から、二つの影が降ってきた。


 ——ザッ!


 ヴィルヘルミナの目の前に、二人の少女が着地した。

 赤いリボンの少女が、大鎌を。

 青いリボンの少女が、双剣を。

 それぞれ、ヴィルヘルミナの喉元と胸元に突きつけていた。


 ルカと、リリアだった。


 今日は凛花が協会の測定に出ている。

 その間、翼の家の守りを任されていた。


「……だれ」


 ルカが、低い声で問うた。


「……ん。昨日の、人」


 リリアが、目を細めた。


 昨夜、中州に駆けつけた時、夜空へ遠ざかっていく小さな影を、二人は見ていた。

 ゴーストを、仰向けに倒した相手。


「おお」


 ヴィルヘルミナは、突きつけられた刃を気にも留めずに、目を輝かせた。


「元気のええ子らじゃのう。……双子か。ええのう、ええのう」


「動いたら、斬るよ」


「斬られるのは、困るのう」


 ヴィルヘルミナは、羊羹の箱を片手で抱え直した。

 それから、ケープのポケットに空いた手を入れた。

 ルカの大鎌が、ぴくりと動いた。

 ポケットから出てきたのは、包み紙の飴が二つだった。


「ほれ。飴じゃ」


 ヴィルヘルミナは、その飴を、双子の目の前に差し出した。

 ルカとリリアは、固まった。

 大鎌と双剣を突きつけたまま、目の前の飴を見つめる。

 異国の文字が印刷された、小さな包み紙。

 昨夜、ゴーストが握りしめていたのと、同じ飴だった。


「……いらない」


「ええから、ええから」


「……いらないって、言ってる」


「甘いぞ?」


 ルカの喉が、ごくりと鳴った。

 リリアが、横目で姉を睨んだ。


「……ルカ」


「な、なに!? 食べないよ!?」


「……ん。よだれ」


「出てない!」


 その時、翼の家の縁側から、小さな声がした。


「……だれ?」


 黒髪の少女が、縁側の柱の陰から顔を覗かせていた。


 奈緒だった。


 ヴィルヘルミナの目が、奈緒に向いた。

 その瞬間、年寄りくさい笑みが、すっと消えた。

 ヴィルヘルミナは、門の外に立ったまま、一歩も中に入らなかった。

 ただ、縁側の小さな少女を、じっと見つめていた。


 紅色の瞳。

 小さな身体の奥で、二つの色が重なり合っている。

 冷たい白と、熱い紅。

 打ち消し合うはずの二つが、一つの器の中で、当たり前のように並んでいた。


「……ほう」


 ヴィルヘルミナは、小さく息を吐いた。


「二つを、同時に抱えとる。……しかも、どちらも、ええ色じゃ」


 奈緒は、首を傾げた。


「……おばあちゃん、だれ?」


 ルカとリリアが、同時に吹き出しかけた。

 ヴィルヘルミナは、一瞬だけ目を丸くした。

 それから、嬉しそうに笑った。


「……ようわかったのう」


「え?」


「通りすがりの、年寄りじゃよ」


 玄関の戸が開いて、白鳥が慌てて出てきた。


「奈緒ちゃん、中に——」


 白鳥の足が、門の外の少女を見て止まった。

 昨夜の件は、緋雪から聞いていた。

 ヴィルヘルミナは、白鳥に向かって軽く頭を下げた。

 それから、門柱の上に、羊羹の箱をそっと置いた。


「手土産じゃ。子供らで、分けて食べなされ」


「……あの」


「中には入らん。見に来ただけじゃ」


 ヴィルヘルミナは、双子の手に、飴を一つずつ押しつけた。

 ルカもリリアも、刃を突きつけたまま、なぜか受け取ってしまった。

 それから、白鳥のほうへ向き直った。

 その目は、もう笑っていなかった。


「一つだけ、言うておく」


「……はい」


「海の向こうの連中は、近いうちに動くぞ」


 白鳥の顔から、血の気が引いた。


「わしの結社の耳にも、入っとる。……あの研究所は、欲しいものを諦めたことがない」


 ヴィルヘルミナは、縁側の奈緒を、もう一度だけ見た。


「この子から、目を離さんことじゃ」


 風が、ケープの裾を揺らした。

 少女の身体が、ふわりと浮き上がる。


「では、の」


 ヴィルヘルミナの姿が、冬の空へ遠ざかっていった。

 門の前に、双子と白鳥が取り残された。

 ルカは、手の中の飴を見下ろしていた。


「……もらっちゃった」


「……ん。もらった」


「どうしよう、リリア」


「……ん。食べる?」


「食べない! ……あとで」


 縁側で、奈緒が門柱の上の羊羹の箱を見つめていた。


「……ようかん」


「奈緒ちゃん、あれはまだ駄目よ」


「……たべたい」


「駄目です」


 夕方。


 住宅街の細い道を、一台の黒い車がゆっくりと走っていた。

 運転席には、セルゲイ・ベレンコフが一人で座っていた。

 助手席には、協会から取り寄せた、旧登録者名簿の写しが置かれている。

 その一頁に、赤いペンで丸がつけられていた。


 三神澪。三神玲奈。住所。


 セルゲイは、速度を落として、一軒ずつ表札を確かめていった。


 佐藤。鈴木。山田。


 ——三神。


 セルゲイは、車を停めた。


 ごく普通の、二階建ての一軒家だった。

 玄関の上に、真鍮の鈴が三つ吊るされている。

 庭の物干し竿に、洗濯ばさみがいくつか残っていた。

 セルゲイは、しばらくその家を見つめていた。

 それから、視線を隣へ移した。


 白い洋館だった。

 この住宅街には似つかわしくない、手入れの行き届いた洋風の屋敷。

 垣根一つを挟んで、三神家と並んでいる。

 その洋館の門が、ゆっくりと開いた。


 一人の女性が、出てきた。


 銀に近いプラチナブロンドの髪を、隙なく結い上げている。

 黒いコートの襟を立て、冷たく鋭い紫の瞳。

 ヴィクトリア・ローゼンベルグだった。


 二人の目が、合った。


 車の窓ガラス越しに。

 冬の夕暮れの、冷たい空気を挟んで。

 ヴィクトリアの足が、止まった。

 セルゲイは、車の窓を、ゆっくりと下ろした。


「……久しぶりだな」


 低い、訛りのある日本語だった。


「ヴィクトリア・ローゼンベルグ」


 ヴィクトリアの指先が、僅かに動いた。


「……セルゲイ・ベレンコフ」


 その名を口にした声は、驚くほど平坦だった。

 平坦すぎて、かえって、その下にあるものの重さが透けて見えた。


「欧州支部を離れたと聞いた時は、耳を疑ったが」


 セルゲイは、洋館を見上げた。


「日本で、隣人ごっこか」


「帰りなさい」


 ヴィクトリアは、門の前から一歩も動かずに言った。


「ここは、あなたの来る場所じゃないわ」


「仕事だ」


「なら、仕事をしなさい。……協会と白百合で、魔力の測定でも」


「それも、している」


 セルゲイは、視線を洋館から、その隣の三神家へ移した。

 ごく普通の、二階建ての一軒家。

 真鍮の鈴。物干し竿。


 それから、また洋館へ。


 ヴィクトリアは、何も言わなかった。

 ただ、その紫の瞳が、刃のように細められていた。

 その時、三神家の玄関で、鈴が三つ鳴った。

 エプロン姿の女性が、ゴミ袋を片手に出てきた。

 四十代の、どこにでもいそうな主婦だった。


「あら、ヴィクトリアさん」


 奈々美は、垣根越しに隣人に声をかけた。


「お出かけ? ……あら、お客様?」


 ヴィクトリアの肩が、ほんの僅かに強張った。

 それから、いつもの隣人の顔を作った。


「……いいえ。道を聞かれただけですわ」


「そうなの」


 奈々美は、車の中の男に、にこやかに会釈した。

 セルゲイは、その女性の顔を見た。

 穏やかな目。エプロン。ゴミ袋。

 何の変哲もない、日本の主婦だった。

 セルゲイは、軽く会釈を返した。


「……失礼した」


 車の窓が、ゆっくりと閉まった。

 黒い車が、住宅街の細い道を走り去っていく。

 奈々美は、ゴミ袋を集積所に置いて、首を傾げた。


「外国の方ね。……迷子かしら」


「……ええ。たぶん」


 ヴィクトリアは、走り去る車の尾灯を、見えなくなるまで見送っていた。

 車の中で、セルゲイは片手でハンドルを握ったまま、もう片方の手で黒い手帳を開いた。


 几帳面な字が並んでいる。


 『三神。姉妹。炎と風。連携良好』

 『姉の証言:黒いドレスは、弟に付きまとう』

 セルゲイは、信号待ちの間に、その下に一行を書き加えた。

 『隣家:星監総帥、ヴィクトリア・ローゼンベルグ』


 手帳を閉じる。


「……偶然では、ないな」


 信号が、青に変わった。


 同じ頃。


 白い洋館の門の前で、ヴィクトリアは、まだ立っていた。

 冬の夕暮れが、住宅街を橙色に染めている。

 隣の三神家の窓に、夕飯の支度の灯りがともり始めていた。

 換気扇から、味噌汁の匂いが流れてくる。

 ヴィクトリアの右手の指先で、小さな紫電が、ぱちりと一度だけ灯った。


 それから、静かに消えた。

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