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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第三百七話

 紙皿の上の羊羹が、一切れ、こちらへ差し出された。


「食うか?」


 小柄な少女は、瓦の上に座ったまま、紙皿をゴーストのほうへ押しやった。

 切り口の揃った、艶のある小豆色の羊羹だった。

 包装の切れ端に、見覚えのある店の名前が印刷されている。


「近所の、ええ店で買うたんじゃ。安くて、品もええ。……レジの娘が、えらい別嬪での」


 ゴーストは、動かなかった。

 大剣を握る手に、じっとりと汗が滲んでいた。

 冬の夜風が、ドレスの裾を揺らしている。

 それなのに、首筋だけが、ひどく熱かった。

 この少女がここにいることに、気づけなかった。

 影を通して町中の気配を探っていた。

 屋根の上の猫の足音さえ、拾えていたはずだった。

 それなのに、この煙突の脇の屋根にだけ、何も感じなかった。

 いや、感じていなかったのではない。

 あまりにも大きすぎて、そこに何かがあると、分からなかったのだ。

 夜の海の真ん中で、足元の水の深さに気づかないのと同じだった。


「……食わんのか」


 少女は、残念そうに紙皿を引っ込めた。


「もったいないのう。ほれ、最近の若い者は、甘いものを食わんからいかん」


 少女は、羊羹を一切れ、自分の口に運んだ。

 ゆっくりと噛んで、満足そうに目を細める。


「……あなた、誰」


 ゴーストは、ようやく声を絞り出した。


「わしか」


 少女は、羊羹を飲み込んでから答えた。


「ヴィルヘルミナ・クロイツ。……ただの、観光客じゃ」


「観光客が、こんな時間に、屋根の上で羊羹を食べるの」


「月見じゃよ。日本の月は、ええ色をしとる」


 ヴィルヘルミナは、夜空を見上げた。

 冬の月が、銭湯の煙突の向こうに、白く浮かんでいた。


「昼間、浅草で団子を食うとったらの。茶屋のテレビで、おぬしのことをやっとった」


「……」


「闇を使う、未登録の魔法少女。……わしは、それを確かめに来たんじゃ」


 ヴィルヘルミナは、紙皿を膝の上に置いた。

 それから、改めてゴーストの姿を、上から下まで眺めた。

 その目が、ゆっくりと細められていく。


「わしはのう、百年以上、世界中の魔法少女を見てきた」


 声の調子が、少しだけ変わった。

 年寄りくさい軽口の響きが、どこかへ消えていた。


「炎の娘も、氷の娘も、雷の娘も、数え切れんほど見た。……二つの属性を持つ娘も、ごく稀にはおった。百年のうちに、片手で数えるほどじゃがの」


「……」


「じゃが、三つは一人もおらん」


 ヴィルヘルミナは、ゴーストのドレスを見つめていた。

 布の奥で重なり合う、三つの色を。


「炎と、氷と。……それから、もう一つ」


 その目が、ドレスの漆黒の部分で止まった。


「その三つ目の色だけは、わしにも読めん。……百年見てきて、初めて見る色じゃ。テレビで『闇』と言うておったのは、それか」


 ゴーストは、答えなかった。

 ヴィルヘルミナの口元から、年寄りくさい笑みが消えていた。

 可憐な少女の顔に浮かんでいたのは、純粋な、底のない好奇心だけだった。


「三つも抱えた娘は、おぬしが初めてじゃ」


 ヴィルヘルミナは、静かに言った。


「……ちいと、見せてくれんかの」


「断るわ」


 ゴーストは、即答した。


「あなたと戦う理由がない」


「理由か」


 ヴィルヘルミナは、少しだけ首を傾げた。


「わしには、あるのう。……見たい。それだけじゃ」


「……」


「年寄りの道楽じゃよ。付き合ってくれんか」


「断るって、言ったでしょう」


「そうか」


 ヴィルヘルミナは、紙皿の上の最後の一切れを口に放り込んだ。

 紙皿を丁寧に折り畳んで、ケープのポケットにしまう。

 それから、背中の杖を手に取って、ゆっくりと立ち上がった。


「なら、勝手に見せてもらうとしようかの」


 杖の石突きが、瓦を一度、軽く叩いた。


 ——コン。


 小さな音だった。


 次の瞬間、ゴーストの足元から、風が湧き上がった。


「——っ!」


 足が、瓦から離れた。

 身体が、ふわりと宙に浮く。

 影へ沈もうとしたが、足元にもう屋根がなかった。

 風が、二人の身体を包み込んだまま、夜空へと持ち上げていく。

 銭湯の煙突が、足元に遠ざかる。

 住宅街の屋根が、小さな模型のように並んでいく。

 窓の灯りが、星のように散らばっていた。


「暴れるでない。落ちたら痛いぞ」


 隣に浮かんだヴィルヘルミナが、杖を片手にのんびりと言った。


「町の中で暴れたら、住んどる者に迷惑じゃろう。……わしは、行儀のええ年寄りなんじゃ」


 風は、住宅街を越え、国道を越え、町外れの河川敷の上空で止まった。

 眼下に、広い中州が見えた。

 冬枯れの葦と、白い砂利と、黒く流れる川面。

 人の気配は、どこにもなかった。


 風が、ふっと緩んだ。


 ゴーストの身体が、中州の砂利の上に降ろされた。

 少し離れた場所に、ヴィルヘルミナも、羽根のように軽やかに着地する。


「ここなら、よかろう」


 ヴィルヘルミナは、杖を地面に突いて、腰をとんとんと叩いた。


「……ふう。空を飛ぶのも、腰にくるわい」


 ゴーストは、大剣を構えた。

 ここまで来れば、逃げ道は影しかない。

 だが、この相手に背を向けて影へ沈めば、その隙に何をされるか分からなかった。


 戦うしか、なかった。


「……後悔しないでね」


「ほう」


 ヴィルヘルミナは、楽しそうに目を細めた。


「若い者は、そういう台詞が好きじゃのう」


 最初に動いたのは、ゴーストだった。


 右手を突き出す。

 紅蓮の炎が、掌から奔流となって溢れ出した。

 中州の砂利を焦がしながら、一直線にヴィルヘルミナへ向かっていく。

 ヴィルヘルミナは、杖を軽く振った。

 川面から、水が持ち上がった。

 黒い川の水が、薄い膜のように広がり、炎の奔流を正面から包み込む。

 じゅう、と音がして、炎は白い湯気に変わった。


「炎の扱いは、悪くない」


 湯気の向こうで、ヴィルヘルミナが言った。


「じゃが、火は水に弱い。……子供でも知っとる理屈じゃ」


 ゴーストは、左手を突き出した。

 白い冷気が、砂利の上を這った。

 今度は、足元から凍らせる。

 水の膜を張ったのなら、その水ごと凍らせてしまえばいい。

 冷気が、ヴィルヘルミナの足元に届いた。


 だが、凍らなかった。


 ヴィルヘルミナの足元の砂利から、陽炎が立ち上っていた。

 地面の下から、熱が湧き上がっている。

 冷気は、その熱に触れた瞬間に、音もなく溶けて消えた。


「……土の中の、熱」


「大地の奥は、いつも温いもんじゃ」


 ヴィルヘルミナは、杖の石突きで砂利を軽く叩いた。


「氷も、ええ筋をしとる。……じゃが、熱の出どころを知らんと、こうなる」


 ゴーストは、奥歯を噛んだ。


 火を水で。氷を土の熱で。

 この少女は、属性を持っていない。

 だからこそ、その場にある火と水と風と土を、何の制約もなく組み替えてくる。


(……なら)


 ゴーストは、両手を同時に突き出した。

 右手から炎。左手から冷気。

 二つが空中でぶつかり合い、爆発的な水蒸気が中州を覆った。


 白い霧が、視界を奪う。


 第九使徒を崩した手だった。

 霧の中へ、影ごと沈む。


 だが、沈みきる前に、風が鳴った。


 ——ゴウッ!


 霧が、一瞬で吹き払われた。

 中州の上に、何も遮るもののない月明かりが戻ってくる。

 ゴーストの身体が、影へ沈みかけた半ばの姿で、砂利の上に取り残されていた。


「霧に紛れるのも、ええ手じゃ」


 ヴィルヘルミナは、杖を軽く回していた。


「じゃが、わしの前では、霧は長く保たんのう。……風があるでな」


 ゴーストは、影から身体を引き戻した。


 炎も、氷も、霧も。

 三つの属性で組み上げてきた手札が、一枚ずつ、何の苦もなくめくられていく。

 なら、残るのは一つだけだった。

 ゴーストは、大剣を構え直した。


 刃に、闇が満ちていく。


 ヴィルヘルミナの目が、初めて鋭くなった。


「……来るか」


 ゴーストが、踏み込んだ。


 闇の刃が、横薙ぎに奔った。

 中州の砂利を裂き、冬の夜気を裂き、ヴィルヘルミナの胴を狙う。

 ヴィルヘルミナは、杖を振った。

 だが、今度は、水も、熱も、風も、湧かなかった。

 闇の刃が、杖の先端に触れた。


 ——ギィンッ。


 甲高い音がして、闇の刃の軌道が、僅かに逸れた。

 打ち消されたのではなかった。

 受け止められたのでもなかった。

 杖の先が、刃の腹のほんの一点を、ちょうどいい角度で弾いただけだった。

 闇の刃は、ヴィルヘルミナの胴から指一本分だけ外れた空間を、虚しく通り過ぎていった。


「……ほう」


 ヴィルヘルミナは、杖を引いた。


「これは、わしの知らん理屈じゃ」


 その声には、驚きと、隠しきれない喜びが混じっていた。


「水でも、火でも、風でも、土でも、打ち消せん。……わしの元素の、どれにも当てはまらん」


「……っ」


「じゃが」


 ヴィルヘルミナは、にやりと笑った。


「使い方が、若いのう」


 ゴーストは、止まらなかった。


 二撃目。三撃目。四撃目。

 闇の刃を、角度を変え、速さを変え、間合いを変えて叩き込む。


 その全てが、逸らされた。


 杖の先が、刃の腹を、刃の背を、刃の付け根を、ほんの僅かに弾く。

 たったそれだけで、闇の刃は、全て少女の身体の数センチ外を通り過ぎていった。


 百年分の技術だった。


 闇を打ち消す術は、持っていない。

 だから、闇そのものには触れずに、闇を運ぶ刃の動きだけを読んでいる。


(……影)


 ゴーストは、影へ沈もうとした。

 月明かりが、中州の砂利に影を落としている。

 ヴィルヘルミナの背後の、葦の影へ。

 だが、ヴィルヘルミナが杖を一振りすると、中州の砂が一斉に舞い上がった。

 白い砂埃が、月明かりを乱反射させる。

 影が、薄くなった。

 輪郭がぼやけ、濃さが消え、どこにも沈める場所がなくなる。


「影に沈むのは、影がある時だけじゃろう」


 砂埃の向こうで、ヴィルヘルミナが言った。


「なら、影を薄めてしまえばええ」


 ゴーストは、両手を地面に叩きつけた。


「——深淵の重圧!」


 闇が、質量を持って、ヴィルヘルミナの頭上から降り注いだ。

 焔の火球さえ押し潰した重さだった。

 真上から、押し潰す。


 ヴィルヘルミナは、避けなかった。

 ただ、杖の石突きで、足元の砂利を軽く叩いた。


 ——ずぶり。


 ヴィルヘルミナの足元の地面が、崩れた。

 砂利が、泥のように柔らかくなり、少女の身体ごと沈んでいく。

 闇の重圧が、真上から降り注ぐ。

 だが、押し潰すはずの地面が、もうそこになかった。

 重さは、柔らかい泥の中に吸い込まれ、どこにも受け止められずに散っていった。


「潰すには、潰す床が要る」


 泥の中から、ヴィルヘルミナがひょいと跳び上がった。


「床を柔らかくすれば、重さは逃げる。……のう?」


 ゴーストは、息を切らしていた。


 全部だった。

 炎も、氷も、霧も、闇の刃も、影移動も、深淵の重圧も。

 持っている手札を、全て出した。

 その全てが、一枚ずつ、丁寧にほどかれた。

 次の瞬間、ヴィルヘルミナの姿が消えた。


 風だった。

 風が、少女の身体を運んでいた。

 ゴーストが振り向くより先に、杖の先端が、喉元にそっと添えられていた。


 冷たい、木の感触。

 押し込まれてはいない。

 傷一つ、ついていない。

 ただ、そこにあるだけだった。


「……ここまでじゃの」


 ヴィルヘルミナは、静かに言った。

 ゴーストの膝が、砂利の上に崩れた。


 身体が、動かなかった。

 怪我はしていない。

 ただ、全身から力が抜けて、立っていられなかった。

 ゴーストは、仰向けに倒れた。

 冬の夜空が、視界いっぱいに広がっていた。

 白い月が、中州の真上に浮かんでいる。

 その視界の端に、淡い金色の髪が覗き込んできた。


「怪我は、ないじゃろう」


「……」


「加減は、した」


 ヴィルヘルミナは、ゴーストの傍らにしゃがみ込んだ。

 杖を膝の上に横たえ、倒れた少女の顔を、じっと見下ろす。

 その目が、ふと、細められた。


「……おぬし」


 ヴィルヘルミナの声が、低くなった。


「一度、固められたことがあるな」


 ゴーストの呼吸が、止まった。


「身体の奥に、跡が残っとる。……変身したまま、固められた跡じゃ。それを、解いた跡もな」


 ヴィルヘルミナは、ゴーストの胸の辺りに、手のひらを軽くかざした。

 触れはしなかった。

 ただ、その奥にあるものを、読んでいるようだった。


「ずいぶん、荒っぽい解き方をしたもんじゃ。……無理やり、こじ開けたのう」


「……なんで、それを」


「分かるとも」


 ヴィルヘルミナは、手を引いた。


「変身を固めるやり方は、わしらの真似事じゃからの」


 ゴーストの目が、見開かれた。


「わしら、魔女のな。……百年、変身を解かずに生きる。その在り方を、誰かが見様見真似で術式に落としたんじゃろう」


 ヴィルヘルミナは、少しだけ顔をしかめた。


「……真似されるのは、あまり気分のええもんじゃないのう」


 それから、ゆっくりと立ち上がった。

 ケープの裾を払い、杖を背中に戻す。


「三つ目の色の出どころも、いつか聞かせてもらうとしようかの」


「……」


「今日は、ここまでじゃ。年寄りは、夜更かしが身体に障る」


 ヴィルヘルミナは、ケープのポケットに手を入れた。

 取り出したのは、包み紙の飴だった。

 見たことのない異国の文字が、小さく印刷されている。

 ヴィルヘルミナは、その飴を、仰向けに倒れたゴーストの胸の上に、そっと置いた。


「ほれ。お駄賃じゃ」


「……」


「まだまだ伸びるのう、おぬし。……楽しかったぞ」


 風が、少女の身体を持ち上げ始めた。

 ケープの裾が、夜風にはためく。

 その身体が、ふわりと宙に浮いた。


「三つも抱えた娘が、この世に一人おる。……それが分かっただけで、日本に来た甲斐があったわい」


 ヴィルヘルミナは、月を背にして、最後に一度だけ振り返った。


「それと、紅い目の娘にも、会うてみたいのう。……海の向こうの研究所が、二つを同時に使う娘を欲しがっとると、結社の耳に入っとる」


 ゴーストの指が、砂利を掴んだ。


「……あの子に、手を出したら」


「出さんよ。見るだけじゃ」


 ヴィルヘルミナは、にこりと笑った。


「年寄りは、若い者を眺めるのが、一番の楽しみなんじゃ」


 風が、少女の姿を夜空へ運んでいった。

 月の光の中に、小さな影が一つ、遠ざかっていく。

 やがて、それも見えなくなった。

 中州に、冬の川の音だけが戻ってきた。


 十分後。


 中州の砂利を踏む足音が、二つ近づいてきた。


「——ゴースト!」


 緋雪だった。


 白百合の制服の上にコートを羽織り、太刀を抜いたまま駆け寄ってくる。

 その後ろから、屋根伝いに追ってきた二つの小さな影が、葦の間から飛び出してきた。


「ゴースト様!」


「……ん。いた」


 ルカとリリアだった。


 三人は、中州の真ん中で足を止めた。

 ゴーストが、仰向けに倒れていた。

 漆黒のドレスは、砂埃で白く汚れていた。

 右手には、包み紙の飴を一つ、握りしめている。

 その目は、ぼんやりと、冬の夜空を見上げていた。


「……怪我は」


 緋雪が、膝をついてゴーストの顔を覗き込んだ。


「……ない」


「本当に?」


「……ない。どこも」


 ゴーストは、夜空を見上げたまま答えた。

 緋雪は、ゴーストの身体に目を走らせた。

 確かに、傷はどこにもなかった。

 血も、流れていない。

 ドレスが砂で汚れているだけだった。

 だが、その顔は、緋雪がこれまで一度も見たことのない顔だった。


 寮跡で焔に押された時も。

 無響に胸を抉られた時も。

 ゴーストは、倒れても、その目の奥に何かを燃やしていた。

 今、その目には、何もなかった。

 ただ、空っぽのまま、夜空を映していた。


「……何が、あったの」


 ゴーストは、しばらく答えなかった。

 それから、握りしめた飴を、ゆっくりと持ち上げた。

 月明かりに、異国の文字の包み紙がきらりと光った。


「……手加減、されたわ」


 緋雪は、言葉を失った。


 ルカとリリアが、顔を見合わせていた。


「……ゴースト様が、負けたの?」


「……ん。負けた、顔してる」


 ゴーストは、飴を胸の上に戻して、目を閉じた。


「……全部、ほどかれた」


 小さな声だった。


「炎も、氷も、闇も。……一枚ずつ、全部」


 同じ頃。


 都心の高層ホテルの、最上階の一室。

 灯りを落とした部屋の中で、ノートパソコンの画面だけが、青白い光を放っていた。

 セルゲイ・ベレンコフは、その画面を、身じろぎもせずに見つめていた。

 画面には、河川敷の上空からの映像が映っていた。

 町外れの上空を巡回させていたドローンの一機が、偶然捉えたものだった。

 中州の上で、黒いドレスの少女が、仰向けに倒れている。

 その傍らに、杖を背負った小柄な少女が立っている。

 セルゲイは、映像を止めた。

 杖の少女の顔を、拡大する。

 淡い金色の髪。古風なリボン。人形のような顔立ち。


「……ヘクセン・ツィルケル」


 セルゲイの声が、低くなった。


「なぜ、あの結社の魔女が、ここにいる」


 傷のある頬が、動かなかった。

 セルゲイは、しばらく画面を見つめていた。

 それから、机の脇に置いた黒い手帳を開いた。

 几帳面な字で、いくつかの言葉が書き留められていた。

 白百合の測定の日に、書いたものだった。

 『三神。姉妹。炎と風。連携良好』


 その下に、一行。


 『姉の証言:黒いドレスは、弟に付きまとう』

 セルゲイは、その一行を、指先でゆっくりとなぞった。


「……弟、か」

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