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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第三百五話

 到着ロビーの自動ドアが、音もなく左右に開いた。

 途端に、冬の空気が流れ込んできた。

 乾いていて、冷たくて、どこか潮の匂いが混じっている。

 国際線の長いフライトを終えた旅行客たちが、コートの襟を立てながら、足早にタクシー乗り場へ向かっていく。

 その人波の中に、四人の外国人がいた。

 先頭を歩くのは、背の高い男だった。

 短く刈り込んだ灰色の髪。右の頬に、古い傷跡が一本、斜めに走っている。

 黒いロングコートの前をきっちりと留め、手には使い込まれた革の書類鞄を一つだけ提げていた。

 歩幅は一定で、視線は常に前を向いている。

 セルゲイ・ベレンコフだった。

 その後ろに、三人の少女が続いていた。


「……寒い」


 最初に口を開いたのは、長い布の包みを抱えた少女だった。

 二十歳を少し過ぎたほどの年頃で、栗色の髪を肩の上で切り揃えている。

 薄手のトレンチコートの前を、両手でぎゅっと合わせていた。


「アイシャ。だから言ったでしょう、日本は冬だって」


 隣を歩く少女が、呆れたように言った。

 背中に、布で包まれた大きな何かを背負っている。長さから見て、少女の背丈ほどもある。

 赤みがかった金髪を、高い位置で一つに結い上げていた。


「言われたわよ、テレサ。……でも、ここまでとは思わなかったの」


「それに、団長も言ってたじゃない。着いたら防寒具を買えって」


「経費で落とす、とも言ってたわね」


 三人目の少女は、何も言わなかった。


 一番小柄で、十七歳ほど。

 銀に近い白い髪を短く切り、飾り気のない灰色のパーカーを着ている。

 荷物は、何も持っていない。

 ただ、両手をパーカーのポケットに深く突っ込み、到着ロビーの天井の高さや、柱の太さや、床のタイルの継ぎ目を、一つずつ確かめるように見ていた。


「フラウ。あなたも、寒くないの」


 テレサが、振り返って聞いた。

 フラウは、少しだけ考えてから、首を横に振った。


「……平気」


「嘘ね。鼻、赤いわよ」


「……」


 テレサは、溜息を吐いて、空港の土産物売り場の隣にある小さな衣料品店へ入っていった。

 数分後、真っ赤なマフラーを三本抱えて戻ってきた。


「はい、アイシャ」


「……派手ね」


「目立つほうが、迷子にならないでしょう」


 テレサは、一本をアイシャに押しつけ、もう一本を自分の首に巻き、最後の一本を、フラウの首に問答無用でぐるぐると巻きつけた。


「……テレサ」


「なに」


「……苦しい」


「我慢しなさい。風邪を引かれたら困るのよ」


 フラウは、真っ赤なマフラーに口元を埋めたまま、黙って頷いた。

 セルゲイは、その様子を振り返りもせずに、到着ロビーの出口で足を止めていた。

 出口の脇で、外務省の名札を下げた日本人の男が、「中央魔法技術研究院御一行様」と書かれた紙を掲げていた。


「ようこそ、日本へ。ベレンコフ団長」


 男は、流暢な英語で言って、右手を差し出した。


「外務省の担当の者です。滞在中のご案内を担当させていただきます」


「感謝する」


 セルゲイは、その手を握り返した。

 日本語だった。

 訛りはあったが、正確な発音だった。

 セルゲイは、握手を解いた。

 その目は、男の顔ではなく、到着ロビーの大きな窓の向こうの、灰色の冬空に向けられていた。


 空港を出て、一時間後。


 都内のホテルの最上階の一室で、セルゲイは窓辺に立っていた。

 眼下に、灰色の都市が広がっている。

 窓際のテーブルの上に、黒い箱が一つ置かれていた。

 セルゲイは、その箱を開けた。

 中には、手のひらほどの大きさの、四枚羽の機械が収められていた。


 小型のドローンだった。


 セルゲイは、それを取り出し、窓の外に向かって軽く放った。

 四枚の羽が、音もなく回り始めた。

 機械は、ホテルの外壁に沿ってふわりと浮き上がり、そのまま冬の空へと昇っていく。

 数秒で、灰色の空の中の小さな点になり、やがて見えなくなった。

 テーブルの上のノートパソコンの画面に、上空からの映像が映し出された。

 セルゲイは、椅子に腰を下ろして、その画面を見つめた。


「……始めよう」


 誰に言うでもなく、静かに呟いた。


 翌日。


 魔法少女協会、本部ビル。


 会議室の長いテーブルの上に、一通の封書が置かれていた。


 厚手の上質な紙。

 封蝋の代わりに、銀色の紋章が押されている。

 歯車と、その中心に据えられた一つの星。

 中央魔法技術研究院の紋章だった。


「……以上が、先方からの正式な要請です」


 協会の上層部の一人が、書類を読み上げ終えた。


「魔法少女の国際共同調査。協会所属のエースを対象に、魔力の測定と実地調査を行いたい、と」


「悪い話ではないな」


 別の幹部が、腕を組んだ。


「セントラルは、欧州でも最大級の研究機関だ。そこと共同調査を行ったとなれば、協会の国際的な評価は一気に上がる」


 幹部たちは、互いに顔を見合わせて頷いた。

 会議室の隅の椅子に、周防凛花が座っていた。

 協会のトップエースとして、この場に呼ばれていた。

 だが、誰も凛花に意見を求めなかった。

 決定は、最初から決まっていたのだ。


「周防君」


「君も、測定対象の一人だ。協力を頼む」


「……承知しました」


 凛花は、配られた資料に目を落とした。


 測定対象の一覧だった。

 協会所属のエース、七名の名前が並んでいる。

 一番上に、周防凛花。その下に、船戸真紀奈。

 凛花は、一覧を最後までめくった。


 最後の頁の、一番下。

 他の項目とは離れて、小さな文字で一行だけ書き添えられていた。

 『なお、非登録対象の目撃情報の提供を、併せて求む』

 凛花の指が、その一行の上で止まった。


 非登録対象。

 登録されていない、魔法少女。

 この国で、その言葉が指す相手は、一人しかいなかった。


「……周防君?」


「いえ」


 凛花は、資料を閉じた。


「何でもありません」


 会議が終わった後、廊下で船戸真紀奈が凛花の隣に並んだ。


「……測定だってさ。なんか、胡散臭くない?」


 真紀奈は、資料をひらひらと振った。


「魔力測定なんて、協会の設備でいくらでもできるでしょ。わざわざ海の向こうから、団長まで連れて来るような話?」


「……真紀奈」


「分かってる。上が決めたことだもんね」


 真紀奈は、肩をすくめた。


「でも、あんたは気をつけなさいよ。……ただでさえ、上に目をつけられてるんだから」


「……うん」


 同じ日の午後。


 白百合の盾、会長室。


 姫嶋結衣の机の上にも、同じ紋章の封書が置かれていた。

 結衣は、眼鏡の奥で、その書類を最後まで読み終えた。

 それから、静かに書類を机に置いた。


「……新実さん」


「はい」


 部屋の隅の端末の前で、新実由鶴が顔を上げた。


「協会は、既に受諾したそうですね」


「はい。今朝、正式に回答したと」


「そうですか」


 結衣は、しばらく窓の外を見ていた。


「……協力は、します」


 結衣は、窓の外を見たまま言った。


「国際的な研究機関からの、正式な要請です。断れば、白百合の立場が悪くなる」


「はい」


「ただし」


 結衣は、振り返った。


「測定の場所と時間は、こちらが決めます。隊員を、向こうの施設には一人も行かせません。……そう、回答してください」


「承知しました」


 由鶴は、端末に回答の文面を打ち込み始めた。

 だが、その指が、途中で止まった。

 要請書に添付されていた、調査団の名簿。

 研究者と職員を合わせて、十数名の名前が並んでいる。


 その一番上。


 『調査団団長 セルゲイ・ベレンコフ』

 『経歴:元陸軍情報部所属。現・中央魔法技術研究院 魔法少女部隊指揮官』


「……」


 由鶴は、眼鏡を押し上げた。

 研究機関の調査団の団長が、元軍人。

 しかも、情報部の出身。

 そして、現職が、魔法少女部隊の指揮官。

 研究のための調査団に、なぜ、部隊の指揮官が団長として来るのか。


「……新実さん?」


「会長」


 由鶴は、名簿から目を離さずに言った。


「この調査団、研究のために来たのではないかもしれません」


 結衣は、何も言わなかった。

 ただ、眼鏡の奥の目が、僅かに細くなった。


 同じ頃。


 浅草、仲見世通り。


 冬の午後の、観光客で賑わう参道。

 その人波の中を、小柄な少女が一人、ゆっくりと歩いていた。

 淡い金色の髪を、古風なリボンで結んでいる。

 人形のように整った顔立ち。十六か十七ほどに見える。

 厚手のケープを羽織り、背中には古びた木の杖を斜めに背負っていた。

 少女は、両手に一本ずつ、団子の串を持っていた。


 みたらしと、こしあん。


「……ふむ」


 少女は、みたらしの団子を一つ口に入れて、ゆっくりと噛んだ。


「甘じょっぱい。……悪くないのう」


 それから、こしあんのほうも一つ、口に運んだ。


「こっちは、上品じゃの。……京の菓子屋に似ておる。百年前に食べた」


 ヴィルヘルミナ・クロイツ。

 仲見世を抜けた先の甘味処で、ヴィルヘルミナは緋毛氈の敷かれた縁台に腰を下ろしていた。

 膝の上には、ほうじ茶の湯呑み。

 傍らには、食べ終えた団子の串が四本。


「……ふう」


 ヴィルヘルミナは、湯呑みを両手で包んで、ゆっくりと一口すすった。

 それから、腰を二、三度、とんとんと叩いた。


「朝から歩き通しで、腰にくるわい」


 店の奥の、壁の高いところに、小さなテレビが据え付けられていた。

 昼のワイドショーが、流れている。


『——続いては、今も謎に包まれた、あの存在についての特集です』


 画面が切り替わり、ぼやけた映像が映し出された。


 夜の住宅街の上空。

 屋根から屋根へと、黒い影が跳んでいく。

 スマートフォンで撮られたらしい、手ぶれのひどい映像だった。

 だが、その一瞬、街灯の光が影を照らした。


 漆黒のドレス。

 長い黒髪。

 その手に握られた、闇そのもののような大剣。


『未登録の魔法少女、通称「ゴースト」。協会にも、どの組織にも登録されていない、正体不明の存在です』


 ヴィルヘルミナの湯呑みが、口元の手前で止まった。


『専門家によれば、その魔法の属性は、これまで確認されたことのない「闇」であるとも言われており——』


「……ほう」


 ヴィルヘルミナは、湯呑みを膝の上に下ろした。

 画面の中の、ぼやけた黒い影を、じっと見つめる。


「闇、とな」


 百年以上、生きてきた。

 炎も、氷も、雷も、風も、光も、数え切れないほどの魔法を見てきた。

 古の元素魔法を学び、魔女の結社で、世界中の魔法少女の記録に目を通してきた。

 だが、闇属性を持つ魔法少女は、一度も見たことがなかった。


「……最近の若い者は」


 ヴィルヘルミナの口元が、ゆっくりと吊り上がった。


「面白いものを、持っておるのう」


 店の女将が、湯呑みを下げに来た。


「お嬢ちゃん、お茶のおかわりは?」


「ああ、もらおうかの」


 ヴィルヘルミナは、にこやかに湯呑みを差し出した。


「それと、女将。……この黒いドレスの娘、どの辺りでよく見かけるか、知っておるかの」


 その日の夕方。


 ヴィルヘルミナは、女将に教えられた地域の、とある商店街を歩いていた。

 テレビの特集によれば、ゴーストの目撃情報は、この辺りに集中しているらしい。

 夕暮れの商店街は、買い物客で賑わっていた。

 ヴィルヘルミナは、その一つ一つを珍しそうに眺めながら、ゆっくりと歩いていった。

 やがて、一軒のスーパーの前で、足を止めた。


 『ヤオヨシ』


 手書きの特売のポップが、ガラス戸に何枚も貼られている。

 大根、九十八円。

 卵、一パック百五十円。

 鶏もも肉、グラム八十八円。


「……ほう」


 ヴィルヘルミナは、しばらくそのポップを眺めていた。


「安いのう」


 自動ドアをくぐった。


 店内に、暖房の温かい空気が満ちていた。

 レジの前で、緑のエプロンをつけた店員が、にこやかにバーコードを読み取っていた。

 黄金の長髪を、後ろで一つにまとめた、目を引くほどの美人だった。

 ルディア・ロンディニウム。

 その手が、バーコードリーダーを握ったまま、止まった。


(……っ)


 店の入り口から、何かが入ってきた。


 気配だった。

 魔力の、気配。

 だが、ルディアがこれまで感じてきたどんな魔力とも、質が違っていた。


 深い。

 底が、見えない。

 海の上に浮かぶ小舟から、足元の暗い水の深さを覗き込んだ時のような、足がすくむ感覚。

 ルディアは、ゆっくりと顔を上げた。

 入り口の近くで、小柄な少女が、買い物籠を手に取っていた。

 淡い金色の髪。古風なリボン。背中に、古びた木の杖。

 少女は、店内をきょろきょろと見回しながら、籠を片手に棚の間へ歩いていった。

 鮮魚コーナーの奥で、真里が包丁を持ったまま、身体を固くしていた。

 ルディアと、視線が合う。

 真里の目にも、同じ動揺が浮かんでいた。


 数分後。


 少女が、レジの前に立った。

 籠の中には、醤油せんべいが一袋と、羊羹が一本、それから小さなほうじ茶のティーバッグの箱が入っていた。


「これを、頼む」


「……いらっしゃいませ」


 ルディアは、完璧な営業スマイルを顔に貼りつけた。

 バーコードリーダーを、せんべいの袋に当てる。

 電子音が、一つ鳴る。


 その間も、少女の魔力の気配は、レジ台一つ隔てた向こうで、静かに、底なしに揺らいでいた。


「ええ店じゃのう」


 少女が、にこやかに言った。


「安いし、品もええ。……わしの国の店は、もっと高くてのう」


「……ありがとう、ございます」


「ところで」


 少女は、財布から小銭を取り出しながら、何でもないことのように聞いた。


「黒いドレスの娘を、知らんかの」


 ルディアの指が、羊羹のバーコードの上で止まった。


「……黒い、ドレス」


「ゴーストとか、呼ばれておるそうじゃの。この辺りで、よく見かけると聞いたのじゃが」


 ルディアは、羊羹を袋に詰めながら、ゆっくりと顔を上げた。

 少女の目が、こちらを見ていた。

 可憐な顔立ちの中で、その目だけが、ひどく古かった。

 何十年も、何百年も、世界を眺め続けてきたような目だった。


「……存じ上げませんわ」


 ルディアは、微笑んだまま答えた。


「わたくしは、ただのスーパーの店員ですもの」


「そうかの」


 少女は、あっさりと頷いて、袋を受け取った。


「なら、仕方ない。……また、来るとしよう」


 少女は、ルディアの手に小銭を渡した。

 それから、ポケットから包み紙の飴を一つ取り出して、レジ台の上にそっと置いた。


「ほれ。お駄賃じゃ」


「……え」


「立ち仕事は、腰にくるからの。……甘いものでも舐めて、休みなされ」


 少女は、袋を提げて、ゆっくりと店を出ていった。


 自動ドアが閉まった。


 底の見えない魔力の気配が、夕暮れの商店街の人混みの中へ、溶けて消えていく。

 ルディアは、レジ台の上の飴を、しばらく見下ろしていた。

 鮮魚コーナーの奥から、真里が駆け寄ってきた。


「ルディア様。……今の、方は」


「……分かりませんわ」


 ルディアは、飴を摘み上げた。

 包み紙に、見たことのない異国の文字が、小さく印刷されていた。


「ただ、一つだけ、確かなことがございます」


「……」


「あれは、わたくしたちが束になっても、敵う相手ではございませんわ」


 同じ日の夜。


 三神家の食卓には、鶏もも肉の唐揚げが山のように盛られていた。

 ヤオヨシの特売の、グラム八十八円の鶏もも肉だった。

 零が、学校帰りに買ってきたものだ。


「……そういえば」


 唐揚げを一つ頬張りながら、澪が言った。


「今日、白百合から連絡があったの。外国の研究機関が、魔力を測りに来るんだって」


「外国の?」


 五郎が、箸を止めた。


「なんとかっていう、欧州の研究所。国際共同調査、だって。……私と玲奈も、測定対象に入ってるの」


「おお、すごいじゃないか」


 五郎は、目を輝かせた。


「国際的な研究所に選ばれるなんて、大したもんだ。なあ、母さん」


「……そうね」


 奈々美は、湯呑みを置いた。

 それ以上は、何も言わなかった。


「会長が、場所と時間はこっちで決めるって、向こうに言ったらしいの」


 玲奈が、唐揚げにレモンを絞りながら付け加えた。


「なんか、ちょっと警戒してるみたいだった」


「警戒?」


「うん。……由鶴さんも、なんか難しい顔してた」


 零は、味噌汁の椀を持ったまま、黙っていた。


 外国の研究機関。

 魔力の測定。

 先日、ヴィクトリアから聞いた名前が、頭の中で重なる。

 中央魔法技術研究院。セントラル。

 その本当の狙いは、奈緒と、自分だった。


「……零、どうしたの」


 澪が、弟の顔を覗き込んだ。


「さっきから、全然食べてないじゃない」


「……いや」


 零は、唐揚げを一つ摘んで、口に運んだ。


「揚げ加減、ちょっと強かったかなって」


「十分美味しいわよ」


「……そっか」


 奈々美は、息子の横顔を、何も言わずに見ていた。

 五郎は、新しい唐揚げに手を伸ばしながら、娘たちの話に相槌を打っていた。


 その夜。


 白百合の情報班の解析室で、由鶴は一人、壁一面のモニターと向き合っていた。

 都内の上空を飛び交う電波の流れを、可視化した図が映し出されている。

 携帯電話の基地局。放送局の送信塔。警察や消防の無線。航空機の通信。

 普段と変わらない、見慣れた光の網だった。

 だが、その網の中に、今夜は見慣れない線が混じっていた。

 細く、短く、暗号化された通信。

 一定の周期で、都内の複数の地点から、同じ一点に向かって集まっていく。

 その一点は、都心の高層ホテルの最上階だった。


「……ドローンね」


 由鶴は、モニターに顔を近づけた。

 通信の形式。周波数の跳ね方。暗号の組み方。


「それも、軍用の」


 由鶴は、眼鏡を外して、目頭を押さえた。

 魔法少女の気配を探知する術式は、数え切れないほど開発されてきた。

 だが、魔力を持たない機械は、そのどれにも引っかからない。

 魔法少女たちにとって、あの空の目は、存在しないのと同じだった。


「……いい度胸ね」


 由鶴は、眼鏡をかけ直した。

 指が、端末のキーボードの上で動き始めた。

 通信の発信源を、一つずつ特定していく。

 その経路を、その周期を、その癖を。

 モニターの中で、ホテルの最上階に向かって集まっていく光の線が、一本ずつ赤く染まっていった。


 同じ頃。


 郊外の町、翼の家。


 縁側に、奈緒が一人で座っていた。

 寝間着の上に、白鳥に着せられた厚手の半纏を羽織っている。

 両手を膝の上で組んで、冬の夜空を見上げていた。


 星を、数えていた。


「……いち、に、さん」


 指を折りながら、小さな声で数えていく。


 その指が、止まった。


 奈緒は、首を傾げた。


 夜空の、高いところ。

 星と星の間に、小さな赤い光が一つ、浮かんでいた。


 星ではなかった。

 瞬いていない。

 じっと、動かずに、そこにある。


「……へんなおと」


 奈緒は、耳を澄ませた。


 聞こえるか聞こえないかの、微かな、低い唸り。

 虫の羽音にも、風の音にも似ていない。

 ずっと遠くで、何かが回っているような音。

 奈緒は、しばらくその赤い光を見上げていた。


 赤い光は、動かなかった。


 同じ頃。


 都心の高層ホテルの、最上階の一室。

 灯りを落とした部屋の中で、ノートパソコンの画面だけが、青白い光を放っていた。

 セルゲイ・ベレンコフは、その画面の前に座っていた。

 画面の隅に、小さな警告の表示が一つ、点滅していた。

 『通信経路に、外部からの照会の痕跡あり』

 セルゲイは、その表示をちらりと見た。


「……ほう」


 傷のある頬が、僅かに動いた。

 笑ったのかもしれなかった。

 だが、その目は、すぐに画面の中央へ戻った。

 上空からの映像が、映し出されていた。


 郊外の、古い日本家屋。

 修理されたばかりの土塀。

 門柱に掛けられた、丸い木の看板。

 そして、縁側に座り、こちらを見上げている、黒髪の小さな少女。

 紅色の瞳が、画面越しに、まっすぐにこちらを見ていた。

 セルゲイは、しばらく、その目を見つめ返していた。


「……見つけた」


 その呟きは、誰にも聞かれることなく、暗い部屋の中に溶けていった。

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