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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第二十九話

 「——嘘でしょ!? もうキッチンスペースの設営、終わってるの!?」


「すげえ! 看板のペンキも完璧に乾いてるし、内装の装飾もプロの業者並みじゃないか!」


 文化祭『秋桜祭』を三日後に控えた、ある日の早朝。

 登校してきた二年三組の生徒たちは、教室のドアを開けるなり、驚愕の声を上げて立ち尽くした。

 通常、文化祭の準備期間といえば、どのクラスも段ボールの山とペンキの匂いにまみれ、放課後遅くまで居残って作業をするのがお約束である。現に、隣のクラスなどは未だに壁紙の採寸で揉めており、向かいのクラスは買い出しの予算不足で頭を抱えていた。

 しかし、二年三組の教室は違った。

 黒板や壁には、魔法陣や星をモチーフにしたファンシーかつ見事な装飾が隙間なく施されている。

 黒板の前に設置されたキッチンスペースには、レンタルしてきたカセットコンロやボウル、調理器具が一寸の狂いもなく整理整頓され、動線確認まで済んだ状態で配置されていた。

 廊下に立てかける予定の等身大の木製看板は、まるで業者がプリントしたかのような美しい仕上がりで鎮座し、さらには、家庭科室で未完成のまま放置されていたはずの男子生徒用『魔法少女コスプレ衣装』十着までもが、綺麗にアイロンがけされてハンガーラックにずらりと並んでいたのである。


「すごい……! 申請書類も全部、生徒会の受理印が押されて戻ってきてる!」


「おいおい、俺たちのクラスって実は天才集団だったのか?」


「団結力の勝利だな!」


 クラスメイトたちが手を取り合って歓喜の声を上げる中。

 教室の隅で、一人だけ、目の下にクマを作った三神零が、机に突っ伏してピクピクと痙攣していた。


(……団結力、だと? ふざけるな。……全部、俺がやったんだよ……!)


 零は、死んだ魚のような目で歓喜するクラスメイトたちを呪わしく睨みつけた。

 遡ること数時間前。昨日の深夜。

 文化祭委員として、大量の買い出しと生徒会への書類申請、さらには内装工事の遅れに頭を抱えていた零は、このままでは準備が間に合わず、当日に大パニックが起きることを確信していた。

 もし準備が遅れれば、委員である自分が責任を問われ、当日の休憩時間すら剥奪されてブラック労働を強いられる。それだけは絶対に避けたかった。


『どうにかして、一瞬でこの作業の山を終わらせる方法はないのか……?』


 誰もいなくなった深夜の家庭科室で、未完成の衣装の山と格闘していた零は、ふと、ある「禁断の手段」に思い至ったのだ。


『……俺には、特S級の身体能力と、万能の魔力があるじゃないか』 


 それは、人類の守護者たる魔法少女の力を、私利私欲(文化祭の準備)のために行使するという、協会が知れば激怒しかねない暴挙であった。

 しかし、追い詰められた男子高校生に躊躇いはなかった。


『変身』


 闇の魔力が溢れ出し、少年の姿は一瞬にして、紫がかった漆黒のロングヘアを持つ美しき亡霊——『ゴースト』へと変貌を遂げた。

『さあ、一気に終わらせるわよ』

 そこからのゴーストの動きは、まさに「特S級の無駄遣い」と呼ぶにふさわしい、圧倒的な作業効率の暴力であった。

 カタタタタタタタタタタタタタタタッ!!

 家庭科室に、ミシンが悲鳴を上げるような轟音が響き渡る。

 特級魔獣の動きすらスローモーションに見える特S級の動体視力と精密動作。ゴーストは、残像が見えるほどの速度で布を送り、男子生徒用のフリフリ衣装を爆速で縫い上げていった。糸が切れれば、闇の瞬間移動ショートドラフトを用いて0.1秒でボビンを交換する。

 わずか三十分で十着の衣装を縫い終えると、今度は『炎』の魔力を指先に集中させた。


『深淵の……アイロンがけ』


 シワだらけの衣装の上を、絶妙な温度に調整された熱波が通り抜ける。布を焦がすことなく、一瞬にしてクリーニング店も顔負けのピシッとした折り目がつけられていく。

 衣装を終わらせると、ゴーストは『瞬間移動』で生徒会室へと忍び込んだ。

 暗闇の中、千里眼の魔力を応用した速読スキルでマニュアルと申請書の山を読み込み、特S級の思考速度で完璧な書類を書き上げる。そして、寝ぼけている生徒会役員の鞄の中に、こっそりと受理印を押させて書類をねじ込んだ。

 続いては、教室での大工作業だ。

 木材を組み立てる際、トンカチが見当たらなかったゴーストは、背に負った漆黒の大剣を抜き放ち、その『柄』の部分で器用に釘を打ち込んだ。

 ガンッ! ガンッ! と、魔獣の装甲を砕く一撃が、木製看板を強固に組み上げていく。ペンキを塗り終わった後は、再び『炎』の魔力を弱火で広範囲に放射し、一瞬で塗料を乾燥させた。

 そして最後は食材の管理。

 家庭科室の冷蔵庫に入りきらなくなった大量のパンケーキ生地やホイップクリームを、ゴーストは『氷』の魔力で構築した極低温の魔法陣で包み込んだ。


氷結領域コキュートス冷蔵保存チル


 絶対零度の魔法を「適温の5度」に保つという、狂気の沙汰とも言える極限の魔力コントロール。これにより、食材は最高の鮮度を保ったまま文化祭当日まで保存されることとなった。足りない資材があれば、闇に紛れて二十四時間営業の業務用スーパーへ跳躍し、己の財布から身銭を切って買い足した。

 ——こうして、特S級魔法少女による、徹夜の「超高スペック裏方作業」により。

 二年三組の文化祭準備は、どのクラスよりも早く、そして完璧に完了してしまったのである。 


「三神くん、本当にありがとう! あんたが最後まで残って、色々調整してくれたおかげだよ!」 

 衣装班のリーダーである女子生徒が、感激した面持ちで零の肩を叩いた。


「いや……俺はちょっと、見回りをしてただけで……」


「謙遜しなくていいって! これでうちのクラスは、残りの三日間、完全にフリーになったんだから!」


「そうそう! 本番に向けてのイメトレや、接客の練習に全振りできるぜ!」


 クラスメイトたちの言葉に、零はピクッと眉を動かした。


(……そうだ。俺が身を粉にして(変身までして)準備を完璧に終わらせたのは、文化祭当日の『俺の負担』を減らすためだ) 


 準備段階で完璧な裏方としての働きを見せつければ、当日は「俺は裏で資材管理とかやってるから、接客はお前らに任せる」という大義名分が立つ。

 あの忌まわしいゴーストのコスプレ(女装)を着て、大衆の面前で客引きをするという公開処刑だけは、絶対に回避しなければならない。その一心で、特S級の魔力を無駄遣いしたのだ。


「あのさ、皆」


 零は、疲労で重い頭を上げ、クラスメイトたちに真剣な声で語りかけた。


「準備は全部終わった。看板も完璧だし、衣装も揃ってる。……だから、当日の接客と客引きは、お前らに任せていいよな? 俺は委員として、裏でパンケーキ焼いたり、在庫管理したりするからさ」


「……え?」


 零の言葉に、女子生徒たちが一斉に目を瞬かせた。

 そして、親友の稔が、まるで信じられないものを聞いたかのように、大げさに天を仰いだ。


「馬鹿野郎、三神。お前は何を言ってるんだ?」


「えっ」


「準備が完璧に終わったからこそ! 俺たちは『最強の武器』を最前線に投入できるんじゃないか!!」


 稔がビシィッ! と零を指差した。


「最強の武器……?」


「お前だよ! お前の『ゴーストコスプレ』だよ!!」


 教室中のクラスメイトたちが、「その通り!」とばかりに深く頷いた。


「考えてもみろ三神! 他のクラスがまだ準備でバタバタしている中、うちのクラスは余裕綽々で完璧なオペレーションを組める。つまり、接客の回転率を極限まで上げられるってことだ!」


「うんうん! だからこそ、客引きの力が一番重要なの! 三神くんのゴーストコスプレは、うちのクラスの最終兵器メインウェポンなんだから、一日中廊下や中庭を歩き回って、お客さんを無限に引っ張ってきてもらわなきゃ困るのよ!」


「裏方の在庫管理なんて、誰でもできるでしょ!? でも、あの『冷酷な見下し眼差し』で客を魅了できるのは、三神くんしかいないのよ!!」


 女子たちが、鼻息を荒くして零に詰め寄る。


「な、なんだって……?」


 零の顔面から、スゥッと血の気が引いていく。

 準備を完璧にすれば、自分が目立たなくて済むと思っていた。

 だが現実は逆だった。準備が完璧になったことで、彼らは『集客』という次のフェーズに完全なリソースを割けるようになってしまった。そしてその集客の要として、あの「完成度が高すぎるゴーストコスプレ」を着た零が、全会一致で最前線に立たされることが決定してしまったのである。


「さあ三神、本番は明後日だ! 今日と明日は、ゴースト様のポージングと、あの『私の心は誰にも覗かせない』っていうセリフの練習をみっちりやるからな!」


「そうだそうだ! もっと冷たく! もっと蔑むような目で!」


「や、やめろ……俺は裏方がいい……パンケーキの粉を混ぜさせてくれ……ッ!」 


 零の悲痛な願いは、祭りの熱気に当てられたクラスメイトたちには届かなかった。

 結果として、自らの規格外の魔法力を使って準備を爆速で終わらせてしまったことが、自分の首を最も残酷な形で絞める結果となってしまったのだ。


「……こんなことなら、魔獣に看板を叩き割ってもらえばよかった」


 絶望の淵で、零は窓の外の青空を虚ろな目で見つめた。

 大国のアメリカやロシアが彼を恐れ、暗躍しているというのに。この悲しき特S級魔法少女は、同級生たちによって「客引き用コスプレ人形」へと仕立て上げられる運命から、逃れることはできなかった。

 文化祭本番まで、あと三日。

 三神零の社会的な死へのカウントダウンは、特S級の魔力によって、皮肉にも最速で進められてしまったのであった。


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