第二十八話
「——というわけで、今年の二の三の出し物は『魔法少女カフェ』に決定しました! 拍手!」
パチパチパチパチ!
放課後の教室に、クラスメイトたちの歓声と拍手が鳴り響く。
教壇の上で、文化祭企画の進行役を務める女子生徒が誇らしげにホワイトボードを叩いた。そこには、ピンク色のチョークでデカデカと『マジカル☆カフェ〜あなたの心に極大魔法!〜』という、正気とは思えないタイトルが書き殴られていた。
そして、教室の最後列。
クラスの文化祭実行委員である三神零は、机に突っ伏して完全に魂を抜かれていた。
(……どうしてこうなった)
数日前の企画会議から今日に至るまで、零は必死の裏工作を行ってきた。
「焼きそば屋の方が利益率が高い」「お化け屋敷の方が準備が楽だ」「魔法少女なんてテーマは他のクラスと被るからやめよう」と、あらゆる正論を並べてクラスの世論を『無難な方向』へと誘導しようとしたのだ。
しかし、オタク代表である親友・狭間稔の「俺たちの手で魔法少女への感謝を形にするんだ!」という熱弁と、女子生徒たちの「可愛い衣装が着たい!」という強烈な欲求の前に、零のささやかな抵抗は文字通り粉砕された。
結果、パンケーキやオムライスを提供する『魔法少女カフェ』という、零にとって最も地獄に近い企画が爆誕してしまったのである。
「よし、企画が決まったらあとは実行あるのみだ! 三神、委員として生徒会への企画書提出と、保健所への食品提供の申請、それから調理器具のレンタル手続きを頼むぞ!」
「あ、三神くーん。買い出しリストまとめたから、週末に業務用のパンケーキミックス十キロと、ホイップクリーム三十本買ってきてねー!」
「…………ああ、分かった」
死んだ魚のような目で、次々と押し付けられるプリントの束を受け取る零。
(特級魔獣の装甲を砕くより、生徒会に火気使用許可書を通す方が何倍もしんどい……。俺の魔力は、パンケーキを焼くためにあるんじゃないのに……)
そこからの数日間、零の生活は完全に文化祭一色に染まった。
夜な夜な街の平和を守るパトロール(という名の深夜徘徊)をこなしつつ、昼間は生徒会室で神宮寺会長の厳しい書類チェックに耐え、放課後は自転車のカゴに大量の小麦粉と卵を積んで街を駆けずり回る。
大国のアメリカとロシアが『特S級・ゴースト』の確保に向けて国家規模の暗躍を始めている裏で、当のゴースト本人は「業務用スーパーの特売日」に命を懸けていた。
そして、文化祭本番を一週間後に控えたある日の放課後。
買い出しを終えて教室に戻ってきた零を、さらなる理不尽な暴力が待ち受けていた。
「おっ、戻ってきたな三神! ちょうどお前の衣装が完成したところだぞ!」
教室のドアを開けた瞬間、満面の笑みを浮かべた稔が飛びついてきた。
教室の中は、段ボールや布切れが散乱し、すっかり文化祭の準備モードになっている。女子生徒たちがミシンを踏み、男子生徒たちが看板のペンキ塗りを行っていた。
「衣装? ああ、カフェのウェイター服か。別に普通の黒シャツとエプロンでいいって言っただろ」
「チッチッチッ、甘いな三神。文化祭ってのはな、非日常の祭典なんだよ!」
稔が、チッチッと指を振りながらニヤリと笑った。
「うちのクラスの女子たちが会議を重ねた結果、『女子が魔法少女のコスプレをするだけじゃパンチが足りない。男子も魔法少女の衣装を着た方が、ギャップ萌えとウケ狙いで絶対客を呼べる』という結論に至ったんだ!」
「…………は?」
零の動きが、ピタリと止まった。
男子も、魔法少女の衣装を着る。それはつまり、クラスの男子全員で『女装』をして接客をするということだ。
「正気かお前ら。そんなの誰が喜ぶんだよ……」
「馬鹿野郎、すでに他のクラスの女子からは『二の三の男子の女装、絶対見に行く!』って大好評だぞ! 俺だって腹を括って、真奈ちゃん(巨大ハンマー持ち)のコスプレをする覚悟を決めたんだ!」
見れば、稔の傍らには、ダンボールとガムテープで自作された不格好な巨大ハンマーと、黄色を基調としたフリフリの衣装が置かれている。
狂っている。このクラスは、文化祭の熱気に当てられて集団ヒステリーを起こしている。
「……勝手にしろ。俺は裏方だし、委員の仕事があるから接客には出ない。コスプレなんか絶対やらないからな」
零が踵を返して教室から逃げ出そうとした、その時だった。
「逃がさないよ、三神くん!」
ガシッ! と、零の両腕を、クラスの女子生徒——衣装班のリーダーである女子が力強くホールドした。
「あんたは文化祭委員でしょ! クラスの代表として、一番目立つ衣装を着て客引きをしてもらわなきゃ困るの!」
「放せ! 俺には生徒会の予算会議が……!」
「問答無用! ほら、衣装班の最高傑作を持ってきて!」
リーダーの合図と共に、数人の女子生徒がうやうやしく『それ』を運んできた。
黒のベロア生地と真っ白なフリルを基調とした、豪奢でどこか退廃的な美しさを放つドレス。そして、紫がかった漆黒のロングウィッグと、ダンボールと銀紙で作られた精巧な『大剣』の小道具。
「生徒会が『本物のゴーストは呼べない』って言ってたでしょ? だったら、うちらで作ればいいじゃんってことになったの!」
「……っ!?」
零の顔面から、スゥッと血の気が引いた。
「ゴーストのURカード、三神くんが持ってたよね? 稔くんにあのカードの写真を何枚も撮らせてもらって、細部まで徹底的に再現した、完全手作りのゴースト衣装よ!」
「どうだ三神! すごいだろ! 俺のオタクの目から見ても、あのシークレットレアの衣装を完璧にトレースしてるぜ!」
女子たちと稔が、ドヤ顔で漆黒の魔装を突きつけてくる。
「な、なんで俺なんだよ! 俺じゃなくても、もっと小柄な奴に……!」
「三神くん、うちのクラスで一番背が高くて細身じゃない。ゴースト様のあの見下すようなクールなスタイルを再現するには、あんたの体型がベストなのよ!」
「さあ、着替えなさい! 更衣室にぶち込めーっ!」
「や、やめろォォォォォッ!!」
零の悲痛な絶叫も虚しく、彼は数人の男子と女子によって、強引に教室の隅に作られた簡易更衣室(カーテンの裏)へと引きずり込まれていった。
数分後。
簡易更衣室のカーテンの向こう側で、カサカサと衣擦れの音が響く。
「三神ー? サイズ大丈夫かー?」
「……殺してくれ」
カーテンの奥から聞こえてきたのは、怨嗟に満ちた、地の底から這い出るような低い声だった。
やがて、シャッ、とカーテンが開けられる。
教室の中が、一瞬にして静まり返った。
雑談していた男子も、作業をしていた女子も、全員の視線が一点に釘付けになる。
そこに立っていたのは、紫がかった漆黒のロングウィッグを被り、白と黒のゴシックドレスを身に纏った三神零だった。
衣装班の気合が入りすぎたせいで、フリルやリボンの位置、コルセットの締め付け具合まで、本物の『魔装』と寸分違わぬクオリティに仕上がっている。
元々細身で中性的な顔立ちをしていた零だが、女子の手によって薄くメイクを施され、目元にシャドウを入れられた結果。
そこには、カードからそのまま抜け出してきたかのような、圧倒的な冷たさと美しさを放つ『ゴースト』が、完璧に受肉していたのである。
——本物のゴーストが着ているのだから、似合うのは当然の理なのだが。クラスメイトたちはそんなこと知る由もない。
「……す、すげえ……」
最初に沈黙を破ったのは、親友の稔だった。
彼は手作りハンマーを取り落とし、震える手でスマホのカメラを構えた。
「三神……お前、マジで……めちゃくちゃ美人じゃねえか……!」
「おい、なんか三神に見下されてると、ゾクゾクしてこないか……?」
「やばい、完成度高すぎ! これ絶対、他のクラスの客全部かっさらえるよ!」
教室中から、嵐のような歓声と拍手が巻き起こった。
女子たちは「写真撮らせて!」と群がり、男子たちは妙に顔を赤らめながら「お、お疲れ様です……」と謎の敬語を使い始めている。
その熱狂の中心で。
三神零は、段ボール製の大剣を握りしめながら、羞恥心と絶望で今にも気絶しそうだった。
(……終わった。俺の高校生活、完全に終わった)
特S級の未知の災害指定クラス。
本気を出せば、この教室ごと特級魔獣を消し去ることができるほどの深淵の魔力を持つ少年は。
今、手作りのフリフリ衣装を着せられ、クラスメイトのフラッシュの嵐を浴びながら、屈辱に唇を噛み締めていた。
「ほら三神くん、ポーズ! カードに書いてあったあのセリフ、言ってみて!」
「そうだ三神! 『私の心は、誰にも覗かせない』ってやつ!」
(言えるかァァァァッ!! なんで俺が、自分の女体化のコスプレをして、公式が勝手に作った痛ポエムを同級生の前で暗唱しなきゃならないんだよォォォッ!!)
内心の絶叫は届かず、零はただただ、死んだような目でカメラを見つめ返すことしかできなかった。
その「死んだような冷たい目」が、逆にゴーストのミステリアスな雰囲気を完璧に再現してしまい、さらにクラスの熱狂を煽るという悪循環に陥っていることに、彼はまだ気づいていなかった。
世界が彼を巡って暗躍し、国家レベルの刺客が迫る中。
未登録魔法少女ゴーストの最大の試練は、魔獣との戦いでもテロ組織との死闘でもなく。
週末に迫った『秋桜祭』での、地獄のコスプレ接客労働(罰ゲーム)へとシフトしつつあったのである。




