第二百六十一話
水曜日、午前五時。
零は、いつもの時間に目を覚ました。
部屋の中は、まだ薄暗い。
カーテンの隙間から、冬の夜明け前の青白い光が、細く差し込んでいる。
(……寒い)
窓の鍵を開けたまま寝たせいか、部屋の空気がひんやりと冷えていた。
零は、布団の中で身じろぎして、そして固まった。
足元が、重い。
そっと上半身を起こすと、ベッドの足元に、銀色の頭が一つ乗っかっていた。
赤いリボンで結った、銀髪のツインテール。真紅のフリルをあしらった、黒いゴシックドレス。
ルカが、床に座り込んだまま、零の布団に突っ伏して寝息を立てていた。
部屋の隅に目を向ける。
毛布の塊が、もう一つ。青いリボンを結んだ銀髪が、端からはみ出していた。
リリアもまた、昨夜と同じ場所で、すうすうと眠っている。
(……交代制は、どうした)
二時間ごとに交代する。
確かに、そう決めていたはずだった。
おそらく、見張りを終えたルカが部屋に入ってきて、リリアを起こそうとして、そのまま力尽きたのだろう。
窓の外の向かいの屋根には、誰もいなかった。
零が額を押さえた、その時。
廊下の向こうで、ドアの開く音がした。
「……お兄ちゃーん。起きてるー?」
玲奈の声だった。
ぺたぺたと、スリッパの足音がこちらへ近づいてくる。
(まずい)
零は、ベッドから飛び出した。
「ルカさん、リリアさん。起きて」
小声で、二人の肩を揺する。
「……ん……おにーさん……?」
「……あと、五分……」
「五分もない。妹が来る」
その一言で、二人の目がぱちりと開いた。
さすがは教団の高級幹部だった。状況を理解するまでに、一秒とかからなかった。
ルカが跳ね起き、リリアが毛布を放り投げる。
二つの影が、音もなく窓枠を蹴った。
零が窓を閉めたのと、ドアが開いたのは、ほぼ同時だった。
「お兄ちゃん、起きてるじゃん」
パジャマ姿の玲奈が、眠そうな目をこすりながら顔を出した。
「……おはよう、玲奈。早いな」
「ほっぺ、大丈夫かなって思って」
玲奈は、零の頬の絆創膏をじっと見つめた。
それから、ふと首を傾げた。
「……なんか、部屋、寒くない?」
「換気してた」
「こんな朝早くに?」
「空気が、こもってたから」
玲奈は、床に落ちている毛布に目を留めた。
「……毛布、なんで床にあるの?」
「……寝相が悪かった」
「お兄ちゃん、寝相いいじゃん」
「昨日は、悪かったんだよ。魔獣のせいで悪夢をみたからな」
玲奈は、しばらく零の顔を見つめていた。
それから、心配そうに眉を下げた。
「……やっぱり、怖かったんだね」
「……まあ、少しな」
「今日、学校から帰ったら、私がお兄ちゃんの部屋で一緒に宿題してあげる」
「……ありがとう」
玲奈は、満足そうに頷いて、洗面所へと向かっていった。
零は、ゆっくりと窓の外を見た。
向かいの家の屋根の上で、赤いリボンと青いリボンの小さな影が、何事もなかったかのように並んで座っていた。
ルカが、小さく手を振った。
リリアは、無表情のまま、両手で小さな丸を作っていた。
(……心臓に悪い)
零は、深く息を吐いてから、台所へと降りていった。
台所には、すでに明かりが灯っていた。
「おはよう、零」
エプロン姿の奈々美が、卵焼き器を握っていた。
調理台の上には、蓋の開いた弁当箱が五つ並んでいる。
「……母さん? どうしたの、こんな早くに」
「たまには、お母さんがお弁当作ろうと思って」
奈々美は、手際よく卵を巻きながら、にこりと笑った。
「怪我人は、今日くらいゆっくりしなさい」
「……擦り傷だけだって」
「それでも」
奈々美は、焼き上がった卵焼きを、まな板の上で均等に切り分けた。
断面は、綺麗な渦巻きを描いている。
零が毎朝作るものと、寸分違わない形だった。
当たり前だ。零は、この人の手つきを真似て覚えたのだから。
零は、黙って味噌汁の鍋に火を入れた。
奈々美は、何も言わずに、零の隣で弁当を詰め続けた。
やがて、五郎が背広姿で台所に顔を出した。
「おお、今日は母さんの弁当か」
「そうよ。零は、今日はお休み」
「そうか。……零」
五郎は、弁当の包みを受け取りながら、零の方を見た。
「帰り道。分かってるな」
「大通り。遠回りでも」
「よし」
五郎は、零の肩を一度だけ叩いて、玄関へと向かった。
その背中が、いつもより少しだけ大きく見えた。
朝食の席で、澪がスマートフォンを見ながら口を開いた。
「白百合から、返事来た。昨日の件、情報班が調べるって」
「……そっか」
「由鶴さんが、直接動くみたい。……警報が鳴らない魔獣なんて、本当なら大騒ぎよ」
澪は、トーストを齧りながら、零の顔をちらりと見た。
「あんたも、何か変なことに気づいたら、すぐ言いなさいよ」
「……うん」
零は、味噌汁をすすりながら頷いた。
変なことなら、山ほど知っている。
だが、そのどれ一つとして、姉に話すことはできなかった。
登校途中。
零は、父との約束どおり、車の行き交う大通りを歩いていた。
背後には、相変わらず星監の監視班の気配がある。
横断歩道で信号を待っていると、隣に一人の女性が並んだ。
地味なグレーのコート。手には、ゴミ袋を一つ提げている。朝のゴミ出しに出てきた主婦の風体だった。
「——そのまま、前を向いたままお聞きください」
零は、表情を変えずに頷いた。
八咫の隊員の声だった。
「まずは、お詫びを」
隊員の声は、いつもより僅かに低かった。
「昨日、お側を離れておりました。……そのお顔の傷は、我々の落ち度です」
「……皆さんのせいじゃないです」
「いえ」
隊員は、それ以上は言わなかった。
だが、その声には、隠しきれない悔しさが滲んでいた。
「ご報告を三点。……まず、昨日の情報収集の成果です」
「はい」
「先日入国した欧州の三名。そのうち一名が、昨日、長野県の山中で、白い衣の団体の関係者と接触いたしました」
零の眉が、僅かに動いた。
「……二つの組織が、繋がってるんですか」
「組織として一つになったわけではございません。……ですが、何らかの取引が成立しつつあるものと思われます。欧州側は変身固定の実験体を、団体側は技術と資金を、それぞれ求めている様子です」
実験体。
その言葉に、零の背筋が冷えた。
適性を失った魔法少女たち。永遠に変身したままでいられると、甘い言葉で集められた少女たち。
差し出す側と、受け取る側。
その取引の机の上に載せられているのは、人間だった。
「二点目」
信号が、赤から青に変わった。
だが、隊員は歩き出さなかった。零も、その場に留まった。
「昨日、八咫が全隊で都外に出ていたこと。……その予定を知る者は、殿下と、宮内庁のごく一部に限られておりました」
「……それって」
「三神様が襲撃されたのは、我々が不在だった、その日です」
隊員は、ゴミ袋を持つ手に力を込めた。
「偶然である可能性もございます。……ですが、殿下は、内部に情報を漏らしている者がいる可能性を、排除されておりません」
零は、しばらく黙り込んでいた。
皇室の周辺にまで、手が伸びている。
あの魔獣は、偶然あの路地に現れたのではない。
八咫がいない日を選び、監視班がいて変身できない場所を選び、零を狙った。
凛音のペンダントが、胸の奥で、ひやりと冷たく感じられた。
「三点目。殿下のご判断です」
「……はい」
「今後、八咫は任務を分割いたします。どのような任務であっても、常に一名は、三神様の周辺に残ります」
「そこまで、してもらわなくても」
「殿下のご命令です」
隊員は、きっぱりと告げた。
「それから、殿下からのご伝言を。……『二度と、同じことはさせない』と」
零は、その言葉を、胸の中で静かに受け止めた。
「……ありがとうございます、と。殿下に」
「承知いたしました」
信号が、再び赤に変わりかけていた。
隊員は、ゴミ袋を集積所に置くと、そのまま人混みの中へと紛れていった。
零は、青信号が点滅する横断歩道を、小走りで渡った。
放課後。
六時間目の終わりのチャイムが鳴ると同時に、教室の外がやけに騒がしくなった。
「おい、見ろよ! 校門!」
「うそ、あれ本物!?」
「なんで白百合の制服の人がうちの学校に!?」
窓際に、生徒たちが一斉に押し寄せていく。
零は、嫌な予感を覚えながら、窓の外に目を向けた。
校門の前に、一人の少女が立っていた。
陽光を弾く銀髪。白を基調とした、白百合の盾の制服。
背筋を伸ばし、腕を組み、微動だにせず校舎を見つめている。
羽衣緋雪だった。
(……本当に、来た)
昨夜の電話の声が、脳裏に蘇る。
迎えに行く、と。
有無を言わせぬ声で、彼女は確かにそう言った。
「羽衣緋雪だ! 白百合のトップエース!」
「氷の女王じゃん!」
「なんで!? 取材!? 魔獣でも出たの!?」
教室中が、騒然となっていた。
「——零!」
稔が、鞄を放り出して窓に張り付いていた。
「見ろ! 羽衣緋雪だぞ! 本物だぞ!」
「……見てる」
「サインもらってくる! お前、先に帰っててくれ!」
稔は、零の返事も待たずに、教室を飛び出していった。
零は、しばらくその背中を見送ってから、深く息を吐いた。
(……稔には、見られるわけにいかない)
零は、鞄を掴んで、稔とは反対方向の階段へと向かった。
校門の前には、すでに人だかりができていた。
遠巻きにスマートフォンを構える生徒たち。サインをねだろうとして、緋雪の冷たい一瞥に足を止める生徒たち。
緋雪は、その全てを意に介さず、ただ校舎の出口だけを見つめていた。
零は、人だかりの外側を回り込み、校門の脇の植え込みの陰に立った。
スマートフォンで、短いメッセージを送る。
『裏の通用門に回って』
緋雪の視線が、一瞬だけ手元の端末に落ちた。
それから、彼女は静かに人だかりに背を向け、校舎の外周に沿って歩き出した。
通用門の前で、零は緋雪と合流した。
「……零くん」
「緋雪さん。本当に来たんだ」
「言ったでしょう。迎えに行くって」
緋雪は、零の頬の絆創膏に、そっと指先を触れた。
その指が、僅かに震えていた。
「……痛かった?」
「全然」
「嘘」
「……少しだけ」
緋雪は、小さく息を吐いた。
それから、零の手をしっかりと握った。
「帰りましょう」
その時。
通用門の脇の電柱の陰から、二つの影がひょこりと顔を出した。
「あ、おねーさん!」
「……ん。おにーさんの、彼女のおねーさん」
猫の刺繍入りのエプロンを着けたままのルカとリリアだった。
購買のパートを終えて、そのまま零の護衛に回っていたらしい。
緋雪は、二人の顔を見て、僅かに目を見開いた。
それから、周囲に人の目がないことを確かめて、静かに二人の前に立った。
「ルカさん。リリアさん」
「おねーさん、バーベキューぶりだね!」
「……ん」
河原で肉を焼いた日と、四十七人の少女を助け出した夜。
敵と味方が、何度もひっくり返ってきた相手である。
緋雪は、二人に向かって、深く頭を下げた。
「昨夜は、零くんを守ってくれて、ありがとう」
ルカとリリアは、顔を見合わせた。
「お、おねーさんが、頭下げた……」
「……ん。白百合のエースが、リリアたちに」
「白百合のエースとしてじゃないわ」
緋雪は、顔を上げた。
「零くんの、恋人として。……本当に、ありがとう」
ルカの顔が、ぱっと赤くなった。
「こ、恋人……! 直接言われると、なんか照れる……!」
「……ん。おにーさんとおねーさん。お似合い」
リリアが、無表情のまま小さく拍手をした。
零は、耳まで熱くなるのを感じた。
「……それで、お願いがあるの」
緋雪は、声を潜めた。
「昼間と帰り道は、私が零くんの傍にいる。……夜の見張りを、二人にお願いできるかしら」
「任せて!」
「……ん。昨日の夜も、見張ってた」
「途中で、二人とも寝てたけどな」
零がぼそりと呟くと、ルカとリリアが同時に固まった。
「……おにーさん、それは言わない約束」
「……ん。内緒にして」
緋雪は、首を傾げた。
「寝てた? どこで?」
「……おにーさんの部屋」
リリアが、何の悪気もなく答えた。
——ピシリ。
通用門の鉄柵に、うっすらと霜が降りた。
「……零くん?」
「ち、違う! 寒いから、休憩していいって言っただけで!」
「……へえ」
「交代制にしてって言ったんだよ! 毛布も貸して!」
「……毛布」
霜が、鉄柵の上をじわじわと広がっていく。
「おねーさん、怒らないで! おにーさん、すっごく優しかったんだよ! ホットミルクとおにぎりと卵焼き、作ってくれたの!」
「……ん。あったかかった」
「……ホットミルクと、おにぎりと、卵焼き」
緋雪の目が、すうっと細くなった。
「……私、まだ零くんに夜食を作ってもらったこと、ないのだけれど」
「そこ!?」
零の叫びが、通用門に響いた。
四週間、同じ屋根の下で暮らして、毎日一緒に台所に立っていたはずである。
だが、確かに「夜食」だけは、作った記憶がなかった。
しばらくの沈黙の後、緋雪は小さく溜息を吐いた。
鉄柵の霜が、ゆっくりと溶けていく。
「……いいわ。二人には、本当に感謝してるから」
緋雪は、ルカとリリアに向き直った。
「今夜からも、お願いね。……休憩は、ちゃんと交代で」
「「はーい!」」
双子は、元気よく手を挙げてから、屋根の上へと跳んで消えていった。
零は、隣の緋雪の横顔をそっと窺った。
「……今度、夜食作るから」
「……約束よ」
緋雪は、前を向いたまま、零の手をさらに強く握った。
その頃、校舎の三階。
職員室の窓から、教育実習生の名札を下げたヴィクトリアが、通用門の方角を見下ろしていた。
「……羽衣緋雪が、この学校に」
彼女は、指先で窓枠を叩いた。
「白百合のトップエースが、わざわざ足を運ぶ理由。……やはり、この建物には何かあるのね」
ヴィクトリアの視線は、少年の背中ではなく、校舎の足元——地下の避難壕へと向けられていた。
答えは、いつも視界の中にある。
だが、それを見ようとしない限り、人はいくらでも遠回りができるのだった。
一方、校門の前。
サイン色紙を握りしめた稔が、人だかりの中で呆然と立ち尽くしていた。
「……いない」
「羽衣緋雪、さっき裏の方に歩いていったぞ」
「裏!?」
稔は、校舎の外周を全力で走った。
角を曲がった先、通用門の遥か向こうに、二つの背中が小さく見えた。
銀髪の少女と、その隣を歩く、制服姿の男子生徒。
二人は、しっかりと手を繋いでいた。
距離がありすぎて、男子生徒の顔は見えなかった。
「……え」
稔の手から、サイン色紙が滑り落ちた。
「羽衣緋雪に……彼氏……!?」
冬の風が、稔の足元の色紙を、ころころと転がしていった。
「うちの学校の誰だよ……! ちくしょう、誰なんだよおおおっ!!」
稔の絶叫は、夕暮れの校舎に虚しく響き渡った。
その「誰か」が、ついさっき自分に「先に帰ってて」と言われた親友であることなど、知る由もなかった。
大通りを、零と緋雪は並んで歩いていた。
背後には、相変わらず星監の監視班の気配がある。
だが、緋雪は繋いだ手を、一度も離さなかった。
「……由鶴さんから、伝言があるの」
緋雪が、声を潜めた。
「凛花さんが協会に提出した、一つ目の結晶。……保管庫から、なくなったそうよ」
「……なくなった?」
「記録上は、『紛失』。でも、あの保管庫は、限られた人間しか開けられないわ」
零の足が、僅かに止まった。
「由鶴さんが追ってる、協会内部の三人」
「ええ。そのうち、保管庫に触れられる立場の人間は、一人だけ。……由鶴さんは、その人に絞り込みつつあるみたい」
零は、しばらく黙り込んだ。
協会の中に、結晶を消した者がいる。
八咫の予定を漏らした者が、皇室の周辺にいるかもしれない。
どちらも、見えないところから、確実にこちらの足元を崩しにきていた。
「……二つ目の結晶は、ルカさんたちが持ってる」
「福音の鐘に?」
「うん。昨日、リリアさんが拾って、ルディアさんのところに持っていった」
緋雪は、少し考え込んでから、静かに頷いた。
「……協会の保管庫より、よほど安全かもしれないわね」
皮肉な話だった。
国の認可を受けた組織の金庫より、カルトの祭壇のほうが信用できる。
「ルディアさんに、しっかり守ってもらうように、二人に頼んでおく」
「ええ。……それと、由鶴さんにも伝えておくわ。結晶の現物が、まだ一つ残っていること」
緋雪は、零の手を握り直した。
「零くん。……一人で、動かないでね」
「……うん」
「約束」
「約束する」
緋雪は、ようやく少しだけ表情を緩めた。
三神家の門の前で、二人は足を止めた。
「……また、明日」
「うん。また明日」
緋雪は、名残惜しそうに零の手を離し、夕闇の中へと歩いていった。
その背中が角を曲がるまで、零は門の前で見送っていた。
その夜。
玲奈と一緒に宿題を終え、家族が寝静まった後。
零は、自室の机で、パソコンの画面に向かっていた。
昨夜から、授業の合間も休み時間も使って組み上げ、勾玉の技術協力の末にできた試作版のプログラム。
魔力の波形を拾うのではなく、「揺らぎが不自然に消えた場所」を探すための、新しい目。
(……頼む、動いてくれ)
零は、実行キーを押した。
画面に、関東一円の地図が広がる。
街の上には、無数の細かな揺らぎが、砂嵐のように淡く映し出されていた。
自然の魔力のノイズ。世界が、ちゃんと息をしている証拠だった。
零は、その砂嵐の中を、じっと目で追った。
一分。二分。
目が乾いて、何度も瞬きをした。
そして。
地図の端、郊外の山中に、一つだけ。
砂嵐が、ぽっかりと抜け落ちた場所があった。
揺らぎが、ない。
まるで、そこだけ世界が息を止めているかのように。
(……見つけた)
零は、その地点を拡大した。
山の名前。周辺の地形。最寄りの集落。
そして、そこから数キロ離れた場所に、見覚えのある地名があった。
白鳥の家がある町だった。
零の指が、キーボードの上で止まった。
(……奈緒が、いる町だ)
あの魔獣が現れた河川敷も、白鳥の家から歩いて行ける距離だった。
偶然が、二つ続いている。
零は、椅子から立ち上がり、窓の外を見た。
向かいの屋根の上に、青いリボンの銀髪の影が一つ、静かに座っていた。
今夜の最初の見張り番は、リリアらしい。
リリアが、こちらに気づいて、小さく首を傾げた。
零は、胸のペンダントを、そっと握りしめた。
一人で動かない。
ついさっき、緋雪とそう約束したばかりだった。
零は、スマートフォンを手に取り、二つの宛先にメッセージを打ち始めた。
一つは、緋雪へ。
もう一つは、八咫への緊急連絡先へ。
画面の中の地図では、揺らぎの消えた一点が、静かにそこに在り続けていた。




