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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第二十四話

 三神家のリビングに、ドナドナと売られていく子牛のような足取りで連行された零は、ソファに力なく崩れ落ちた。

 彼の左右には、獲物を逃がさないよう見張るように、姉の澪と妹の玲奈が陣取っている。


「さあ零、観念してリュックを開けなさい!『魔法少女クロニクル』の新弾、ちゃんと約束通りBOXで買ってきたんでしょうね?」


「お兄ちゃん、早く早く! 私、真奈大尉の新しいカードが欲しいな!」


 キラキラと目を輝かせる姉妹を前に、零は深い、深すぎる溜め息をつきながら、リュックのジッパーをゆっくりと下ろした。

 そして、中から乱雑にまとめられたノーマルカードの束と、レアカード数枚、そして……分厚い硬質ローダーに封印された『それ』を取り出し、ローテーブルの上にゴトッと置いた。


「……悪い。お前らの分、一緒に剥こうと思ってたんだけど、友達と先に開けちゃった」


 零の言葉に、姉妹は「えーっ!」と不満の声を上げた。


「なんだ、もう開けちゃったの? 開封のドキドキ感が一番楽しいのに!」


「お兄ちゃんのケチー! ……あ、でもレアカードはいっぱい出た?」


 不満を漏らしつつも、玲奈はテーブルに置かれたカードの束に手を伸ばした。澪もまた、弟がどんなカードを引き当てたのかと、束の一番上にあった分厚いケースを無造作に手に取った。


「なになに? この厳重にケースに入ってるやつが一番の当たりってわけね。どれどれ……」


 澪がカードの表面を見た瞬間。

 彼女の動きが、まるで動画の再生を一時停止したかのようにピタリと止まった。


「……え?」


「どうしたのお姉ちゃん?」


 玲奈が澪の手元を覗き込み、そして彼女もまた、信じられないものを見るように目を限界まで見開いた。

 七色のホログラム加工。

 見下すような紫の瞳を持つ美しき亡霊。

 金箔押しのサインと、痛々しいフレーバーテキスト。


「こ、これ……っ!!」


 澪の声が、裏返っていた。


「ゴーストの、描き下ろしシークレットレアじゃない!!」


「嘘っ!? ほんとだ! お兄ちゃん、これ引いたの!?」


 姉妹は弾かれたように立ち上がり、テーブルを挟んで零に詰め寄った。

 二人の顔には、純粋な驚愕と、得体の知れないものを見るような畏怖の色が浮かんでいた。


「な、なんだよ。そんなにすごいのか、それ」


 零は視線を逸らしながら、できるだけ興味なさそうに装って答える。


「すごいのか、じゃないわよ! あんた、ネットのニュース見てないの!?」


 澪がスマホを取り出し、高速で画面をタップして零の目の前に突きつけた。

 そこには、カードゲームのまとめサイトやSNSのトレンド画面が表示されている。


『ゴースト・シク、封入率激ヤバ! 20カートン(約600BOX)剥いて一枚の報告も』

『初動買取価格、まさかの15万円スタート! 秋葉原のショップで争奪戦勃発!』


「20カートンって……何十万円分よ!? それをあんた、たった1BOXで引き当てたっていうの!?」


「お兄ちゃん、ひょっとして寿命と引き換えにカード引いたの……? 明日死んじゃうの……?」


 玲奈が本気で心配そうな顔をして、零の肩を揺さぶる。

 魔法少女の適性試験に合格した彼女たちでさえ、この異常なまでの神引きには恐怖すら感じているようだった。


「死なねえよ! ただ運が良かっただけだ! 俺だって引きたくて引いたわけじゃないんだよ!」


 零の叫びは、姉妹には「照れ隠し」としか受け取られなかった。


「はー……信じられない。物欲センサーって本当にあるのね。無欲な人間の方が当たるってやつ」


 澪は深い感嘆の息を吐きながら、再び硬質ローダーに入ったゴーストのカードを、まるで国宝でも扱うかのようにうやうやしく掲げた。


「でも、生で見るとすごい迫力ね。このイラスト、本当に綺麗……」


 ピクッ、と。零の肩が跳ねた。

 ついに始まった。身内による、自分自身(女体化)の容赦ない品評会が。


「だよね! 紫の長い髪がすっごくミステリアスだし、スタイルも抜群! これならオタクの人たちが熱狂するのも分かるかも」


「でしょ? ほら、この見下すような冷たい目。ゾクゾクするわー。私、炎属性だからこういうクールな氷の魔法少女って憧れるのよね」


「私服とかどんなの着てるんだろうね? 意外と可愛い系の服が好きだったりして!」


 キャッキャと盛り上がる姉妹。

 零は、ソファの上で一人、羞恥心で内臓がねじ切れるような錯覚に陥っていた。


(やめろ……頼むからやめてくれ……! お前らが今「スタイル抜群」とか「ミステリアス」とか言ってるその女、目の前にいる俺だから! お前らの弟(兄)だからァァァッ!!)


 心の中で血の涙を流して絶叫するが、もちろん声には出せない。

 さらに、澪の視線が、カードの下部に印字された忌まわしき一文へと向けられた。


「あ、見て玲奈。ここにセリフが書いてある。……『私の心は、誰にも覗かせない。この闇が、あなたを虚無へ誘うわ』だって」


「うわぁ……」


 玲奈が、なんとも言えない、少し生温かい笑みを浮かべた。


「ゴーストって、めっちゃ強い特S級の魔法少女なんだよね? でもこれ……ちょっと、その……」


「うん。絶賛『中二病』こじらせ中って感じね」


 グサァッ!!

 見えない槍が、零の胸を深々と貫いた。


「『虚無へ誘うわ』って! 普段からこんなこと言いながら戦ってるのかな? なんかちょっと痛いっていうか、可愛いかも!」


「公式のサインも見てよこれ。筆記体でシュッとしてるけど、絶対家で何度も練習したやつよね、これ。フフッ、強くて美人なのに、中身は案外ポンコツなのかしら」


(違うッ! 俺はそんなこと言ってないし、サインも公式が勝手に作ったやつだッ!! 俺の中二病じゃない、運営の中二病だ!!)


 誤解だ、完全なる冤罪だ。

 しかし、それを否定することは「自分がゴーストである」と自白することと同義である。

 零は唇を噛み締め、両手で顔を覆ってブルブルと震えることしかできなかった。


「……あ。ねえ玲奈、見て。零のやつ、顔真っ赤にしてプルプル震えてるわよ」


「ほんとだ! どうしたのお兄ちゃん、風邪?」


「違うわよ。あんた、分からないの?」


 澪が、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、零の隣にドカッと腰を下ろし、肘で彼を小突いた。


「図星を突かれて恥ずかしいのよ。ねえ、零? あんた、昔からこういう『冷たくてミステリアスな年上のお姉さん』がどストライクだったもんねぇ」


「は……っ!?」


 零は、覆っていた手をどけて姉を凝視した。


「い、いや! 俺は別に——」


「誤魔化さなくていいわよ! 中学生の時、あんたが部屋に隠してたアニメのポスター、全部そういう系のキャラだったじゃない。黒髪ロングでツンツンした感じの。……なるほどねぇ、ゴーストの姿は、あんたの性癖のど真ん中を撃ち抜いたってわけだ」


「お兄ちゃん、変態……!」


 妹の玲奈が、汚物を見るような目で零からスッと一歩距離を置いた。


(ち、違うゥゥゥッ!! なんで俺が自分の女体化姿を性的な目で見ている変態扱いされなきゃいけないんだよォォォッ!!)


 もはや羞恥心は致死量を超え、悟りの境地に至りそうだった。

 否定すればするほど「照れ隠し」として処理され、墓穴を掘る未来しか見えない。零は魂が抜けたような顔で、天井の木目を数え始めた。


「まぁ、いいじゃない。健全な男子高校生なんだから」


 澪はひとしきり弟をいじり倒して満足したのか、再びカードに目を落とした。

 そして、ふと悪戯っぽい表情を浮かべる。


「でもさ、これ初動で15万なんでしょ? 売っちゃおうよ、零」


「えっ?」


「だって、あんたカードゲームはそこまでガチ勢じゃないでしょ? これ売れば、私と玲奈の魔法少女訓練に使う新しいスポーツウェアとか、お母さんたちの美味しいディナー代とか、色々まかなえるじゃない! 親孝行と姉妹孝行のチャンスよ!」


 その提案に、零はハッとした。

 確かに、こんな黒歴史の塊のようなカード、手元に置いておきたくない。売ってしまえば、自分の視界から消えるし、家族孝行にもなる。一石二鳥ではないか。


「……そうだな。俺が持ってても仕方ないし、売る——」


 零がそう言いかけた、その時だった。


『馬鹿野郎ォォッ! オタクの矜持を舐めるなと言っただろうが!』


『それはお前が引き当てた、お前とゴースト様の「絆」の証なんだよ! 指紋一つ残さず、家宝として一生崇め奉るんだよ!』


 脳裏に、秋葉原のデュエルスペースで血の涙を流しながら絶叫していた、親友・狭間稔の顔がフラッシュバックした。

 自分がこのカードを売ったと知れば、アイツは間違いなく発狂する。友情が崩壊するかもしれない。

 それに、よく考えれば、自分の女体化姿の超レアカードが中古市場に流出するのも、なんだか自分が「売買」されているようで、ひどく薄気味悪い。どこかの知らない変態オタクの手に渡り、ハァハァ言いながら眺められるくらいなら、自分の手元で封印しておいた方がまだマシなのではないか。


「……いや、やっぱり売らない」


 零は、テーブルの上からカードを奪い返すようにして手元に引き寄せた。


「えーっ!? なんでよ! 15万だよ!?」


「だ、駄目だ。これは……友達との絆の証なんだ。これを売ったら、アイツに殺される」


「何その重い友情。……あっ、分かったわ」


 澪が、またしてもニヤニヤと笑い始めた。


「ホントは売りたくないんでしょ? 自分の『推し』のカードだから。毎晩こっそり眺めて、デレデレするつもりなんでしょ〜?」


「お兄ちゃん、気持ち悪い……」


「だから違うって言ってんだろォォォッ!!」


 三神家に、零の悲痛な叫び声がこだまする。

 結局、そのカードは「家宝」として、零の自室のデスクの一番目立つ場所に、写真立てのように飾られることになってしまった。

 姉妹が勝手にセッティングし、「毎日拝むのよ」と言い残して去っていったのだ。

 夜。

 一人になった自室で、零はデスクの上に鎮座する『自分自身』のカードと無言で睨み合っていた。

 七色のホログラムに輝く冷たい瞳が、まるで今の彼の滑稽な状況を嘲笑っているかのようだった。


「……こんなの、何の拷問だよ」


 明日には数学の再テストが控えている。

 近所には日本支部のエースが引っ越してきて、姉と妹は魔法少女への道を歩み始めた。

 そして部屋には、逃れられない黒歴史の証拠品。

 未登録魔法少女ゴースト。魔獣を恐れさせる漆黒の刃は、現実世界の日常という名の理不尽な暴力の前では、あまりにも無力であった。

 零は泣きながら、サインコサインの公式をノートに書き殴り始めた。


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― 新着の感想 ―
家族内のノリ発言とはいえ、他人の物を売って自分の物欲等を満たそうとするのは普通に最低なセリフ。
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