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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第二十三話

 土曜日の早朝。まだ空が白み始めたばかりの秋葉原の街に、異様な熱気と殺気が渦巻いていた。

 大手ホビーショップの開店一時間前。シャッターが下りた店舗の前から、駅の方へと延々と続く数百人規模の長蛇の列。その大半が、血走った目をした大きなお友達——魔法少女の熱狂的ファンたちである。


「うおおおおッ! ついにこの日が来たぜ三神! 俺の右腕が『早くパックを剥かせろ』と疼いてやがる!」


 列の真ん中あたりで、折りたたみ椅子を持参して陣取っている狭間稔が、興奮のあまり鼻息を荒くして叫んだ。

 その隣で、三神零はパーカーのフードを深く被り、死んだ魚のような目で朝の冷たいコンクリートを見つめていた。


「……なんで俺は、休日の朝六時からこんな所に並んでるんだ……」


「バカ野郎、今日は『魔法少女クロニクル』第十弾拡張パックの発売日だぞ! しかも今回は、我らが『ゴースト』の初収録&描き下ろしシークレットレアが封入されてる超絶神パックなんだ! 一人三箱までの購入制限がある以上、お前の人手アカウントが必要不可欠なんだよ!」


 稔が興奮気味に掲げたスマホの画面には、カードゲームの公式サイトが表示されていた。

 最新パックのタイトルは『深淵の極光(アビス・アウローラ)』。

 パッケージには、氷の結晶を舞わせる羽衣緋雪と、背中合わせに立つゴーストの姿がデカデカと描かれている。紫がかった漆黒の髪をなびかせ、冷酷な流し目を向けるゴーストの美麗イラスト。


(……やめてくれ。俺の顔をそんな高解像度で印刷して、全国に流通させないでくれ……!)


 零は内心で血の涙を流しながら絶叫した。

 自分が特S級の未登録魔法少女として扱われている裏で、あろうことか公式カードゲームの看板キャラクターとして消費されているのだ。しかも、そのパッケージの美少女(中身は自分)を求めて、この早朝から何百人もの男たちが列をなしている。

 正体がバレたら確実に社会的に死ぬ。零の胃は、朝からキリキリと悲鳴を上げていた。


「俺は付き合いで一箱(1BOX)買うだけだからな……。お前の分は買わないから、自力で当てろよ」


「分かってるって! オタクの矜持として、推しは己の金と運で自引き(じびき)してこそ意味があるんだ! 絶対に出してやる……ゴースト様のシークレットを!」


 やがて開店時間を迎え、列がゆっくりと動き始めた。

 店内に雪崩れ込むオタクたちの熱気はすさまじく、レジは一瞬にして戦場と化した。零も群衆に揉まれながら、どうにか自分の分の1BOXと、稔の分の3BOXを確保し、会計を済ませた。

 買い物を終えた二人は、ホビーショップに併設された広大なデュエルスペースの隅の席を陣取った。

 周囲のテーブルでも、一斉に「開封の儀」が始まり、あちこちから歓声や悲鳴が上がっている。


「さあ、始めようぜ三神……。神々の遊びをな!」


 稔は震える手でカッターを握り、一つ目のボックスのシュリンク(透明フィルム)を厳かに切り裂いた。

 銀色のパックを一つずつハサミで切り、中身を確認していく。


「おっ、いきなり新堂中佐のSRスーパーレアだ! 幸先いいぜ!」


「……へえ、よかったな」


 零は、あくびを噛み殺しながら自分のボックスを開け始めた。

 彼にとって、このカードゲームはもはや「自分の黒歴史を強制的に見せつけられる拷問」でしかなかった。適当なノーマルカードと、知っている魔法少女のレアが数枚出ればそれでいい。ただひたすらに、あの『ゴースト』のカードだけは自分の手から出ないでくれと祈りながら、流れ作業のようにパックを剥いていく。


「くそっ、一箱目はハズレ枠のURか……! 次だ、次!」


 稔は必死の形相で二箱目、三箱目と開封を進めていく。

 途中、只野真奈のSRや、羽衣緋雪の通常URなどを引き当てて歓喜の声を上げるものの、彼の一番の目当てである『ゴーストのシークレットレア』は一向に出る気配がない。


「あああああっ! 俺の三箱がァァァッ!!」


 三十分後。

 最後のパックを剥き終えた稔は、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「通常URのゴーストは一枚出たけど……書き下ろしのシクレが出ねえ! 封入率どうなってんだよクソ運営! 俺の三万円が……!」


「ドンマイ。まぁ、通常版が出ただけでもマシだろ。諦めて帰ろうぜ」


 零は慰めの言葉をかけながら、自分のボックスの残りのパックを手に取った。

 残りわずか三パック。これまでに特筆すべきレアカードは出ておらず、見事に「ハズレ箱」の様相を呈していた。

 零としては、それで一向に構わなかった。むしろ自分自身の女体化カードなど、一枚たりとも引き当てたくない。


「よし、あと少しでこの罰ゲームも終わりだ……」


 零は無心のまま、最後から二番目のパックをハサミで切り、中身のカードを指でスライドさせた。

 ノーマルカードを三枚飛ばし、最後の一枚。

 ——ピカァァァァッ!!

 その瞬間、零の視界が七色のホログラムの輝きで埋め尽くされた。

 あまりの眩しさに目を細める。

 カードの表面には、立体的な特殊加工が施されており、見る角度によってキラキラと光の粒子が舞うような異常な豪華さだった。

 そして、そこに描かれていたのは。

 夜の摩天楼——東京スカイツリーの先端を思わせる鋼鉄の足場に腰掛け、夜風に紫がかった漆黒のロングヘアを揺らす魔法少女。

 白と黒の豪奢な魔装。背に負った漆黒の大剣。

 こちらをゴミでも見るかのような、冷徹で底知れぬ見下すような紫の瞳。

 カード名:『深淵の亡霊ゴースト』(シークレットレア仕様)

 さらに最悪なことに、イラストの横には、公式が勝手にデザインした「筆記体のオシャレな金箔押しサイン」が刻まれており、カードの下部には、こんなフレーバーテキストがデカデカと印字されていた。


『——私の心は、誰にも覗かせない。この闇が、あなたを虚無へ誘うわ』


「…………」


 零は、カードを手にしたまま、ピタリと動きを止めた。

 まるで時が止まったかのように、彼の全身から一切の生気が抜け落ちていく。


(……なんだ、この痛々しいポエムは。俺、こんなこと一言も言ってないぞ……。それにサインってなんだよ。俺の字、もっと汚いぞ……)


 脳内で必死にツッコミを入れるが、心に負った致命傷は塞がらない。

 中二病全開のテキスト。見下すようなドヤ顔。そして、それが紛れもなく女性化した『自分自身』であるという逃れられない事実。

 ドサッ。

 零は、静かにテーブルの上に突っ伏し、そのまま崩れ落ちた。


「……おい三神? どうした? 気分でも悪く——」


 心配して顔を上げた稔が、零の手から滑り落ちたそのカードを見た瞬間。

 彼の目玉が、限界まで見開かれた。


「ふぁっ!? えっ!? ちょ、おま……それ!!」


 稔の裏返った絶叫が、デュエルスペース全体に響き渡った。


「ゴ、ゴーストのシークレットレアじゃねえかァァァァァッ!!??」


「しっ! 声がでかいって馬鹿ッ!!」


 零が慌てて起き上がり、稔の口を塞ごうとするが時すでに遅し。

 『ゴーストのシクレ』という魔法の言葉に反応し、周囲のテーブルでパックを剥いていたカードゲーマーたちが、一斉にゾンビのように群がってきた。


「マジか!? 見せてみろ!」


「うおぉぉぉっ! 本物だ! 初動買取で十万円はくだらないトップレアだぞ!」


「すげえええ! あの兄ちゃん、一箱で神引きしやがった!」


「おい、写真撮らせてくれ!」


 あっという間に、零たちのテーブルは数十人のオタクたちに取り囲まれ、フラッシュの嵐が焚かれた。

 男たちの羨望、嫉妬、熱狂の眼差しが、零の持つ一枚のカード——いや、零の『女体化姿』へと一斉に注がれる。


「ああっ、ゴースト様美しい……! その目で見下されたい……!」


「このフレーバーテキスト、最高にゾクゾクするよな!」


(やめてくれぇぇぇッ!! 見ないでくれ! 褒めないでくれ! 俺をその目で見るなァァァッ!!)


 羞恥心が臨界点を突破した零は、顔を茹でダコのように真っ赤に染め上げながら、プルプルと全身を震わせた。

 公開処刑以外の何物でもない。自分の女体化カードを男たちに囲まれて絶賛されるなど、どんな高度なプレイだというのか。


「お前ッ……! なんで物欲センサー皆無のお前が、そんな神引きしてんだよォォォッ!!」


 稔が、ついにテーブルに泣き崩れながらバンバンと拳を叩きつけた。


「俺はあんなに! あんなにゴースト様を愛しているのに! どうして俺のところには来てくれないんだ!」


「み、稔! 分かった、分かったから! このカード、お前にやるよ! 定価でいいから!」


 零は、汚物でも捨てるかのように、シークレットレアのゴーストを稔に押し付けようとした。

 しかし、稔は涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、それを全力で拒絶した。


「馬鹿野郎ォォッ! オタクの矜持を舐めるなと言っただろうが! 他人が当てた推しを金で買うなんて、そんな邪道な真似ができるか!」


「いや、いいから受け取れって! 俺が持っててもマジで意味ないから!」


「駄目だ! それはお前が引き当てた、お前とゴースト様の『絆』の証なんだよ! さあ、早くその最高級の硬質ローダーに入れろ! 指紋一つ残さず、家宝として一生崇め奉るんだよ!」


 稔は持参していた分厚いプラスチック製の保護ケースを、零の手に無理やり握り合わせた。

 周囲のオタクたちも「そうだそうだ!」「自引きの神を大事にしろ!」と謎の連帯感で同調してくる。


「なんで俺が……自分の……いや、他人の美少女カードを一生崇めなきゃいけないんだよ……」


 逃げ場を失った零は、絶望の涙を浮かべながら、震える手で『自分自身』を硬質ローダーへと封印した。

 周囲からはパチパチと温かい拍手が送られるが、零の心は北極よりも冷え切っていた。


「はぁ……はぁ……」


 ホビーショップからの帰り道。

 リュックの中に厳重に保管された『ゴースト』のカードの重み(精神的な意味で)を感じながら、零はふらふらとした足取りで最寄り駅へと向かっていた。


「……なぁ三神。お前、本当にすげえ運持ってるよ。やっぱり、無欲なやつの方が当たるんだな」


 隣を歩く稔は、まだ少し悔しそうにしつつも、どこか憑き物が落ちたような顔をしていた。


「……もう、カードは二度と買わない。俺には刺激が強すぎる」


「何言ってんだよ、次の弾が出たらまた付き合ってもらうからな! お前のそのゴッドハンドで、次は真奈ちゃんのシクレを引いてくれ!」


「断る。絶対に断る」


 げっそりとした顔で自宅の玄関にたどり着いた零は、ようやくこの地獄の休日が終わったと安堵の息を吐き、ドアノブに手をかけた。

 しかし。


「あーっ! お兄ちゃんおかえりーっ!」


 玄関を開けた瞬間、ドタドタという足音と共に、妹の玲奈と姉の澪が満面の笑みで飛び出してきた。


「ちょっと零、遅いじゃない! 今日『魔法少女クロニクル』の新弾発売日でしょ!?」


「お兄ちゃん、箱買いするって約束したよね!? 早く開けようよ!」


「あっ、あのゴーストとかいう美少女のカード、当たった!?」 


 姉と妹のキラキラと輝く瞳。

 その瞬間、零は思い出した。先日、二人が魔法少女の適性試験に合格した際、勢いで『カードを箱買いしてやる』と約束してしまっていたことを。


(…………終わった。本当に終わった)


 リュックの中には、たった今引き当てたばかりの、ゴーストの最高レアリティ(自分自身の女体化・痛ポエム付き)が眠っている。

 これを身内に見られ、姉妹から「お兄ちゃん、こういうのが性癖なんだ〜!」といじり倒される未来が、鮮明に脳裏に浮かんだ。


「……俺、ちょっと用事思い出したから、出かけてくる」


 零は顔面を蒼白にさせ、そのまま回れ右をして逃走しようとしたが、魔法少女の訓練を受け始めた姉と妹の恐るべき反射神経によって、左右の腕をガッチリとホールドされてしまった。


「逃がすかァッ! さあ、リビングで開封式よ!」


「お兄ちゃんの神引き、見せてもらうからね!」


「や、やめろォォォォォッ!! 見ないでくれ! 俺の心は誰にも覗かせないって書いてあるだろうがァァァッ!!」


 三神家に響き渡る、哀れな男子高校生の絶叫。

 未登録魔法少女ゴースト。特S級の力を持ち、魔獣を恐怖させる絶対的な捕食者。

 しかし、その仮面の下にある少年の日常は、羞恥心と身内フラグの業火によって、今まさに消し炭になろうとしていたのであった。


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公開処刑・二連。
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