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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第二百三十四話

三神家のリビング。

テーブルを囲む四人の間に、重い沈黙が落ちていた。


「……私の、遺伝子が」


玲奈は、震える声で繰り返した。


「使われた……って、どういうことですか」


「順を追って、ご説明します」


由鶴は、タブレットを操作した。

画面に、一枚の画像が表示される。

防犯カメラが捉えた、粗い映像。

炎に照らされた暗い通りに立つ、漆黒のドレスを纏った少女の姿。


「……これ」


澪が、眉をひそめた。


「ニュースでやってる、暴れてる子よね。……ゴーストって言われてる」


「はい。ですが、この少女はゴーストではありません」


由鶴は、はっきりと否定した。


「魔力波形の解析により、別の存在であることが確認されています」


「この少女は、政府の旧組織によって人為的に作られました」


由鶴は、静かに続けた。


「使用されたのは、二人分の遺伝子。……一人は、十一年前の『厄災』で戦死した、周防凛音さん」


「……『氷炎の剣姫』?」


澪が、目を見開いた。


「ええ。彼女の遺伝子が、協会から政府へ流出していました」


「そんな……」


「そして、もう一人が」


由鶴は、玲奈へと視線を向けた。


「……三神玲奈さん。あなたです」


玲奈は、しばらく何も言わなかった。

ただ、じっと画面の中の少女を見つめていた。


「……この子」


やがて、彼女はぽつりと呟いた。


「私に、似てる?」


「はい」


由鶴は、静かに頷いた。


「政府は、ゴーストに容姿の近い魔法少女を素体として選びました。……あなたは、その条件に合致していました」


「……」


「あなたの遺伝子は、協会在籍時の血液サンプルから流出したものと推測されます。定期健診、適性検査、任務後の治療。……そのいずれかから」


玲奈は、無意識に自分の腕をさすった。

何十回と針を刺された、その腕を。


「……あの採血が」


「はい」


「あれで、この子が」


「……そうです」


「……ふざけないで」


最初に爆発したのは、姉の澪だった。

彼女は、テーブルを叩いて立ち上がった。


「なにそれ! 玲奈は、ただ検査を受けてただけでしょ!? それを勝手に持ち出して、勝手に人を作って——!」


「姉ちゃん」


「零、これ許せる話!? 私たちは脱会したとはいえ、協会を信じてたのよ! 毎年きちんと検査を受けて、真面目に任務をこなして! それが全部、こんな」


「……澪さん」


由鶴が、静かに口を開いた。


「お怒りは、ごもっともです。……私も、同じ気持ちです」


「……っ」


「ですが、責めるべき相手は、この場にはおりません」


由鶴は、深く頭を下げた。


「そして、それを止められなかった元協会の人間の一人として。……申し訳ありませんでした」


澪は、しばらく荒い息を吐いていた。

やがて、力なく椅子に腰を下ろした。


「……ごめんなさい。八つ当たりだった」


「いえ」


零は、その間ずっと妹の顔を見つめていた。

玲奈は、驚くほど静かだった。

泣いてもいない。怒ってもいない。

ただ、画面の中の少女を、じっと見つめている。


「……玲奈」


零が、そっと声をかけた。


「大丈夫か」


「……うん」


玲奈は、ゆっくりと顔を上げた。


「大丈夫。……でも、ちょっと変な感じ」


「変な感じ?」


「うん」


彼女は、自分の胸に手を当てた。


「怒らなきゃいけないって、頭では思うの。勝手に血を使われて、勝手に人を作られて。……ひどい話だって」


玲奈は、静かに続けた。


「でも、それより先に。……この子のことが、気になっちゃって」


「……この子」


玲奈は、画面をそっと指でなぞった。


「今、どうしてるんですか」


由鶴の表情が、痛みに歪んだ。


(……ああ。やはり、そう聞かれましたか)


「……政府の施設に、収容されています」


彼女は、静かに答えた。


「首に、洗脳の術式を刻まれた状態で。……感情の起伏を監視され、逸脱行動があれば強制的に転移させられる」


「洗脳……」


「ええ。ですが、記憶や自我を封じるタイプのものではありません。……あの子は、自我を保ったまま管理されています」


由鶴は、拳を握りしめた。


「つまり、あの子は……すべてを分かった上で、あの環境に置かれているのです」


「……名前は?」


玲奈が、静かに問うた。


「え?」


「この子の名前は、なんて言うんですか」


由鶴は、しばらく答えられなかった。

やがて、絞り出すように告げた。


「……ありません」


「……え?」


「あの子は、名前を与えられていません」


由鶴の声が、僅かに震えた。


「施設での呼称は、『サンプル004』。……それが、あの子の唯一の識別子です」


玲奈の目が、大きく見開かれた。


「……サンプル」


「はい」


「番号で、呼ばれてるってことですか」


「……そうです」


「なんで」


玲奈の声が、震え始めた。


「なんで、名前がないんですか」


彼女は、勢いよく立ち上がった。


「だって、この子生きてるんでしょう!? 息して、考えて、泣いたりもするんでしょう!?」


「玲奈……」


「なのに、番号!? サンプル!? そんなの、そんなの——!」


玲奈の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「そんなの、ひどすぎるよ……!」


零は、静かに立ち上がり、妹の背中に手を置いた。


「……玲奈」


「だって、お兄ちゃん」


玲奈は、しゃくり上げながら振り返った。


「私の血から作られたんでしょう? じゃあ、あの子は」


彼女は、震える声で言った。


「あの子は、私の妹みたいなものじゃない」


その一言に。

零の胸が、深く抉られた。


「……ああ」


彼は、静かに頷いた。


「そう、だな」


玲奈は、しばらく泣き続けていた。

やがて、彼女は袖で涙を拭い、顔を上げた。


「……由鶴さん」


「はい」


「あの子を、助けられますか」


由鶴は、しばらく答えられなかった。


(……なんと答えるべきでしょうか)


白百合の盾には、政府の施設を強襲する権限も、戦力もない。

組織として動くには、あまりにも多くの障壁がある。

だが。


「……可能性は、あります」


由鶴は、慎重に答えた。


「あの子を追っているのは、我々だけではありません」


「……え?」


「先日、長野の施設が何者かによって襲撃されました。……あの子を、救出しようとした形跡があります」


由鶴は、静かに続けた。


「その勢力が誰であるかは、断定できません。ですが」


彼女は、僅かに目を細めた。


「彼らは、施設の職員を一人も殺していません。……全員、無力化して拘束しただけです」


零の心臓が、大きく跳ねた。


(……由鶴さん)


彼は、必死に表情を保った。


「……それって」


玲奈が、目を丸くした。


「ゴーストですか? 本物の」


「……断定はできません」


由鶴は、静かに首を振った。


「ですが、これまでゴーストが関わったすべての事案で、死者は一人も出ていません。……それは、私が三年かけて確認した事実です」


彼女は、まっすぐに玲奈を見つめた。


「もしあの死神が動いているのなら。……あの子は、必ず助け出されるでしょう」


玲奈は、しばらく黙っていた。

そして、静かに頷いた。


「……分かりました」


彼女は、涙を拭って由鶴を見た。


「由鶴さん。私、お願いがあります」


「……なんでしょう」


「あの子が助け出されたら、会わせてください」


由鶴が、目を見開く。


「……会う、のですか」


「はい」


玲奈は、はっきりと頷いた。


「だって、私のせいであの子が生まれたなら。……ちゃんと、向き合わなきゃいけないから」


「……玲奈さん。それは、あなたのせいでは」


「分かってます」


玲奈は、静かに首を振った。


「悪いのは、勝手に人を作った人たちです。……それは、分かってます」


彼女は、拳を握りしめた。


「でも、あの子にとっては違うでしょう」


「あの子は、自分がどこから来たのかも分からないまま、番号で呼ばれて生きてるんですよね」


玲奈の声は、静かだった。


「だったら、教えてあげたい。……あなたは、誰かの血から作られたんだよって」


彼女は、顔を上げた。


「そして、その誰かは……ちゃんと、ここにいるよって」


由鶴は、しばらく言葉を失っていた。

やがて、彼女は深く頭を下げた。


「……承知いたしました」


その声は、僅かに震えていた。


「必ず、お会いいただけるよう手配します」


「あ、それと」


玲奈が、ふと思い出したように言った。


「なんでしょう」


「あの子の名前、決めてもいいですか」


由鶴の目が、大きく見開かれた。


「……名前を、ですか」


「はい。だって、名前がないなんて可哀想だもん」


玲奈は、少しだけ照れくさそうに笑った。


「私が姉なら、名付け親になってもいいですよね?」


その言葉に。

零は、思わず妹の顔を見つめた。


(……玲奈)


彼の胸に、静かな熱が広がっていく。


(お前は、本当に)


「……いいと思う」


零は、静かに答えた。


「玲奈が付けてやれよ。……あの子の名前」


「うん!」


玲奈は、嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、考えとかなきゃ。……いい名前、思いつくかなぁ」


その頃、キッチンの入り口では。


「……あら。みんな揃って、どうしたの?」


買い物袋を提げた母・奈々美が、不思議そうに顔を出していた。


「あ、お客様? いらっしゃい」


「初めまして。白百合の盾の、新実と申します」


由鶴が、慌てて立ち上がって一礼する。

そして、奈々美にも同様の説明をすると奈々美の顔が今まで見たこともないくらい険しいものになる。


「……なるほど、由鶴さんといったかしら?正直言って協会のやり方には疑念がありますが、白百合の盾は違うのでしょう?」


「ええ!誓って」


それを聞いた奈々美は、いつもの優しい顔に戻ると由鶴に提案する。


「そう? ……では、新実さん。よろしければ夕飯食べていってくださいな。私と零がたくさん作りますから」


「え、いえ、そんな」


「遠慮しないで。ねえ零、いいでしょう?」


「……まあ、材料はあるけど」


零は、苦笑しながら立ち上がった。


「唐揚げでいいですか、新実さん」


「……いえ、あの、本当に結構——」


「あ、由鶴さん唐揚げ好きですよね! 食堂でいつも頼んでるの見ました!」


「なぜご存知なのですか!?」


結局、由鶴は三神家の夕食に同席することになった。

テーブルに並んだ唐揚げを一口食べて、彼女はしばらく動きを止めた。


「……美味しい」


「あら、よかった」


「……本当に、美味しいです」


由鶴は、静かに箸を進めた。


(……ああ)


彼女の胸に、じわりと温かいものが広がっていく。


(あの時のサンドイッチと、同じ味がします)


全身包帯で、杖をついて、疎まれながら押しかけたあの日。

それでもこの少年は、自分に食事を分けてくれた。


(……この方は、あの頃から何も変わっていないのですね)


夕食の後。

玄関先で見送る零に、由鶴は深く頭を下げた。


「……本日は、ありがとうございました」


「いえ。こちらこそ、わざわざ来てくださって」


「妹さんは……強い方ですね」


由鶴は、静かに微笑んだ。


「あの状況で、真っ先に相手の心配をなさる。……なかなかできることではありません」


「……そうですね」


零は、少しだけ誇らしげに答えた。


「昔から、そういう子なんです」


由鶴が帰った後。

零は、一人で台所の片付けをしていた。

窓の外では、雪がしんしんと降り続いている。


(……玲奈)


彼は、洗い物の手を止めて、静かに息を吐いた。


(お前が「妹みたいなもの」って言った、その子は)


零の脳裏に、あの少女の姿が浮かぶ。

白い部屋の壁一面に、何百枚も描かれた落書き。

小さな男の子と、紅い髪の女性。


『じゃあ、わたしは、だれ?』


(……名前を、つけてやらなきゃな)


零は、静かに拳を握りしめた。


(絶対に、連れて帰る。……俺たちの妹を)

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