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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第百九十九話

福音の鐘と星監による、政府地下施設への大規模強襲から一夜が明けた。

国防委員会の極秘作戦司令室には、焦げたような硝煙の匂いこそ届かないものの、重苦しく、そしてひどく殺気立った空気が充満していた。


「……以上が、昨晩の襲撃による施設の損壊状況、および防衛部隊の被害報告です。外郭防衛網の七割が完全に沈黙、修復には少なくとも三週間を要します」


郷田理事が、血の気の引いた顔でタブレットのデータを読み上げる。

部屋の中央、新しいクリスタルグラスに酒を注がれた御子柴は、無言のままその報告を聞いていた。その眼光は、獲物を逃した猛禽類のように鋭く、底知れない怒りを湛えている。


「裏社会の二大組織が、完全に連携して我が国の防衛施設を正面から叩き潰しに来た。……拠点を襲撃されたことへの意趣返しのつもりだろうが、随分と派手にやってくれたものだ」


御子柴が低く唸る。


「しかし、解せん。奴らは施設を破壊し、特務兵を蹂躙したが、我々の最も重要な機密である『隠密の製造プラント』や『メインサーバー』の深部までは到達せずに撤退している。単なる威嚇か? それとも、別の目的があったとでも言うのか」


「それにつきまして、一つ不可解な報告が上がっております」


郷田が、恐る恐るタブレットの画面を切り替え、メインモニターに一つの映像を映し出した。

それは、施設の最深部に位置する『第7メンテナンス施設』前の監視カメラが捉えた、襲撃時の録画データだった。


「……これは?」


「昨晩、例の感情エラーを起こした隠密の個体……コードネーム『白鳥』の完全消去(フォーマット)処置を行おうとしていた部屋です。地上の防衛線が突破され、施設全体が混乱に陥っていたまさにその時間帯。……この部屋だけが、本隊の襲撃とは全く別の『何者か』によって襲撃され、白鳥の身柄が強奪されました」


モニターには、分厚い強化ドアが内側から真っ白に凍りつき、次の瞬間に粉々に砕け散る様が克明に記録されていた。

粉塵と冷気でカメラのレンズが曇り、侵入者の顔までは判別できない。だが、その後に残された部屋の惨状——床一面を覆う分厚い氷と、絶対零度の冷気によって気絶した研究員たちの姿が、ある一つの事実を雄弁に物語っていた。


「……氷、だと?」


御子柴の目が、スッと細められた。


「現場の残留魔力波長を解析した結果、この氷は極めて純度が高く、緻密にコントロールされた魔法によるものだと判明しました。もちろん、ゴースト自身も炎や闇に加えて強力な『氷』の魔力を扱いますが……解析された波形の癖は、白百合の盾の羽衣緋雪のものと極めて酷似しています」


郷田の報告に、司令室に冷たい沈黙が降りた。

御子柴はグラスを置き、ゆっくりと立ち上がってモニターの氷の残骸を見つめた。


「白百合のエースが、わざわざ政府の施設に単独で潜入し、廃棄予定だった欠陥品の隠密を強奪した……。氷……。羽衣緋雪の仕業か」


御子柴の唇の端が、不気味に吊り上がる。


「あの女、たかが訓練校時代の腐れ縁ひとつのために、自ら泥を被りに来たというわけか。……裏社会の連中による大規模強襲は、この強奪劇から我々の目を逸らすための『陽動』だった可能性すらある」


「なっ……! では、白百合の盾と裏社会の二大組織、さらにはゴーストが裏で完全に結託して、この襲撃を仕組んだと!?」


「いや、そこまでは断言できん」


御子柴は、獰猛な笑みを浮かべて否定した。


「もし組織ぐるみで結託しているなら、もっとスマートなやり方があったはずだ。わざわざ組織の看板を背負うトップエース自身が泥を被り、身柄を強奪するなどリスクが高すぎる。……これは、羽衣緋雪という個人の『私情』による単独行動だ」


御子柴の脳裏で、新たな盤面の構図が組み上がっていく。

「たかが感情のバグを起こした欠陥品一体のために、あの氷のエースが自ら動くとはな。……面白い。羽衣緋雪は、無感情な白百合の刃などではない。あいつには『切り捨てられない過去(弱点)』があるということだ」


「いかがいたしますか。白百合の盾に直接抗議し、羽衣緋雪の身柄を——」


「莫迦者。証拠が不十分な現状で騒ぎ立てれば、世論を敵に回すだけだ。それに、白鳥の生存が公になれば、隠密部隊の非人道的な成り立ちが露見するリスクもある」


御子柴は、葉巻の煙をゆっくりと吐き出した。


「泳がせておけ。そして、羽衣緋雪個人に対する監視レベルを最大まで引き上げろ。彼女が『白鳥』をどこに匿い、どうやって洗脳を解こうとしているのか。その動きを徹底的にマークしろ。……彼女のその人間らしい『弱点』こそが、我々が白百合の盾を内側から崩し、ゴーストを誘い出すための最高の撒き餌になる」


政府の暗部が、初めて『羽衣緋雪』という一人の少女個人に明確な疑いの目を向け、標的として定めた瞬間だった。


時を同じくして、白百合の盾・本部。

作戦指令室の奥にある、新実由鶴の専用モニタールーム。


「……ビンゴ、ですか」


由鶴は、薄暗い部屋の中で一人、深く息を吐き出した。

彼女の目の前のモニターには、政府の第7メンテナンス施設周辺の監視カメラの映像(ハッキングにより独自に取得したもの)が映し出されている。

そこには、地上の激しい戦闘の混乱に乗じて、氷の魔力でカモフラージュされた人影が、一人の少女を抱きかかえて脱出していく姿が、ほんの数フレームだけ記録されていた。


「私が『要注意情報共有フォルダ』に意図的にリークした、隠密・白鳥の完全消去のスケジュール。……緋雪、あなたは本当にその情報に食いつき、自分の危険を顧みずに救出に向かったのですね」


由鶴の胸の内で、激しい葛藤が渦巻いていた。

緋雪がゴーストの完全な精神支配下にある『哀れな人形』、あるいは裏社会の冷酷な手先になり下がっているのだとすれば。たった一人の元同級生を救うために、あんなハイリスクな単独潜入など行うはずがない。

ゴーストの目的である「政府への打撃」という観点から見ても、廃棄予定の隠密一体を救うことに戦術的なメリットは皆無なのだ。


「……緋雪。あなたは、ゴーストの手先などではない。自分の意志で、自分の大切なものを守ろうと足掻いている、一人の独立した人間なのですね」


由鶴の中で、緋雪への疑惑の質が劇的に変化していた。

冷酷な裏切り者ではなく、何か途方もない重圧を一人で背負い込みながら、それでも誰かを救おうとしている不器用な仲間。


(なら、なぜあなたはゴーストと行動を共にしているのですか? なぜ、私にすら嘘をついてまで、一人で戦おうとしているのですか……!)


その真意を確かめなければならない。

由鶴は席を立ち、モニタールームを後にした。


本部の長い廊下。

仮眠室から出てきたばかりの緋雪と、由鶴が真正面からすれ違った。


「おはようございます、緋雪。ずいぶんと顔色が優れないようですが」


由鶴が、あえて普段通りの冷徹なトーンで声をかける。

緋雪は一瞬だけ肩を強張らせたが、すぐに完璧な氷の仮面を被り直した。


「……おはよう、由鶴。少し、昨晩は過去の戦闘ログの解析で手間取ってしまって。寝不足なだけよ」


「そうですか。……過去の戦闘ログ、ですか」


由鶴は、緋雪の紫水晶の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「昨晩、政府の地下施設が裏社会の二大組織によって大規模な強襲を受けました。奇妙なことに、その混乱の最中、施設の地下で『氷の魔力』による破壊痕が確認されたという不確定情報が入っています」


ピクリ、と緋雪の指先が微かに震える。

由鶴はそれを見逃さなかった。


「緋雪。……昨晩、あなたは本当に自室にいましたか?」


それは、情報班としての尋問ではなく、かつての仲間としての、血を吐くような『問いかけ』だった。

嘘をつかないでほしい。私を頼ってほしい。そんな由鶴の隠された感情が、その言葉の裏には滲んでいた。

しかし、緋雪は静かに、けれど明確に首を振った。


「……ええ。ずっと自室にいたわ。氷の魔力なら、ゴースト自身も炎や闇と一緒に扱えるじゃない。それに、配下にも似たような魔法を使う者がいたんじゃないかしら」


「……そうですか。分かりました。お引き留めして申し訳ありません」


由鶴は深く一礼し、緋雪の横を通り過ぎた。


(……やはり、まだ私には話してくれないのですね、緋雪)


すれ違う瞬間、由鶴は固く拳を握りしめた。

緋雪は孤独な戦いを続けている。ならば自分は、情報班として外側から彼女の嘘を一枚ずつ剥がし、彼女が背負っている『呪い(真実)』に辿り着くしかない。

由鶴は、緋雪を『敵』としてではなく、『救うべき対象』として再定義し、さらなる深淵へと足を踏み入れる覚悟を決めた。


同じ日の午後。

新生・魔法少女協会の本部、データアーカイブ室。


周防凛花は、分厚いセキュリティを自身の権限で解除し、過去の作戦記録を漁っていた。

(……やっぱり、おかしいわ。先日の福音の鐘の拠点制圧作戦。いくら私たちが優勢だったとはいえ、幹部たちがあんなにあっさり拠点を放棄して退くなんて)


凛花は、あの戦場で感じた強烈な違和感を拭い去ることができずにいた。

その答えを探るため、凛花は政府から協会に下りてきている『対裏社会・作戦要項』の極秘ファイルへとアクセスした。


「……これは?」


画面に表示されたのは、協会が福音の鐘を襲撃したまさにその裏で、政府の『隠密部隊』が秘密裏に増援として動かされ、そして壊滅したという損害報告書の断片だった。


「隠密部隊……? 政府の直轄部隊が、私たちの知らないところで動いていた……? しかも、全滅?」


凛花の背筋に、冷たいものが走る。


(私たちが福音の鐘と戦わされていたのは、この隠密部隊を送り込むための『囮』だったの? じゃあ、福音の連中がすぐに撤退したのは……囮である私たちを無視して、本命の隠密部隊を確実に叩き潰すためだったというの?)


点と点が、繋がり始める。

協会を囮にして隠密部隊を送り込もうとした政府の思惑。そして、その思惑を完全に読み切り、協会とはまともにぶつからずに撤退し、隠密部隊だけを的確に分断・無力化した裏社会の知略。

そこには、両者の盤面を遥か上空から俯瞰し、コントロールしている『絶対的な存在』の影があった。


「……ゴースト」


凛花の口から、無意識にその名がこぼれ落ちた。

かつて、魔獣の群れから自分を救ってくれた、恐ろしくも美しい最強の死神。


(もし、この歪な戦場を裏で操っているのがゴーストだとしたら。彼女は、あるいは彼女の意志を代弁する何者かが、この戦局を『血を流さずに』支配しようとしているの?)


『自分の命を、誰かの期待や大義のために、安売りしないでください』


不意に、先日街のベンチで言葉を交わした、あの名も知らぬ少年の切実な言葉が脳裏に蘇る。


「まさか……ね。そんなわけない」


凛花はかぶりを振ったが、その胸の奥に芽生えた疑念と真実への探求心は、もはや抑えきれないほどに膨らみ上がっていた。

白百合の盾で孤独な監視を続ける新実由鶴。そして、協会の中で真実に近づきつつある周防凛花。

決して交わるはずのなかった二人の少女たちが、一つの巨大な謎——『ゴーストの真意』に向けて、水面下で確実に距離を縮め始めていた。

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