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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第百九十四話

 深い山間部に位置する、福音の鐘の中規模修道院。

 かつては静謐な祈りの場であったその施設は今、魔法少女たちの放つ眩い魔力の光と、爆発音によって激しく揺れ動いていた。


「——第一小隊、右翼を制圧! 第二小隊は私に続いて、中央の礼拝堂へ突入します!」


 新生・魔法少女協会のエース部隊を率いる周防凛花は、白を基調とした洗練された戦闘服を翻し、手にした光の長剣を掲げて仲間に指示を飛ばした。

 凛花の背中には、かつてこの街を守り抜いて散った偉大な姉・周防凛音の面影が重なっている。協会の上層部から下された『社会の敵たる裏社会の殲滅』という大義名分を胸に、彼女は純粋な正義感のままに最前線を駆けていた。


「突っ込め! カルトの連中をここから逃がすな!」


 協会側の魔法少女たちが、次々と礼拝堂のステンドグラスを突き破り、なだれ込んでいく。

 堂内で待ち受けていたのは、福音の鐘の幹部たち——双子の処刑人であるルカとリリア、そして高位信徒の宮子と真里が率いる防衛部隊だった。


「ひぃぃっ! 協会の犬どもが、こんなにたくさん……!」


「お、おのれ! 神の聖域を汚す気か!」


 宮子と真里が、悲鳴を上げながらも必死に応戦する。宮子の放つ無数の光弾が宙を舞い、真里の展開する防御障壁が協会の攻撃を辛うじて防いでいるように見えた。

 表向きの戦況は、完全に『協会側の圧倒的優勢』であった。

 士気高く統率の取れた協会のエースたちが、次々と福音の下級信徒たちを制圧し、幹部たちを礼拝堂の奥へと追い詰めている。

 凛花の光の剣が、真里の防御障壁を激しく叩き割り、幹部たちに絶望的な悲鳴を上げさせた。


 ——だが。


 これは全て、福音の鐘が徹底して演じている『完璧すぎる敗北の演技』であった。


「……あーあ、マジでやってらんない」


 双子の処刑人の一人であるルカは、怯えたように後退りする芝居を打ちながら、周囲の爆音に紛れるほどの小さな声で愚痴をこぼした。


「普段なら、あの隙だらけの光弾娘の首なんて、開始五秒で狩り取れるのにさ」


「文句言わないの、ルカ。これも全部、ゴースト様からのありがたい御神託なんだから」


 背中合わせに立ち、同じく怯えた表情という完璧な仮面を貼り付けているリリアが、口の動きを最小限に抑えながらルカに囁き返す。


「あたしたちに『協会のエースには死者を出さず、苦戦しているフリをしろ』って直接仰ったんだし。ここでヘマしてゴースト様のシナリオ壊したら、絶対許されないよ」


「分かってるってば。でも、手加減して殺さないようにするのって、全力で戦うよりずっと神経使うんだけど……!」


 宮子と真里の二人に至っては、わざとらしく派手なエフェクトの魔法を撃ち出しながら、「きゃああっ! 魔力が、もう尽きそう!」「誰か助けてえええ!」と、三流劇団員も顔負けの過剰な三文芝居を繰り広げている。

 しかし、狂信的なまでにゴーストを崇拝する彼女たちにとって、「ゴースト様の命令通りに苦戦する」ことは、もはや神聖な儀式であった。絶対に、協会の魔法少女を殺してはならないのだ。


「——そこだッ!」


 凛花が、鋭い踏み込みでルカの懐へと飛び込み、光の剣を横薙ぎに一閃した。

 本来のルカの反射神経であれば、その剣をナイフで弾き返し、カウンターで凛花の喉笛を掻き切っているタイミングだ。

 しかしルカは、わざと半歩だけ反応を遅らせ、あえて体勢を崩した。

 凛花の剣先が、ルカの頬を掠めて一筋の血を流す。

(苦戦するフリにしても、怪我くらいはしないと不自然だし……あーもう、めんどくさい!)


 ルカは派手に床を転がり、「ぐあっ……! つ、強い……!」と苦悶の表情を浮かべてみせた。

 リリアもすかさずルカを庇うように飛び出し、「ルカ! しっかりして!」と叫びながら、凛花の追撃をわざと不恰好にナイフで受け、弾き飛ばされてみせた。


「……?」


 しかし、その激しい攻防の中で。

 凛花の研ぎ澄まされた戦闘勘が、ほんの微かな『違和感』を捉えていた。


(おかしい。今、あの双子の一人……私の剣が届く前に、わざとバランスを崩したように見えた。それに、もう一人のナイフの受け方も……まるで、私の剣筋を完璧に見切った上で、あえて自分から吹き飛ばされにいっているような……)


 凛花は姉譲りの卓越したセンスを持っている。だからこそ、福音の幹部たちの動きの端々に、隠しきれない『致命的な隙の不自然さ』を感じ取っていた。

 だが、周囲では怒号と爆発音が飛び交い、協会側の魔法少女たちが「いけるぞ! 押し込め!」と熱狂している。その激しい熱気と高揚感に飲まれ、凛花の違和感は確信に至る前にかき消されてしまった。


「ル、ルカ! リリア! これ以上は分が悪いです!」


 宮子が、タイミングを見計らって悲痛な声を張り上げた。


「ええ……! ここは屈辱を飲み込んで、一時撤退します!」


 福音の幹部たちは、あらかじめ用意してあった煙幕弾を床に叩きつけた。

 濛々と立ち込める白い煙が礼拝堂を覆い尽くす。


「逃がすな! 追え!」


 協会側の魔法少女たちが煙の中に突入したが、すでに隠し通路を利用した福音の鐘の構成員たちは、一人残らず撤退を完了した後だった。


「……拠点制圧、完了しました」


 通信機越しに本部へ報告を入れながら、協会側の隊員たちが歓喜の声を上げる。

 しかし、凛花だけは光の剣を収めながら、煙の晴れゆく祭壇をじっと見つめていた。


(勝利した……はずよね。でも、何だろう、この引っかかりは。彼女たちは、あまりにもあっさりと退きすぎた。まるで、最初から『負けること』が目的だったみたいに……)


 勝利の高揚感の中で、凛花の胸の奥に落ちた小さな疑惑の種。

 それは、これから始まる恐るべき『反逆のシナリオ』の、ほんの序章に過ぎなかった。


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