第百八十話
三神零と羽衣緋雪が、周囲の異常な護衛網に(一人は)全く気づかぬままジェットコースターで手を繋ぎ、甘い悲鳴を上げていた頃。
「わー! お化け屋敷! 鈴乃ちゃん一緒に入ろうよ!」
ジェットコースターの乗り場から少し離れたホラーエリアで、無邪気に飛び跳ねている小柄な少女がいた。白百合の盾・土のエースである只野真奈だ。
そしてその隣には、大きなため息をつきながら歩く炎のエース・新堂鈴乃の姿があった。
Xデーの激闘を終えた非番の今日。二人は息抜きのために、この『ファンタジー・ランド』へと足を運んでいた。
風のエースである弓飛鳥は「残務処理があるから」と作戦指令室に残り、緋雪は「予定がある」とだけ言って朝から出かけていた。
(緋雪を遊園地に誘っても、あの子は真面目だから『遊びに行ってる場合じゃないわ』って絶対断るだろうし、今日は真奈と二人で羽を伸ばすか)
そんな裏事情と思いやりがあっての、二人きりの遊園地来園だったのだが。
「……ちょ、待って真奈。あそこ、緋雪じゃない? 三神くんと手繋いでるんだけど」
「へ?」
クレープ屋の列に並ぼうとしていた鈴乃が、驚愕に目を丸くしてコースターの出口付近を指差した。
そこには、フラフラになった零を気遣うように支えながら、顔を真っ赤にして歩く清楚なワンピース姿の緋雪の姿があった。
「えーっ! 緋雪ちゃん、デートなんだ!レーお兄ちゃんとかぁいいなー、すっごくお似合いだね! よーし、応援しに行こうよ!」
「ストーーーップ!!」
目を輝かせて突撃しようとする真奈の襟首を、鈴乃が慌ててガシッと掴んで引き留めた。
「待って待って、突撃したら絶対緋雪に殺されるって……! あの子、今めちゃくちゃ気張ってるし、邪魔したら『絶対氷結』で私たちごとアトラクションにされるわよ!」
「え〜、でも応援したいじゃん!」
「ダメだって! ……あーもう、なんで私が理性側に回らなきゃいけないのよ……。いつもは飛鳥がやってる役なのに!」
普段なら突撃する鈴乃と真奈を、オカン気質の飛鳥が止めるのがお約束のパターンである。しかし、今日はそのストッパーが不在。結果として、鈴乃が渋々ツッコミとストッパーの役回りを担う羽目になっていた。
「でも……。でも、あの清楚なトップエースが男の子と手を繋いで顔を赤らめている構図……これは、資料として絶対に残しておかないと……!」
しかし、鈴乃もただの理性役では終わらない。彼女の裏の顔である『同人作家』としてのクリエイターの血が激しく騒ぎ出し、無意識にスマホのカメラを起動して隠し撮りを始めていた。
「本人の意思は尊重すべき……でも、この尊さは後世(新刊)に語り継ぐ義務がある……!」
「鈴乃ちゃん、目が血走ってるよ」
かくして、遊園地内に前代未聞の『四重の監視網』が完成してしまった。
裏社会の襲撃を警戒し、鋭い眼光で周囲を索敵する緋雪。
ゴーストと関係の深い神使(零)の休日を死守すべく、ポップコーン売りと清掃員に変装して尾行し合うルディアとヴィクトリア。
その緋雪たちを、同人誌の資料として物陰から興奮気味に隠し撮りする鈴乃と真奈。
一度凍結された後、予備機で遠距離から再展開された由鶴の監視ドローン。
(……おかしい。さっきから、妙に視線を感じるわ。まさか暗殺者……!?)
メリーゴーランドに乗りながら、緋雪はトップエースの直感で周囲の気配にピリピリしていた。
(やっぱり緊張してるんだな、緋雪さん。絶叫マシンの余韻かな)
零は隣の木馬で、平和ボケした笑顔で彼女を見守っている。
そんな二人の後方、植え込みの陰。
「くっ……緋雪のガードが固くて、三神くんとの甘い絡みがうまく撮れない……! もっと回り込んで……」
鈴乃はスマホを構えながら、ベストアングルを求めてジリジリと後退した。
その背中が、ゴミ箱の横で箒を持ったまま立ち尽くし、ルディアを睨みつけていた『清掃員』と衝突しそうになった、まさにその瞬間。
「わっ、鈴乃ちゃん! あそこのクレープ美味しそう!」
「ぶわっ!?」
真奈が、鈴乃の腕を強引に引っ張ってクレープの屋台へと引きずっていった。
「……? 今、背後に微かな魔力を感じたような……気のせいかしら。それよりもあの泥棒猫、三神くんの視界に入ろうとしているわね……許さない」
ヴィクトリアは真奈たちに気づくことなく、ただひたすらにライバル教祖との牽制戦へと意識を戻した。
天然の真奈による強引な軌道修正が、裏社会のトップと白百合のエースによる大激突という最悪のニアミスを、すんでのところで回避させたのである。
やがて、カオスな監視網に囲まれたデートも終盤を迎え。
夕暮れ時の茜色に染まる空の下、園内のシンボルである巨大な観覧車が、ゆっくりと回り始めていた。
ゴンドラへと乗り込んでいく零と緋雪の後ろ姿を、少し離れたベンチから見守りながら、真奈がクレープをかじってぽつりと零した。
「……緋雪ちゃん、ちゃんと楽しめてるかな。ずっと周りばっかり気にしてたみたいだったけど」
真奈なりの、仲間への純粋な気遣いだった。
しかし、その隣でスマホのシャッターを切り終えた鈴乃は、深く、深く息を吐き出していた。
「大丈夫でしょ。あの子が誰かとあんなにしっかり手を繋いで、あんないい顔で笑ってるところ……初めて見たけど」
鈴乃は、データフォルダに収められた大量の『尊い構図(資料)』を見つめ、ワナワナと両手を震わせる。
「……ダメだ。新作の構想が捗りすぎて手が震える……。早く帰らないと……ッ!」
「鈴乃ちゃん、やっぱり飛鳥がいないとダメな人だね」
そして同時刻。
白百合の盾・作戦指令室。
「……ば、馬鹿な……」
新実由鶴は、再展開したドローンと、ハッキングした園内の監視カメラの統合データを前に、顔面を蒼白にして震えていた。
彼女のモニターには、緋雪と零の動線にピタリと追従する『二つの強力な魔力反応』がはっきりと記録されていた。
「氷のトップエース、羽衣緋雪だけではない……。土のエース・只野真奈と、炎のエース・新堂鈴乃までもが、ゴーストの右腕である三神零と同時刻に、同じ遊園地に潜伏している……!?」
由鶴の脳内で、これまでの断片的な情報が、最悪の形へパズルのように組み上がっていく。
昨日のXデーにおける、緋雪の完璧すぎる迎撃。真奈と鈴乃の迅速すぎる対応。
そして今日、三神零を護衛するかのように周囲を取り囲む三人のトップエースたち。
「……私の仮説は、甘かった。緋雪個人の内通などというレベルではない。これは……『緋雪達そのもの』が、裏社会の総帥であるゴーストと結託している疑いがある……!!」
由鶴は、カタカタと震える手で自身の報告書に赤字の追記を行った。
『——特記事項。弓飛鳥のみが本部に残留しており、本件への関与は見られない。彼女だけが、この巨大な裏社会の陰謀(洗脳)から逃れている可能性がある』
飛鳥がただの『待機』だから本部で仕事をしていて、真奈と鈴乃がただの『非番の野次馬』だという真実など、由鶴の優秀すぎる頭脳には微塵も思い浮かばない。
「飛鳥さん……あなただけが、私たちの最後の希望かもしれません……」
遊園地の観覧車の中で、緋雪がついに一生に一度の甘い告白を行おうとしているその裏で。
由鶴の壮大な勘違いは、白百合の盾の内部に未曾有の『疑心暗鬼』の種を、確かな根を張らせて植え付けてしまっていたのである。




