第百七十九話
政府の暗部が放ったキメラ魔法少女の大群が、裏社会の二大組織によって跡形もなく消し飛ばされた『Xデー』の翌日。
事後処理に追われる裏社会の各陣営では、前代未聞の事態に組織内が大きく揺れていた。
「……ルディア様。昨日の星監との見事な連携攻撃、感服いたしました。まさか我々が、あの忌々しい星監と秘密裏に同盟を結んでいたとは」
福音の鐘の幹部である宮子や真里、そして双子のルカとリリアが、恭しく頭を下げる。
「星監のエージェントたちも驚愕しております、ヴィクトリア様。長年の血みどろの抗争は表向きのポーズであり、裏では福音の鐘と完全に手を組んでおられたのですね……!」
星監の支部でも、黒服の部下たちが畏敬の念を込めてヴィクトリアを見上げていた。
しかし、当のトップ二人は、それぞれの拠点で全く同じように青筋を立て、バンッ!と机を叩き割っていた。
「同盟など結んでいるわけがないでしょう!? あのいけ好かない女と、偶然タイミングが合っただけよ!」
「わたくしが、あの下品な泥棒猫と手を組むなど、天地がひっくり返ってもあり得ませんわ! すべては神の導きによる奇跡的な偶然です!!」
お互い、三神零という一人の男子高校生の動線を守るためだけに動いた結果、完璧すぎる包囲網が完成してしまっただけなのだ。
だが、そのあまりにも鮮やかすぎる連携は、部下たちの目には「長年の抗争すら欺瞞であり、真の総帥の下で強固な同盟を結んでいる」としか映らず、組織内の無用な結束と誤解を深める結果となっていた。
一方、その頃。
都内の地下深く、政府の極秘施設では、国防委員会の重鎮・御子柴が、怒りに身を震わせていた。
「キメラ魔法少女の部隊が、ただの『露払い』のように全滅しただと……? 特務執行官も一匹残らず消されたというのか!」
モニターに映る破壊の痕跡を見つめ、御子柴は忌々しげに葉巻を床に叩きつけた。
「御子柴先生。我々の想定を遥かに超える組織力です。ゴーストを頂点とする裏社会の同盟は、もはや一国の軍隊すら凌駕しています」
郷田理事が冷や汗を拭いながら報告する。
「……ええい、舐めおって。このままでは国家が裏社会に呑まれる」
御子柴は血走った目で暗い天井を睨みつけた。
「次なる『特選部隊』の編成を急がせろ。それと……過去に回収した広域空間ジャマーのデータを解析し、現在試作中である対魔法少女用装備『ダインスレイブ』のロールアウトを前倒しさせるんだ。裏社会の化け物どもには、それ相応の鉄槌を下してやる」
政府の暗部は大敗を喫しながらも、次なる未曾有の脅威と新たな刃を静かに研ぎ澄まそうとしていた。
そんな、裏社会の勘違いと国家のドロドロとした陰謀が渦巻く世界から、完全に切り離された平和な空間があった。
「わあ……! すごくいいお天気ね、零くん!」
「本当だね。絶好の遊園地日和だ」
快晴の空の下、県内最大級のテーマパーク『ファンタジー・ランド』のエントランス。
三神零は、清楚な白いワンピースに麦わら帽子を被った羽衣緋雪と並んで歩いていた。手には、昨日から丹精込めて仕込んだ絶品の豚の角煮弁当が入った保冷バッグが握られている。
まさに、青春の1ページを切り取ったような完璧なデートの始まり。
……のはずだったが、零は隣を歩く緋雪の様子が少しおかしいことに気づいていた。
(……緋雪さん、さっきからやけに周囲をキョロキョロしてるな。それに、なんだか歩く時に俺を庇うように、少し前を歩いてるような……)
無理もない。
昨日のXデーを経て、白百合と協会におけるゴーストの評価は「裏社会を束ねる冷酷無比な真の総帥」として完全に定着してしまっていたのだ。
そんな巨大な闇の組織が、いつ『有能な右腕』である零に接触してくるか分からない。緋雪は無意識のうちに「私が零くんを裏社会の魔の手から守らなきゃ」という使命感に駆られ、凄まじい警戒モードで周囲を索敵していたのである。
「緋雪さん、大丈夫? なんだか緊張してるみたいだけど」
ジェットコースターの列に並びながら、零が優しく声をかける。
「えっ!? う、ううん! 全然緊張なんてしてないわよ! ただ、その……変な人が近づいてこないか、見張ってるだけで……!」
「ははは。遊園地だからね、迷子とかには気をつけないといけないけど。でも、そんなに肩肘張らなくても大丈夫だよ」
(やっぱり、遊園地デートに緊張してるんだな。可愛いところあるなぁ)
零は、そんな彼女のトップエースとしての索敵行動を「デートの緊張」と完全に勘違いし、微笑ましく見守っていた。
しかし、緋雪の警戒はあながち間違ってもいなかった。
二人が並ぶジェットコースターの列の少し離れた植え込みの陰に、不審な二つの影が潜んでいたのだ。
「……あら。清掃員の変装なんて、随分と地味な真似をなさるのね、ヴィクトリア・ローゼンベルグ」
ポップコーンワゴンの販売員に変装したルディア・ロンディニウムが、箒を持った清掃員姿のヴィクトリア・ローゼンベルグを鼻で笑う。
「ふん。世界規模の教団のトップが、休日にポップコーンを売るなんて笑える冗談ね、ルディア・ロンディニウム」
ヴィクトリアも、清掃カートの陰から冷たい視線を射抜く。
「わたくしは、我らが神使たる三神くんの休日を、不届き者からお守りするために来ただけですわ」
「奇遇ね。私も、星監とゴースト様を繋ぐ重要な架け橋である彼の平穏を担保するために、少し視察に来ただけよ」
お互いに「昨日の同盟疑惑」を払拭すべく単独行動を取っていたはずが、結局は零の過保護な護衛という同じ目的で鉢合わせてしまったのだ。
二人は表面上は「いらっしゃいませ〜」「お掃除失礼しま〜す」と愛想よく周囲に振る舞いながら、すれ違いざまにバチバチと不可視の殺気をぶつけ合っていた。
そんなカオスな地上戦を、さらに上空から監視している者がいた。
上空数十メートルを飛ぶ、ハエほどの大きさの超小型ドローン。
『……よし。対象のデートコースに、不審な魔力反応はなし。三神零に接触する気配はありません』
白百合の作戦指令室で、新実由鶴がタブレットを見つめながら胃薬を噛み砕いていた。
彼女のドローンは対象周辺を精密にスキャンしていたが、完璧に変装し魔力を完全に隠蔽しているルディアとヴィクトリアの存在には、微塵も気づいていなかった。
『ゴーストの右腕である彼に裏社会が接触しないか、引き続き監視を——』
しかし、次の瞬間。
モニター越しに、列に並んでいた緋雪がふと上空を見上げた。
その瞳に、トップエースとしての冷ややかな氷の魔力が宿る。彼女の唇が、音もなく動いた。
『由・鶴。……私用なんだから、覗かないで』
ピキィィィンッ!!
ドローンのカメラレンズが一瞬にして凍りつき、通信が完全に遮断された。
「ひぃっ!?」
指令室で、由鶴が悲鳴を上げてタブレットを落とす。
トップエースの恋路を邪魔する者は、たとえ情報班のサポートであろうと容赦なく凍結されるのである。
「どうしたの、緋雪さん。上なんて見て」
「ううん、なんでもないわ。ちょっと虫が飛んでたから、追い払っただけ」
緋雪は氷の視線をふわりと解き、零に向けて極上の笑顔を咲かせた。
やがて順番が来て、二人はジェットコースターの最前列に乗り込む。
安全バーが下り、ゆっくりと機体が上昇していく。
「緋雪さん、こういう絶叫系って大丈夫なの?」
「うん。魔法少女の空中戦に比べたら、全然平気よ。……あ、でも」
緋雪は少しだけ頬を赤くして、隣に座る零の服の袖をちょこんと摘んだ。
「……少しだけ、怖いかも。手、繋いでもいい……?」
上空ではドローンが凍りつき、地上では裏社会のトップたちがポップコーンと箒で牽制し合い、遠く離れた地下では政府が新たな脅威を企てている。
そんな騒がしくも危険な世界の中心で、ただの家事好き男子高校生は、顔を真っ赤にしながらそっと彼女の白い手を握り返した。
「うん。……俺がついてるから、大丈夫だよ」
「ふふっ。ありがとう、零くん」
急降下するコースターの歓声の中で、二人の手はしっかりと結ばれていた。
どれほど周囲の気配が騒がしくとも、この瞬間だけは、誰にも邪魔できない二人だけの時間が確かに流れていた。




