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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第百七十七話

 政府の暗部たる御子柴や魔法少女協会の上層部が、極秘裏に『キメラ魔法少女』の大群を街の地下施設へと搬入し、未曾有のテロ計画を着々と進めていた頃。

 彼らの標的であり、「裏社会の真の支配者」と勘違いされているゴースト——その狂信者にして、真の裏社会のトップである二人の女性は、それぞれの強大なネットワークを駆使して、すでにこの不穏な動きを完全に捕捉していた。

 夜の帳が下りた、都内某所の超高級タワーマンションの最上階。

 世界的秘密組織『星監』の日本支部トップであるヴィクトリア・ローゼンベルグは、シルクのガウンを羽織り、ワイングラスを片手に巨大なモニター群を見下ろしていた。


「……愚かな。政府の特務機関が港の税関をパスし、ダミー会社を経由して運び込んだコンテナの数々。星監の誇る軍事衛星と電子諜報網(エシュロン)の目を誤魔化せるとでも思ったのかしら」


 ヴィクトリアは、モニターに映し出されたコンテナの透視画像——不気味な培養液に浸されたキメラ魔法少女の姿——を見て、冷酷に紫の瞳を細めた。

 同時に、彼女の手元にある通信端末から、聞き慣れた——そして虫酸が走るほど嫌いな——女の声が響き渡る。


『——そのようですわね、ヴィクトリア・ローゼンベルグ。わたくしの教団の敬虔なる信徒たちからも、同様の報告が上がっておりますわ』


 極悪カルト教団『福音の鐘』の最高指導者、ルディア・ロンディニウムである。彼女もまた、教団の草の根ネットワークを駆使して政府の暗躍を把握していたのだ。

 福音の鐘の恐ろしさは、強力な魔法少女の暗殺部隊を保有していることだけではない。港湾労働者、運送業のトラック運転手、役所の役人、スーパーで買い物をする主婦、学生、さらには公園で将棋を打つ老人まで。一般の老若男女を問わず、社会のあらゆる階層に狂信的な信徒が深く根を張っていることにある。

 彼らは魔法こそ使えないものの、教団の『目』と『耳』として、街の異変をいち早く教祖へと伝達していたのである。


『表の連中は、我らが神(ゴースト)を裏社会の総帥だと勘違いし、この街を舞台に一網打尽にするつもりらしいですわ。笑止千万。神を侮る下等生物どもは、等しく万死に値しますわね』


「ええ。彼らの目論見など、どうでもいいのよ、ルディア・ロンディニウム。問題は……あの下劣な生体兵器(キメラ)が街に放たれることで、三神くんの『平穏な日常』が脅かされること」


 ヴィクトリアがグラスを揺らす。彼女の紫の瞳には、打算と冷徹な光が宿っていた。


(……三神くんは、ただの優秀な料理男子ではない。最強の死神・ゴーストと繋がりを持つ唯一の存在。我が星監とゴースト様を繋ぐ、最も重要な『架け橋(パイプライン)』。彼を保護し、恩を売り続けることこそが、組織にとって最大の利益となるわ)


 ヴィクトリアは三神零という少年を、強力な手駒にして最強戦力へのコネクションとして高く評価し、絶対に失ってはならない資産と見なしていた。


『そうね。我らが偉大なる神の代行者である神使の、特売日のお買い物が邪魔されるなどあってはならない大罪。……ヴィクトリア・ローゼンベルグ。今回ばかりは、お互いの首を狙うのは後回しにしておきましょうか』


「……ええ、異存はないわ、ルディア・ロンディニウム。すべては三神くんの台所と、架け橋である彼を取り巻く平穏を守るため。星監と福音の鐘、総力を挙げて政府のチンピラどもを『駆除』するわよ」


 こうして、表社会が「ゴーストが裏社会を統合した」と勘違いして震え上がっていたその裏で。

 当の裏社会の二大トップたちは、ただ一人の男子高校生の日常を守り抜くためだけに、前代未聞の『完全な休戦と共闘』を秘密裏に結んでいたのであった。


 翌日の夕方。

 そんな国家レベルの陰謀や、裏社会の決死の防衛準備など露知らず。

 三神零は、マイバッグを片手に、行きつけのスーパー『ヤオヨシ』の野菜コーナーで真剣な表情を浮かべていた。


「うーん……今日は大根が安いけど、ちょっと小ぶりだな。緋雪さんとの遊園地デートのお弁当の具材も少しずつ買い揃えておきたいし……」


 一般人としてのささやかな悩みに没頭しながら、トマトのパックを品定めしていると。


「あら、三神くん。いらっしゃい」


「奇遇ね、三神くん。今日はお夕飯の買い出し?」


 背後から、不自然なほど左右対称のタイミングで二つの声がかけられた。

 振り返ると、ヤオヨシのパートの制服に身を包んだ黄金の長髪の美女・ルディアと。近所に住む優雅なセレブのお姉さん・ヴィクトリアが、お互いにバチバチと火花を散らしながら立っていた。


「あ、ルディアさんにヴィクトリアさん。こんばんは」


 零が笑顔で挨拶すると、二人は一瞬で氷の女王から聖母のような優しい表情へと切り替わった。


「こんばんは、三神くん。……実は今日、三神くんに少しだけ『忠告』をしておこうと思いまして」


 ルディアが、周囲の客に聞こえないように少しだけ声を潜める。


「ちゅうこく……ですか?」


「ええ。最近、このあたりの街に、質の悪い『野犬』や『害獣』の群れが大量に持ち込まれたようなのですわ」


 ルディアは『キメラ魔法少女』の大群を、神使である零に配慮してそう濁して伝えた。


「それに加えて、タチの悪い『不審者』たちも、うろうろと街を嗅ぎ回っているという噂でして」


 ヴィクトリアも、『特務執行官(政府の暗殺部隊)』のことを指して、深刻な顔で頷く。


「三神くんの家の周りにも現れるかもしれません。夜道のひとり歩きや、戸締まりにはくれぐれも気をつけてくださいね」


 彼女たちとしては、「政府の生体兵器と暗殺部隊が街を包囲しているから、あなたは安全な場所(家の中)から一歩も出ないでください」という、最上級の警告のつもりだった。

 しかし。その事実を全く知らない零の脳内では、その言葉は完全に別の意味に変換されていた。


(野犬や害獣……ああ、最近ニュースでやってた、山から降りてきたイノシシとか、ゴミを漁るカラスの群れのことか。不審者ってのは、空き巣とかひったくりだろうな。確かに最近、物騒な事件も多いし)


 零は一人で納得し、うんうんと深く頷いた。


「なるほど、それは気をつけないとですね。最近、うちのゴミステーションもカラスに荒らされ気味だったので、ネットをしっかり張るようにします。空き巣対策で、家の鍵も二重にしておきますね」


「「……」」 


「教えてくれてありがとうございます、お二人とも。ご近所にこういう防犯意識の高い人たちがいてくれると、すごく助かります!」


 ニコッと爽やかに笑う零。

 対するルディアとヴィクトリアは、一瞬だけぽかんとした顔を見合わせた後。


(ああ……我らが神使は、あのような下劣な生体兵器を『カラス』や『空き巣』と同等にしか見ておられない。その圧倒的な余裕、さすがは神の代行者……!)


(ええ。それに、あの無垢な笑顔。ゴースト様へ繋がる重要な架け橋の貴方に、少しでも防犯の心配をさせるなんて……やはり政府の愚か者どもは、生かしておく価値がありませんわね)


 二人の脳内で、さらにとんでもない方向への曲解と、政府への殺意が恐ろしい勢いでブーストされていく。


「ご安心ください、三神くん。すでに『町内会』の方で、害獣や不審者の『完全な駆除』の準備は進めております。神使……もとい、三神くんの日常は、わたくしたちが必ず守り抜きますわ」


 ルディアが、決意を込めて胸に手を当てる。


「ええ。不審者どもは、私が責任を持って『ゴミ処理場』へと送っておくわ。あなたはただ、安心して美味しいお料理を作ってちょうだい」


 ヴィクトリアも、妖艶な笑みを浮かべて請け負った。


「ははは、頼もしいなぁ。でも、あんまり無理しないでくださいね? 危険な時は警察や保健所に連絡してくださいよ」


 零は、どこまでも呑気な一般人として、二人の『町内会の熱心なボランティア活動』に感謝を述べるのだった。

              

 そこへ、スーパーの奥からタタタッと軽い足音が近づいてきた。


「あーっ! お兄さんだー!」


「お兄さん、今日もお買い物? お肉いっぱい食べてね!」


 バックヤードから顔を出したのは、福音の鐘の処刑人でありながらヤオヨシで職場体験をしている双子の少女、ルカとリリアだった。


「おっ、ルカちゃん、リリアちゃん。今日もバイトえらいね」


 零が二人の頭を撫でると、双子は「えへへ〜」と嬉しそうに目を細める。


「ふふっ。三神様、本日は特売の豚バラ肉が大変良い状態ですよ。生姜焼きにいかがですか?」


 レジ打ちに入っていた実行部隊長の須藤真里も、完璧な営業スマイルで零に声をかける。


「おっ、須藤さん。じゃあそれ、三パックもらおうかな。明日の夜は生姜焼き定食にしよう」


 零はホクホク顔でカゴに肉を追加し、「それじゃあ、またね」と手を振ってスーパーを後にした。

              

 自動ドアが閉まり、零の後ろ姿が完全に見えなくなった瞬間。

 ヤオヨシの店内に漂っていた和やかな空気が、一瞬にして絶対零度の氷点下へと凍りついた。


「……ヴィクトリア・ローゼンベルグ。そちらの準備は?」


 ルディアが、先ほどまでの優しいお姉さんの顔を完全に消し去り、黄金の瞳に冷酷な殺意を宿して振り返る。


「愚問ね、ルディア・ロンディニウム。星監の誇るエリートエージェント数十名が、街の要所要所に狙撃ポイントを確保しているわ。政府の特務執行官どもが三神くんの視界に一ミリでも入る前に、全員蜂の巣にしてあげる」


 ヴィクトリアも、プラチナブロンドをかき上げながら傲然と言い放つ。


「よろしい。真里、手はずは整っていますわね」


「はっ。我が教団の暗殺部隊、ならびに防衛班は、すでにヤオヨシ周辺および三神邸の周囲三百メートルに渡り、完全な包囲網と結界を構築済みです。教祖様」


 須藤が、レジの前に直立不動で立ち、深く頭を下げる。

 双子のルカとリリアも、無邪気な笑顔から一転、瞳に暗い光を宿してナイフの柄を撫でていた。


「教団の一般信徒たちも総動員しなさい。街の老若男女、あらゆる信徒の目で不審者どもを監視し、魔法少女の部隊で狩り尽くしますわ」

 ルディアが、手にした大根のパックを握りつぶさんばかりの力で掲げた。


「神使の日常を脅かす害虫どもに、一片の慈悲も不要! 見つけ次第、根絶やしになさい!!」


「「「御意!!」」」


 裏社会のトップたちが放つ強烈な殺気と魔力が、スーパーのバックヤードをビリビリと震わせる。

 そんな、ヤオヨシを起点とした血で血を洗う恐るべき迎撃作戦が静かに開始されたことなど、当然知る由もなく。

 三神零は、夕暮れの道を鼻歌交じりに歩いていた。

 国家の陰謀、キメラ魔法少女の脅威、そして裏社会の徹底抗戦。

 すべての役者が街に集結し、白百合の盾と協会の魔法少女たちが極度の緊張感に包まれる中。

 ただ一人、最も強大で恐ろしい力を持つ『死神(ゴースト)』だけが、夕飯の献立に胸を躍らせながら、来たる運命の『Xデー』へと呑気に歩みを進めているのであった。

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