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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第百七十六話

 三神零と羽衣緋雪がプールデートを満喫し、夕暮れのプールサイドで巨大魔獣が細切れにされていた、その日の夜。

 表社会のエースたちの間で巻き起こった「ゴースト=裏社会の総帥」という致命的な勘違いは、魔法少女協会の正規ルートを通じて、ついに国家の中枢部へと到達していた。

 東京都内、某所の高級料亭・奥座敷。

 美しい日本庭園を望むその静かな部屋で、日本の国防と魔法少女行政の裏側を牛耳る男たちが、極秘の密会を開いていた。


「……信じ難い報告だ。あの狂信的なカルト教団『福音の鐘』と、冷酷無比な世界的秘密組織『星監』。本来なら互いに殺し合うはずの裏社会の二大巨頭が、手を結んでいるだと?」


 葉巻の煙を吐き出しながら低く唸ったのは、国防委員会の重鎮である大物政治家・御子柴(みこしば)だった。


「はい。白百合の盾のトップエース・羽衣緋雪、ならびに我が協会の新エース・周防凛花の両名が、現場で直接目視いたしました」


 冷や汗を拭いながらタブレットの資料を提示するのは、魔法少女協会のタカ派幹部・郷田理事である。


「それも、ただの同盟ではありません。両組織のトップであるルディア・ロンディニウムとヴィクトリア・ローゼンベルグが……最強の死神と恐れられる『ゴースト』に対し、狂信的なまでに平伏し、忠誠を誓っていたとのことです」


「つまり、そのゴーストとやらが、世界の裏社会を裏で束ねる『真の支配者』ということか」


 御子柴が、忌々しげに舌打ちをした。 


「このまま奴らを野放しにしておけば、国家が裏社会に乗っ取られるのは時間の問題だ。早急に、根絶やしにする必要がある」


「しかし御子柴先生。ゴーストの戦闘力は未知数。加えて、福音と星監のトップを同時に相手取るとなれば、白百合の盾と協会のエース部隊を総動員しても、街一つが消し飛ぶほどの被害が出かねません」


「分かっている。だからこそ、表の連中(協会や白百合)には囮になってもらう」


 御子柴が視線を向けると、部屋の隅に控えていたスーツ姿の男——海外の闇市場と繋がる犯罪組織のブローカーが、恭しく頭を下げて一枚の写真をテーブルに滑らせた。

 そこに写っていたのは、巨大な培養カプセルの中で眠る、異形の少女の姿だった。

 人間の少女の肉体に、魔獣の禍々しい細胞や器官が人工的に縫い合わされた、おぞましい実験体。


「海外の非道な研究機関から秘密裏に買い付けた、『キメラ魔法少女』の量産型です」


 ブローカーが、冷酷な笑みを浮かべて説明する。


「自我や理性は完全に破壊されており、命令に従って破壊活動を行うだけの使い捨ての生体兵器。特級魔獣に匹敵する個体を、すでに五十体以上、手配済みです」


「素晴らしい。数日後、このキメラ魔法少女たちを一斉に街に放ち、大規模なテロを起こす」 


 御子柴は、灰皿に葉巻を押し付けながら獰猛に笑った。


「白百合の盾や協会の連中は、市民を守るために否応なくその対応に追われ、釘付けになるだろう。そして、奴らが陽動で街中を駆けずり回っているその隙に……標的が手薄になったところへ、私の『切り札』を投入する」


「……まさか。表の指揮系統から外れた、政府直属の非公認・S級魔法少女部隊……通称『特務執行官』たちを動かすと?」


 郷田が息を呑む。

 それは、魔獣討伐ではなく「対魔法少女の暗殺と制圧」に特化した、国家の闇を体現する処刑人部隊だった。


「左様。囮に釣られてゴーストと両組織のトップが孤立した瞬間を狙い、特務執行官による奇襲で首魁たちを一網打尽にする。これは国家の威信を懸けた、裏社会の殲滅作戦だ」


 ゴーストがただの平穏を愛する男子高校生の変身体であり、ルディアやヴィクトリアがそのご近所さんに過ぎないという真実など、彼らの頭の中には一ミリも存在しない。

 表社会の勘違いから生まれた過剰な警戒心が、街一つを巻き込む未曾有の陰謀へと変貌しようとしていた。

              

 翌日。

 白百合の盾の作戦指令室では、重苦しい空気が漂っていた。


「……由鶴、このデータは間違いないのね?」


 風のエース・弓飛鳥が、深刻な顔でメインモニターを見上げる。


「はい。昨夜未明から、指定警戒区域の地下空間において、微弱かつ極めて不自然な魔力反応が複数検出されています」


 情報班の新実由鶴が、キーボードを叩きながら眼鏡を押し上げた。


「魔力波長は魔獣のそれに似ていますが……何かが違います。これがもし、人為的に集積された兵器や魔獣の群れだとしたら……」


「まさか、ゴーストたちが動き出したっていうの……?」


 土のエース・只野真奈が、不安そうに巨大なハンマーの柄を握りしめた。


「裏社会の二大トップを従えたゴーストの、総攻撃の準備……ってこと?」


「……その可能性は、高いわ」


 氷のトップエース・羽衣緋雪が、鋭い視線でモニターを見つめながら口を開いた。

 昨日のプールで、彼女は零を守るために魔獣を駆逐したが、もしあの時のような魔獣が、いや、それ以上の何かが街の至る所から同時に現れたら。


(ゴーストの真の目的が何なのかは分からない。でも……私たちで、この街と、零くんたちの日常を守り抜かなきゃ)


 緋雪は氷の太刀の柄を握る手を強く握り締め、仲間たちへと頷いた。


「いつでも出撃できるように、各員の武装と連携を確認しておいて。何が起きても対応できるように、警戒レベルを最大に引き上げるわよ」


 国家の闇と、表社会のエースたちの決意。

 それぞれの思惑が交差する中、運命の『Xデー』へのカウントダウンは、誰にも気づかれないまま静かに進んでいた。

              

 ——そして、そんな陰謀や決意の中心に祭り上げられている『真の支配者』は。


「んー、遊園地の定番といえば、やっぱり絶叫マシンとお化け屋敷だよなぁ。でも緋雪さん、お化けとか得意なのかな……?」


 三神家のリビングのソファに寝転がりながら、零はスマホの画面をスクロールさせ、呑気に次回のデートプランを検索していた。

 昨日のプールの余韻が抜けきらず、時折緋雪の水着姿や、彼女の笑顔を思い出しては、だらしない笑みを浮かべている。


「お弁当もまた作っていくとして、次はサンドイッチじゃなくておにぎりにしようかな。唐揚げは入れたいし、卵焼きは甘めがいいか……」


 平和を愛する家事好き男子高校生にとっての目下の最大の悩みは、国家の存亡でもテロの対応でもなく、デートのお弁当の献立であった。

 彼がそんな幸せな日常の悩みに没頭している、まさにその時。

 街の地下に広がる広大な旧下水道施設には、黒塗りの巨大なトラックから、鋼鉄のコンテナが次々と運び込まれていた。

 コンテナの中には、不気味な緑色の液体に満たされた数十本もの巨大なカプセル。

 その中で、チューブに繋がれた異形の『キメラ魔法少女』たちが、虚ろな目を閉じたまま、血塗られた目覚めの時を静かに待っている。

 ゴーストを取り巻く狂騒と勘違いは、ついに引き返せない一線を越えようとしていた。

 日常と非日常の境界線が完全に崩壊するその日は、もう目前にまで迫っていた。

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