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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第百六十八話

 その日の午後。

 三神家のリビングで洗濯物を畳んでいた零は、テレビから流れる緊急速報のサイレン音に手を止めた。

 姉の澪と妹の玲奈は、朝から『白百合の盾』の任務で出撃しており、家には零一人だけである。


『——緊急速報です。羽田空港の国際線ターミナル付近に、複数の特級魔獣が出現しました。さらに現地では、正体不明の武装した魔法少女の集団が暴れ回っており、空港内に多数の民間人が取り残されている模様です。現場は極めて危険な状態となっています』


 画面には、黒煙を上げる羽田空港のターミナルビルが映し出されていた。

 巨大な翼を持つ鳥型の魔獣が空を旋回し、地上では見慣れない派手な戦闘服を着た無法者の魔法少女たちが、破壊の限りを尽くしている。


「……正体不明の魔法少女集団?」


 零が眉をひそめる。

 ニュースの解説によると、彼女たちは魔法少女協会の不祥事による権威失墜に乗じて現れた『過激派』と呼ばれる集団だった。元・協会所属の素行不良な魔法少女や、未登録の野良魔法少女たちで構成されており、「魔獣の貴重な素材を強奪する」「腐った協会をぶっ壊す」といった身勝手な目的で徒党を組み、民間人の被害を顧みずに暴れ回っているらしい。


「民間人が取り残されているのに、こんな無茶苦茶な暴れ方をして……」


 零は強く拳を握りしめた。

 彼が魔法少女の因子を受け継いだのは、恩人である周防凛音が「誰かを守るために」その身を挺してくれたからだ。人々が逃げ惑う惨状を前にして、平穏な日常に隠れ続けることは彼にはできなかった。


(大怪我(ダメージ)を受ければ、またバグって元の姿に戻れなくなる。……だから、絶対に被弾はしない。過激派を鎮圧し、市民の避難ルートを素早く確保する!)


 零は深く息を吸い込み、服の下に隠していた銀色のペンダントを引っ張り出して強く握りしめ変身した。

 紫色の光が彼を包み込み、次の瞬間、そこには漆黒のゴシックドレスを身に纏った絶世の美少女、最強の死神・ゴーストが立っていた。


「——直ちに制圧する」


 澄んだ、しかし底知れない決意を帯びた声。

 ゴーストは窓を開け放ち、羽田空港へと向かって一直線に空へ飛び立った。

              

 羽田空港の滑走路付近は、すでに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 上空を旋回する三体の特級魔獣(怪鳥キメラ)が、風の刃を放って国際線ターミナルの外壁を切り裂いている。しかし、地上に集った魔法少女たちは、その魔獣の討伐を後回しにして、互いに武器を向け合っていた。


「ひゃはははっ! 魔獣の魔石は全部アタシたちのものだ! 邪魔するヤツは協会だろうが何だろうがブッ殺せ!」


 赤と黒の派手なメッシュを入れたウルフカットに、棘のついたレザーの戦闘服を着込んだ過激派のリーダー・野田千枝子(のだ ちえこ)が、巨大な鉄球型ハンマーを振り回して下品に叫ぶ。


「——そこまでよ、無法者たち」


 凛とした声と共に、絶対零度の冷気が辺りを包み込んだ。

 『白百合の盾』のトップエース、羽衣緋雪である。

 緋雪の後方には、炎の長槍を構える三神澪、暴風の双剣を抜いた三神玲奈、自身の背丈ほどもある特注ハンマーを担ぐ只野真奈、白銀の長槍を振るう弓飛鳥、そして広範囲の炎を操る新堂鈴乃が展開している。


「ああん? 最近テレビで調子に乗ってる『白百合の盾』の羽衣緋雪じゃねえか。協会から逃げ出して民間人になった腰抜けの集まりが、正義の味方ごっこかよ?」


 野田の挑発に、他の過激派たちも下劣な笑い声を上げる。


「民間人になったからこそ、市民の痛みが分かるのよ。これ以上暴れるなら、容赦しないわ」


 緋雪が、負けじと氷の魔力を高める。真奈や飛鳥たちも、武器を構えて臨戦態勢に入った。

 過激派と白百合の盾が激突しようとした、その時。

 野田たちの足元を、高圧の水流が鞭のように切り裂いた。


「——きゃあっ!?」


「なにっ!? どこからだ!」


「……下品な連中ね。協会の威信にかけて、ゴミはここで一掃するわ」


 滑走路の反対側から歩み出てきたのは、黒を基調とした洗練された戦闘服を纏う四人の少女たち。魔法少女協会の新体制が生み出した『特務エース部隊』であった。

 水属性の湊春華がウォーターカッターで威嚇し、雷属性の佐伯美羽がバチバチと紫電を弾かせる。


「おっとぉ、今度はテレビで見た協会の新しいエース様たちの登場か」


 野田千枝子が、忌々しそうに舌打ちをする。


「腰抜けの白百合に、お高くとまった協会の犬か。上等だ、まとめてアタシらのハンマーの錆にしてやるよ!」


「ふふっ。過激派も、ついでに目障りな白百合も、まとめて私たちが制圧してあげるわ」


 氷属性の船戸真紀奈が、野田の言葉を無視し、緋雪を真っ直ぐに睨みつけながら残酷な笑みを浮かべた。


「あなたたち……魔獣を放置して争う気!? 民間人を巻き込むなら、私たちが止めるわよ!」


 緋雪が、氷の太刀の切っ先を真紀奈へ向ける。

 上空で魔獣が暴れているというのに、略奪を狙う過激派、全てを力で制圧しようとする協会の新エース部隊、そして彼女たちを止めようとする白百合の盾。三勢力が完全に魔獣討伐を後回しにし、互いに魔法を放とうと殺気を膨れ上がらせた——その瞬間。

 空から、紫色の流星が滑走路のど真ん中、三勢力の中心へと音もなく降り立った。

 漆黒のドレスの裾が風に舞い、白磁のような肌と神秘的な紫の瞳が、荒れ狂う戦場に静寂をもたらす。


「——ゴースト……!!」


 緋雪が、そして真紀奈が息を呑む。

 ゴーストは、周囲の魔法少女たちを静かに見渡し、無言のまま「争いをやめろ」とでも言うように、圧倒的な魔力のプレッシャーを放って仲裁に入った。

 しかし、その介入が野田たち過激派の逆鱗に触れた。


「や、野郎ども! 何がゴーストだ、あんなヤツ一人じゃねえか! 隙を突いて囲んでぶっ殺せ!」


 野田千枝子が恐怖を振り切るように叫び、一斉に炎の魔法を放つ。


「させないわ! 『氷結の防壁(クリスタル・ウォール)』!」


 緋雪が、ゴーストを守るために咄嗟に氷の壁を展開しようとする。


「邪魔よ、白百合! 『凍てつく断頭台(グラシアル・ギロチン)』!」


 協会の真紀奈がその氷の壁を強引に砕き、ゴーストと白百合の両方を巻き込む広範囲の氷結魔法を放った。


「私が鎮圧する! 『極光の聖槍(ホーリー・パニッシュメント)』!」


 協会のエース筆頭・周防凛花が、巨大な光の槍をゴーストに向けて上空から投擲する。

 それぞれの意地と魔法が激突し、滑走路の上で凄まじい大混戦(四つ巴)が勃発した。

 四方八方から飛び交う、致死レベルの魔法の嵐。

 その嵐の中心にいるゴーストは、しかし、一切の焦りを見せなかった。


(絶対に、被弾しない。かすり傷ひとつ負わない。——ノーダメージ縛り、実践だ)


 ゴーストは、優雅にステップを踏み始めた。

 右から迫る野田の炎の魔法を、首をわずかに傾けて躱す。

 背後に回り込んだ美羽の雷速の斬撃を、ヒールの踵で弾き返す。

 だが、回避を続けながらも、ゴーストの意識は常に戦場全体へと向けられていた。


『ギャアアアッ!』


 上空で放置されていた魔獣(怪鳥キメラ)の一体が、逃げ遅れた民間人が隠れているガラス張りの通路へ突撃しようとした。


「っ!」


 ゴーストは回避のステップを止めず、右手の人差し指をスッと空へ向けた。


「——『紫黒の穿ち』」


 極限まで圧縮された一筋の紫色の光線が、音もなく空を切り裂き、怪鳥キメラの眉間を針の穴を通すような精度で貫いた。悲鳴を上げる間もなく、魔獣は空中で完全に沈黙し、民間人から離れた安全な場所へと墜落する。

 だが、その隙を突いて、上空から凛花の『極光の聖槍』が迫っていた。


(……この光。真っ直ぐで気高い魔力の波形……)


 その圧倒的な光の奔流に、ゴーストはかつて自分の命を救ってくれた英雄・周防凛音の面影を強く感じ取っていた。

 ゴーストは、虚空から身の丈ほどある漆黒の大剣を引き抜いた。

 他の魔法はすべて回避する彼だが、凛花の攻撃だけは違った。彼女がどれほどの覚悟を持っているのかを確かめるため、両手で大剣を構え、紫黒の魔力を爆発的に刃へと纏わせる。


「——来い」


 ドゴォォォォォォッッ!!


 凛花の放った極光の聖槍と、ゴーストの漆黒の大剣が正面から激突した。

 光と闇の相反する魔力が滑走路の上で凄まじい衝撃波を生み出す。野田千枝子たち過激派は、その余波だけで吹き飛ばされ、悲鳴を上げて地面に転がった。


「……私の最大火力を、正面から受け止めた!?」


 凛花が、信じられないというように目を見開く。

 ゴーストは一歩も引かず、大剣の腹で光の槍を受け止めながら、凛花を見据えた。


(……力任せじゃない。芯が通っていて、誰も傷つけまいとする純粋な光。やっぱり、凛音さんの妹だ)


「はあああああッ!!」


 凛花が自ら光の剣を具現化し、ゴーストに肉薄して斬りかかる。

 ゴーストはそれを大剣で真っ向から迎え撃った。

 ガキンッ! ガィィィンッ!!

 凄まじい剣戟の音が響き渡り、火花が散る。凛花が鋭い踏み込みから袈裟懸けに斬り下ろせば、ゴーストは刃の角度をずらして威力を殺し、即座に大剣を返し反撃に出る。

 激しい打ち合いの最中、残りの魔獣が放った風の刃によって、ターミナルの外壁が崩落し、逃げ惑う人々の頭上に巨大な瓦礫が降り注ごうとした。


「あっ……!」


 凛花がそれに気づき、救助に向かおうと剣を止める。

 だが、ゴーストの動きはさらに速かった。

 ゴーストは凛花の剣を大剣で弾き返すと同時、空いた左手から無数の小さな紫黒の魔弾を放った。魔弾は正確無比な軌道を描いて瓦礫に命中し、人々を傷つけることなく空中で粉々に粉砕する。

 さらに、返す刀の流れるような動作で、瓦礫を降らせた上空の魔獣に向かって漆黒の斬撃を飛ばし、一刀両断にしてみせた。


「…………えっ?」 


 凛花は、目の前の光景に息を呑んだ。

 自分との激しい剣戟の最中にも関わらず、ゴーストは民間人を守り、ついでに魔獣まで討伐してみせたのだ。一切の無駄がなく、流れるようなその動き。


(この黒い魔法少女の剣筋……。威圧的で恐ろしいはずなのに、どうしてこんなにも、お姉ちゃん(凛音)の戦い方に似ているの……? 誰かを守るための、優しくて強い剣……)


 凛花が動揺したその一瞬の隙を、ゴーストは見逃さなかった。

 大剣を振るう速度が一段階上がり、凄まじい重撃が凛花の光の剣を大きく弾き飛ばした。

 体勢を崩した凛花の首筋に、漆黒の刃がピタリと寸止めされる。


「——……」


 ゴーストは何も言わず、ただ静かに凛花を見下ろした。

 その瞳には敵意はなく、むしろ『よくやった』と称賛するような、深い労わりの色が浮かんでいた。

 その時だった。

 ゴォォォォォォッ……!!

 突如として、羽田空港の空気が重く震えた。

 国際線ターミナルでの戦闘がひと段落したかと思われた矢先。滑走路の遥か向こう——国内線ターミナルの上空の分厚い雲が、禍々しい魔力の嵐によって内側から引き裂かれた。


「な、何あれ……!?」


 白百合の盾の玲奈が、上空を指差して悲鳴のような声を上げる。

 雲を突き破って姿を現したのは、体長五十メートルを優に超える、エイやクジラにも似た空を泳ぐ異形の超大型魔獣であった。

 これまで確認されたことのない新種の飛行型魔獣。それが放つプレッシャーは、先ほどまで飛んでいた怪鳥キメラなど比較にならないほど強大で、周囲の空間そのものを歪ませていた。


「……新種の、超大型!? 魔獣の襲撃はまだ終わっていなかったの!?」


 緋雪が顔を青ざめさせる。

 協会の真紀奈や美羽、そして過激派の野田たちも、圧倒的な質量の絶望を前に完全に動きを止めてしまっていた。


(……本命はあっちね。国内線ターミナル側にも、まだ民間人がたくさん残っているみたいね)


 ゴーストは、凛花の首筋から漆黒の大剣をスッと引いた。

 そして、へたり込んだ凛花、唖然とする緋雪や真紀奈たちを一瞥し、「ここはお前たちに任せる」とでも言うように短く頷く。


「ま、待って! あなたは……!」


 凛花が手を伸ばして声を張るが、ゴーストはそれに答えることなく、漆黒の大剣を携えたまま虚空を蹴った。

 紫色の魔力の尾を引きながら、ゴーストは一直線に国内線ターミナルの上空——新種の超大型魔獣へと向かって移動する。

 四つ巴の大混戦は、より巨大な脅威の出現によって一時休戦を余儀なくされた。


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